14『不思議な頼みごとをした女性は』
エリオネル視点続きました。
昨日、不思議な頼まれごとをして来た女性は、伯爵家のご令嬢だった!
それを知った時、姉の忠告が様々よぎった。
よぎって、真っ白になった。
昨日の出来事が嬉しくて浮かれて声をかけたのが悔やまれる。失礼じゃ無かっただろうか。
ガチガチに緊張していたら、
「必要以上に畏まるのも、失礼にあたります。あまりにも緊張感にかける場合はお咎めもあるけど、本人が気にするなって言ってる場合はその通りにするのも礼儀だったりするわよ」
と、言われてしまう。
それは、昨日ユリシリル様の名前を聞いたらすっかり緊張してしまった時にも言われたことだ。
「……それ、昨日ユリシリル様にも言われました」
ぽかんとしながら呟けば、
「さすがトラヴィス様ですわね。でしたら、その通りにした方が“得”だと思うわ」
と返されてしまう。
そうは思うけれど、僕みたいな田舎男爵家の四男が偉そうだとは思われないだろうか。
「ですが、それはユリシリル様だから許されることでは無いかと思うのです」
力無くぽつり呟いてしまう。
格好悪いことこの上ない。
「確かに、その人柄によって許される許されないありますが、エリオネル様は大丈夫だと思いますわ。軽薄さも無いですし、品が無いわけでもないですから。身構えず、リラックスしていいと言われたら、ある程度肩の荷を下ろした方がお互いに『良い関係』を築けると思います」
穏やかにそう告げられたことが信じられなくて、少しだけ嬉しくなる。
僕はほとんど庶民と変わらなく過ごしてきて、それで構わなかったし、十分だった。だけど、急にこんな場違いな場所に通うことになって、礼儀作法云々は兄や家の者が一生懸命教えてくれたけど、付け焼き刃感は拭えなくて自信がなかった。恥ずかしくもあった。
だけど、そんな風に言って貰えるとは思ってもいなくて。
認められたような気がして、嬉しかった。自分だけじゃなくて、教えてくれた兄も褒められているような気がしたから。
「ええ。慣れてはいないでしょうが、“きちんとしよう”と言う気持ちが伝わるので気になりません。学園にいる間にきちんと学べばそれなりに身に付くと思います。この学園、素敵な見本がたくさんいらっしゃいますからね」
あぁ、これが貴族なんだなとすんなりと思った。
昨日、ユリシリル様を見た時に感じた尊敬の念が浮かぶ。
僕もこんな風になれるだろうか。
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「……ミア様は、よくこちらに来られるのですか?」
名前を呼ぶ時、とても緊張した。
本当はウェン様と呼ぶべきだろうけど、初めにそう言ってくれたし、素直に受け取っていいと言われたばかりなので、言ってみたけど、これで良かっただろうか。ミア嬢が正解だろうか。何だかそれは、恥ずかしすぎる。
前みたいに〇〇ちゃんなんて、絶対ダメなのは分かるけど、〇〇さんはどうなんだろうか。
「そうですね。甘い物は私のエネルギー源です。心の癒しです」
「そうなんですね!僕にとって、甘い物はご褒美なんです!なので、学園でいつも甘い物を食べられることに驚いています。こんなオシャレなカフェにも来られて……きっかけを下さった……ミア様には感謝しています!」
あの時、話しかけられなかったら、きっとカフェには来られなかった。
こんなに美味しいケーキの味を知らずに卒業なんて、哀しすぎる。
「それは、良かったです。良かったらまた今度一緒に食べましょう」
「いいんですか!?」
やったー!
もしかしたら、社交辞令かも知れないけれど違うかもしれない。姉は真に受けるなと言っていたから、気を付けないと。でも、ミア様は大丈夫だと思う。
「ふふ。そうだ。あの、また変なお願いなのですか、聞いてくれますか?」
「……?何でしょう?僕に出来ることでしたら、精一杯させていただきます!」
「……そんなに大したことではないのです。それに、強制では無いので、嫌でしたら嫌と」
一体なんだろう。
とても緊張する。
「えーっとですね。貴族では無い学校では、上級生のことを“先輩”と呼ぶのだと聞きました」
ちょっと言いにくそうにするミア様。
その話はどこで聞いたのだろうと思う。だけど、この学園にも貴族ではない人も色々通っているから、その人たちから聞いたのだろうと思い直す。
「そうですね。僕の兄が、そんなようなことを言っていた気がします。貴族の学園よりも学年の意識が強いのだと」
庶民の学校に通っていた時もそうだった。
学年という括りはなかったけれど、年齢が高い方が上と言う感覚があった。
それは、体格的に勝てないと言うこともあったし、年齢が高い者が低い者の面倒を見ると言うところからも来ている。大人が多いわけじゃないから、必然年齢が上の者が目を配るようになるからだ。
先輩と言う感覚も言葉もなかったけど、12歳から通う学校の方では、そういうのがあると、貴族の学園について一番上の兄が教えてくれていた時に、二番目の兄と三番目の兄が話してくれた。家格と言うものが無い分、“年齢”という物が重視されるのだろうと。
「ちょっと、憧れてしまいまして」
「……?」
「……先輩と呼ぶのは抵抗がありますか??」
驚いて目をパチクリさせてしまう。
どんなお願いをされるのかと思ったら、なんて可愛い……いや、えーと、そんな簡単なことなだなんて。
でも……。
「僕は構いませんが、大丈夫なのですか?」
「何がですか?」
「えと、その……こちらには“先輩”と言う感覚があまり無いので、聞き慣れない呼び方に、眉を顰める方もいらっしゃるのではないかと」
「……そうですね。……でも、ここは“平等”な学園です。大丈夫でしょう。もし、エリオネル様が何か言われたら、私に強要され、仕方なかったと仰ってください。そうすればきっと同情されるでしょう」
「それは……」
「お嫌ですか?」
しゅんとして言う姿に罪悪感が募る。
嫌ではない。それくらいなんてことない。呼び捨てにしろと言われたら困るけど、僕にとっては“様”より“嬢”よりハードルが低い。
「いえ!」
「でしたら、先輩と呼んで頂けると嬉しいです。前からの憧れだったのです」
「はい!ミア先輩!」
そんなことで喜んでくれるのなら、僕も嬉しい。ミア先輩には感謝がいっぱいだから、こんなことで返せるなら安いものだと思う。
「……チョ……素直すぎて心配になりますね。もしも、今みたいな流れで相性呼びや呼び捨てをお願いされても、その気がない時は、絶対に頷いてはダメですよ!」
そのき……とは、どの木だろう。
それよりも、そう言ったミア先輩の姿が姉の姿と重なった。
全然似てないのに。
姉はなんと言うかこう、圧がすごいんだよ。友だちからは美人だ何だと言われているけど、僕にとってはよく分からない。綺麗なんだろうと思うけど、姉でしか無いしね。
……ミア先輩の方が圧がなくて安心する。
「嫌か嫌いか聴いてくる場合は、大体思い通りにさせる時だから、気を付けた方が良いわ!」
貴女がそれを言うのですか、と面白くなってしまう。
その手を使ったのは、先輩なのに。
思い通りに、させるつもりだったのか。
確かに、そう聞かれたら、否定して頷いてしまうよね。今みたいに。
「僕は、先輩に騙されたわけですか?」
なんて、笑いながら聞けば、逆に驚いたように慌てるので、また笑ってしまう。
やっぱり不思議な人だなと思う。
「先輩呼びなら騙されても問題ないですけどね」
何となくだけど、ミア先輩も十分、素直だと思う。
僕も迂闊かも知れないけど、先輩も十分迂闊だ。僕のこれが演技だったら、どうするのだろう。そうじゃないと丸分かりだからこうなのだろうけど。
……僕でさえちょっと、揶揄いたくなる反応をしていることに、まるで気付いていない。
いい性格をしている人に騙されないか、揶揄って遊ばれないか心配である。
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