13『不思議な頼まれごと』
まさかのエリオネル視点です。
田舎男爵の四男でしか無い自分がまさか、王立クロライト魔法学園に通えるなんて、夢にも思っていなかった。
魔法の素質があっても無くても貴族向けの学園に通えるわけがなかったのだ。地方の男爵、子爵家は長男、良くて次男までしか貴族向けの学園には通わせられない。そんな財力が無いからだ。ましてや、遠い王都の学園なんて夢のまた夢。
よっぽど魔法か剣か頭の出来が良くないと、通わせようなんて考えもしない。
オマケに僕は四男なので、家庭教師すら付けられなかった。
貴族は基本的に、12才まで家庭教師を付けて学ばせるのだが、これも地方の男爵、子爵家は長男と次男と娘だけ。
じゃぁ、どうするかと言うと、上の子が教えたり、家の者が教えたりとあるが、ほとんどが庶民の学校に通わせる形をとる。もちろん、貴族のプライド云々でしない家もあるけど、それよりもきちんと教育は受けさせたいという親がほとんどだし、次男以下は家を継ぐ可能性がほぼ無く、平民として暮らす可能性が高いので慣れさせると言う暴論故だ。
この庶民の学校であるが、大体6才~12才までの子どもたちが文字の読み書きや、計算、礼儀、世の中のルールなんかを習うところだ。基本的に自由で、家の手伝いやなんかで休む子も通えない子も多いし、子どもによって学習の進みも違う。でも、最低限の読み書きや計算は学べるとても大事な場所だ。
それで、12才になったら、魔法学園か普通の学校に通うか分かれるという形だ。
普通の学校の場合、15才で卒業と18才で卒業と選べる。多くの場合、15才で卒業し働き始める。
地方の男爵、子爵家なんて魔力が無い子どもは珍しくもないので、自分も普通の学校に通うのだろうと思っていた。良くてそこそこの魔力で、地方の魔法学園の普通クラスに通うか。
そもそも魔法って、扱えるのが貴族の人がほとんどで、貴族向けの魔法学園しかない。そこに、普通クラスがある形だ。貴族の次男、三男以下はほぼそこに通うことになる。もちろん、庶民でも魔力がある人はそれなりに居るので、そればっかりってことは無い。
15で卒業して、王都に出て騎士団に入るか、18まで勉強してどこかの商家に雇ってもらうか、王都に出て文官でも目指すか。
どっちにしろ、貴族なんてのは名ばかりで、関わることも少ないだろうと思っていたのだ。
さっさと家を出て、結婚して、無難に過ごすのかなぁって、何も考えてなかった。
それが10才の時の魔力検査の時にひっくり返った。
僕に相当な量の魔力があることが判明したのだ。
魔力の検査をする装置を壊すほどには。
地方の検査装置は古いものが多く壊れやすいと言うのもあったけれど、それでもかなりの量の魔力を僕は宿していた。
そのため、四男にも関わらず、王立クロライト魔法学園に通えるようになったのだ。
僕は家族内に嫌な空気が漂うのではと心配したが、そんなことは無かった。
貴族の場合、魔力持ちが後を継ぐ場合も多いからだ。僕にはそんなつもりは全くないので、何だか申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
けれども、家族は喜んでくれた。
長男がそれなりの魔力持ちだったのも大きいかもしれない。じゃなきゃ、家督争いでギスギスしたかも知れない。
家族は、むしろ国一番の貴族の学園に通うことをとても心配してくれた。
一番上の兄が王立クロライト魔法学園を卒業したのだけど、それだって入学の時大騒ぎだったらしいし、直前まで悩んだみたいだ。結局、長男な上にそれなりの魔力量があるという事で、そこに通うことにしたらしいのだけど。
その兄は、王都で就職したんだけど、僕の話を聞いて心配ですぐさま帰って来てくれたくらい心配してくれた。
それから僕が学園に入学するまで、兄たちは帰ってくる度に、礼儀作法とか貴族のルールなんてものを教えてくれた。
ちなみに、僕は三人の兄と姉が一人。それから妹が一人いる。
姉が魔力持ちだったが、そこまでの量では無かったのでクロライト学園じゃない魔法学園に通っていた。だから、羨ましがられたが、心配もされた。
貴族の学園と言うものは、それなりに大変らしい。姉は女の子なので貴族クラスに通っていたので、多少詳しい。
姉には、対女性の心得と言うものを叩き込まれた。
曰く、女性との距離は的確に。気安く、近付きすぎるな。
今までと同じにしてはいけない。
これは、すごくすごーく言われた。庶民の学校で、そこまで気にすることなんて無かったのに。面倒だ。
……特に婚約者の有無には気を付けろ。トラブルの元だと。
確かにそうだなと思う。言われなきゃ気付かなかったからとても助かった。
社交辞令を真に受けるな。けれども、基本的に女性は褒めろ。レディーファーストで、気を遣え。だけど、気のある素振りで勘違いもさせるな。期待を持たせるのも禁止。きっぱりと断るのも必要だが、相手の爵位によって拗れるので、オブラートも必要。
などなど。
難しすぎてさっぱりだった。
気のある素振りって何だろうと思う。
『あんたは絶対勘違いさせるから、くれぐれもくれぐれも気を付けて』と嘆かれた。意味が分からない。
姉はちょっと、身内贔屓が過ぎるところがある。
兄の教えてくれた暗黙のルールも怖かったけど、そのせいで女性の方が怖いと思った。
不安もあったけれど、ワクワクもしていて、何より家に居たら到底食べられない美味しいものが食べられると聞いて期待していた。
兄に学園には“カフェ”があると聞いて、それを一番楽しみにしていたのだ。
けれども、一緒に行ってくれる相手が居なくて、困っていた。
最近はそうでも無いけど、甘いものを男が好むのは格好悪いと考える者は少なくなく、しかも男同士で行くほどの熱意のある者とも出会えず、学園のカフェは未知の場所だった。
姉には間違っても初対面の女性を誘うなと言われていたので、それを守った。トラブルの元と言われたら出来るわけも無いし、あんなに女性への注意を聞いたら親しい女友達が出来るわけもない。怖い。女の子に対してそんなこと、思ったことないのに。
なので、貴族の女性というものは、ちょっと変わった生き物のように思っていた。
実際、クラスに居た侯爵家のご令嬢は、これまでに見たことの無いくらい美しくて、未知の存在だった。他のご令嬢たちもまさに“ご令嬢”で、学校に居た女の子たちとは、まるで違った。
気軽に近付いていい存在ではないとすぐに判断できた。割れ物注意の陶器のようだ。
姉の注意は、少しも大袈裟じゃなかった。
今までのノリで馴れ馴れしく接したらとんでもないことになるだろう。婚約者がいれば目も当てられない。
と言うわけで、入学して一ヶ月も経つと言うのに僕はカフェに行けてなかった。
哀しい。
食堂でも甘い物は食べられるけど、カフェに行ってみたいのだ。それで、ショートケーキを食べたいのだ。
そんな情熱に突き動かされて、僕は一人でカフェに行くことにした。
……けれども、どうにもオシャレすぎるカフェの雰囲気に一人では入れないと戸惑ってしまう。
そうして、遠くから見つめること三日。
自分の意気地の無さに呆れるよ。
とりあえず一人で行くのは無理だと判断し、諦めて女の子に頼むことにするか、男友だちに頼みこもうか悩み始めていた頃、不思議な女性に声を掛けられた。
そして、どうにも不思議なことを頼まれた。
何だろう、何かのワナだろうかと警戒もした。そんな風には見えない高慢な所もないごく普通の女性にしか見えないけど。この学園に通っているからには、貴族だろうから、気を付けなければいけないが。
けれども、好きなだけケーキを奢ってくれると聞いて、思わず喜んでしまった。
だって、諦めていたのだ。
女の子に頼むのもそこまで持っていくのにとても気を遣いそうだし、友だちも素直に引き受けてくれるか微妙だ。
それが、好きなだけ食べていいと言うのだ!
心惹かれないわけがない!
大分うっかりしたなぁと思いながら、指示されたことを引き受けることにした。
*****
引き受けることにはしたが、緊張する。
誰が声をかけてくるとも言われなかったので、それも怖い。
キョロキョロとしながら、これで良いのだろうか、揶揄われたのだろうかと、不安になりながらカフェの前をうろつく。
場違いじゃないだろうかと不安になる。
「……何か、困ったことでもあったかな?」
……本当にきた!
そう思いながら振り返って僕は困る。
中性的な甘い顔立ちの男子生徒がそこに居たからだ。柔らかい微笑みはどこか他人を安心させるもので、警戒心を抱かせない。
なんと言うか、とっても女性に好まれそうな外見の男が、自分に笑いかけていると言うのが信じられなかった。
周りに誰か可愛い女の子でも居るかも知れないと、キョロキョロ見るが、見当たらない。間違いでなければやっぱり僕に話しかけている……。
「僕は間違いなく君に話しかけているよ……」
僕の行動に少し笑いながら、そう言ってくれる。呆れられてしまったかもしれない。そう思いながら、不思議な女子生徒に頼まれたことを思い出す。
ええと。
「あの、えーと。どうしてもカフェに入りたくて……!その、ショートケーキが食べたくてですね。……でも、一人で入るのはちょっと恥ずかしくて……」
言われた言葉とたぶん違うし、私情が入ってしまったけれど概ね言えた、と思う。
「ふふ。……じゃぁ、僕と一緒に入る……?」
本当に言ってくれた!
でも、いいのだろうか。
あ、でも喜んで引き受けるべきなんだっけ。
「いいんですか?!嬉しいです!一緒に行ってくれる人が居なくて困ってたんです!」
素直に喜びを表現すれば、「それは良かった」と微笑まれた。何だろう。すごく緊張する。
その上、兄がする様に頭を撫でられた!
そんなに僕は幼く見えるだろうか……と、少し落ち込む。
「あぁ、ごめんね。あまりに可愛くって」
って、言われると余計に恥ずかしくなる。
きっと、すごく上級生なのだ。自分なんて子どものように見えるのだろう。そんな態度だったし。恥ずかしい……。
こうして一緒にカフェに入ってくれるなんて、なんて良い人なんだろう。
学園に来る前に色々聞いてたから、貴族怖いと思っていたけど、こんなに優しい人も居るんだと、嬉しくなる。
なんと、その声をかけてくれた人は、ユリシリル・トラヴィス様と言って、トラヴィス商会のご子息だった!
トラヴィス商会と言えば、知らない人の居ないほどの大商会だ。男爵を賜るほどの。
僕と同じ男爵家だけれど、その地位は雲泥の差だ。
だけど、ユリシリル様は名前呼びをお許しくださり、気さくに話してくださった。その上、自分も甘い物が好きだからたまに付き合ってくれると助かるなんて誘ってくださった!
その上、何でか奢ってくれた!申し訳ない!なんて、懐の深い方だろう!!感謝しかない!
僕もあんな風にスマートな男になりたいなと、純粋に尊敬した。
こんな素晴らしい機会をくれた不思議な女性には感謝しかない!
閲覧ありがとうございます!
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兄弟が心配でたまらないザビニ家の一同
父「いつどこからお叱りの書状が来るか心配で胃が痛い」
母「どこからとんでもない縁談が飛んでくるか分からなくて心配」
長男「あの学園に弟が通うなんて、心配が過ぎる」
次男「あいつ、自分の周りで起きてるバトル一切気付いて無かったからな」
長女「勘違いされて、付きまとわれる未来しか見えない」
三男「今までは女子の中で協定があったらしいからね。そのせいで、鈍さに磨きがかかったとしか言いようがないけど」
次女「お兄ちゃんは、自分の顔面を分かって無さすぎなの」
一同「よりにもよって、兄弟で一番迂闊な子が……」