3.ラルサ
ハーシェルたちの目の前に突如現れた髭もじゃの大男、ラルサ。彼がアイリスの野にやって来た目的とは?
ラルサ、実はいっちばん最初の話に少し出てきています。覚えていない方は、ぜひ一度戻ってチラッと見てみてください。
「お昼ごはん、まだでしょう? あなたも一緒に食べない? ちょうど今からなの」
セミアがエプロンを手に取りながら言った。
「ええ、ではいただきます。申し訳ない」
ラルサが答えるとセミアはうなずき、早速食事の準備に取りかかった。
ラルサは食卓の席につこうと椅子を引いたものの、なぜかもぞもぞして、なかなか動かなかった。そして我慢できなくなったように、包丁でにんじんを刻み始めたセミアの方を見て言った。
「あ、あの、そのようなことはわたくしが」
「何を言っているのよ。いつもやっていることだわ。それに、あなたが料理できるとも思っていないし」
セミアは特に気にしたふうもなく言った。
「まあ、確かにそうですが……」
ラルサはあきらめて席についた。
「それより、あなたなんだか額が赤いけれど、どこかにぶつけたの?」
ラルサの顔をちらっと見て、珍しい、と思いながらセミアが言った。
ラルサに続いて席についたハーシェルは、その赤くなった額と同じくらいに顔が真っ赤になった。
「ああ、この元気なお嬢ちゃんが、箒という名の凶器で襲いかかってきまして。どうやら泥棒と勘違いしたようで。いやしかし、私はむしろその勇気に感心いたしましたよ」
大まじめな顔で答えたあと、ラルサはまたこらえ切れなくなったように笑い出した。
セミアは一瞬目をまるくしたが、すぐにふふっ、と吹き出した。それから、おかしくてたまらない、というように体を震わせ始めた。手に握った包丁も一緒に、ぷるぷると震えている。二人があまりにも笑うので、ハーシェルは恥ずかしさを通り越して少しムッとしたくらいだ。
しばらくして、ようやく笑いがおさまると、セミアは笑涙を手でぬぐいながら言った。
「これでやっと、ハーシェルが部屋で箒なんかを握って突っ立っていたわけが明らかになったわね。普段お掃除なんてちっとも手伝わないんだから、まったく何事かと思ったわ。――まあ、勘違いするのも分かるわ。あなた全然変わっていないもの。昔も今も、その髭のせいでハーシェルを驚かせて。泥棒と勘違いされたのも、どう考えてもその髭が一因だわ」
「えっ? ハーシェル、昔このおじさんに会ったことあるの?」
ハーシェルがセミアの言葉に驚いて言った。全くそんな記憶はなかったからだ。
「ええ。ずっと昔、あなたがまだ赤ちゃんの時にね」
――ああ、それは覚えていなくて当然だ。
ハーシェルは思った。
それから、ラルサに向かって謝った。
「あの……さっきはごめんなさい。まさか、お母さんの知っている人だとは思わなくって……」
ハーシェルは申し訳なさそうな顔をした。
だが正直、あれを泥棒と間違えるのはしょうがないと思う。だって、見ず知らずの、しかも強面で熊のように大きい男が部屋で勝手にうろうろしているのだ。泥棒だと思わない方が無理だろう。
「いいってことよ。でも、二度とこんなことしちゃあだめだぞ? 本物の泥棒だったら、どうなっていたことか」
ラルサが真剣な表情で言った。
しかし、ハーシェルは不思議そうに首を傾げた。
「だけど、ハーシェルおじさんに勝ったよ? 泥棒、やっつけられたんじゃないの?」
そう言うと、ラルサはまた大きく口を開けて豪快に笑った。
「はははっ、ふっ、まあな。確かにありゃあ驚いた。だがな、おじさんはまだ動けたぞ?かなり痛かったが。つまり、刃物を振りまわすことだって、逃げることだってできたんだ。どうだ? これでも勝ったと言えるか?」
ハーシェルは、自分がやっと無謀なことをしたことに気づいた。箒で叩けても、相手が刃物を持っていれば終わりだ。それに、ラルサのような大男なら、素手でも負けるに決まっている。さっきの経験から考えると、箒で気を失わせるのは難しそうだし……。
だが、相手が大人で、自分がまだ子どもだということは全く考えていないハーシェルであった。
「じゃあ、どうしたら勝てるの? 箒じゃないものだったら、勝てる?」
「まあ、フライパンとかならまだ可能性はあるんじゃないか? 重いしな、あれ。だが、一番は自分が強くなることだ。私のようにな。そうすれば、自分が武器を持っていなくたって、相手が刃物を持っていたって、そんなもの簡単に叩き落とせる。ま、そこまで強くなるには、かなりの訓練が必要だがな」
「ふーん……」
とそこで、ハーシェルはさっきラルサに聞こうとしていたことを思い出した。
父のことだ。
「そう言えば、おじさんはお父さんを知ってるの?」
ラルサは笑ってうなずいた。
「ああ、知っているとも。あの方は、すごいお方だ。お父上も、なかなか強いぞ?まあ、私には敵わんが。お嬢ちゃんが箒持って突っ込んできたあたりの性格は、父親譲りだな。セミアさんは、そんな無茶ぶりしないでしょう?」
「ふふふ、そうね」
セミアが鍋をかき混ぜながら言った。
そのにおいをかぎながら、今日はカレーだな、とハーシェルは思った。
セミアはこれまで父親のことをあまり語らなかったため、ハーシェルは自分の父親について新しいことを発見できて、なんだか新鮮な気持ちがした。そしてそれは嬉しくもあった。
(お父さんって、強いんだ。泥棒も、簡単にやっつけちゃうのかな? 自分の性格って、お父さんと似てるんだ……)
それから少しして昼食が完成し、セミアも席について三人はご飯にした。
見た目は大柄で髭もじゃで、泥棒かと思ってしまうくらい怖そうなラルサだったが、中身は全然そんなことはないということを、ハーシェルは話してすぐに知った。よく笑い、よくしゃべる快活なラルサは、とても気のいい人物のようだった。怖そうだと思っていた瞳も、よく見れば褐色の優しい色をしている。
そして、よく食べるということも、今回の昼食で明らかになった。何度もおかわりをして、ついに鍋の中身が空になった時、晩ごはんにもこのカレーをまわそうと思っていたセミアは、こっそり心の中でがっかりした。もっとも、ラルサはそんなことはつゆほども知らなかったが。
ラルサが最後の一杯を食べ終えるころ、とんとんっ、とドアをノックする音がした。
「あ、ウィルだ!」
ハーシェルは勢いよく立ち上がり、スプーンを置いて戸口の方へ走って行った。
「ハーシェルー、いるー?」
「ちょっと待って」
そう言うと、ハーシェルは靴を履く時間も惜しく、ひとまず先に戸を開けた。
そこには案の定、ウィルが立っていた。
「やっほ、ハーシェル。遊びに……」
ウィルは、ラルサを見て言葉を止めた。客がいることに驚いたようだ。
「こんにちは」
ウィルはラルサに向かって軽く頭を下げた。
ラルサは、にかっと笑った。
「やあ。驚かせてすまんな。俺は、セミアさんの知り合いの者だ。さっき訪れたばかりでな」
そんなあいさつを交わしている間にも、ハーシェルはすでに靴を履いて、出かける準備をしていた。
「ちょっとハーシェル、あなたご飯がまだ終わっていないでしょう?」
セミアが言った。
「あと、お母さんにあげる。お母さんがお腹いっぱいなら、きっとそこのおじさんが食べてくれるよ。まだ足りないって顔してるから。……行ってきまーす!」
靴を履き終えるとハーシェルは元気よく言って、ウィルを連れて小屋を出て行った。
「……もう、勝手なんだから、あの子は」
セミアはあきれたように言った。
「しかしあの幼かった赤子が、あんなにも元気に成長しているとは。わたくしは嬉しい限りですよ。あの子の性格は、やはり父親譲りですな。――では、改めまして」
ラルサは片ひざを床につき、頭を軽く下げて体の前で右手こぶしを左手で包み込み、正式な敬礼の姿勢をとった。
「ナイル国軍将軍、ラルサ。七年の時を経て、お迎えに上がりました。お変わりなさそうで何よりです、セミア様」
その口調には、もはや先ほどの陽気で大口を開けて笑うラルサの面影はどこにもなかった。今そこにいるのは、ナイル王家に忠誠を誓い、多くの兵を従えあまたの戦乱を乗り越えてきた、ナイル王家に仕える臣下としてのラルサだった。
「あなたも、元気そうで安心したわ。別れてしまってから、どれほど心配したことか……」
王に命じられてセミアたちと共に城を出たラルサだったが、途中で追手がかかったのだ。ラルサは一人残り、セミアたちを先に行かせた。
追っ手との戦闘を終えたラルサは再びセミアを探したが、とうとう最後まで見つけることはできなかった。
「あのようなことになってしまい、誠に申し訳ございません。それに、心配したのはわたくしの方です。あれくらいの敵、わたくしにとっては敵にもなりません。――それよりも、探すのに苦労しましたよ。田舎の方だろうとは思いましたが、なにしろ山も広いもので。一ヶ月近くもかかりましたよ」
「あら、たった一ヶ月くらいで見つけられたのなら上出来だわ。――では、あいさつはこのくらいにして。ラルサ、お立ちなさい」
セミアの言葉に、ラルサは敬礼の姿勢を崩して、ゆっくりと立ち上がった。
ラルサがきちんと立ち上がったのを見てから、セミアは本題に入った。
「戦争は、終わったのね。あなたが来れたということは、勝った、のかしら? あの状況では難しいと思っていたのだけれど」
セミアは、先ほどとは打って変わって真剣な表情で言った。
敵の数は七万人。一方、ナイルはその頃、同盟国である他国の戦争の援軍に駆り出されており、城には五万ほどの兵しか残っていなかった。しかしその戦乱もナイル国の援軍により終息し、三日後には皆戻ってくるはずだった。だがその隙を狙ってか、以前からナイル帝国との雲行きが怪しくなっていたミスク共和国の早急な襲撃。もっとも、ナイル国王もそれくらいのことは予測し、準備はしていた。それでも、領土こそナイルほどは大きくはなくとも、武術に長けたミスクに勝利するのは難しいはずだ。ミスクはもともとは戦闘民族だ。
ラルサは、深呼吸するようにふーっ、と深く息を吐き出した。
「援軍が来たのですよ」
「援軍?」
セミアは疑問に思った。
「ナイルが出兵させていた援軍が間に合ったということ? しかし、あの数でミスク相手に三日も持ちこたえるなんてことは……。……では、リディア国からかしら? ――いえ、ありえないわね」
セミアは口に出したものの、その可能性を否定した。
ラルサがうなずいた。
「ええ。リディアはナイルの同盟国と言えど、小国です。援軍を出す余裕などあるはずもございません。たとえ出してナイルを救えたとしても、その間に守りが手薄になった自国にどこからか攻められでもしたら、一貫の終わりです。……カルヴィアですよ、セミア様。カルヴィア王国が、我が国を救ったのです」
セミアは驚きのあまり、息をするのも忘れてラルサの髭もじゃ顔を見つめた。
「カルヴィアですって? なぜカルヴィアがわざわざナイルを……これまでこちらに興味も示さなかったというのに」
カルヴィア王国とは、ナイル帝国の北にあり、ナイルには劣るがそれでも周辺の国々と比べると比較的大きな国だ。多くの鉱山に恵まれていることと、その高度な製鉄技術を生かし、装飾品や剣などの武器を他国に多く輸出している。ナイルもカルヴィアから多少の輸入はしているが、特別兵を出してまで助けてもらうほどの仲でもない。普通、同盟国かまたは余程の縁や借りでもない限り、自国が他国の戦争に介入することはない。
「まあ、魂胆は見え透いていますけどね。ナイルに借りを作っておきたかったのでしょう。ナイルを味方につけておいて、悪いことはないですし。むしろ、これまで全く接触してこようとしなかったことの方が不思議ですね。――まあ、カルヴィアは他国に頼らずとも充分に栄えていますし、その必要もなかったのかもしれませんが。もしかしたら、カルヴィアはこのままナイルとの同盟話に持ち込むつもりかもしれません……」
ラルサはふさふさしたあご髭をなでつけながら、考え深げに言った。
それから手を降ろし、セミアに向きなおった。
「しかし、カルヴィアの援軍のおかげで窮地を脱したことは確かです。我々は援軍が来るまでの三日間はなんとか持ちこたえることができたのです、セミア様。かなり苦戦はいたしましたが。ですがナイルの援軍が到着したところで、突然こちらに勝敗が傾いたわけではございません。これまで押され気味だった我々の戦力が、ようやくあちらと同程度に釣り合った、というところでしょうか。五分五分の戦いは、三年以上続きました。そして四年目にしてようやく、戦は終わりを告げました。三年目を過ぎた頃にやってきたカルヴィアの援軍が、この戦を終わらせたのです。……最初は敵かと疑ったくらいでしたよ。誰もカルヴィアからナイルへ援軍が来るなどと、予想だにしていませんでしたからね。戦は三年前に終わり、今ではだいぶ修復も進んでいます。カルヴィアが後ろ盾についたとなれば、もうミスクがナイルを攻めてくることもないでしょう。これまでお迎えに上がらなかったのは、城も街もあちらこちらが瓦礫のように崩れ落ち、とても王妃様とその姫をお迎えに上がれるような状況ではなかったからです。敵も味方も、派手にやらかしたもので……。我々はこの三年間、城と街の修復・改善に徹しておりました。お迎えが遅れましたこと、心よりおわび申し上げます、セミア様」
そう言ってラルサは再び、今度は謝罪の意味も込めて、セミアに対して深く敬礼した。
セミアは軽く微笑んで、ラルサを立ち上がらせた。
「いいのよ、ラルサ。私はそんなに気にしていないわ」
ラルサは立ち上がりながら、信じかねる、といった表情でセミアを見上げた。
セミアはそんな疑念たっぷりのラルサの顔を見て、おかしそうに笑った。
「あら、本当よ? 確かに、とても心配はしていたわ。国のことも、みんなのこのも。けれど、ここの暮らしも、これはこれで楽しいものよ」
「そう言えば、この小屋はどうされたのですか? 誰かからでもお借りに……?」
「いいえ、違うわ。見つけたのよ。……空き家だった。もう何年も、使っていないようだったわ」
ラルサと別れたあと、セミアはまだ一歳にも満たないハーシェルを背負って、山や村のはずれを何日も歩いた。お金は多く持ってきてあったし、身につけていた宝石や衣類を売ればかなりの額になるため、食べ物には困らなかった。しかし、アッシリアに戸籍がないセミアたちにとっては、住む場所が問題だった。周りの人や税の取り立てに来た役人に、変に出生を探られたりしたら困る。いつまでも宿屋に泊まっているわけにもいかない。それに、食べ物は手に入れられても、女が赤ん坊を背負って何日も歩くのは、体力的にもかなりきつかった。
そんな時だった。どこか山でひっそりと暮らしたいと思っていたセミアが、すり傷だらけになりながら暗い山道を登っていると、突然ぱあっと視界が開けた。そこには暖かな太陽の日差しが散々と降りそそぎ、昨日の雨にぬれた野花の雫をきらきらと輝かせている。野花の色は大半が白で、小さく愛らしい姿をしている。山の斜面に沿って野原はゆるく傾斜しており、その頂上には長年ほったらかしにされたような小屋が、草やつるが壁をつたい、野原の風景に溶け込むように静かに立っている。
ここだ、とセミアは一瞬で決めた。この緑あふれる美しい場所で、ハーシェルを育てよう。ここでなら、やっていけそうな気がする。
「……まるで、野原が私たちを歓迎してくれているようだった。このためだけに、この野原と小屋が存在していて、ずっと私たちを待っていてくれたのじゃないか、なんて錯覚まで覚えたわ」
セミアは椅子に座ったまま、窓の外へと顔を向けた。
ラルサも、つられるように窓の外を見た。点々と咲く草花、蝶。そしてその遠くの方では、二人の子どもがはしゃぐようにくるくると走りまわっている。
なるほど、二人が野原の中に飛び込んでいるのではなく、野原が二人のためにあるように見える。野花は、二人のためだけに、その蕾を開花させている。そう、ラルサは思った。
「……だけど、もう帰らなくてはね」
ぽつり、とセミアが言った。
ラルサは、その言い方に妙なひっかかりを感じ、セミアに問い返した。
「帰りたく、ないのですか?」
「まさか」
セミアがこちらを見て笑った。
しかし、それからまた、少し影のある表情で窓の外を見た。
「あの子に、事実を話していないのですね」
「……ええ」
走りまわっていたハーシェルがぱたん、とこけた。ウィルがそれを見て、心配そうにハーシェルに駆け寄るが、途端にハーシェルは元気に飛び起きて、再びウィルの方に向かって走り出す。ウィルはあわてて逃げ出した。
「あの子にとっては、ここがすでに〝家〟だわ。それに、ここを出て行くということは、ウィルくん――あの男の子と、引き離さなければならなくなる」
「ああ、あの少年。礼儀正しい子ですよね」
先ほど会った時、自分に対してきちんとあいさつをしていた姿をラルサは思い出しながら言った。
セミアは澄んだ茶色い瞳で、じっとラルサを見た。
「本当にそれだけ? ただの、ちょっと礼儀正しい子、としか思わなかった?」
「はぁ……随分と大人っぽい子だなとは思いましたが」
「あの子、この山にある村に住んでいるんですって」
「村?」
ラルサが怪訝そうな顔をした。
「しかし――」
「あなた、ここへ来る途中で他に何か見なかった? ここからそれほど遠くない場所で」
ラルサはあごに手を当てて考え込んだ。
一、二分ほど経ったろうか。ラルサははっ、と何かに気づいたように顔を上げた。
「まさか……!」
セミアが静かにうなずいた。
ラルサはわずかに顔をゆがめ、悲嘆と憐れみが入り混じったような表情で窓の外を見た。
走り疲れたのか、今は二人ともぱたん、と草原に並んで寝転がっていた。二人で何かしゃべっているようだ。
「かわいそうに……」
ラルサがつぶやいた。
果たしてその言葉は、ウィルに向けられたものだったのか、ウィルとハーシェル、二人に対して向けられたものだったのか。
ラルサが眺めていると、ハーシェルが視線に気づいてこちらを向いた。ハーシェルがつんつん、と隣のウィルをつっつくと、ウィルもそれに気づいたように体を起こしてこっちを見た。
それから二人は仲良く立ち上がると、小屋へ向かって駆けてきた。近づくにつれ、二人の姿がだんだん大きくなる。
小屋のドアが開いた。
「ねぇ、おじさんも一緒に遊ぼうよ」
ハーシェルが、少しだけ開いたドアのすき間から、ひょっこりと顔をのぞかせて言った。その後ろでは、ウィルがおとなしく立っている。
「鬼ごっこ、二人じゃ飽きちゃうの。ウィル、遅いし」
「違うよ。ぼくが遅いんじゃなくて、ハーシェルが速すぎるんだ」
ウィルが後ろから口をはさんだ。
セミアがクスクスと笑った。
よっしゃあああ! とラルサががたんっ、と椅子を鳴らして立ち上がった。
「じゃあ、たった今からはおじさんが鬼だ! さあ、二人とも逃げろぉー!」
ラルサが言うと、わぁーっと声を上げて、二人はあっという間に小屋の扉から逃げ出して行った。
それを見とどけると、ラルサはセミアの方を振り向いて、にやっと笑った。
「まあ、そう急いで向こうに戻る必要もありませんよ。探すのにもっと時間がかかっていたかもしれませんし。あの子たちとちょっと戯れてから、出発することといたしましょう」
そう言うと、ラルサは子どもたちを追って外へと出て行った。
すぐに、外から「こらぁーっ! 待てー!」という声と、子どもたちが元気に走り回る声が聞こえてくる。
その声に、セミアはまたクスクスと笑った。
「ラルサが子ども好きだったこと、忘れていたわ……」