3、冒険者ギルド
「全くなんだあの奴隷商は、訳の分からん事を抜かしおって」
アイシャは愚痴りながら串に刺さった羊肉を頬張っている。
ここはセグレタの街のメインストリートにある広場。周囲にはいくつかの露店が並んでいる。
俺たちは中央の噴水の縁に腰を落ち着けていた。
「別に訳が分からない話でもないだろ?いつ売れるか分からない貧弱な男奴隷を店としては買い取れない。
だから俺の身柄を店で預かって、売れた時に初めて売主に金を払い、店が1割の取り分を受け取る。非常に合理的で良心的な提案じゃないか?」
「バカを言うな。お前が売れるまで食事代やら何やらで店に一月あたり銀貨8枚支払うとかいう話だっただろうが。
お前が売れなくても店は損をせず、私の金だけが出て行くなんて全くふざけた話だ」
街に着いた翌朝、奴隷商のもとまで出向いたものの主婦がよくやるハンドメイド雑貨の委託販売のような話を提案され、怒ったアイシャは俺の手を引いて出てきてしまったのだ。
「お前見た目は悪くないからすぐに売れると思ったんだがな」
言いながら立ち上がって顔を寄せてくる。意外に高評価だった。
俺は身長175cm程でヒョロっとしているので元の世界では頼りなさそうとか言われて笑われてたんだが。
アイシャは167cmほどだろうか、顔が小さいからかパッと見ではもっとありそうに見える。
「こうなったらお前には私の奴隷として金を稼いでもらうぞ」
ビシッと竹串で俺の方を指すアイシャ。
行儀が悪い。
「わかったよ……ところでその肉うまそうだな、俺にも食わせてよ」
「お前の分は用意してある」
甲冑の脇から手を入れて懐をまさぐる。
そうこいつはずっと甲冑を着ているのだ。さすがに兜は脱いで持ち歩いているが。
「………はいこれ」
黒いボソボソの欠片を差し出してきた。
「昨日の黒パン!ずっと持ってたの⁉︎なんで、ねぇなんで⁉︎」
「昨日残してただろ?もったいないから私が取っておいたのだ。この鎧はオリハルなんちゃらとかいう聖なる鋼でできていて内部を常に清潔に保ってくれる。腐らないし虫もつかないぞ、遠慮せず食え」
「オリハルコン⁉︎それって伝説の金属じゃないか?」
「私は知らん。実家にいた頃父が金にモノを言わせて作ってくれたのだ」
こいつ実は良いとこのお嬢なのか?ガラは悪いが偉そうな態度には納得だ。
とりあえず黒パンの欠片を受け取って口に運んでみる………不味い。水分が抜けきってパサパサだし風味も飛んでいる。
だがアイシャは満足そうだった。きっと相手が自分より良いものを食ってると機嫌が悪くなるタイプに違いない。
「よし、とりあえず冒険者ギルドだな、お前の登録もせねばなるまい。
ちなみに昨日助けてやった分は金貨20枚として計算してるからな。しっかり働いて返せよ」
立ち上がって歩いていくアイシャ。
それがどれくらいの金額なのかさっぱりわからなかったが、俺を奴隷として売った金額では全然足りないのではないか、漠然とそう思った。
⌘ ⌘ ⌘ ⌘
冒険者ギルドは街の入り口にあるレンガ造りの2階建ての建物だった。
大きさは周囲の家5、6軒分程だろう。
中に入ると吹き抜けになっていた。
天窓から午後の日差しが埃っぽい室内を照らしている。
正面に古めかしい木製のカウンター、横の壁面には紙片が無数に貼り付けられている。
奥に見える10卓程のテーブルでは男達が酒を飲み、談笑していた。それほど殺伐とした印象はない。
アイシャは真っ直ぐカウンターに向かって行った。
「魔石の買い取りを頼む。ついでにこやつの冒険者登録もだ」
「はい、お品物を見せて下さい」
ガンッ!
脛を蹴られる。
そういえばジャージのポケットに入れっぱなしだった。
「おひゅっ!……こ、これでしゅ……」
震えてる手で十数個の玉を差し出す。痛みで涙目になってしまった。
蹴らなくてもいいじゃないか、猫耳の受付嬢がビックリしているよ?
「は、はい、ゴブリンの魔石ですね。全部で青銅貨12枚のお渡しになります。冒険者登録の方はこちらの用紙にご記入お願いします」
「うむ、手数をかける」
受付嬢は紐に通された5円玉のような硬貨を12枚抜き取るとアイシャに手渡した。
受け取るなり鎧の脇から胸元にしまい込むDV女。収納全部そこかよ。
そして用紙と羽ペンを渡されたがどこに何を書けばいいのだろう。
厚手のガサガサした紙には象形文字のようなものが書かれていた、何だこれ。
「何だお前、書き方がわからないのか?私が書いてやろう。名前は『ああああ』にしとくか」
「なんでそんな適当なんだよ!名前言っただろ、小松原大地!コマツバラ!!」
「すまん忘れてた、コマツ=バラダイチだったな」
サラサラと書き進める。
「違う違う間違えた!ダイチ・コマツバラだ、書き直して!」
「……お前は阿呆か?どうやったら自分の名前を間違えるのだ。仕方ない、一回だけ書き直してやろう。己の名とは家の名だ、家名に誇りを持て。」
良いことを言っている風だが騙されないぞ、放っておいたらその大事な名前が『ああああ』で登録されていたのだ。
「職業は……『貧乏モヤシ奴隷』で登録っと……」
「お前もうそれただの悪口じゃねーか!書き直せ!」
「はぁ〜?きこえんなあ、書き直しは一回だけと言ったろうが、このばかちんが」
用紙を奪おうとするが身をかわされ全然取れない。ていうか用紙があっても自力で書けないのですぐに諦めた。
「はぁ、はぁ……もうそれでいいです……」
「フン、もとよりお前に選択権はない」
あっさりと用紙を受付嬢に手渡してしまった。
高校卒業したら普通の大学に入って普通の会社に就職するのが夢だったなぁ。
お父さんお母さん元気ですか?僕は異世界で貧乏モヤシ奴隷になりました。
泣き崩れる俺を無視して壁に貼られた紙片を眺める金髪の鬼。
「そちらは現在募集中の依頼票になります、難易度によってランク付けされていますが受けられる依頼に制限などはございません。ただし事案のなかで発生した損害について当ギルド及び依頼者の方では責任は負いかねますのでご了承願います」
「了承した。難易度が高いのはどれだ?」
「現在ではこちらですね、どれも長期未解決の案件です」
壁面の上の方が指し示される。
『セグレタの街3番通り 館の調査
民間人、冒険者行方不明多数 難易度A 報酬金貨5枚』
『ダイダロス山頂 月下草採取 飛龍出没 死者多数 難易度A 報酬金貨8枚』
『氷の魔女討伐 死者、行方不明者不明 難易度A 報酬金貨3枚』
なるほど依頼を掲示しているのか。
昨日の金貨20枚なんて完全にぼったくりじゃねーか。横目で睨みつける。
一見真面目な表情だが笑いを堪えている顔だ。
近くではオッサン2人組が依頼を物色していた。
「兄貴、どれにしやす?」
「そうだなぁ〜、そろそろ一発当てねえと博打の負けがこんでるからな〜」
「兄貴これなんてどうです?『氷の魔女』
なんでもえらい別嬪だって話ですぜ」
「バッカ、サブおめぇ、そいつは出会ったもんを一瞬で氷漬けにしちまうとんでもねぇ氷結魔法の使い手って話だぜ?
幾ら別嬪でも大事な息子を凍らされちゃたまったもんじゃねえや」
「ちげえねぇ!ハハハハハ!」
昨日の酔っ払い2人組だった。
向こうも気づいたようで顔色を変える。
「あ、兄貴……この女昨日の……」
「こ、ここにもバケモノがいたぁ!……お助けぇ!!」
脱兎の如く駆け出す2人。
アイシャは覚えていないようで「なんなんだ失礼な」と呟くのみである。
顔も見ずに吹っ飛ばしてたからね。
ともあれ幾つかの依頼の詳細を確認してギルドを出た。