8、王都へ
「そろそろ王都に向かうか」と、アイシャは言った。
「もう街を出るのか?」冒険者登録してから約1ヶ月になるが、大きな成果といえばAランククエストを1件達成しただけだ。
「んあっ!……もう行っちゃうんですかにゃ?ずっとこの街にいればいいのにゃ……あふっ
!」
セグレタ冒険者ギルドのアイドル、ジェニファーはカウンター越しに猫耳をモフられてゴロニャンしている。思い出したかのように特殊語尾になってるな。
「アイシャの野郎、俺のジェニファーちゃんを!」「やめとけよ、俺達じゃ敵いっこねえって」
奥のテーブル席で飲んでいた冒険者が色めき立つ。アイシャにちょっかいを出す度にボコられて金を巻き上げられているので実際に襲って来たりはしないが。
「元々王都を目指して旅をしていたのだ。私もジェニファーと離れるのは心苦しいが最近では悪名の方が広まりつつあるしな」
確かに金は貯まっているが主に大麻草密売や盗賊に対する窃盗で得た金がメインだ。その上先日は消失した高台の洋館の件で衛兵から取調べを受けることとなった。こうしてみると悪い事しかしてないように見えるから不思議だ。
「んっ……でもアイシャさんがイッちゃ……行っちゃったら寂しいですにゃん。このギルドにはキモいオジサンしか居ないし……」
うっかり本音を零してしまうジェニファー。ベテラン冒険者達は普段は優しく礼儀正しい受付嬢の本音に絶望の涙を流している。とんだとばっちりだな。
「まあ今生の別れという訳ではないさ、時間がある時は会いに行くから」「む〜、約束ですよっ」
カップルかよ。
⌘ ⌘ ⌘ ⌘
セグレタを出てから4日目、見渡す限りに広がる草原の中、赤煉瓦の街道を歩き続ける。
王都までは10日ばかりかかるそうだ。愛馬に揺られるアイシャと徒歩の俺。相変わらず俺を後ろに乗せてくれる積もりはないらしい。
「のんびり行きますか〜」長い距離を歩くコツはゴールを意識しない事。一歩ずつ歩いていればその内到着するのだ。
「そうだな、金も食料もあるし急ぐ必要はない」
ずっと野宿だったがアイシャは四次元小袋の中にテントや、街で購入した寝具も入れていたので全く不便は感じなかった。
「まあお前も今までの付き合いだし、士官が決まっても悪いようにはせんさ」
珍しく優しい。デレ期かな?ちなみにセグレタ冒険者ギルドでは女騎士と奴隷のパーティとして認知されていた。
俺も元の世界に帰りたい気持ちはあるが、まずは生活の基盤を作らないとな。帰る手段を探すのはその後だ。
「ああ、助かるよ、今更売られるような事にならなくて良かっ……なんだあれ」
俺が指差した先には一台の馬車が止まっている。よく見ると車体が傾いているようにも見えるな、脱輪でもしたか?
「金っ!」アイシャが叫ぶとヴァレンティナが一瞬で加速した。人馬一体。500m先の馬車に突貫する勢いで駆けてゆく。
それにしても「金!」って……トラブルで立ち往生している一般市民なんて金ヅルにしか見えないんだろうな、俺の時もあんな感じでダッシュしてきたっけ。
「誰かいるか?如何なされた!」4輪馬車には1頭の馬が繋がれているが御者台には誰も乗っていない。馬を降りたアイシャは客車の扉をドンドン叩いている。
ガチャ。客車のドアが開くと商人風の若い男2人が出てきた。
「これは騎士様、馬車の車輪が溝にはまってしまって、自分達ではどうにもならず人が通りがかるのを待っておったのです」
「どれどれ?これは石の間に車輪が食い込んでいるな。ちょっと待ってろ」
アイシャは身を屈めると邪魔な石を引っ張り始めた。騎士槍で砕くと車輪を痛めるからか。「固いな」
バカン!
後ろから覗き込んでいた商人の1人がアイシャの後頭部を煉瓦で殴った。
「アイシャ!」俺は走り出した。まだ100mほどの距離がある。アイシャはそのままの姿勢で動かない。「逃げろ!」
「へっへっへ、いい格好して人助けなんてするからこんな事になるんだよ」
「さっさと身包み剥いじまおうぜ」
アイシャはゆっくりと立ち上がって振り向く。
「ちょっと弱かったか?もう1発だ!」ゴッ!
振りかぶった煉瓦より先に白銀の拳が男の顔面にめり込んだ。「ごおっ⁉︎」鼻面を陥没させ、崩れ落ちる男。
「は、はへ?」最初に出てきた男は呆然としている。
「ふん!」強烈なボディブロー。男の体が一瞬宙に浮いた。
「ぼえっ!」男の口から吐瀉物が撒き散らされる。だから逃げろと言ったのに……
アイシャはもがき苦しむ男達を放置して馬車の中を探る。「アイシャ、大丈夫か?」
「問題ない。こいつら珍しい物を持ってるぞ、治癒魔術のスクロールだ」
アイシャは巻かれた羊皮紙を広げると呪文を唱えた。『ヒール』
男達の傷がみるみる治っていく。「な、なんで?」驚く男。
「おっ、効いた効いた。この魔法陣、効果は小さいが5回まで使用できるものだな、これからが本番だ」
慌てて逃げ出そうとする男達の襟首が掴まれる。
この展開は……「もしかしてオラオラですかぁー⁉︎」
「YES!YES!YES!」アイシャは楽しそうに拳を振りかぶった。
「ひぃっ!」「オラオラオラオラオラオラオラオラ惡羅惡羅惡羅惡羅ァー!!」
ボグシャー
⌘ ⌘ ⌘ ⌘
「なるほどな、食い詰めて盗賊に身を落としたと」
日が落ちたので、近くの木の下で焚き火をする。盗賊の乗っていた馬車はアイシャが叩き壊して薪にしてしまった。
盗賊2人組は正座。俺とアイシャは馬車に積んであったベーコンの塊を焼いて食っている。最近は味気ない干し肉ばかりだったのでたまらない旨さだ。
「は、はい。俺達近くの村で農業をやってるんですが、このところの不作で生活に困って……ゴクリ」
最初に声をかけてきた男、レイモンドが答える。顔面はボコボコだがその視線は焚き火の上でジュウジュウと音を立てる厚切りのベーコンに注がれていた。
「それで商人を装って通りがかりの者を待ち伏せしようって話になりやして。姐さんがこんなに強いなんて知ってたらやらなかったんですがね、へへ」
もう1人の男、ロジャーが言った。
ん?
「本職の盗賊に襲われたらどうするつもりだったんだ?ろくに武器も持ってなさそうだし」
「いえそれがね、最近この辺りで盗賊を狙った強盗が起きてるって話で本職の奴らはナリを潜めてるんでさぁ。
何でも盗賊団の根城に忍び込んで貯め込んだ財宝を根こそぎ奪い、帰りを待ち伏せして皆殺しにしていくらしいんですわ。有名な喰痢威腑肺腑も壊滅させられたとか。生き残りの話では男女の3人組で凄まじい魔術の使い手らしいですぜ」
非道な奴がいるもんだ、俺達は2人組だから違うな。
「なるほどな、盗賊に襲われる心配はないし、声をかけてきた奴が強そうなら商人を装ってやり過ごせばいい訳だな、上手いやり方だ」
感心したように言うが本物の商人だったとしても法外な金を請求していたんだろう、がめつき事山の如しだ。
「俺達も1組目でこんなに強いお人に遭っちまうなんて思いませんでしたがね、結局向いてないんでしょう。王都で真面目に日雇いでもやりますわ」
「まあ待て、私に考えがある。上手くいけば報酬を弾んでやるぞ」
「本当ですか⁉︎」「ありがてぇ!」2人は拝み倒さんばかりの勢いだ。
アイシャは2人から奪った酒を飲みつつ左手をワキワキしている。これはロクでもない事を思いついた時の癖だ。
⌘ ⌘ ⌘ ⌘
青空の下、どこまでも続く赤煉瓦の街道は緑の草原に鮮やかなコントラストを描いていた。
街道の中程で一台の高級そうな馬車が立ち往生している。どうやら煉瓦の窪みにはまって出られなくなっているようだ。
「坊っちゃま申し訳ございません、あと少しで抜け出せそうなのですが」白髪の執事らしき男性が木の棒で車輪を押し出そうとしている。
「大丈夫かい?アルフォンス、僕も手伝うよ」10歳ぐらいの利発そうな男の子が降りてきた。執事が押し留める。
「なりませんお坊っちゃま!ジーク公爵家の3男であらせられる方がそのような!ここはじいやにお任せくだされ」
まあガッツリ車輪が嵌るように地面まで抉ってるからね。御者は2頭の馬にムチを入れてるが無理だろう。窪みをワラ束で隠しておいたとはいえ、こんな見え見えのトラップに引っかかったのは御者の不注意だ。
頑張っている爺さんの足元に火球が飛んできた。ワラに引火して派手に燃える。
「うおっ!」
「よし行くぞ」「おう」草むらからレイモンドとロジャーが飛び出した。
「へっへっへ、良い馬車に乗ってるじゃねえか」「積荷と有り金は全部頂きやすぜぇ」ナイフをペロリと舐めるロジャー。2人共目出し帽を被っている。
「何奴⁉︎」上着で火を消していた執事が腰の剣を抜く。御者も降りてきた。
『痛風!』圧縮された空気の塊が2人の間をすり抜け、御者の胸に直撃した。10mぐらい吹っ飛んで動かなくなる。
「やり過ぎだって!」「しょうがないだろう!あいつはそこそこ出来そうだ。あの2人がやられてしまっては元も子もないのだからな」
「お……俺らをその辺の盗賊と一緒にしてもらっちゃあ困るぜ」「ぶ……武器を捨てろ!」
2人は背後から飛んできた魔法の威力に動揺しているようだ。少しかすったのかレイモンドの右袖が破れている。
しかし強盗2人組に対し、老執事は覚悟を決めた表情になった。
「その魔術の腕前……私の力では坊っちゃまをお守りする事かなわぬ。しかしこのままおめおめと逃げ帰っても旦那様に合わせる顔もなし、坊っちゃま申し訳ありませぬ、じいやは先に逝きますぞ……」
老執事は正座してシャツの前を開けて刃を握った。切腹の体勢だ。
「わー!待て待て!」「離せ!死なせてくれ!」揉み合う3人の男達。実にシュールな画だ。
「行け、ダイチ!」尻をはたかれた。「いてっ!わかったよ……」
俺は走り出した。手には赤く塗装した木刀。
「ま、待て待て〜い!我こそは勇者コマツバラ。それ以上の狼藉は許さんぞ!」
くっ、恥ずかしい。視界の端でアイシャの方を見ると前を向けのジェスチャー。いやこんなの無理だって。
「ゆ……勇者殿ですと?どうかお助けくだされ!」
おお、信じてる。俺の演技力もなかなかのものだな。
「任せろ、とう!」上段の構えからロジャーに斬りかかる。短いナイフであっさりと受け止められた。
あれ?治癒のスクロールあと2回残ってるし当てるつもりで振ったんだんだけど、 ロジャーって結構強い?
「ぐあっ!」何もしてないのに倒れるロジャー。ナイフを落とし、右手首を押さえている。
「この野郎、よくも相棒を!」長剣で斬りかかってくるレイモンド。俺に遠慮してるのかスロー過ぎる動きだ。こいつら案外強いみたいだし俺は本気でいった方がいいな。
「えい!」全力で木刀を振り下ろす。バキン!
「ぎゃあ!」レイモンドが長剣を取り落す。左手首がプラーンってなってる。
「ご、ごめ!」やっべ、やり過ぎた。
レイモンドは真っ青な顔で耐えている。この2人パワーバランスがおかしい。
「ふん、これに懲りたら盗賊などやめる事だな……えっ⁉︎」
カッコよく決めて振り向くと老執事がロジャーの腹を剣でズブシャー!と刺していた。
「勇者殿、トドメを刺されておりませんぞ!」
グリグリ。「ぐおおお〜!!」
「この野郎、よくもロジャーを!」
「ふーん!」ドブシュー!
老執事の剣がレイモンドを袈裟懸けに深々と斬り裂く。
「ぎゃあぁぁぁ!!」鮮血を撒き散らし倒れるレイモンド。
「やり過ぎだっ!」思わず叫んでしまった。老執事はキョトンとしている。
執事の向こうで仰向けに倒れたロジャーが首を振っている。
ああそうか、この爺さんからすれば自分と幼い主人の命がかかっている状況だし、ロジャーとレイモンドは生活がかかっている。この場で俺だけが真剣じゃなかった。
「い、いえ、こいつらの仲間がいるかもしれません。一刻も早くここを離れましょう」
「ああそういう事ですか、分かりましたぞ。しかし馬車が……」
ゴゴゴ……馬車が浮き上がる。アイシャの重力魔法だ。
「なんと!」「さあ、行きましょう」2人が心配だ。横目で見やるとロジャーが微笑んでいた。
行って……くだせぇ……
ロジャー……すまん!
「勇者殿、どうなされた?」「いえ、目にゴミが入っただけです。行きましょう」
気絶してる御者を起こして出発した。
王都の方向だ、計画通り。