課金王への奏上
あらすじにそっちのけとか書いといてカナメインの話。課金王メインはもうちょっと待つんじゃ。
「わわっ……うぅ、ワープってなんかヘンな感じ……」
「ほんとカナってVR音痴だよな。こんな機能、幼児向けのソフトでも実装されてんのに」
「う、うるさいな……。って、ここがアールヴァルの鍾乳洞?
すっごい! 綺麗―!」
大きな白金の塊――課金王と、中年――セイン、青年――カナのコンビが現出する。
ここはアールヴァルの鍾乳洞。幾星霜もの歳月を経た洞窟に、滲み出す石灰水が形作った幻想の鍾乳洞――という設定のダンジョン。
別名、はじまりの洞窟である。
「さて、カナよ。まずパーティープレイをするにあたって、各々がどういうことができるのか、どういうプレイスタイルなのかを確認したい。良いか?」
「えっ、あ、うん。いいけど、どんなことしたらいいの……んだ?」
何、簡単な事よ……そう呟いて、課金王はその背中に担いでいた大剣を抜き、上段に構えた。一見すると割れてしまいそうな、しかし言いようの知れぬ存在感を醸し出す、水晶のような大剣だ。
「3……、2……、1……。ふん!」
その大剣を、課金王が振り下ろすと同時。鍾乳洞の天井から降ってきた黒い何かが斬り伏せられた。
「ひっ! び、びっくりしたー! 何? これ……コウモリ?」
両断されたソレは、成人男性が手を広げた時と同じくらいの両翼を持つコウモリ。カナが目を凝らして表示される名前は『ピエール・コウモリ』。レベルは見えないので、カナより高いことは確かだろう。
「余は大剣士だ。被弾は鎧に任せ、最大火力で叩き斬る。これが課金王たる余のプレイスタイルぞ!」
顔はフルプレートなので見えないが、さぞかし尊大な顔をしているのだろう。
ふふん、と胸を張ってそう言い放った。ちなみに鍾乳洞であるので、スタイルぞ、という部分が反響に反響を呼んでいる。
「あー、えっと……。す、すごいですね?」
「無い頭で難しく考える必要はねーよ。つまりだな……おら!」
いつのまに取り出したのか、セインが安っぽい槍を取り出して投げる。すると、これまた同時ともいえるタイミングで、今度は地面から緑色の何かが出てきてそれに突き刺さった。ぐちゃっ! という音を立てて弾ける緑色。
「うえっ、なんか変な音が……。もしかしてこの緑色の、スライム?」
「おう。『ゾイレ・スライム』だ。攻撃力自体は低いが、耐久削ってくるんでこうやって量産品投擲するのが一番なんだよ」
「はへー。っていうか、二人ともなんでモンスターの出現位置がわかるの? そういうスキルがあるの?」
課金王もセインも、そこに出てくることが分かっていたかのように、出現する前に攻撃を出していた。カナが疑問を持つのも仕方のない事だ。
「いや、そのようなスキルは弓使いと一部の曲芸師しか使えぬ。
もっと単純な事ぞ。さきほどコウモリが現れた天井や、スライムの湧き出た地面をよくみてみるがいい」
言われてカナは、まずコウモリの現れた天井を凝視する。
「……んー? 普通にぼこぼこした天井に見えるけど……あっ! ちょっと凹んでる?」
「このゲームな、湧くかどうかはランダムであるものの、地点は決まっちゃいるんだよ。あっこが凹んでるのは、あのコウモリが毎度毎度湧くせいで石灰水が少なくて凹んでんだ」
ほへぇー、リアルだなぁ……と感心しつつ、今度はスライムの出てきた所を見るカナ。
こちらは凝視する必要もなく何があるのかわかった。
「コレ……苔? 光ってて綺麗だけど……」
「これがあるとこは全部あのスライムの湧き地点だぜ。で、俺達は何度もココに潜ってるから大体勘で行けたってわけ」
「結局経験じゃん! わた……俺初心者だっていってるだろ!」
んなことわかってるよ、と笑うセイン。課金王は何やらインベントリを操作しているようだった。
「ま、覚えるのは後々でいいからよ。モンスターを自分のスタイルで倒してみろって事だ。
危なくなったら助けるからよ」
「へっ? あ、あぁ! プレイスタイルの話だったね……。忘れてた。でも、スライムもコウモリも相性悪いなぁ」
「そこは安心するといい。その二匹は余とセインが仕留める。カナは、もう一匹を対処してくれ」
「はっはー、このために今日量産槍買いまくったんだ。楽しまなきゃ損だよな」
「うむ。余達の勘の精度が測れるしな」
違えねぇ、と笑いながらどんどん屠っていく二人。へ? と我に返ったカナも、急いでついて行った。
「ちょ、ちょっと! もう一匹って何! どういうモンスターか教えてよ!」
「その必要は無いな。ホラ、現れたぞ」
「危なくなったら助けてやっからやってみろカナー!」
「わ、押さないで! っとと、と。うー、足場が悪いな……」
地面に足を取られてよろけるカナ。鍾乳洞なので、普通の地面よりも幾分か滑りやすかった。
バランスをとり、両の足でしっかり立つカナ。その視線の先にいたのは――。
「えーっと……もしかしてコレ、ゴーレムって奴?」
大きく開けた鍾乳洞の広間。その真ん中に鎮座するのは、鍾乳洞と同じ乳白色をした岩石の集合体――表示される名前は『ライムストーン・ゴーレム』。コウモリやスライムと同じく、レベルは表示されない。
大きさは、2階建ての家くらいだろうか。ソレが微動だにせず、突っ立っている。
「ソイツ、最初に一撃入れさせてくれるんだ。そっから動き出すから気を付けろよー」
「物は言い様よな……」
セインの大きな声が反響するも、ゴーレムは身じろぎひとつしない。本当に一撃を入れてから戦えるようだ。ボソリと呟かれた課金王の言葉はカナには聞こえなかった。
「よーし、ナックルを装備してーっと。本気でいっちゃうぞー!」
ぐるぐると腕を回してから、クラウチングスタートの体勢に入るカナ。助走のスピードを攻撃力に変換する気のようだ。
「れでぃ……ごっ!」
姿勢は低く、顔を下に、目線だけはゴーレムに。右拳を腰だめに構え――撃ち貫く!
ガァン! と、硬質な音が鍾乳洞に響き渡る。
カナの拳は果たして――ゴーレムを1mmも動かせずに止まっていた。
「か、かったい! 硬いよこのゴーレム!!」
ゲームの仕様上、痛みはかなり軽減されているものの、跳ね返ってくる反動で相手がどれだけ硬いのかくらいはわかる。
あまりの硬さに驚いているカナの目の前で、ゴーレムの目が妖しく赤く光った。
「へっ? あっ、動くんだった! き、緊急回避ィ!」
振り回すように横なぎに払われたゴーレムの腕。バックステップで避けるのは不可能だと瞬間的に判断したカナは、目の前――ゴーレムの股下を潜り抜ける。
抜けるとき、石に覆われたゴーレムの中心辺りに赤く光る珠があるのを、カナは見逃さなかった。
「あれが弱点なのかな……。って、うひゃあ!」
下半身はそのままに、胴から上を回すゴーレム。前後という物が無いのか、横薙ぎの腕が再度迫ってきた。
ギリギリでしゃがんで避けるカナ。
「ちょ、ちょっとタンマ! タイムタイム! 待って、待って!」
勿論ゴーレムが聞いてくれるはずもなく、胴を回して横薙ぎ、腕を振り上げて叩き潰し、カナに休む暇を与えない。
一回一回の回避に手一杯で、攻撃に移れずにいた。
「ふむ……。これで初心者か……」
「面白いよなぁ。なんせ一度も防御してねぇ」
ナックルという表面積の少ない武器であるとはいえ、武器そのもので受ければ防御になる。
だが、カナは全ての攻撃を見て、避けていた。何のスキルの恩恵も受けていないというのに。
「右腕……突き……、ここ!」
ついにカナが攻勢に出る。少しの溜めを要して繰り出される右パンチ。それを紙一重に避け、上腕と腕の岩石を繋いでいる球体に、アッパーで打撃を入れた。
ビキィ! と罅が入る球体。一撃でこそ壊れなかったものの、ダメージが入ったのは確実だった。
「よし! 読み通り! っと、こっちも貰うよ!」
アッパーの体勢のままだったカナに迫る左腕。横薙ぎだ。
カナは、それに怯むことなく真正面から――伸びきった腕の中心の球体に打撃を入れた。
こちらの球体にも罅が入る。さらに、弾かれるようにして勢いを止める腕。
「あと一回ずつで、両腕貰うよ!」
「さて……ここまではある程度レベル上げた奴ならできる。こっからだぜカナ」
「少なくとも昨日始めた初心者には無理であろう……」
そう言いながらも、選びかけていたアイテム――エリクシールから指を離している課金王。必要ないと判断したようだった。
「カナ程度のHPにエリクシール使うとか、やっぱ課金王だよなお前……」
「当然だとも。使うべく時に使わないアイテムなぞ、ゴミ同然よ」
ピエール・コウモリ lv67
プレイヤー間で、なんでバットじゃないんだよ! とツッコまれまくったコウモリ。他の洞窟にいる種はバット。
ゾイレ・スライム lv67
攻撃しようが攻撃されようが、一撃ごとに耐久を10削ってくるスライム。魔法で攻撃しても杖の耐久が減るという仕様はバグではなく、そういうものらしい。