18
「犯人が現場に戻るって、本当なんだね」
背後からのその言葉に、私は凍りつくしか無かった。
絶対に嫌な予感しかしない。
……予感じゃない。確定だ。後ろからの殺気だけで死ねる。
怖い。
こっわ。
私の前は壁だ。
だけど、壁の端までは近いから、するっと、逃げられるかもしれない。
後ろからの圧力!
⇒ 逃げる
逃げる
逃げるしかない
逃げたい
…………逃げたい!
⇒ 逃げる!
私は選択したコマンド逃げるを発動!
「いやいやいや、逃がすわけないよね??」
と、有無を言わさず腕を掴まれてしまう。
「ひぃ!」
いや、うん。
分かってた。
そんな気がしていた。
それなのにジ・エンドを感じて思わず声が出た。令嬢らしからぬ声だったけれど、仕方ないと思う。
だって、めっちゃ怖い。
絶対、私の後ろにいるの魔王。
魔王が居ると思う。
ここ、乙女ゲーなのに。
魔王はいないのに。
他のRPGが混ざったのかもしれん。
逃げきれない私は、腕を引かれて振り向かされる。
──そこに居たのは、魔王……ではなく、フェリックだった。
ただ、その笑みが……全くにこやかじゃない笑みが怖い。
魔王……あながち間違ってない。
背後にブリザードが見える。
……え?
なんで。
「……なんでって顔してるけど、それ聞きたいのこっちだから」
怖い怖い怖い。
こういう腹黒そーなところあるからコイツ嫌なんだよー関わりたくなかったぁーーー。
「一昨日、そこで氷と土の魔法使ったの……君だろ?」
半泣きの私に構わずフェリックは、犯人を詰めるように言う。
私は何も言えない。
何でバレたの。
そして、犯人ってそう言うこと。
そりゃぁ、そうか。
下手な転び方したら大怪我に繋がりかねないことだし、怒られても仕方ない。
……いや、怒るなんて生ぬるいかも。
めっちゃ怖い。
私、何されるの。捕まるの。
私の頭にはすでにドナドナが流れている。
「誤魔化しても分かるよ……俺は、探知の魔法が得意でね。あの時残っていた魔力は、君のものだ」
探知の、魔法……。
授業で、習った。
ゲームには出てこなかった魔法で、使用された魔力を探ることが出来る魔法。
どんな種類の魔法が使われたのか、どこで使われたのか、はたまたその使用者は誰かとか分かるらしい。
だけど、人を特定出来るほどの使用者はあまりいないと習った。高等技術で元々の素質も必要だと。
それをフェリックが使える。
……どうりで、“ヒロイン”の場所を特定するのが上手いわけだ。
こいつ、何でこんなところに?って場所とタイミングで現れるんだよね。
そこに残った魔法の種類を当て、私まで特定……しかも使った魔力は僅か。ってことを考えると、その人特有の魔力を辿ることも可能だ。
……ストー、いや捜索にもってこいの魔法だ。
怖い。
もう、言い逃れはできない。
だけど、声が出ないから私は黙って頷くしかない。
「何でそんなことをした?狙いは俺?それともアルバートかな?」
何で……。
そう聞かれても困る。
言えない。
とてもじゃないけど説明できないし、信じてもらえると思えない。
何か適当な……上手い言いわけを考えないと。
「あそこで転ばせて、アルバートと知り合うきっかけでも欲しかったのかな?それなら、可愛いものだけど……」
そう言ったフェリックの表情がいくらか和らぐ。言葉通り、それなら仕方ないと思っているように感じられる。
いや、そこまでしてアルバートと、知り合いたいわけではないですけど。
なので、反射的に首を振ってしまう。
やってしまった。
今、頷いていれば、許して貰えたかもしれないのに。それに、あながち間違ってない。出会わせたかったのは、自分じゃなくて、“誰か”だったけれど。そう、フェリックで良いかと思うくらい、誰でも良かった。
そのせいで、魔王を引き当ててしまったわけだけれど。
こいつ、何でモブなんだろ。
顔も良いのに。
「……じゃぁ、何で?君はそんなことをしたのかな?」
穏やかに聞いてくるけど、周りの空気が……漂うオーラが、穏やかじゃない。どこも。
「あの、すみません。氷を張った件につきましては、危害を加えるつもりは、全くありませんでした。危ない目に合わせてしまい、本当に申し訳ありません!」
私は思いっきり頭を下げて謝罪する。
地面に平伏すレベル。
「……理由は言えないってことかな?」
「え~と、大した意味は無かったと言いますか。偶然と言いますか。たまたま張っていた氷の場所に人が来てしまったというか」
「……ふ~ん?」
絶対に信じていないと言う表情で、頷くフェリック。
もぉぉ、怖い。
この人怖い。
そりゃぁ、無理ある説明だけどー!
画面越しだと含みがあるところが、わりと悪くなかったりするんだけど、現実で対面するともぉ、怖いー。嫌だー。
未だ腕を掴まれたままなのも困る。
しかも、がっしりじゃなくてやんわりなのが怖い。文句も言えない。力強く掴まれたら痛いとか何とか言って、誤魔化せるのに。それもお見通しのような力加減が、怖いのだ。
逃げれるならやってみろと言わんばかりで。
「それで?それが理由だとして、目的は?アルバートか俺と知り合って、最終目標は殿下かな?お目が高いね~」
「……でん、か……?」
さっきまでアルバートの話をしてなかったっけ?それが何で電化、いや殿下の話に??
「あれ、違った?じゃぁ、狙いはシルヴァンかな?」
くすくすと笑いながら言うフェリックは、目の前にいるのに、遠い。
「まぁ、学園の大半の女がそうだろうからね。悪いとは思ってないよ?」
「君があいつらを狙ってるのは知ってるよ。
ミア・ウェン」
「名前……」
何で知っているの。
魔力で特定しても名前までは分からないはずだ。
調べた?じゃぁ、何でここに?
犯人がここに来るのを待ってたんじゃないの?私を待ってた……?
何で……。
「何でって、怪しいやつが居て、それを見つけたら調べるでしょ」
当然、と言わんばかりに言うフェリック。
いや、そりゃそうなんだけど。
え、じゃぁ、待ち伏せされてたわけじゃないの?ここに来たから特定されたわけじゃないの?
これ、逃げられなくない?
「目的を素直に教えてくれたら見逃してあげるよ」
さっきから、心が読まれているような気持ちになる。もしかして、声に出てるんだろうか。顔に出ているだけか……。
「で?君の目的は何?」
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