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素直に言えなくてごめんなさい

作者: スハ





「くそっ……会いたい」



 人は風邪をひくと弱気になるというが、どうやらそれは本当らしい。



 ベッドで横になりながらスマホのロックを解除した。そして写真をタップし、何回かスクロール。色とりどりな写真が流れていく。



 見つけた。



 500件にも満たない写真の中で、それは自分にとってはかなり異質なもの。

 写真の中には無愛想な顔で写り込む自分と満面の笑みで写り込む、今一番会いたい人。



 2人で写った写真はこれ1枚のみ。

 元々、写真が得意な部類ではない。しかし、今や世界は写真ブームと言っても過言ではない。若者は食べる前に写真を撮り、暇さえあれば自撮りをする。自分にとってはなんとも生きにくい世界になったものだ。なんだか自分だけが置いていかれたような劣等感と他人に対する醜い羨望。



 ため息をつきながら何をするわけでもなく、ただジッとその写真を見続けた。



「もうちょっとだけ、もうちょっとだけ愛想があればな……」




 ーー甘えることもできたのに。




 やはり熱のせいなのだろう。こんなに女々しい女になった覚えはない。

 しかし、自然とスマホを持っていない方の手は通話ボタンへと向かっていた。







 そして電話をしようか、しまいか葛藤すること10分。未だに指は『荒川蓮(あらかわれん)』の上を行ったり来たり。

 

 自分でも嫌になる。

 きっと「可愛い女の子」だったら簡単に電話なんてかけられる。そして、「風邪をひいたから看病しに来て」なんて心臓を動かすぐらい、あたかも普通のようにこなしてしまうのだろう。



 でも、そんなこと自分にはできない。自分の中の高いプライド。いや、小さなプライドなのかもしれない。



 諦めよう。



 風邪ぐらい気合いで治る。気合いは言いすぎた。寝れば治る。

 それに蓮が来たところで風邪を移してしまうかもしれないし、別に蓮は医者じゃない。早く治るはずもないのだから。



 最後に写真を少し眺めてからスマホの電源を切った。そのままスマホを枕元へ置こうとした……



 が、手の中でお気に入りの曲がけたたましく鳴り響いた。おかげでスマホは私の額めがけて真っ逆さまに落下。衝撃が頭痛と相極まってさらに頭がかち割れそうなほど痛い。



 着信音。

 電話帳に登録してあるのは家族とあいつしかいない。側に落ちたスマホを拾い上げ、柄にもなくワクワクした調子で画面を見た。



 荒川蓮



 スマホの画面にはその3文字が表示されていた。自分でも顔の筋肉が緩むのがわかる。少し息を吐いてから通話ボタンをタップした。



「……もしもし」

「あっ、もしもし。真希(まき)さん?」



 なんとも無愛想な声が出た。それも気にせずいつもの調子で返事をくれる蓮。

 私の方が2つ年下なのに、さん付けで呼んでくる私の彼氏。蓮が大学4年の時から付き合っていて、今は社会人として働いている蓮。それに比べてまだ大学2年の私。





「なんか用でも?」

「いーや、別に用事はないんだけどさ。なんか真希さんが呼んでる気がしてね。どう? 当たった?」



 ドキッとした。まさか監視カメラでもつけられてるんじゃ。首を一生懸命左右に動かし、部屋の中をグルリと見回す。大丈夫、それらしきものは見当たらない。

 その間にもスマホの向こうから私の名前を呼ぶ声が続いていた。



「うるさい。ちっとも呼んでない」

「えー、おっかしいなー。そんな感じがしたんだけど。そうじゃなくても真希さん、自分から電話してこないだろ? たまには電話したいなー、なんて俺のわがままも入ってるんだけどね」




 蓮の声を聞くとどうも素直になれない。可愛げのない女だ。きっと父の頑固さが遺伝しているに違いない。

 


「生憎だけど私はもう寝るところなんだ」

「えっ、まだ8時だよ? 時計壊れた? 真希さん、9時からのドラマ見てるって前言ってたじゃん」



 ちなみに9時からのドラマは恋愛もの。ちょっとでも愛想を良くしようと毎週見て研究している。



「今日は眠い」



 嘘をついた。

 女の嘘は相手を思ってつく嘘と聞いたことがある。私の場合も蓮のため。心配をかけたくない。



 でも……本当は会いたい。



「ねぇ、真希さん?」

「ん?」



 蓮の妙に真剣な声が聞こえる。

 何を言われるのか、痛む頭で数秒考えた。



「ーー風邪ひいた?」

「え……」



 やっぱり監視カメラがあるんじゃないか?

 言ってもないのにバレるはずがない。しかし、蓮はピタリと言い当てた。



「風邪ひいたでしょ?」

「……ひいてない。至って元気」

「嘘だね。鼻声だし」

「ひいてない」

「そっち行こうか?」

「来なくていい。いや、来るな」

「待ってて。すぐ行くから」

「ちょっ! ……切れた」



 スマホからは無機質な音が鳴っている。しょうがなく通話終了のボタンを押し、枕元へそっと置いた。


 

 嬉しい。

 正直な感想だ。

 

 

 自分でも満更でもないことぐらいわかる。緩む口元を元に戻すのにはかなりの時間を要した。







□■□■



 そして、数十分後。

 本当に蓮は家へとやってきた。到着した連絡としてスマホが鳴る。



「真希さん、着いたから鍵開けて? あっ、起きれないんだったら無理しないでいいから」

「いや、大丈夫。今開ける」

「やっぱり風邪ひいてたんだ。変なところは素直だよね、真希さん」

「うっさい。開けないでおこうか?」

「ごめん。開けて」



 私はベッドからノロノロと起き上がり、玄関へと向かった。

 さっきよりも熱が上がったのか、なんだかフラフラして歩きづらい。


 やっとの事で玄関までたどり着くと鍵を開けた。そしてドアを開くと会いたかった人がいた。



 顔を見れて安心したのも束の間。いきなり目の前が真っ暗になり、何か暖かいものに包まれた。



「真希さん! あー、よかった。心配したんだから」

「待って、そんな近づくと風邪うつる」



 蓮に抱きしめられたと気づいたのは数秒後。嬉しいはずなのに自分の口から出たのはなんとも現実味しかない言葉。



「別にいいよ。風邪うつったら仕事休めるし、真希さんに看病してもらえるだろ?」

「……ダメな大人」

「へいへい。なんとでも仰ってください。どーせ俺はダメな大人ですよ」



 そして次に感じたのは浮遊感。熱が上がりすぎてついに昇天しているのかもしれない。

 しかし、目の前には蓮の顔。



 あぁ、お姫様抱っこってやつか。



 気づいた時には身体中の熱が一気に顔面へと集中した。



「蓮さん……降ろしてください」

「やだ」

「じゃあ、引きずって……」

「却下」

「じゃあ…………お願いだから顔は見ないで」

「りょーかい」



 もはや自爆に近い。私は火照った顔を隠すために顔を蓮の胸板へと寄せた。チラッと見えた蓮の嬉しそうな顔がとても気に食わない。










「悪かったって。別に重くなかったし」

「そういうところが余計だ!」


 ベッドへと降ろされた私はすぐに毛布で顔を隠し、蓮とは反対の方を向いた。



「ありゃ? 拗ねちゃった?」

「……蓮なんか嫌いだ」



 どうしてこんなことしか言えないんだろう。素直に嬉しいやら会いたかったと言えばいいのに。自分の口がまるで他人の口のように勝手に動く。

 今、蓮がどんな顔してるのかもわからない。もしかしたら怒っているかもしれない。



「……そっか。どーしたら許してくれる?」



 しかし、蓮は怒らない。年上の余裕からなのか、どんなことを言っても怒らない。蓮はとことん私を甘やかそうとする。


 そんな蓮の態度だけに甘える私も私だが。



「……お粥作ってくれたら考えてあげる」

「りょーかい。そういうと思って材料も買ってきたし。じゃあ、できたら起こすからそれまで寝てて」

「……うん」



 蓮はキッチンへと向かった。

 


 ダメだ。さっきまでは来なくてもいいと思っていたのに、いざ会うと少し離れるだけでも寂しい。

 きっと風邪のせいだ。風邪のせいで気が弱っているんだ。私はちょっとでも気が紛れるように目を閉じた。











「真希さん。まーきーさーんー」



 蓮の声が聞こえる。

 あぁ、お粥ができたのか。いつの間にか眠っていたらしい。私はゆっくりと目を開けた。



「ぅわっ……」



 目を開けると目の前には蓮の顔。突然のことに驚いた。



「起きて早々、うわってひどくない?」

「起きて早々、目の前に顔があったら誰でも驚くだろ!」



 大声を出したのがまずかった。頭が割るほど痛い。

 多分、今眉間にシワが寄っているだろう。



「って、真希さん大丈夫!? 頭痛いの?」

「……蓮が大声出させるから」

「ごめん。じゃあ、早くお粥食べて寝よ? 食べれそう?」



 ほら、またそうやって甘やかす。



「私は熱がある」

「うん」

「頭も痛い」

「うん」

「食べるのもめんどうだ」

「うん」

「だから……」

「俺が食べさせてあげよっか?」

「…………うん」



 素直に言えなくてごめんなさい。



 蓮は文句も言わず、それどころかニコニコと笑いながらスプーンでお粥を掬った。そして数回フーフーとすると私の口元まで持ってくる。



「熱いから気をつけて」

「ん……」

「どう?」

「……お粥だ」

「だろうね」



 何回か繰り返すうちにお粥は綺麗さっぱりなくなった。私は薬を飲んで再び横になる。



「よし、あとは寝れば治ると思うから。じゃ、俺帰るね」

「……帰るのか?」

「うん。どーしたの?」



 気がつくと私は蓮の服の端を握っていた。ここでちゃんと言葉にしなければ蓮は帰ってしまう。



「蓮、その……」

「ん?」



 言葉にしようとするとこんなにも勇気がいるのか。今更ながら緊張する。







「もう少し………一緒にいてくれませんか?」







 言った。言ってやった。

 蓮のこともまともに見ることができない。蓮は明日も仕事のはずだ。風邪をうつしてしまったら申し訳ない。

 



「もちろん」



 しかし、予想していたものとは真逆の返答。

 蓮の優しい声が私に降ってきた。

 どうしてこんなめんどくさい女のことを甘やかすのか。どうしてこんなにも優しいのか。



「蓮」

「ん?」

「1つ蓮に嘘ついてたことがある」

「何?」

「……会いたかった」



 

 これが今の私の精一杯。

 きっと風邪のせいだ。きっと風邪のせいなんだ。



 でも。

 たまには自分から甘えるのも悪くない。今回の風邪はこころなしか早く治りそうだ。


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