課金王の嗜好
日数を開けたからと言って文字数が伸びるわけではないと知ってしまった。
山の様な、という言葉通りの大きさの亀を前にして。
「……」
「……」
「……」
3人とも、武器を構えたまま動けずにいた。
「……セイン、行けッス」
「え、やだけど」
「スクショ撮っているから待ってくれ」
セインとシュリは攻めあぐねていているだけだが、課金王は何度も何度もスクリーンショットを取る事に勤しんでいるせいで動けないという、なんとも緊張感のない理由だった。
課金王がこうなるのは決まって巨大ボスを発見した時だ。
先の『ヤマタノレイク・サーペント』や『ライムストーン・ギガゴーレム』など比ではない。大人数用レイドボスクラスの巨大亀は、課金王のお眼鏡にかなったのである。
「ふぅ、いい、いいぞ。良い巨大さだ! 表示名が高すぎて見えぬ!」
「……よさそーッスね。亀タイプなら中身にしか攻撃とおらなそうッスけど……アタシの苦無で亀肌にダメ入れられるかどうか……」
「その遠まわしに行けっていうのやめよーぜ。はいはい行きますよ、行けばいいんだろ」
スクリーンショットを撮り終ってなおはしゃいでいる課金王を余所に、セインが駆けだす。真白の甲羅から露出している部分は首と4つの足。甲羅が深いのか、柔らかいであろう腹甲は見えない。また、首回りは外側から見ても厚いとわかる。多重に刻まれた皺が年月を感じさせる。
故に、狙うべきは後ろ足だ。後ろ足の、外側の足指。
亀はセイン達に左わき腹を見せる形で目を覚ましている。よってセインは一番近い場所――左後ろ足へと狙いを定め、チャージを行った。
多くの槍使いが一番最初に取得するスキル『ランスチャージ』は、溜めて突撃するという、カタカナでは伝わりにくいスキルだ。
速度・威力をスキルレベルに依存するそれは、ステータスが反映しない分初心者には使いやすく、ある程度ステータスの育った中級者にはあまり使われないという性質を持つ。
だが、このスキルの本質は別にある。
それは、力を溜めるというスキルには浪漫が詰まっている事……ではなく、狙った座標に必ず行けるというシステムの仕様だ。
イリュオンにはロックオン機能が無い。敵だろうと部位だろうと、自身で狙い、自身でスキルや通常攻撃を撃ち込む必要がある。その上でクリティカルなどは――格闘家以外――システムが行ってくれるが、部位破壊等々はプレイヤースキルが必要とされるということだ。
だからこそ、『ランスチャージ』のような座標指定系のスキルはとても重宝される。敵そのものに指定しているわけではないので、敵が動いたら当たることは無いのだが、そこはプレイヤー次第だ。鈍重な敵にしか使わないと決めてもいいし、先読みして突っ込んで当ててもいい。他の職業にもちらほらと座標指定系スキルがある故、ステータスも育ちプレイヤースキルも上がった上級者は初撃を好んで座標指定系にすることが多い。
セインもそんな上級者の1人である。
幸いにして、相手は鈍重――であろう――な亀。後ろ足の一番外側の指……唯一爪の無いそこを狙うのは、造作もない事だった。
「ラァァァアアアアアアンスウウウウウ!! チャアァァァアアアアアアアジ!!」
叫ぶ必要は無い。敵にも聴覚があるので攻撃を悟られてしまうというデメリットばかりなのだが、それでもやらなければいけない理由がセインにはあった。意識内で思えば――カナでもできる――スキルは発動するのだが、「だって叫んだ方が気持ちいいじゃん」という、奇しくもカナと同じ理由で溜めスキルは叫ぶことにしているセインだった。
「うっさ」
「仕方なかろう。アレは男子なのだ」
帰ってきた課金王と、蔑んだ眼をセインに向けるシュリ。2人の声は勿論セインに聞こえていない。
セインの槍が当たった場所から、血色のエフェクトが出る。勿論クリティカル演出――格闘家には無い――なのだが、プレイヤー間で『血飛沫』と呼ばれて通じる程に赤黒い。
当たったことに安堵せず、すぐにバックステップで距離を取るセイン。
その考えは間違っておらず――亀が高速でセインの方を向いた。
体ごと。
「まわっ……!?」
「課金王スピポ!」
「承知ッ! フレンドリーファイアは解禁したぞ!」
巨大ボスの正面。MMOなどで巨大ボスを相手にその位置を陣取ったことが或る者ならばわかるだろう。
あっ、と。
「セイン! 手ェ上げろッス!」
「課金王万歳ッ!」
セインが左手をあげる。その手に向かって、シュリが苦無を投げた。座標指定系でもない、ましてやスキルすら使っていないその投擲は、吸い込まれるようにセインの手へと向かい――サクッと刺さった。
「痛みは緩和されてるとはいえ……いつみてもゾっとするよなぁ」
「馬鹿言ってんなら引かねぇッスよ!?」
「オネガイシマース」
セインは苦無の刺さった手でその苦無を掴む。
それを確認したシュリがクイと苦無を投げた手をスナップさせたかと思うと、投げられた苦無がセインごとシュリの方へと飛ぶように――実際に足が着いていない時が或る――戻ってきた。
シュリ――正確には忍者の――の扱う武器は、大きく分けて3つある。65cm程の長さで間合いに入った敵を斬りつける小太刀。15cm程の長さで斬りつけ、投擲のできる苦無。そして、投擲のみに特化した手裏剣だ。どれも状態異常を付与する事が出来るが、小太刀から順に1撃ごとの付与数値が下がっていく。
さて、この中の苦無と手裏剣だが、使ったら終わりの一点物、というわけではない。そんな仕様ならばいくつも持ち歩く上で残存量を覚えておかなければいけないし――本来はそうなのかもしれないが――、必ずエリクシール症候群のように『大事すぎて使えない』という者が出てくるだろう。
そういう意味ではこの苦無と手裏剣は優遇されている。
投げたら、戻ってくるのだ。
戻ってくるスピードは暗器マスタリに依存し、シュリのそれはlv30。速度にすると時速10km。自転車と同じくらいのスピードで投げられた苦無と手裏剣はシュリの手元に戻る。
最も、それだけでは戦闘にならないので10個程はスタックするのが常識なのだが。
この仕様を利用し、仲間を回収できるようになってこそ忍者の上級者と言われるようになる。ちなみにモンスターを引き寄せる事は出来ない。
「おいおい、あの亀なんか口に溜めてるぞ……」
「これセイン引っ張ったらアタシ達も巻き込まれるんじゃないッスか? 捨て置くッスか?」
わざと回収しないということもやろうと思えばできるのだ。
「まぁ余がいれば大丈夫であろうが……あのブレスの範囲と持続時間にもよるよの」
「シュリー! 上に上げられるかー!?」
「課金王、アタシを打ち上げられるッスか?」
「ふむ……なるほど。
では剣腹に乗るといい。高さは……高度限界には行かないだろう、安心しろ」
苦無は使用者の元へと一直線に戻る。つまり、シュリが高い位置に居れば自ずと苦無を掴んでいるセインも高い位置へ行けるというわけだ。
「行くぞ……変則的だが、撫で斬り!」
「わざわざスキル発動させる必要は――ッ!」
『撫で斬り』。右から左へと剣を水平状態にし、撫でる様に斬る剣士や大剣士のスキルだ。
それを、課金王は右下から左上へと発動させた。
人間砲弾が如く打ち上げられるシュリ。ちなみにフレンドリーファイアが解禁されているので、少なくないダメージが入っている。直ぐに課金王がワイドエリクシールを飲んだことで回復したが。
空中で体勢を整えるシュリ。そこへと近づいていくセイン。最も起点が左手の苦無なので、なんというか……吊り上げられた魚のような軌道なのだが。
「最高点に中々着かないんスけど……」
「サンクスサンクス。んで亀は……うわぁ」
雲一つない空故に、高空に居ても下の様子がよく見える。
自分たちが地面に居た時はまだ、白いブレスの集束は大岩程度――それでも大きいのだが――だったが、今はどうだろう。
シュネクレーヴェの雪山の冷気までをもその口に集約し、その大きさはそれだけでレイドボスと張れる程。
そしてその真白の光は、2人が最高点に至った瞬間、地上に唯一残った課金王へと放たれた。
次は28日




