2、戦闘力53万
草原の中どこまでも続く赤煉瓦の街道を俺たちは歩いていた。
「はぁ……はぁ……」
「どうした?シャキシャキ歩けこのモヤシ野郎!モヤシだけにな、ハッハッハ!」
モヤシ野郎という言い回しが気に入ったのか先程から連発している。
全然上手いこと言えてないのに自分の中ではツボだったのだろう。
「はぁ……はぁ……水……」
「なんだ喉が渇いたのか、そういう事は早く言え」
馬上から革の水筒を投げて寄こす。思いのほか親切で驚いた。
俺の生命など顧みないような感じだったので黙っていたが早く言えば良かった。
「あ、ありがとう」
受け取った水筒の蓋を開け、中の水をグビグビと喉に流し込む。
「か、勘違いするなよ!お前が死んでしまったら街で売り飛ば……あーっ!飲み過ぎだバカ者!」
馬から飛び降りて背中を引っ叩いてくる。普段ならご褒美なのだが女騎士は手甲を付けているので普通に大ダメージだ。
「うぐ!ゲホゲホ……勘弁してくれよ」
「なんだこのくらいで、やっぱり貧弱モヤシ野郎だな」
元々クラスでも1、2を争う陰キャだ。
スポーツなどはせず、古い漫画ばかり読み漁っているのだから貧弱という部分は否定できない。
それにしても異世界転移?してしまったのだからチート能力の1つや2つ貰っても良さそうなものだが……ていうかやっぱり売り飛ばすつもりなのか。
ぼんやりと考え事をしながら歩いていると足元にキラリと光るものが見えた。
なんだろう?地面に鉄製の矢が刺さってる。
身を屈めて拾おうとすると頭の上をヒュン!と何かが通過する気配。
「チッ、運のいいガキだぜ」
遠くの草むらを見るとボウガンをこっちに向けている男に蛮刀を背負った男、この暑いのに毛皮を身に纏った4人の男達が伏せている。
そいつらはその風体でもって「俺達盗賊でーす!」と全力で主張していた。
「盗賊出たぁー!!」
やっべ、本物の盗賊だ。逃げようとして足がもつれる。小石につまづいて転倒した。
「ヒャッハー!久しぶりの獲物だぜぇ!」
蛮刀を抜いた2人が飛び出してくる、真っ直ぐに俺の方に走ってくる男達は本気で俺を殺そうとしていた。
「ひっ!」
足が動かない。
「死ねぇ!」
蛮刀が振り下ろされ……振り下ろされない。
「え?」
男達が持つ2振りの蛮刀の腹を馬上から突き出された騎士槍がまとめて貫通し、空中に縫いとめていた。
「な、何だァ?」
直後、草むらでボウガンを構えていた3人目が顎を蹴り上げられて上に飛んだ。
いつの間に動いたのか女騎士は脚を真上に振り上げた形で静止している。
「くそ!」
「外れねぇ!」
手前の男達は俺を睨みつけながら、自分達の武器から騎士槍を外そうとガチャガチャやっている。
いやいや、こっちをちゃんとしてから奥に行ってくれよ!
俺は震える脚を引きずりながら少しずつ後退する。
「よし外れたァ!」
「この野郎ぶっ殺してやる!」
「うわわわっ!」
気色ばむ男達。
ちょうどその時女騎士が歩いて戻ってきた。
遠くには逃げて行った4人目の男が黒コゲで倒れている。
「よこせ」
「おう!」
男はようやく外れた重そうな騎士槍をタイミング良く横から出された手に渡してしまった。
「あ」
「ご苦労」
一瞬の内に放たれた2つの刺突が男達の頭部を貫いた。
⌘ ⌘ ⌘ ⌘
「ふぅ、あまりボケっとするな」
「ご、ごめん」
盗賊達は街道の脇に並べた。
血の匂いが凄い。改めて死体を見た俺は少し吐いた。
この女、普通に人を殺した。
だが殺ってくれなければ俺が死んでいたのだ、感謝して然るべきだろう。
それにしてもえらい所に来てしまったな。
とりあえず、今日はひとりぼっちの教室へ向かわなくて良いという点だけは不幸中の幸いといった所か。
女騎士は死体の懐を探っていたが、金目の物がなかったので興味を失ったようだ。
「行くぞ」
また歩き出す。
⌘ ⌘ ⌘ ⌘
「しかしお前は本当に軟弱だな」
「しょ、しょうがないだろ、生まれてこのかたケンカだってした事ないんだから」
「ほう、珍しい奴が居たものだな、ちょっと見てやろう」
立ち止まって馬を降りた女騎士は兜を外し、馬の鞍に付いた袋からメガネを取りだして装着する。女教師っぽい。
「どれどれ……戦闘力5か、ゴミめ」
まさかのスカ●ターだった。
そして冷たい目で睨んでくる……怖い。
女騎士はメガネを仕舞い、馬に乗るとまた歩き出した。こんな所に置き去りにされても困るので慌てて付いていく。
いつしか太陽は傾き、オレンジ色の光が大地を照らし始めていた。
「お前名は何という?珍妙な服を着ているな」
「俺は小松原大地。18歳の高校3年生。自宅で寝ていたら異世界に飛ばされてしまったようだ。この服はジャージ」
「コマツ?……ちょっと何言ってるか分からないな。
私はアイシャ、王都で騎士として取り立ててもらう為に旅をしている。こやつはヴァレンティナ」
ぶひん!と白馬が応えるように鳴いた。
そういえばこの女は見るからに西洋人だが何故日本語が通じるのだろう。異世界物によくある謎の翻訳システムだろうか。
というか7つの玉を集める例のマンガも知っている風だな。
「アイシャ、ドラ●ンボールって知ってる?」
「なんだそれは、美味いのか?」
知らないようだ、それはそうか。
「ちなみにアイシャの戦闘力ってどれくらい?」
「私の戦闘力は53万です」
「強すぎるだろ、そして知ってる!絶対知ってるよねぇ!」
そりゃ戦闘力5じゃゴミ扱いですよね。
「何を騒いでいる、王都には私くらいの強さの者はゴロゴロいる筈だぞ。だがこの白銀鎧は全てのダメージを無効化する、誰にも負けはしない。
私は王都に着くまでに強力な魔物を退治して名を上げるのだ」
逆光の中、ウェーブがかった金髪が風に揺れ、桃色の頰を撫でる。
それは一枚の絵画のような美しさだった。
「ぼけっとするな、街はもうすぐだぞ」
不覚にも見惚れてしまったようだ。
でももう少しってどれくらい?見渡す限り草原なんですけど。
この後たっぷり3時間歩かされ、田舎の人との距離感覚の違いを思い知らされる事になった。
⌘ ⌘ ⌘ ⌘
セグレタの街に着いた時、とっぷり日は暮れていた。街灯に照らされた石畳の道沿いに石造りの2階建の建物が見渡す限り立ち並ぶ。
俺はこの世界の一般的な街の規模を知らないのだがなかなかに栄えた街であるように思われた。
「この時間では奴隷屋も閉まっているだろうな、明日にするか。良かったなコマツ」
馬を降りたアイシャが話しかけてくる。
売られなくて良かったなという意味だと思われるが、この女は他人の命を紙切れのように軽く見ていることを俺は知っている。
しかもさっきの話が本当なら俺の10万倍の力を持っているのだ。
そんな相手から離れられるなら奴隷堕ちもそれほど悪いようには思われなかった。
「あ、うん……」
「むっ?お前何か残念そうだな、そんなに私が嫌か?」
こいつめんどくせぇ〜……そして顔が近い、顔が。
ウェーブのかかったショートボブの金髪から花のような香りが漂ってきて思わず顔を背けてしまった。
「ほう、奴隷の分際で生意気な!とりあえず飯だな、腹が減ったぞ!」
喚きつつ辺りを見回す。
見た目は綺麗だが中身はオッサンである。
だが腹が減ったという点には同意だった。そして俺の方からは灯りが煌々と灯された小綺麗なレストランが視界に入っていたのだ。
「それならあそこに入ろう、この時間でもやってるみたいだ」
アイシャは後ろを振り返って数歩そちらに歩き、キレ気味の形相になって戻ってきた。
「バカ者!あんな所で2人で食事してみろ、お前の売値より高くつくぞ!」
え〜……俺の売値って幾らなん?
それともあのくらいの店がこの世界ではとんでもない高級店なのか、しかし俺にもまともに飯を食わせてくれるつもりなようで、なんだか嬉しかった。
「こういう街では食事と宿泊はセットなのだ、宿を探すぞ。全く何も知らないなお前は、このモヤシ野郎」
ああなるほど、一泊二食とかいうあれですね。
元の世界では高校生だったので自分で旅館などを予約する事はなかったが、そう考えるとしっくり来る。
どこの世界でも似たようなシステムはあるのだろう、そしてこいつは余計な一言を付け加えずにはいられないのか。
10分ほど歩くと薄暗い路地の辺りに小さな2階建の宿があった。
「ここにしよう」
アイシャは馬を引きつつ隣接した小屋に入って行く。
厩というのだろうか、他にも数頭の馬が預けられているようだった。アイシャは馬と中に入り、5分程で繋いで出てきた。
「何をしている、行くぞ」
中に入ると食堂になっており思わぬ活気があった。
RPGの冒険者のような男達が酒を飲み、飯を食らい、陽気に騒いでいる。
その光景を見て、まさにここが異世界であると実感させられた。
「いらっしゃい!お泊りですか?」
店員だろうか、赤毛の女が問いかけてくる。
「そうだな3泊ほど、部屋は一つでいい。とりあえず飯をくれ、腹が減った」
え、何ですって、一部屋?
カウンターに片肘をついたアイシャはやけに男前だった。
「はいよ!すぐにお持ちするからそちらのテーブルで待っててね」
「酒も頼むぞ」
とか言いながらスタスタと歩いて行く。
俺は内面の動揺を隠しながらアイシャの向かいに座った。
「ふ、ふ〜ん、なかなかいいお店だねっ」
「何をキョロキョロしているのだ。言っておくがベッドは私が使うぞ、屋根の下で眠れるだけありがたいと思え」
「それはいいんだけど俺の事信用し過ぎじゃない?……ほら、俺も男だしなんつーか、ま、間違いがあっちゃいけないしさ、一応助けてもらった手前感謝はしてるんだぜ」
「お前が私をどうにかできると思っているのか?」
それもそうですね。
何を期待していたのだろう、この女は俺の10万倍強いのだ。
すごい嫌そうな顔をしているな、そんなにキモかったですか?
「さあ飯が来たぞ」
シチューと黒っぽいパンが2皿ずつ。しかし驚いた事にこの女は全ての皿を自分の方に寄せて、黒パンのガワ部分だけをむしり始めた。
「ほら、お前の分」
俺の前にむしられたガワだけの皿が流れてきた。
そうだよな、急に優しくなるなんて有り得ないよな。
向かいの席には残った黒パンの柔らかい部分だけをシチューに浸しつつ、むしゃむしゃ食べている金髪の女。
何て奴だろう、俺の金じゃないので文句は言えないが。
あ、でもガワだけでも普通に美味いわ、腹が減ってるからね。
なぜか俺の分の酒も運ばれてきた。酒はいいからシチューを食いたかったな。
「頼んでもらって悪いけど俺酒はあんまり飲めないぞ?」
「いいから飲め、私1人で飲んでもつまらないだろうが」
とか言っている。言ってる本人は一杯で顔真っ赤になってるんだが。
「アイシャって年いくつなんだよ」
「ん〜?18だ」
未成年だった。この世界では関係ないのだろうか。
なんて言ってると隣の席で飲んでた酔っ払い達がフラフラとこちらへ近づいてきていた。
髭面で使い込まれた革鎧を着込み、いかにも冒険者といった風体の2人組だ。
「なあ姉ちゃん、俺たちと一杯付き合えよ〜」
アイシャはそちらを見る事もなくデコピンを一閃。男の1人が昏倒した。
「うるさいな、もう寝るか、行くぞコマツ」
呆然としているもう1人を無視してカウンターで鍵を受け取り、2階へ上がって行く。
部屋は板張りでログハウス風というかハイジみたいな感じで悪くなかった。
ベッドも2つあったので俺は自分の寝床を確保できるようだった。
アイシャは「疲れた〜」とか言いながら甲冑のままベッドに倒れ込んだので俺はちょっとビックリしてしまった。
「おい、そのまま寝るのかよ」
「ん〜?私はこれでいいのだ」
バカボ●のパパみたいな事を言いながらそのまま眠ってしまったようだ。
俺も寝よう。まだ自分の身に起きた事が理解できていないが、これだけ疲れていたらグッスリ眠れるだろう。