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ネット・SNSに思うこと

作者: しらたま

初めての物書きになります。

頭空っぽにしても読める内容にはなっていると思いますのでお時間あるときに如何でしょうか。


誤字脱字あるとは思いますが不肖の身であるため何卒ご容赦下さい。


皆さんはSNSは使っていますか。

SNS(social networking service)という言葉ですが直訳すると

社会的なネットワークを形成する活動、のようになります。

つまり情報網の構築するサイトのことを指すわけです。

今この文を執筆しているのは2018年4月なのですが、主流となっているSNSは

Facebook instagram twitter 主にこの3つでしょうか。


Facebook こちらはもともと個人の写真・氏名を記載した名簿でした。学校内の活動において学生同士が互いを知ることのできる機会を増やすために作られたもの。

2004年にハーバード大学の学生向けSNSとして始まったものが全米中に広がり徐々に世界に広がりました。


Instagram 2010年にアップルが発表したアプリが始まりでこの単語自体は造語になります。Instant(即席)は聞いたことあると思います。インスタントラーメン、ゲームの中ではインスタンスダンジョン等。Telegam(電報)こちらは今はあまり使わないでしょうけど一度は聞いたことがあるかと思います。

この二つの単語を合わせると、即席の電報、つまりその場でとった写真をすぐにアップロードできるという意味になります。


Twitter 2006年に始まったウェブサービスが始まり。Tweetさえずるという単語が元になってます。さえずるとは鳥が鳴くことや女性や子供が集まってぺちゃくちゃしゃべる、という意味です。ギャンブル漫画で有名なカ〇ジのエスポワールでの限定ジャンケンの終盤でも「さえずるな」という言葉を見ることができます。話が脱線してしまいましたが、つまり日々のどうでもいいことをネットの海に呟きますってな感じです。


私はSNSというものが好きではありません。飽き性ということもありますし、何よりネットに自分の個人情報をばらまくというのが理解できないからです。ですので別に使う必要はない派の人物です。



そもそもSNSが主流になりだしたのは2010年あたりだったと記憶しています。

当時はガラパゴス携帯からスマートフォン(以下スマホ)に移り始めた時だった筈です。

8年前は、私も学生でしたがクラスどころか学年、学校全体でスマホを持っている生徒が9割を超えていました。

Mixiやラインが流行っていたため、スマホを所持していないと学校以外での簡単なやり取りができない、ということで仕方なく、本当に仕方なく持っていました。

中学生ぐらいの時には、自分のパソコンを所持していたことや人とのつながりを余り重視する性格ではなかったため、スマホを持ち始めたのは高校生からでした。

まぁ、私の話は置いておくとして今の子どもたちというのは小学生でもスマホを持っているのを見かけますよね。たまにびっくりするのは幼稚園児や保育園児がお母さんやお父さんのスマホを触っている現場を見ると、うぅ~ん…となってしまいます。

かくいう私も幼稚園に通っていた3歳ごろには初代ポケモンに夢中だった思い出があります。

ゲームボーイとスマホ、どちらも電子媒体で悪影響じゃね?お考えのあなた

思考停止せずに考えてください。スマホはネットに繋がっているわけです。

しかも親の所持するものであればセーフティなどかける訳がありません。

しかし見ていないところでアダルトサイトや闇サイト、子どもが知らなくてもいい情報を入手できるチャンスを与えるのはどうか、という話です。

これは親の育て方の問題だと思うのですが、いわゆるゆとり世代と言われる今の20代から30代頭にかけての親御さんはスマホのことについて少々考えが甘いところが見受けられます。

利便性とともに危険性も教えなくては教育、とは言えませんよね。

話を戻しまして、このような文を書くと一部の方から「スマホで規制しなくてもテレビ番組でやってるし、学校の中(Hなサイトや危険な情報)もでるだろう」と批判してくる熱心なバカがいます。

自分で調べることと他人から与えられる情報、どっちが自分の糧になるでしょうか

この「情報」というのはあくまでも子ども目線でお考え下さい。


大人になってから先輩の話を聞いてすごくタメになってるんだから他人から与えられた情報も大事だ!と仰る方がいると思うので牽制しておきます。

子ども同士のバカ話の中で自分を成長させていくのと、いい大人が他人の意見に振り回されるのを一緒にしないで下さい。

大分話が逸れてしまいましたが、簡単に言ってしまうと高校生以下の子どもにネット・SNS使わせることのメリットはない、ということです。


1つ目、としましては社会の関係です。

社会というのは科目の社会ではなく、学生社会のことを指します。

一般的に、学生のうちの生活集団は学校内もしくは家庭・バイト先に該当します。

学校内で会うことができる友人がいるのだからSNSをつかってネット上で会話をする必要、ないですよね?もしかしてネット上でまで話をしてたい程愛してるんですか?だったらその人と結婚でもしててください。次に家庭、言わずもがな家、つまり自分が衣食住をする場所です。

え、もしかしてお父さんが出張に行ってて連絡がとれない?だったら家に戻ってきた時に精一杯労ってあげましょう。男なんてちょろいので我が子にお酒でも注いでもらったらプレゼントの嵐待ったなしですよ。最後はバイト先、これはいるかどうかはあれですけどSNSの必要はないですよね。普通に電話でのやり取りでいいはずです。何?バイト先の先輩が格好良(可愛)すぎてSNS張り付いて何してるのかみたい?学生と不順異性交遊をしたら相手に迷惑かかりますけどいいですか?たとえお互いが愛し合っていても日本の法律は厳しいのです。学校卒業したらいくらでヤっていいのでそれまでは耐えておきましょう。

2つ目、ネットリテラシーの問題

ネットリテラシーと聞いてもピンとくる人は少数だと思います。

私も具体的な訳は出せませんが、お手元のスマホで調べてみてください。

あっ、こんな時にはスマホ便利ですね。

と、またズレてしまいました。意味としては識字率や文章を読み文章を読み取る能力、またそれを理解し書き写す能力、として捉えております。

ネットリテラシーとは、ネットを使う上で意味を理解し、それを自分の中で噛み砕くことができるかという風に受け取ってください。

そういわれてもパッと来ない方のための例をあげます。


例)学校の友達とtwitterをしてたところ、友達の知り合いだという人からフォローが飛んできた。友人の知り合いならいいだろうということでフォロバをした。

後日、友人抜きで会ってみたいので近くの駅を教えて欲しいといわれ場所を伝えた。

念のため連絡先と服装もお願い!と言われたので相手に伝


この例は少しあからさまな感じがでてしまいましたが、危険な部分がたくさんあることお分かりですよね?

何で危険なの?と思われた方はSNSの毒の海に漬かりすぎかもしれません。

まず、友人の知り合いだという人、この人は本当に友人の知り合いなのでしょうか。

学園祭で見たよ!とかバイト先で見た!などあるかもしれませんが本当にその人ですか?

SNSでは写真を公開することができます、本人か否かは問わずして。

あとは近く駅や住所、連絡先を教えることなんて論外

例え友人であってもSNS上で伝えるなんてあり得ない、と僕は考えてます。

あなたのアカウントが乗っ取られたとしましょう、今まではそういう身バレの情報をのっけていなかったのに聞かれたから乗せたもしくは、相手のアカウントが乗っ取られたからの同じパターン。ガラケーの時には無かったのかと聞かれると無いとは言い切れません。しかし拡散力が違います、リスクを考えてください。

ネットの怖さというのは体験してみないと分からないものです。

家バレをする、炎上をする、ストーカーをされる。

これらを体験したいですか?もし体験したと思ったあなたはどうぞ。

自分の身を守るのは国でも警察でも親でもなく、自分自身ですよ。


3つ目、自分の意思を持とうということ

最後になりますが、子どもなんだからもっと自由に生きようよっていう話

友達がどこそこ行ったってtweetしたから私も行きたい!本当に行きたいですか?

もっと自分という生き物を主張してもいいんじゃないでしょうか。

ネットの海で漂うと自己というものが曖昧になりがちです。

かくいう私も、共感を得たいがためにブログの記事を読むことがあります。

職場の女性がしょうもないおしゃべりをずっとしてて集中できない、みたいな記事

確かに書いてあることは、そうだよ!この気持ち!同じことを考える人もいるんだなぁとなりますよね。でもそれってただフィルター貼っただけですよね

だって自分からその記事がでるように検索したじゃないですか

ネットだからそれができるんです、現実世界で聞いてみてください。

お父さん、お母さん、お爺ちゃん、お婆ちゃん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、弟、妹

答えて欲しいことをピッタリと当ててくれる人、いますか?

うるせーよ、いいから集中して仕事しろ!っていう人もいるかもしれません

ふーんそうなんだ、で終わる人もいるかもしれません

SNSが始まる前はそれが普通です。気の合う友達を見つけ共感を得る、という作業が

ただウェブで検索するだけで出る。

おぞましいですよね、だって自分がいらないと思った情報は本当にいらないんですもの

自己を持つというのは他人に同調しない、ということではないと考えてます。

他人の意見を受けて、自分の意見に昇華する。これも自己の形成ではないでしょうか。

しかし、共感の内容をひたすら調べたところで出てくるのは同じ意見。

成長する、とは言い難いのではないでしょうか。

ブログとは違いSNSはもっと顕著です。

企業や団体が書いているブログと違い、一個人が発する言葉は子どもの身にはいい麻薬になるでしょう。


最後に、情報というのは毒にも薬にもなります。

自分にとって何が大切か、何が不要かもう少し頭を使ってみると面白いかもしれませんね。


また、この文を読んで共感した!と思われた方に

違いますよ、あなたが考えていることと私が考えていることは8割合致していても他の部分が違う。

ただ言えることは共感したということは、ネットの使い方について理解しているということ。



長くなってしまうとあれなのでパパっと書ける範囲で書いてみました。

共感してくれるゆとり世代居てくれたら嬉しいぜ!

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