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放課後、私は訓練場に向かってみた。
普段なら攻略対象キャラと接触する可能性があるところになんて向かわない。
ましてや、《訓練場》なんてイベントが起きる可能性のある場所だ。絶対いかない。
他の場所なら遠くかーらひっそりと見たりはするけど。
第二王子が《中庭》のベンチに居たのを草むらから眺めていたのは私ですが、何か。ちょっとヒロインが来ないかしらって期待もしたのよ。……何も無かったけれど。
《中庭》は行くのに《訓練場》は何故行かないのか? そんなの、隠れようがないからに決まっている! 踏み入れたら必ずバレる。騎士団への入団どころか近衛兵すら確実とされているエリートであるシルヴァン相手に気配消すとか無理だからね!
でもでも、今はたくさんのご令嬢が詰めかけている。私だけじゃない。目立たなくて済む。
と言うわけで様子を見ることにしたのだ。
訓練場は、普段はその名の通り魔法の訓練や剣術の手合わせなどに使われる場所で、試験期間でない限り賑わうような場所ではない。
が。
訓練場に入って驚く。
何かの試合でも観覧しに来たのだろうかと言わんばかりの人。女子生徒たち。
ウソだろ。
そして、噂どおりこんな中でも無表情で剣を振る攻略対象の一人であるシルヴァン。
正直、噂を聞いた時『ウソだろう』と思った。本当だったとしても、もううんざりして訓練場に足を運ばないのでは? と思っていた。
けれども居た。
「あれ? ミアも、見学??」
信じられない光景にぼんやりとしていたら声をかけられて驚く。
「ナタリー!」
クラスメイトでもある友人の名前を呼べばにっこりと笑みを返してくれる。
「やっぱり、貴女も来ると思ってたわ」
そう言うと、爽やかな笑みはニヤリとしたものに変わってしまう。
私は表向き彼らの追っかけはしていないので、興味が無いと思われているが、ジャック含め親しい友人には周知の事実。
ナタリーはそれを知る、気安い友人なのだ。
そして、私の仲間でもある。
本気の恋、淡い恋ではなく“ファン”としてイケメンを愛でる……数少ない同士だ。
「噂は本当だったのね」
それには答えず苦笑いしながらぽつりとこぼせば、ナタリーは嬉しそうに頷く。
「そうなの。こんな騒ぎになっても場所を変えたりしないのよ。今までなら考えられないわよね」
「そうね。大分迷惑そうではあるけど。美しい無表情が崩れかかっているわ!」
「相変わらずの洞察力が怖いわね。こんなに遠いのに……」
「ところで、ランドルフ様以外にこういう噂はご存知?」
引き気味のナタリーは、ちらと周りを見て声を潜め『ここだけの話よ』と囁く。
「殿下は中庭。トラヴィス様はカフェの前、ストライテン様は第三講義室の前によくいらっしゃるようよ」
それは……。
とても聞いたことのあるラインナップ。
「どこもこんな状況なの?」
「……いいえ。騒ぎになってるのはここだけよ。ストライテン様は最近デートしてくれないと言う噂は飛び交ってますけど、場所までは……。どうやらここ数日の話みたいですし」
「そうなの……」
相変わらずナタリーの情報網はすごい。
なんで、ほとんどのご令嬢が掴んでいないものを持っているのよ。
「ふふ。前々からそこで見かけやすい……と言う噂はあったのよ」
……知らなかった。
カフェなら結構行ってたけど、ユリシリルを見た気がしないのだけど。
うーん。それにしても、自分の情報収集能力の低さに呆れる。まぁ、そこまで親しい友人も多いわけでは無いんだけどね!
それに、平和すぎてそこまで気にしてなかったと言うのもある。情熱的に見に行こうと言う気もそこまで無いし。
まぁ、見れたら幸せではあるのだけど。
最近の関心は、“ヒロイン”の動向と悪役令嬢が足を踏み外さないか……と言うことにあったので、攻略対象たちのことはそこまで注視していなかったのだ。
“ヒロイン”があまりゲーム通りに動いていないので、ただ似た世界なのだろうと早々に結論付けたのが、問題だった。
「そうなのね。……ありがとう。では、私はこれで」
「あら、もう見学はおしまい?」
「ええ。一目見れただけで十分だもの」
「相変わらずね」
にこりと適当に返せば、呆れたような声が返ってくる。
……その表情、ジャックととても似ているわ。私のことを知っている人が必ずする表情。そこまで呆れられることはしていないのに。
数少ない同士ではあるけど、微妙に違うのよね。彼女は追っかけをするタイプ。“ファン”にも色々いるからね。やっぱり見るだけなんて共感を得るのは難しい。
アイドルのいない世界だから余計ね。
うーん、将来はアイドルでも作ってプロデュースしてみようかしら。
……たぶん、無理ね。
せいぜいアイドルカフェが限界だわ。
それでも追っかけ派の方が多くなりそうだけれど。
なんて、しょうもないことを考えながら、優雅に一礼をして訓練場を後にする。
そう、私はそんなことよりも考えたいことがあるのだ。
ちょっと整理したいことが。
そもそも、私が放課後に早々に寮に帰るようにしていたのは、攻略対象キャラと鉢合わせないためだ。
放課後に、接触するイベントがあるからだ。
ある程度キャラによって行く場所は決まっているものの違う場合もいない場合もあって、正直、どこに誰がいるか分からないので、避けていたのだ。
何処にいるか分かっていて、バレないように見に行くのはいい。不意に遭遇して、二人きりなんてはめになったらと思うと恐ろしいのだ。認識はされないとしても、関わってしまう。避けたいことだ。
その放課後イベントなのだが、初回はどこに誰が居るのか決まっている。
《中庭に行く》か《訓練場に行く》か《カフェに行く》か《校内を散策する》か選ぶのだ。
つまり、そう……。
それぞれが足繁く通う場所だ。
もしかして、ゲームの強制力は存在する?
たぶん、ヒロインは彼らと接触しておらず、そのイベントをこなしていない。
だから、彼らは待っている……?
ヒロインを?
それなのに、ヒロインの方はイベントをしていない?
強制力があるのに?
そんなバカな。
って言うか強制力があるの?
怖い。
ジャックの話を聞いた時も思ったけど、得体が知れなくて怖い。
とりあえず、と。
私は中庭に向かう。
「最近、ルーファス殿下はこちらにいらっしゃいますが、何ご用事が?」
例のベンチに人影が見える。
ちょっと気取った声が聞こえる。
「……どうだろうね」
曖昧に答えを返すのは、攻略対象キャラである第二王子様。その隣にいらっしゃるのは、悪役令嬢ソフィア様だ。
さすが、婚約者候補筆頭。
取り巻きを使って、他のご令嬢プラス婚約者候補が近付けないようにしてる辺り意外と策士。
私が二人を視認できるほどの距離に近付けたのは、一般的ではないルートを通ったのと、警戒するほどの人物ではないという点がある。
うーん。
やっぱり殿下、いらっしゃる。
噂になっていなかったのは、ソフィア様がコントロールされていたからだ。きっと。そうなると、ナタリーはすごいわ。
こうして、ソフィア様と話していても通い続けていると言うことは、会うのはヒロインじゃなきゃダメ……と言うことか。
あ、そのシチュエーションを再現するとか?
どんな選択肢だったかな。
最初の選択肢によって変わるはず。
《木に登る》を選択していた場合、すでに接触があるので、向こうから話しかけてくれて、ヒロインの話を聞きたがる。
それに、《喜んで話す》《遠慮する》《困惑する》だったかな。
選んでなかった場合でも、“光魔法”が得意で“庶民”のヒロインに興味を持って話しかけてくる。
第二王子も大分、迂闊だよね。
で、それに《喜んで話す》《遠慮する》《困惑する》
まぁ、どれを選んでも何だかんだ話すことになるんだけど。
《喜んで話す》が一番好感度が高かったかな?
でもこれって、ヒロインじゃなきゃダメだよね。
第二王子から、話しかけないといけないってことだから。
難しいな……。
ヒロインに関しては、1ヶ月経ってこれなのだから、彼女の生活ルートに入ってないってことだから。
もしくは、避けているか。
だとすれば、尚更難しい。
……でも、それは自発的に?
それとも友人に言われて?
避ける理由はよく分かるけれど……何かひっかかる。
そんなにゲームと違う動きをするものなのかな?
出来るものなのかな?
攻略対象の彼らは“ゲームの強制力”っぽいものに左右されているのに。
ヒロインには無いの?それもヒロイン補正??
うーん。
それでも、ヒロインと会うのも避けたい。
とても、面倒な気がする。
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