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星降る夜に、君の隣で。  作者: 麻象 塔
9/18

#8 同一化。

 「もしもし、渉くんのお母さんですか?私、柏佳香と申しまして…えっ!?いや違くて!家に来て…えぇ、はい!そうなんです。すみません、泣きながら寝ちゃって…はい、はい、だから番号がわからなくて…えっ?いやいやそんな。はい?警察ですか!?分かりました。落ち着き次第家に送りますので…え?あ、友達です。はい。失礼します」


 佳香さんから事の経緯を尋ねると、どうやら僕の両親は血眼になり僕を捜したが、結局見つからず、遂には警察に捜索願いを出してしまったらしかった。僕は事の重大さに押し潰されそうになるものの、自分の非を認める事が出来なかった。僕は、悪くない。強くそう思った。ただ、警察の方々には悪い事をしてしまったと反省した。


 「はぁ…疲れた。さて、電話もしたし、とりあえず私の家に帰るよ」


 そう言うと、佳香さんは狭い給水塔を後に、線路まで一直線の田んぼ道を抜け、住宅街に向けて歩みを進めた。途中、バッグから取り出したスマホを佳香さん越しに覗くと、まだ10時にもなっていない事が窺えた。


 太陽がいつもより眩しく感じる。頰を撫でる風が少し鋭い。地面が遠い。電信柱に止まっているカラスが睨んでいる様に見える。目線が高くなっただけで世界が変わってしまった様に思えた。大人が見ている世界を垣間見た様で、僕は少し興奮した。


 「何だかウキウキだね」


 見透かされた。思考は読めなくても感情は筒抜けの様だった。


 『現実感がなくて、僕ちょっと可笑しくて』


 嘘をついてもどうせばれるならと、素直な感想を言ってやった。いや、正確には言わざるを得ない。悔しいと思う感情も見透かされてると思うと、もうどうでもよくなる。


 「小学生らしくて大変よろしい!私も妙に楽しい気分だよ」


 佳香さんは笑いながら言う。けど何でだろう、佳香さんの感情は常に一定というか、波があるんだけれど、あまり動いていない様に感じた。何だか佳香さんらしくない。


 しばらく歩いていると佳香さんはイヤホンを手に取った。絡まったコードを不器用な手つきで解くと、LRを確認してから両耳を塞ぐ。


 「音楽聴きながら行こっか。やっぱ朝はキンクリだよね。」


 朝はキンクリというのには全く同意出来なかったが、僕も好きなので異論は無い。と思ったけれど、かかった曲がムーンチャイルドだったので異議を唱える。


 『朝なんだからテンション上げましょうよ。21世紀の精神異常者にして下さい。それかレッド』


 「私の体なんだから、拒否!」


 拒否されてしまった。ここで食い下がっても意味がないと思い、僕もムーンチャイルドに耳を傾ける。



『みんな彼女のことを月の子供と呼ぶ。川の浅瀬で踊っている。彼女はいつも1人。木陰の中で夢を見る。』



 冒頭の歌詞は確かこうだった。いい曲なんだけれど、寂しくて僕はあまり好きじゃない。


 二人で音楽に耳を傾けると、少しの間沈黙が流れる。するとその沈黙を破る様に、佳香さんは鼻歌を鳴らし始めた。


 「ふんふふーん♪こんな事になっちゃたのに、私達お気楽だよね」


 全くもってその通りだと思う。そして、今更思い出した疑問を僕は投げつける。


 『そういえば、さっき電話で落ち着き次第家に送りますって言ってましたけど、これってどう落ち着くんですか?』

 「… 」


 返答なし。完全に袋小路?だ。今の状況として意味は合っているはずだ。なんて考えていると、佳香さんは「うーん」と言いながらおでこに拳を当てて頭を捻るポーズをとった。本当に考えているのだろうか?


 「私が思うに、流れ星を見てから同一化したわけだから、また同じ様に流れ星を見たら元に戻る?んじゃない?かな?」


 全く自信のなさそうな答えだった。それとサラッとこの現象に名前もつけた。同一化。


 『それじゃあ夜まで待たないといけない訳ですよね?しかも流れ星も見なきゃいけない』


 相当の時間と忍耐を必要とする事に、僕は嫌になった。


 「まぁ気長に待とうよ。今日の夜でもダメだったらまた電話するし。」


 どこまでも楽観主義?者だ。それが移ったのか、何だか僕まで楽観的になって来た。


 『次はピンク・フロイドにして下さい』

 「ダメ。次は神聖かまってちゃん」


 この人の趣味は全くわからない。僕ら2人、正しくは1人は、ロックンロールが鳴り止まない頭で住宅街を進む。土曜日の朝だからか、今の時間に通りかかる人は少ない。素っ気ない住宅街を抜けてから少し歩くと、佳香さんの足が止まる。


 「着いたよ」


 そう言うと、彼女の目線は上に向く。二階建てのアパートだった。どうやら部屋は二階にある様だ。木造建築のそれは、なんとか荘と書いてあったが、文字が剥げていてよく読めない。外装はかなりの年月を感じさせ、階段の鉄は錆び、全体的に老朽化していた。


 201号室の部屋の前に着くと、少し緊張した。友達の家にお邪魔するなんて久しぶりだったからだ。いや、そもそも僕と佳香さんは友達なんだろうか?なんて考えていると佳香さんはイヤホンを外し、ポケットにしまうと鞄から出した鍵をドアに插し、ゆっくりと左に回す。


 「狭い家だけど寛いで。って渉くん体無いか」

 『笑えないですよ』


 この状況での佳香さんジョークは全く笑えなかった。


 玄関で靴を脱ぐと、ダイニングキッチンを抜けて六畳くらいの部屋に出る。どうやら居間の様だ。


 「ふぅ…」


 佳香さんが一つため息をつく。これからどうしたらいいものか。タイムリミットはお母さんに電話した通り、今日の夜まで。延長出来たとしても、休日中までに元に戻らなければならない。この件について僕らは長々と話し合うも、解決への糸口は一向に見つからないでいた。


 そんな話し合い中に、一つ疑問が浮かんだ。そういえば、佳香さんの両親はどこにいるのだろう?家に上がるのに緊張していて全く気づかなかった。土曜日も仕事なのだろうか?共働き?気になったので質問してみた。


 「佳香さんの親って、共働きなんですか?」

 「あー、母親はいないよ。親父と2人で暮らしてて、今は多分仕事中」


 素っ気の無い返事だった。でも、それを見透かさせる様に、灰色の感情の波が僕に伝わる。きっと佳香さんにも家族間での問題が色々とあるんだろう。気にはなるけれど、僕は詮索するのをやめにした。


 「今の嘘、バレちゃった?」


 佳香さんがいつもと変わらぬ明るいトーンで聞いてきた。けど少し、少しだけだけれど、赤と黒い感情の波が揺れて混ざった。


 『バレて無いですよ』

 「マセガキ」


 佳香さんはポツリと言うと、だらんと体を横にした。呼吸のスピードが遅くなる。


 『まさか眠る気ですか?』

 「いいね、それ」


 そう言うと佳香さんはまた立ち上がり、隣の部屋に移った。どうやらここが佳香さんの部屋らしい。CDと雑誌の山が何箇所にもあり、散らかっていた。僕が想い描く女の子の部屋とは程遠かった。


 佳香さんは机の上にある薬のシートを手に取る。


 『なんですかそれ?』

 「サプリだよ、サプリ。私健康志向だから。寝る前に飲んどくの」


 さっきと似た様な感情の波が来た。


  水も無しにそのサプリ?を飲むと、そのままベッドに身を預けた。佳香さんの目が閉じられてから数分後、一つの疑問が浮かんだ。もし佳香さんが寝たら僕も眠るのだろうか?それとも佳香さんの心の中で1人起きていなければならないのか?もし起きていなければならないなら僕はどうなってしまうのか?僕は急に怖くなった。


 『佳香さん!僕が先に眠るまで待っててください』

 「ん?渉くんらしからぬ子供発言だなぁ。いいよ、早く寝な」

 『ありがとう』


 我ながら本当に子供っぽい発言をしたと思うが、もう突っ込む気力も残っていない。 

僕は安心して目を閉じると、そのまま深い眠りに落ちた。

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