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1話

シエラの才能は表に現れ、魔術師の道へ進む手助けとなった。そこからはすべてがトントン拍子に進み、3年間の魔術学校を首席で卒業(実技科目のみだが)したシエラは、見事立派な王国魔術師となった。優秀さを買われ王宮所属の魔術師となり、半年で昇進という偉業をなしたのだ。


まさに、異世界転生の醍醐味であるチートによって、シエラは最高の人生を歩む......はずだったのだが。


「衝撃的にモテない」


シエラの声が執務室に響いた。


「急にどうしたんですか」


シエラの直属の部下であるクロエ・ウィステリアが、苦笑いした。


「華の16なのに......」


シエラは机を勢いよく叩く。


「クロエだって18才じゃない。ちょうど婚期なのに、そういうの気にならないの?」

「そりゃまあ、恋愛もしたいですけどねえ、なんたって魔術師ですから」


至極真っ当な発言に、シエラはうなだれた。


クロエは器量良しだ。編んでサイドに流したグレーアッシュの髪はさらさらで、いつもシエラが遊んでいる。眼鏡の奥のぱっちりとした目も、とてもきれいだとシエラは知っていた。


そんなクロエにすら浮いた話がないのは、クロエが魔術師であることに原因がある。


「魔術師はイメージが悪いすぎるのよ。変人だの根暗だの......」

「実際そういう人間は多いですからね。この業界」


またもや正論である。たしかに魔術師は、少々浮いているというか、人と考えが違う人間が多いのだ。


おかげで、異性と出会っても「魔術師をやっています」の一言で微妙な距離をとられてしまう。


子供の頃は全く気がつかなかった盲点である。日本人だった頃に見た物語などのせいで、シエラは魔術師という職業に幻想を抱きすぎていたのだ。


「他の種族だと魔力が高いほどモテるんですけどね」


クロエがぽろりとこぼすように呟いた。


「え、そうなの?」

「世界史の授業で習うじゃないですか......」

「歴史系の授業は聞いてないから」


断言されても......と、クロエが呆れ顔になった。


「人間は貨幣(かへい)によって取引をしますが、他の種族は魔力によって取引をします。というか、それが一般的なんですが、魔力の弱い人間はそんなことをしていたら倒れてしまうので」


「ウィステリア先生」と化したクロエが説明する。


「それに、魔術が一般化している他種族では、魔力が高いほど力が強いということなので」

「強くて金持ちってことかぁ。魔力をお金の代わりにって、どうやるの?」


「本当に授業聞いてなかったんですね......魔石に魔力を込めるんです。魔力量によって価値が変わります。人間の貨幣は、これの真似事でできているんですよ」


これだけ説明を聞いても、授業で同じ話を聞いた記憶がシエラの中に蘇ることはなかった。


「さて、それより仕事です。この書類に目を通してください」

「はい」


若干項垂れたシエラは資料を手に取った。


「えー、クレイフォレストとの(さかい)の結界の強化に関して......王宮魔術師シエラ・ジプソフィラに強化を依頼する!?」


でた、とシエラは思った。人々は少々シエラを買い被りすぎているのだ。通常結界の強化は4人程度で行う。この書類を書いた人物はそれをシエラ一人でやれとおっしゃるのだ。


「いや、ぎりぎりできるけどさ、めちゃめちゃ疲れるし魔力500くらい消費して次の日まで魔術使えなくなるからね!?」


鬼畜にもほどがある。シエラはさらに項垂れた。書類が回ってきている時点でこれは上からの指令であり、シエラに断る権利などないのだ。


「一晩眠れば回復するところが超人なんですよ」


クロエが(なか)ば呆れたような顔で言った。



◇ ◆ ◇



クレイフォレストと面する町は、中々に寂れていた。理由は明白、モンスターのせいである。


結界によって長年守られてきたこの町だが、当の結界が近年劣化してきている。おかげてクレイフォレストに住むモンスターがちらほらと町に迷い混んでしまうのだ。


いくら比較的おとなしいモンスターとはいえ、一般人たちからすれば十分な脅威である。もちろん、町を捨てる者も出てくるし、観光客もめっきり減った。


そこで、とうとう参った人々がシエラに依頼したのである。


なかなかの重労働なのでシエラもそれなりの対価は受けとる。しかし、4人分よりは少々安いのである。もちろん、4人が山分けするよりは多くの金銭を貰えるので、シエラの懐はそれなりに潤っていた。


魔術師は、地位に見合った月々の給料に加え働いた分だけの料金が出る。知名度が高く指名依頼が入りやすいシエラにはなかなかありがたい制度だった。


「それにしても人が少ないね」

「昔は活気溢れる町だったと聞きますが......」


(まば)らにすれ違う人は沈鬱(ちんうつ)な面持ちで、活気とは駆け離れた様子だった。そんな中、突然明るい声がシエラの耳に舞い込んだ。


「やあやあお嬢さん方、僕とお話致しませんか?」


シエラとクロエが揃って振り向くと、獣の様なグレーの耳を生やした青年が立っていた。奇妙なことに青年はずぶ濡れで、本来ならばふさふさとしているであろう耳はなんとも残念なことになっていた。


「......体を乾かした方がいいんじゃないですか」


クロエは凍てつくような冷たい目をしていた。


「あー、これ?無視してくれていいですよ?」


隣に立つ人間が頭から爪先まで水浸しであることをスルーできる人間がいるだろうか。少なくともシエラには不可能だった。


「仕事で来ているので、またの機会に」


口では言うものの、シエラは願わくば二度と会いたくないと思っていた。隣にいるクロエも同じ考えのようである。


青年はしょんぼりと去っていった。


「待たせた」


背後から現れたのは、シエラの護衛として来ているチェイス・ライトンだった。


「どこに行っていたんですか!」


クロエが怒鳴ると、チェイスはへらりと笑った。よく見ると顔が赤らんでいる。


「酒場の下見してた」

「はぁ?」

「まあまあ、森付近ではちゃんと仕事してくれればいいから」


クロエの血管が切れてしまいそうだったので、シエラは慌ててフォローを入れる。


「そうは言うけどよ、お嬢さん。ぶっちゃけ俺よりクロエやお嬢さんのが強いだろ?俺の必要意義なんてねえよなぁ」


チェイスはのらりくらりとした無精髭の男で、なにかと仕事が雑なため、クロエとはよく言い合いになっている。チェイスが働かなくとも何とかなるのは事実なので、いちいち叱責するのも面倒くさいシエラは黙認していた。


強いて言えばひとつ気になることは、チェイスがシエラを「お嬢さん」と呼ぶことだ。シエラはその力から16にしてエリート街道まっしぐらだ。そういう人間を影で言う輩は必ず出てくるし、実際に言われていることは知っていた。だからその、「お嬢さん」という呼び方は、子供だと馬鹿にされているようで嫌だったのだ。


「いい加減にしなさい!結界を張ったらシエラ様は魔法が使えなくなりますし、そうなった時必要なのは貴方なんですよ!」


脳内世界に飛び立っていたシエラを、クロエの怒号が呼び戻した。


「俺よりクロエのが強いじゃん?」

「私の仕事じゃありません!」


毎度のことだと慣れてはいるが、飽きもせず続く2人の言い合いに、シエラはため息をついた。

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