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星降る夜に、君の隣で。  作者: 麻象 塔
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♯1 先客。


  今日は、先客がいた。

 

 物心ついた頃から落ち込むことがあると僕はよく此処に来て、お爺ちゃんから貰い受けたウォークマンで音楽を聴いていた。一面田んぼだらけの中にひょこっと背伸びをしたもう使われていない小さな給水塔は、悪目立ちしているせいか僕以外が秘密基地として使っている人はいなかった。


 はずなのに。


 目の前の三角座りの彼女は、地元の高校の制服姿でタバコを吸いながらイヤホンで音楽を聴いている。どこからどう見ても未成年なのに...この人は、俗に言うヤンキーやDQNと言う部類の人なのかな?なんて考えていると、彼女はジッと僕を見つめてきた。僕が蛇に睨まれた蛙のごとく固まっていると、ゆっくりとイヤホンを外し、ストンと落ちた綺麗な黒い前髪を鬱陶しげに小指で分けながら、囁く様に言った。


 「なに?」


 こっちの台詞だよ、なんて考えている暇も無く、威嚇してくる様な目つきに怯みつつも臆する気持ちを抑え僕は咄嗟に浮かんだ言葉を振り絞る。


 「えっと...あの、レッド・フロイド?」


 画面にヒビが入っているスマートフォンにだらんと繋がれたイヤホンからは、僅かだけど音が漏れている。コンクリートに囲まれた狭い給水塔の中だから尚更良く響いていた。


 「クレイジープラチナ... ですか?」


 自信なさげに放つ自分の弱々しい声が、可笑しくて恥ずかしかった。ぎこちないカタカナ英語で曲名を言ってみる。確かうろ覚えだけど、1980年頃のプログレミュージックだったはずだ。


 「ふふ、君、歳いくつ?」


 曲名は合っていたんだろうか、なんて考えている暇もなく彼女はタバコを消し、律儀にも携帯灰皿に吸い殻を捨てて、微笑みながら聞いてきた。意外にも笑っている顔は可愛くて、年相応というやつなのだろうと僕は思った。


 「11歳、小5です。」

 「小5?ふーん小5ねぇ... 」


 小5という単語に少しだけ反応した彼女は、一瞬物憂げな顔を見せた。僕はというと、ひきつる顔を何とか誤魔化す為に必死に笑顔を見せていた。作っている顔を想像すると、我ながら気持ちが悪くて情けない。


 「小5の聴く音楽じゃないでしょ、生意気だなぁ」

 「僕がなに聴こうと勝手じゃないですか」

 「にしても生意気。私が小5の頃なんて、テレビで流れるMなんちゃらやCDJやら、そういうの!」

 「はぁ...]

 「君、そういう番組見ないでしょ?”音楽”語るには10年早いっての!」


 顎を上げフンと鼻で笑うと、彼女はイヤホンコードを器用にクルクル巻いてポケットにしまった。そんな事言われても好きなんだからしょうがないじゃないか。なんて頭の中で反論してみるけれど、褒められた気もしたので満更でもない。僕自身同学年の子達と比べると、音楽の知識にはそれなりに精通していると思っている。ただこれといって今ままで役に立ったことは無いけれど。


 「家族に音楽好きでもいるの?」

 「祖父が音楽好きで、遊びに行くとよくレコードを聞かせてくれました」


 さっきまでの威嚇した様な目つきはなく、むしろ仲のいいクラスメイトにでも話しかける様に聞いてきた。共通の話題があるせいか、急にフレンドリーになってきた彼女に警戒心の解けない僕は注意深く敬語で応える。僕はというと、今回はスラスラと言葉が出たと思う。汚名返上というやつだ。使い方は合ってたかな?


 「良いお爺ちゃんじゃんか、今度私も家に連れてってよ」

 「...」


 冗談めかした声で彼女は言う。本気で言っていないのは分かるんだけどそれは無理な話だった。出会ったばかりの僕と彼女の間に冗談を交わし合う余地などないと思う。それどころか僕は彼女の名前すら知らない。だから意地悪をしてやろうという訳ではないんだけれども、とにかく僕は包み隠さず本当のことを言った。


 「今日、そのお爺ちゃんの葬式でした」


 自分でも分かるくらい暗いトーンになってしまった。意識したつもりはないけれど、やっぱり辛いことは辛い。彼女はというと、一瞬目を見開いてから申し訳なさげに視線をコンクリートの床に落とす。こちらまで申し訳ないという気持ちが胸の奥から煙の様にモクモクと込み上げて来る。オブラートに包む意味なんて無いと自分に言い訳なんかしていると、蚊の泣くよう声で彼女は言った。


 「そっか、辛いこと聞いちゃったね...ゴメン。」

 「いえ、大丈夫です。僕こそ何かすみません。」

 「君、いつもここに来るの?名前は?」

 

 少し意外だった。ヤンキーっぽい素振りを見せているだけで良識はちゃんとある様だ。その証拠になるかはわからないけれど見た目は至って普通だ。彼女はコホンと下手な咳払いをしてからタバコを床に小突くのをやめて、ポケットから取り出した地味なライターで火を点ける。不適切な制服姿がなぜだかしっくり来る様に見えた。全く悪びれる様子がないのが逆に清々しいとさえ思った。ダメだけどね。


 「いつもはいません。たまに来るくらいです。名前は美浜渉みはまわたるです。」


 まるで機械のような受け答えだ。知らない人にこんな馬鹿正直に自己紹介なんかしてもいいものなのかと考え、自分でもおかしくなってしまったけれど、下手に反抗して相手に反感を与えるよりはマシだと思う。きっと誰でもこうするんだろうな、なんて小賢しい事を考えてみる。


 「渉くんね、君さっきから思ってたんだけどさ、言葉使いが小5とは思えないくらい堅いね。」


 唇を尖らせた後、半笑いで彼女は言った。言葉使いが堅いのは目の前にいる人が正体不明でしかも高校生でタバコを吸うような人だから、とは口が裂けても言えない。


 「私は佳香、柏佳香かしわけいか。よろしくね。」

 「よろしくと言われても...って、あれ?」


 自己紹介と同時に彼女はタバコの火を消すと立ち上がり、スカートの後ろを軽く叩きながら踵を返して給水塔から出て行ってしまった。


 一人残された僕はただポカンとする他なく、つぶやきの言葉を漏らす。


 「よろしくと言われても…」


 これが佳香さんとの初めての出会いで、この時の僕たちはまだこれから起こる不思議な体験を知る余地もなかった。

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