格闘家達の談話
何が不遇かって説明!
ゴロゴロと灰色の雲が唸り、絶え間なく雨を浴び続ける木々。
ゲームという仕様上風邪を引くことは無いのだが、まるで本当の雨の様にひしひしと体温が奪われていくようだった。
「ここがヴィンティルの雷雨林よ。出てくるモンスターはハルピュイアとグリフォン。サンディーヴァの鳥達の模造品のつもりなのかしらね」
その雷雨林の端。縦に埋められた8つの石が取り囲むの祠のような場所の真ん中に2人は現れた。ナックルを装備した赤毛の青年と、同じくナックルを装備した白金色の髪の女性。カナとぴーちゃんである。
ワープ結晶の光が完全に消え去ると、辺りは薄暗くなる。視界を保つ仄かな明かりはシステム上のものだ。設定によってそれをオフにしてしまえば、完全な闇に包まれるだろう。
「ここが……もしかしてここって、ヴィンティルの霊峰? の麓だったりする?」
ヴィンティルの霊峰の開始地点で見た雲海。所々に突き出ていた針葉樹の頭は、ここの木々と同じものだったように見える。
ならば、この灰の空の上にもう一段、雲があるというのか。
「……ふぅん、目が良いのね。そうよ、ここは霊峰の麓の林。広大さでいえば今見つかっているダンジョンの中でも1、2を競う程よ。はぐれないようにね?」
さらっと恐ろしい事を言う。モンスターを倒しながら歩いていたらシュネクレーヴェの雪山に着いていたカナは、軽度の方向音痴だ。街中ならいざ知らず、どこもかしこも同じ景色の林の中など迷うに決まってる。
にも拘らず、ぴーちゃんはずんずんと林の中に入って行ってしまう。
「え? あ、待って!」
カナは慌てて追いかけて行った。
「不遇職不遇職っていうけれど、カナちゃんはどういう境遇なら『不遇』だと思うかしら?」
こちらを振り向きもせず、ぴーちゃんが問うてきた。
雷という光源があるとはいえ、大雨の降る薄暗い林の中だというのに白金色の髪が神々しく光っているように見える。
突然振られたその問い。少し考えてみる。
不遇。才能・人物にふさわしい地位・境遇を得ていないこと。
ゲームに例えるのならば、スキルや武器が充実・噛みあってない事だろうか。
「やっぱり、スキルが他の職業と違って弱い……とか」
「うん。他には?」
「武器が他の職業と違って少ない……とか」
「うんうん。他には?」
他? 他には、なんだろう。今上げたのはRPGならではのものだ。VRでMMOということを加味すると……。
「パーティプレイに向かないとか……VRらしさが出てないとか……」
「うん。そうよ。それが正解」
それってどれだろう。
「全部よ。スキルがダメダメで、武器も少なくて、パーティプレイに向いていなくて、VRらしさを使えていない職業。それが格闘家」
――最初期ならいざ知らず、格闘家なんて今じゃ誰もやりたがらないぜ? なんて開口一番言って来たセインが思い浮かぶ。
なるほど、事前知識がこれであればやりたがる人間は少ないだろう。
「カナちゃんはまだスキルを使ったことが無いからわからないかもしれないけれど……VRゲームというものにはモーションアシストがつくの。身体の方を動かして、現実にできないような動きをしてくれるもののことね」
それは知っている。イリュオンでは使っていないが、聖二の家でやった格闘ゲームがソレを多用していたから。なんだか気持ち悪くてすぐに投げてしまったけれど。
「格闘家はそれが全然ないの。全くない。己が身一つで戦わなければいけないわ。スキルにしたって、拳に何かを纏わせる系ばかり。ゲームらしい動きは自分で再現しなければいけない。現実で拳を使って戦う人ならともかく、ゲーム三昧な子や事務・営業のビジネスマンには受けが悪かったって事ね」
それは私に最も合っているのではなかろうか。格闘ゲームが気持ち悪かったのは、勝手に体を動かされるからだ。
自分で体を動かせる。それだけで甘美だろう。
「さらに武器も少ないわ。剣なら、片手剣両手剣大剣細剣刀曲刀他なんて、たくさんあるの。弓だって長弓短弓ボウガンクロスボウと色々あるわ。でも格闘家にはナックルと篭手しかない。
パーティプレイにも向かないわ。盾にもならなければ火力が高いというわけでもない。遠距離は出来ないしagiなら忍者に劣る。手数もね。状態異常もない。唯一他に勝っているのはクリティカルの上昇量だけ。それにしたってプレイヤー自身がクリティカルを出さなければいけないの。他の職業はluckに依存するというのに」
例えばカナがアールヴァルの鍾乳洞でライムストーン・ゴーレムにやったこと。脚の継ぎ目の球体を2撃で壊すなんて、クリティカルヒットでなければ無理なことなのだ。
普通は継ぎ目以外の部分を割り壊して行き、露わになった継ぎ目を攻撃するのだから。
さらに言えば最初から継ぎ目を狙って攻撃しても、動いている球体の真正面を叩くというのは度を越して難しい。
カナはそれを知らないのだが。
「初期の頃は、化ける可能性……ほら、不遇職や地雷職ってロマンがあるじゃない? それを期待したプレイヤーが熱心に育てていたのだけど……。
或る時、初心者プレイヤーが運営に打診した。動かしづらいからモーションアシストを増やしてくださいって。とても稚拙で、子供の書いたような――実際子供だったらしいけど――文章で、でもそれを切っ掛けに他のプレイヤーも一気に打診しはじめたわ。Wikiを見に行けば当時の事が事件として書かれているはずよ」
プレイヤーの意見はプレイヤーの想像以上に運営に届く。しかし、1通2通程度で腰を上げるほどゲーム制作は簡単ではない。オンラインゲームならば尚更。それをわかっているプレイヤー達は不満ながらも言わなかったのであろう。切っ掛けが出来るまでは。
「果たして、運営からは打診したプレイヤーに一通一通、漏れるプレイヤーなく返事が返ってきたわ。文面はただの一行。
『それはできません』ってね。その文面に怒るプレイヤーは多かったわ。やめてしまう人もいた。けれど、一部のプレイヤーは気付いたの。これと同じ文章を見たことが或るって。他の不満点……例えばメールの仕様改善とかはしっかり答えが、理由や言い分をつけて返ってきたのに、格闘家ともう一つだけは『それはできません』だけ。これは何か大きな秘密があるんだろうなって一部のプレイヤー達は気付いたわ」
実装するにせよしないにせよ、オンラインゲームの運営というのは美辞麗句ではないが、言葉を飾り付けて返すことが多い。その中で『それはできません』一文だけというのは異彩であった。
「その……もう一つって?」
「――ミニマップよ」
ミニマップ。
自身のいる地点とその周辺を上空からみたような絵で表すモノ。自身の位置を知るだけでなく、自身の位置からは見えない遮蔽物の向こう側になにがあるかまでわかるというもの。それを頑なに、Illusi-Onlineの運営は実装しなかった。
「絶対に何かある。世界を見る事の出来るマップを実装しない理由と、格闘家のモーションが実装されない理由には何か繋がりがある。そう思ったプレイヤー達は格闘家を始めたわ。反対に、もう一生実装されることが無いと理解して止めて言った者もいたけれど。
私もそんなプレイヤーの1人よ。そして、私は十分戦えているわ。格闘家としてね」
この先不遇というレッテルが剥がれない事が運営によって約束されている。この文面だけ見れば確かに、今から格闘家を始めようとする者は少ないだろう。
「弱くはないっていうのは、どういうことですか?」
「あら、それはカナちゃんが一番よくわかっているんじゃない? 驚異的なレベル差の相手を狩ったと聞いているわよ?」
ライムストーン・ゴーレムのことだ。レベル差64。それは確かに驚異的だろう。
「システムに縛られないからこそ、レベル差を覆すことができる。クリティカル率は自身のluckとレベル差に左右されるの。他の職業はね。
でも、格闘家は己が身一つで左右できる。上手いも下手もプレイヤー次第ってことよ」
ぴーちゃんはそこまで言うと、左足を前に、右足を後ろに。上体を整えて構えをとった。
ガサリ、と目の前の樹から音が聞こえる。
「格闘家に許されたスキルを見せてあげるわ。戦い方は人それぞれだからね」
現れたのはハルピュイアだ。下半身と翼は鳥で、顔と胴は女性。襤褸切れのような布を胸元に着けているソレは、ひどく耳障りな鳴き声を上げた。
「キェエエエエエ!」
「相変わらず五月蠅いわねぇ……」
ぴーちゃんの左拳が白色に輝く。その波打つような光波は、どこかワープ結晶の光と似ていた。
宙にいるハルピュイアに向けて右拳を振るうぴーちゃん。当然、ハルピュイアはそれを避ける。殴るという行為は、飛んでいる敵に対しては分が悪いのだ。
そんなことわかっていると言うばかりにぴーちゃんは拳を振りぬき、下半身である鳥脚を掴んだ。
そして光り輝く左拳をハルピュイアのこめかみへと叩きつけた。
「ハルピュイアに限らず、ヒトガタのクリティカルポイントは心臓ではなく頭よ。心臓を潰すには貫く必要があるわ。ナックルじゃ相当の攻撃力が無い限り貫けないから要注意、ね!」
脳が揺れたのか姿勢を保てなくなり、フラフラと地面に落ちるハルピュイア。
ね! の声と共に、ぴーちゃんはハルピュイアの右羽を踏み抜いた。
「キィェエエエエ!」
「飛べなくしてしまえばヒヨコみたいなものよ。あとはHPが無くなるまで殴るだけ」
ライムストーン・ゴーレムのコアを殴り続けたことを思い出す。あれでやり方あってたんだとカナは独り言ちた。
「さっき使ったスキルは光晶拳。炎だろうと氷だろうとなんでも殴れるようにするスキルね。説明文はちょっと違うんだけど……まぁ、プライマの街で手に入るスキルだし、それは見てのお楽しみということで」
スキルは手に入るものだったのか。
先入観から、覚えたりするモノだと思っていたカナは変なところで戦慄した。
「スキル、まだ使ったことないんでしょう? ここに1つスクロールがあるわ。スキルを覚えられるスキルスクロール。これをカナちゃんにあげましょう。安心して、安いから」
そう言って渡されたのは、紙。雨が降っているというのに濡れる事のないソレをインベントリに入れてみる。更にインベントリを開いてその紙に指を置くと、使うという選択肢が出た。
使いますか? はい。
「……剛衝拳?」
剛衝拳:lv.1 自身のintをstrに換算、プラスするスキル。使用中及び使用後2分間はintが0になる。
スキルの説明文にはそう書いてあった。
「何故かはわかっていないけれど、そのスキルが一番安くて一番早く手に入るの。何か理由があるのか、適当か。未だカンストまでレベルを上げた人がいないから前者だと思いたいところね」
適当は流石にないと信じたい。
「さ、カナちゃん。そこの草むらに、黒と白の尻尾が見えるでしょう?」
言われて指差された方向を見てみると、確かにそこには黒と白の尻尾があった。根元の方は樹の裏側へと続いている。
頭隠して――。
「あれがグリフォンよ。倒し方は任せるから、一度スキルを使ってみなさい? 使い方は2種類。叫んでもいいし思ってもいい。ま、慣れない内は叫ぶ方が確実かしらね」
それだ。
それをやりたかったのだ。
カナがスキルを使ってみたかった理由。
技名を叫んでそれが出るという、子供のヒーローごっこのようなソレ。
しかも剛衝拳という荒々しい響き。
カナは駆けだしていた。
カナちゃんはロマンを大事にする人です。




