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アナザークロニクル  作者: そうたそ
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7、アンナと氷の魔女

 結局アンジェリーナも館も既に存在していなかったのか、俺達が屋敷を出ると全て消えて空き地だけが残った。ゲームに勝ったのに館は消えるというね。


 ネゴロとかいう執事はそのままだが仕方ない。館が無くなってしまった以上、探し出して討伐する意味はないのだから。


 ギルドに戻ってクエスト失敗を報告。猫耳の受付嬢ジェニファーは慰めてくれた。他の冒険者の物笑いの種になったがアイシャがひと睨みで黙らせた。


「あとは『氷の魔女討伐』か、どうする?」


「もちろんやるぞ、ここまで大した成果を上げられた訳ではないからな」


 そういえば強い奴を倒してビッグになる!みたいな事を言っていたな。

 でも、もうちょっとだけ依頼のランクを下げた方がいいんじゃなかろうか。


「出発は3日後だ」


 まあ明後日まではのんびりしますか。



 ⌘ ⌘ ⌘ ⌘



 氷の魔女はなかなかにメジャーな存在らしく、ギルドには沢山の情報が寄せられていた。


「ベルン平原、レニア湖畔の古城、王都の貧民街。目撃地点がバラバラだな、これでは何処にいるか分からん」


 魔女は特定の場所に留まっている訳ではないようだ。交通インフラの整備されていないこの世界で不確定な情報を頼りに探しに行ける訳もない。


 そもそも魔女による被害というのが盗賊や冒険者が一方的に因縁をつけていった結果、腕や脚を氷漬けにされて凍傷になるという完全に自業自得なものだった。


「とはいえ、結構な数のベテランが再起不能にされているのでギルドとしては無視できない状況なのです」とジェニファー。


 凍傷と言っても重度になれば手足の切断という事になるらしいからな、治癒魔術みたいな便利なものはないのだろうか?


「治癒は高難度で遣い手が少なく、その上莫大な魔力を消費します。大神官クラスであれば部位欠損などの治療も可能でしょうが、お願いするとなると費用がかなり高額になってしまうんですよね」


 地の文と会話する猫耳嬢。また心の声が漏れてしまったか。今日も可愛いなジェニファー、あー可愛い。


「お前……気持ち悪いぞ!」


 カウンターの隣に座るアイシャがクソ虫を見るような目で見てくる。


「コホン……最近ではレニア湖畔で複数の目撃情報が入っていますね。天気もいいですし、ちょっと様子見に行ってみてもいいかもしれませんよ」


 ピクニックみたいに言われても。



 ⌘ ⌘ ⌘ ⌘



 セグレタから南に半日ほど歩くと広大な森林地帯にぶつかる。

 小径(こみち)を進んでいくと木々の間に大きな湖が見えた。そのほとりには小さな砦が建っている。


「おっ、あったあった」


「古城というほどの大きさではないな」


 3階建の背の高い建物は無骨な石造り。2階バルコニーは湖の上に張り出していて、奥には鉄格子の嵌まった窓が見える。


 中に入ってみた。

 内部は焚火の跡やボロ布、動物の骨などが落ちている。妙に生活感があるな。


「盗賊か何かの隠れ家になっているようだな」


 アイシャは3階の奥に置かれた細長い木の箱をゴソゴソやっている(鍵がかかっていたが騎士槍で破壊した)。「なかなか貯め込んでいるじゃないか」


「と、盗賊⁉︎」


 マジか、クエストに向かう道々で盗賊には2回遭遇した。

 アイシャが一撃で仕留めていたが同じ人間だと思うと未だに慣れない。


「焚火の跡を見るに数日戻っていないようだ。案外魔女とやらに氷漬けにされているかも知れんぞ」


 箱からは銀貨や銅貨がジャラジャラ出てきた。上機嫌で甲冑の懐に詰め込むアイシャ。その姿は盗賊以外の何者でもない。


「お、おい、早く出ようぜ」


「何を恐れている、これで帰ったら何をしに来たか分からんぞ、出るのはもっと隅から隅まで調べてからだ」


 目が$になっている。完全に目的が窃盗になってるな。


「はぁ、分かったよ」


 説得は無理そうだ。


 1階に降りると階段の裏に地下への入り口を見つけた。アイシャがカンテラを取り出して火を点ける。


「持ってろ」



 ⌘ ⌘ ⌘ ⌘



 地下は意外に広く、石の通路が続いている。

 俺はアイシャの背後にピッタリと寄り添いながら周囲を照らして歩く。先行するように言われたが断固として拒否した。


 通路の奥には大きな牢屋があった。捕虜を捕らえておく為のものだろうか、中を照らしてみると奥の方にボロ布のようなものが落ちている。出入り口には鍵がかかっている。


 アイシャは騎士槍を取り出すと鉄格子を真横に薙いだ。


 ガギン!!


 大きな音を立てて鉄格子が歪む。数本の鉄棒が千切れ、人が出入りできるほどの隙間が開いた。

 解決法が完全にパワー系だ。


 牢屋の奥のボロ布には人間がくるまれていた。


「生きてるのか?」


 アイシャが布をめくると赤毛の若い女性が震えている。衣服を身につけていないようだ。


「ダイチ、向こうを向いてろ」

「は、はい!」


 慌てて反対側を向く。


「おい、大丈夫か?」

「た、助けて……」


 盗賊に捕らえられていたのだろうか。


「一般人か?この砦には今誰もいない。今のうちに出るぞ」


 アイシャは新しい毛布を懐から取り出して被せてやった。ドラ●もんかってぐらい何でも出てくるな。


「こっちを見るな!」


 ガン!

 脛を蹴られた。


「すいませんした!」



 ⌘ ⌘ ⌘ ⌘



 アンナという赤毛の女性は近在の村の娘で湖に野苺を摘みに出かけた所、運悪く盗賊に見つかり、捕らえられてあれやこれやされていたらしい。

 実際に遭遇すると胸糞の悪い話だ。


 階段を登って1階に出ると革鎧と刀剣で武装した10名ばかりの男達がいた。


「おお〜?なんだお前ら……」


 サクッ。男の眉間を銀槍が貫いた。


「おお!」アイシャが裂帛の気合いと共に男ごと騎士槍を振り回す。


「おわっ!」

「何だぁ⁉︎」


 血と脳漿が撒き散らされ、顔にかかった数名の動きが止まった。


 ドドドッ!!


 アイシャはその眉間を神速で貫いていく。まさに修羅場だ。


「こっちへ!」


 娘の腕を引き、地下への階段を降りる。


「待てこの野郎!」


 盗賊の1人が修羅場をくぐり抜けて追ってきた。


 腕を掴まれる。


「わっ!」

「ぶっ殺してやる!」


 刀を振り上げる男。


 死ぬ!


 だが男の刀は空中で静止した。肘から上が白く凍りつき、パリンと音を立てて砕ける。


「ひぃ!」


 氷結魔法⁉︎まさかこの娘が……

 振り向くとアンナは首を振る。通路の奥から小さな人影が歩いてきた。子供?


 白い服を着た金髪の12、3歳の子供が近づいてくる。

 一歩踏み出す毎に石造りの通路や隙間に生えた苔が白く凍ってゆく。

 やばい。俺はアンナの手を引いて1階へ駆け上る。背後に残された盗賊が一瞬で冷凍されるのが見えた。


 1階では10人余りの盗賊が既に事切れていた。

 アイシャは死体の衣服で槍に付いた血を拭っている。


「アイシャ、魔女だ!」

「何⁉︎」


 そいつが地下から出てきた。美女とかいう話だったがどう見ても子供だ、美形ではあるが。


 子供の足元から白い氷が広がっていく。

 アイシャは跳躍して躊躇なく騎士槍を繰り出した。


「ぜあっ!」


 白銀の騎士槍は子供の額に吸い込まれてゆき、そのまますり抜けた。


「何だと⁉︎」


 跳んだ勢いのまま転がり抜けるアイシャ。甲冑の右腕が凍っている。


聖火(ブレス)!』


 赤い炎が燃え上がり、一瞬で氷を溶かした。


「撤退するぞ!」


 こいつには勝てないと判断したようだ。

 アイシャが口笛を吹くとヴァレンティナが駆け込んできた。

 アンナを抱えたアイシャが飛び乗る。俺はその背に必死にしがみついた。


 白い氷に侵食される砦。ヴァレンティナが走り抜けると背後で轟音と共に崩れ落ちていく。

 土煙の中から小さな人影が飛び出した。


「追ってくるぞ!」

「ヴァレンティナ、急げ!」

『重いですぅ!』


 今誰が喋った?


 少女?は猛スピードで飛んでくる。


「向こうからは襲ってこないって話じゃなかった⁉︎」


「知らん!『熱閃(カグラ)!』」


 アイシャが左手を振ると黒い光の筋が一瞬で背後に伸び、大爆発が森を吹き飛ばした。


 ドガァァァン!!


 黒煙の中を変わらないスピードで飛んでくる。


「無敵かよ!」


 氷塊を飛ばしてきた。狙い撃ちされる!


「くっそ!」


 突然右手に重たい感触。飛んできた氷塊に向かって振り抜く。

 いつの間にか手に握られていたバールがガキンと音を立てて氷塊を打ち返した。


 続けざまに飛来する氷を必死に打ち返す。


「だあぁぁぁぁ!」

「……」


 少女がスピードを落としていく。無表情だが戸惑っているようにも見える。


「よし、このまま逃げ切るぞ!」


 ヴァレンティナは走り続ける。いつしか少女の姿は小さくなり、やがて見えなくなった。


 アンナの村はちょうど進行方向の先にあった。俺達は彼女を送り届けた後、かなり遠回りしてセグレタの街に戻った。


 バールはいつの間にか無くなっていた。

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