格闘家と格闘家
幕間2つ目
ハルカはボクシングで言う所のファイティングポーズを取って構える。 特にボクシングを習った事があるわけではないのだが、この姿勢が一番何か行動するのに移りやすい事をハルカは知っているのだ。
今回の敵……すなわち、PvPの相手を務めてくれるプレイヤー。 名をぴーちゃん。
まるで幼子が小鳥にでも名付けるような気の抜ける名前なのだが、その所在を見てから本当に気を抜けるような存在はいないのではないかと思う。
初め、白金色の髪をした綺麗な人だな、と思った。
今は、白金色の毛を靡かせる猛獣にしか見えない。
にこにこと笑みを浮かべるその顔は優しく、まるで聖母であるかのような印象を抱くのに……抱きしめられたその瞬間に命を散らすような、死神の微笑にも見えるのだ。
とはいえ、自らが頼み込んだPvP。 自らが仕掛けなければ何も始まらないだろう。
何より……ハルカはどれだけ敵が強大であろうと、怖気付くような弱者になりたいとは思っていなかった。
既にPvPは始まっている。 なら、合図は要らず。
一切の呼気を出さずに、ハルカはその場を蹴り抜いた。
「『剛衝拳』」
「ッ!? ぅッ!」
その顔面に向かって繰り出されるぴーちゃんの拳。 すらりとした長い手足は、ただそれだけでリーチ差となってハルカに襲いかかる。
直前で踏みとどまり、バック中をするようにして離脱を測るハルカ。
「『光晶拳』」
「『光晶拳』!!」
スキルは口に出さずとも使える。 だが、敢えてぴーちゃんが口に出すのは甘く見られているからか。 それとも、いざという時にスキル名を言わない事で不意を突くための戦略か。
バック中の蹴り上げた足を掴まれる前に、光晶拳によって地面を掴んだハルカが腕を曲げて脱出する。 なんでも触れるようにするスキルだからこそできる事だ。
「剛衝拳」
「CTはッ!?」
「嘘よ」
剛衝拳のCTは例えスキルレベルを上げたとしても2分のまま。 こんな短期間に繰り出せるモノではない。 そういうモノではないとわかっていても身構えてしまうのは、戦闘によって身に染みついてしまった癖だろうか。
拳の振り降ろしが来る事を想定して頭を庇ったハルカの腋に、ぴーちゃんの蹴りが入る。
スキルの乗らない、ただの蹴り。
だが、腋を思いっきり蹴られればその衝撃は喉辺りまで響く。
「ッ!! 『光晶拳』!」
「あら」
嘔吐といった機能はシステムとして仕込まれていないのだが、『脇を蹴られた』という事実がハルカの経験則によって気持ち悪さを生む。
しかしソレを無視して、ハルカは左腕で蹴られた右腋にあるぴーちゃんの左脚を掴んだ。
限界まで力を込めて握りしめつつ、ハルカはスキルを発動させる。
「『砲傷拳』!」
格闘家に許された数少ないスキルの中でも、がっかりスキルとして1、2を争うであろうこの『砲傷拳』。 字面から見ればまるで拳から傷を与える砲撃が飛んでいきそうなものだが、そんな便利な飛び道具は格闘家に実装されない。
その効果は単純で、打撃的なダメージを斬撃ダメージに変換するというもの。
剣なら斬撃、ハンマーなら打撃といった風にダメージが算出されており、その法則だけは格闘家にも実装されている。 ダメージ算出に関しては拳の速度だったりSTRの大きさだったりと単純な威力なのだが、例えばスライム系には打撃より斬撃の方が効きやすいだとか、逆にゴーレム系なら斬撃より打撃のほうが効きやすい、といった具合だ。
とはいえ格闘家には『光晶拳』があるのでスライムだって殴れるし、風だって殴ることが出来る。 そういった相性を考えなくていいと言う点だけは格闘家が優れていると言える部分だろう。
だからこそ、打撃ダメージを斬撃ダメージに変えるなんてスキルは滅多に使われるものじゃないのだ。
「へぇ……」
だが、今ハルカはぴーちゃんの足を掴んでいる状態でこのスキルを発動させた。
つまり、この握りつぶすといったダメージが全て斬撃ダメージに変換されているのだ。
結果、ぴーちゃんの足に出血の状態異常が付与された。
「へぇ……対人戦ならではね」
「余裕、はッ!? あぶ……ぐ!」
左手でぴーちゃんの足を掴んでいる故に、顔面へと向かってくる攻撃は右手で処理しなければならない。
だが、左脚を掴まれている事をものともしないぴーちゃんの両手を片手でいなせる筈もなく、ぴーちゃんの左手によってハルカの右手は掴まれてしまった。
そして、狙っていたかのようにぴーちゃんの右手がハルカの顔へ――否。
「カッ……」
「『砲傷拳』」
その細く白い首へと伸び。
全く同じスキルが、その手から発動された。
頭を撫でられる感覚。
「……! げほ、ごほっ!!」
ハルカは目を覚まし、咳をする。 咳とか風邪などといった状態異常は存在しないが、これもまた経験則から来る身体の反応だ。
どうやら自分は少し死んでいたらしい。
VRというものが出来て、中でもVRゲームでたまに起こる現象だ。
余りの出来事に、痛みがなくとも脳が勝手に「あ、死んだなコレ」と判断してしまう現象。 臨死現象などと呼ばれているコレは、今の所解明策は上がっていない。
現実の身体に影響があると言う事は無いわけではないのだが、そのまま生命活動が止まってしまう、等ということは無く、良くて口が半開きで涎れダラダラ。 悪いと失禁していたりするのだが、まぁ死ぬよりはマシだろう。
当初この現象は痛くバッシングを受けた。 当たり前だ。 死なないからこその仮想現実であるのに、数瞬とはいえ意識を失うというのがどれほど怖い事か。 それによってショック死を起こす可能性だって無きにしも非ずだろう。
そう言う人にはセーフティ……映像が簡単なモノに移し替えられたり、一時的に画面を真っ暗にするなどをして対処する事になっている。 だからこそ、そのセーフティを完全にオフにしている者は自己責任であるという風潮だ。
先程、ぴーちゃんに首を掴まれて……砲傷拳を発動された。
このスキルの効果は自身が一番分かっているし、直前に使っていたからこそ……首を切断されたと、脳が勘違いをしたのだと思う。
VRゲーム中に死んだのはコレで4回目だ。 一度目は銃器を扱う別ゲーで頭蓋を狙撃されて。 2度目3度目はイリュオンでエセレンシュに心臓を突き刺されて。
そして4度目がPvPによる首切り。 自身のことながら、中々稀有な体験をしているのではないだろうか。
……別に臨死の感覚にハマっているわけではないのだが。
「起きたわね。 流石、ラジャネーレダローの気付け薬……と言ったところかしら?」
「んー? コレ、そんな大したモンじゃねーよ。 あたしの造った料理の中では最下級品だし。 味がまっずいからね」
「味……? う、げっほ! うぇええええ……ぇっほ」
自身の頭を撫でていたのであろうぴーちゃんの声が頭上から聞こえ、自身の隣から聞き覚えのある……というか、ギルメンの声がした直後の事。
ハルカは先程とはまた違う理由で、咽た。 それはもう咽た。
不味い。
不味い不味い。
不味いという味だけが口の中を支配している。
「まっず……!!」
「……あらあら。 口直しはないのかしら?」
「ぅ……たすけ……」
「あっまーいのとすっぱーいの、どっちがいいね?」
「……すっぱーい……の……」
半開きになった口に何かが放り込まれる。
「ん……すっぱ……。 けど、いい口直し……」
「ちなみにコレはどういう効果なのかしら?」
「30分間STR上昇の代わりに満腹感の状態異常さね」
「……不味いよりはいい……」
イノシシ一頭を腹の中に入れたかのような満腹感を感じるが、不味いよりはいいと本気でハルカは思った。
「今戻ったッスー……。 あれ、なんでハル姉ぴーちゃんにお腹摩られてるッスか?」
「……瓜桃麻……ケミカルクッキング……」
「あっ」
30分間ずっと満腹感を感じ続けるのは案外辛いとハルカが思い始めてきた頃に、そもそものぴーちゃんの目的の人物、シュリが昼落ちから戻ってきた。
ハルカがシュリからハル姉と呼ばれている理由はリアルでの諸々の事情による所があったりするのだが、今は割愛しよう。
「失礼だねぇ。 これでいてSTRの上昇率は醸造のパワーポーションより上なんだよ?」
「この満腹感では動けない。 よってゴミ同然」
「この満腹感がいいんじゃないか……。 つーことで、シュリも一杯どうだい?」
「遠慮しておくッス。 それで、ぴーちゃんがここにいるってどういう事ッスか?」
「シュリに用が在ったのよ。 メインは連絡待ちだから、こっちで来たってワケ」
「あー……。 相変わらず意味の解らない事してるんスね。 VRで2キャラって……」
かるーく流されて落ち込む瓜桃麻。 シュリとヘルウィンドはギルドのマスコットであり、とりわけもっつぁららはヘルウインドを、瓜桃麻はシュリを可愛がる傾向にあるのだ。
「それじゃ、少し歩きながら話しましょうか。 お邪魔したけれど、この辺で失礼するわね、ラジャネーレダローの皆さん」
「ギルマスは寝てるみたいだし……ま、あたしが言っておくよ。 あ、一応自己紹介するけど、あたしは瓜桃麻。 調理師だ。 依頼があれば料理を創るさね」
「ケミカルクッキングだから気を付けて……。 あと、フレ送ってもいい?」
「ええ。 それと、死なせちゃってごめんなさいね?」
「いい……。 良い体験だった」
PvPにおいて……人間は首を斬られれば意識を失うと分かった。
まぁ死ぬことが良い体験だとは言わないが、しかし勉強にはなったのだから。
「そ、そう……。 それじゃ、行きましょうシュリ」
「あいッス。 あ、ハル姉。 一円とヘルちゃんが帰ってきたら課金王にメッセ送るように言っておいてほしいッス」
「了解」
……一度ログアウトして、自身の惨状を確認しよう。
その後ハルカももう一度ログインすることにした。




