格闘家達の双舞
カナ視点!
「ねぇ、セイン。そろそろスキルっていうの使ってみたいんだけど……」
VRMMORPG、Illusi-Online。略称はIOだったりイリュオンだったり様々。
近所の年上のお兄さん……というよりは、喧嘩仲間と言うべき人に誘われて手を出したのが1週間前。プレイヤーネームセインこと、山本聖二にそう呼びかける。教えてくれるって言ったのは聖二なのに、本人は攻略が忙しいとかレベル上げをしたいとかで中々取り合ってくれなかった。というか多分忘れてる。
「は? あれ? まだとってなかったっけ?」
ほら見た事か。現実でもそうだが、この男は自分のためになること以外への記憶力がそれはもう無い。散歩歩けば忘れる鳥頭だ。だから創世物語なんて物を覚えてると言った時驚いたのだが……。
「つかよ、その名前リアルで呼んだら意味ねーだろ? セイン=俺だってバラしてるみたいなもんじゃねーか。そういうとこ、やっぱオンゲ慣れしてねーよな叶恵って」
叶恵というのは私の名前だ。有沢叶恵。花の……? 22歳女子大生である。何を隠そう、赤毛の青年kana0729とは私の事なのである。別に隠してないけど。
現実でも拳で戦うのが好きだから格闘家を選んだんだけど、女が拳で戦っていると引かれるのは今までの人生で経験済み。だからキャラを男にした。口調は慣れないけど。
でもその格闘家はイリュオンでは不遇職、らしい。何が不遇なのかは教えてもらってない。
「うるさいな! しょうがないじゃん、VRゲームなんて山本の家でしかやんなかったんだし……電気代も馬鹿にならないんだよ?」
VR技術――Virtual Reality技術は、元は軍用の技術だ。それが家庭用ゲーム程度の価格になったのは5年前。大手ゲームメーカーが安価での制作を可能にした。
そこから爆発的にソフトが作られ、1年経つ頃には沢山のVRゲームが溢れていた……はず。
何故あやふやなのかと言うと、聖二に言った通り私がこれまでの人生でVR機器に触れる事が極端に少なかったからだ。
最初は偏見があった。運動が好きな私が脳信号がどうたらこうたらで仮想世界で動くなんて説明を受けて最初に思った事は、それって夢と何が違うの? という疑問だ。仮想世界での運動は現実世界にフィードバックしないって言われて、興味を失った。
それでも大学の授業にVR技術に関する事が入って来たり、なにより聖二が興味津々で、よくVRゲームに私を誘って来た事から完全に興味を失うことにはならなかった。ホラーゲームとかは楽しかったし。
そんな折、聖二がこれはオススメだから! と強く推してきたのがイリュオン。押し付けるだけ押し付けて説明も無しにゲーム内で落ち合おう、なんて言って来た日にはもう一度殴ってやろうかと思ったのだが、なんとなく惹かれる物があってキャラを創ってみたのだ。
「あー、大学生だもんなー。
ククク、叶恵が女子大生とか笑いが収まらんわ……痛ッテ!?」
頬をグーで殴る。中指だけすこし浮かせてダメージアップだ。似合わないのは自覚しているけど、他人に、それも聖二に言われるとむかつく。
「女子大生は言葉より先に手がでないと思うんだが……課金王にたじたじだった叶恵は可愛かったのになぁ……痛ってぇ!?」
さっきよりも強く殴る。普段から手を出さないように気を付けているが、コイツは別だ。遠慮なんてしない。ちなみに大学ではおしとやかとして通っている。……はず。
それに、誰だってあんな人に初めて会ったらああなると思う。悪口じゃないよ。
課金王。イリュオンを始めてから2日目に会った、セインのフレンド。他総てが霞むくらい超強烈なヒトだった。
後であの時戦闘に使われていたエリクシールの量から総額を割り出してみたけど、正直頭がくらっとした。一戦闘につかう金額じゃない。そもそも課金するという感覚は私にはないのだけれど。
いくらかって? 3万5千8百円です。私にくれたエリクシールとかも考えるともう少しいくかな。その名に恥じない、課金王たるやを見せつけられた気分だった。
「んじゃ、支度終わったらすぐインしろよー。プライマの街で待ってるから」
「スキル、忘れないでね!」
あいよー、と手を振る聖二を見届けて家に入る。さりげない事だが、家の前まで送ってくれるあたり聖二は優しいのかもしれない。その辺のチンピラに負ける気はさらさらないけど。
念願のスキルを使うために素早く支度を済ませよう。
まずはシャワーだけどね!
「セインは……ありゃ、まだインしてないのか」
フレンドリストに表示される文字は灰色。オフラインということだ。ちなみに他にフレンドはいない。課金王にフレンド申請するの忘れてたし。
キョロキョロと周りを見渡してみるも、ナックルを身に着けている人はいない。本当に不遇職なのだなと再認識した。
なんとなく居心地悪くなり、ナックルを仕舞う。素手のほうがまだいいだろう。
「んー、どっかいってみようかな……」
最初に行ったシュネ……シュネクレーヴェ? の雪山は遠すぎるので却下。その辺の草原でいいだろう。
街の門は……東。セインが来たらメールとか飛ばすでしょ、と気楽な気分でカナは歩き出した。
鋭い嘴の突撃を、右から拳を当てて逸らす。そのまま体を回して左裏拳。緑の美しい草原に黄色い点がべちゃりと落ちる。クリティカルが入ったようだ。ぐったりと倒れたソレは、一定時間が立つと泡のようになって消えて行った。
「ドロップは……『グロース・ヒヨコ』の羽? なんで日本語混ぜるんだよ……」
先程倒したヒヨコのドロップを確認する。6歳児ほどの大きさの、ずんぐりむっくりとしたヒヨコだった。その大きさに似合わない速度で突っ込んできたが、カナにはどうも遅く感じた。
「んー、レベルあがらないなー。やっぱりこの辺の敵じゃ弱すぎるのかなー」
課金王と一緒に行ったあのダンジョンで、カナは27までレベルが上がっていた。この草原――名をマルシェ草原――に出てくるモンスターのレベルは、最高でも3。Lv.4だったころならいざ知らず、今のカナには微々たる経験値しか入ってこなかった。
イリュオンでは敵の内部ステータスもレベルに左右される。HPやMPは勿論、agiに左右される移動速度や認識速度までも、だ。ライムストーン・ゴーレムの認識速度に適応できたカナに、グロース・ヒヨコの『遅さ』は物足りない。
「セインも来ないし……早く来いって言ったの自分じゃんかー」
依然としてオフライン表示のままだし、ログインしなくても送ることができるメールもこないし。
流石に忘れるということはない……と思うけど。
「なら、カナちゃん。私と一緒にいかないかしら?」
不意に。背後からどこか聞き覚えのあるような、しかし女性らしさの溢れる声が聞こえてきた。振り返ると白金色の髪を後ろに纏めた長身の女性。歳は25,6だろうか。美女というよりは、美人と表現した方がしっくり来る気がした。なんというか……神々しいのだ。
「あ、えーと……だ、誰ですか? どうしてわた、俺の名前を……」
こんな人、知り合いにいない。VRゲームだからアバターとしての顔なんだろうけど、カナはカナという名前をセインと課金王以外には教えていない。可能性があるとすればその2人のフレンドだろうか……。課金王は言いふらしたりしないと言っていたので、セインかな?
何かしら遅れる理由が出来て、この女性を寄越した?
「ふふ、セインから事情は聴いているわ。一人称も私で大丈夫よ。
私の名前はP.f.K.よ。ぴーちゃんと呼びなさい」
強烈な人だった。
同じくセインに紹介された課金王も強烈な人だったが、この人もまた別ベクトルの強烈さだ。明らかに年上の女性をぴーちゃんと呼べる気概を持てというのだろうか。
「は、はぁ……。
ぴ、ぴーちゃん……さん?」
「さんはいらないわ。あなたもセインのことはセインと呼ぶでしょう? 私も『ぴーちゃん』というプレイヤーネームなのだと思ってくれればいいわ」
なるほど。
記号として捉えればいいわけだ、と納得した。『ぴー』ちゃんではなく、『ぴーちゃん』なのだと。
そういう切り替えのできる子だった。
「わかったよ、ぴーちゃん。それで……行くってどこに?」
「勿論ダンジョンよ。この辺りの敵じゃ、物足りないんでしょう?」
確かにそうなのだが。
確かにそうだし、今さっきもそう思っていたのだが、初対面の人にそう言われるとまるで私が戦闘狂のようではないか。
一瞬、脳裏に知らぬは本人のみという言葉が浮かぶ。頭を振って消す。
「でも、私格闘家で……足手まといになっちゃう、かも……」
不遇職とされる職で、しかもスキルが1つもない。聖二にはオンゲ慣れしていないと言われたが、それはVRだからだ。カナとて携帯ゲームのオンラインゲームは何度かしたことが或る。そして自分の様な位置にいる職が地雷と呼ばれることも知っていた。
俯くカナに、しかしぴーちゃんはニヤりと笑う。
インベントリを操作して装備したものは、ナックル。
「私も格闘家よ? 安心なさいな、格闘家は不遇と呼ばれてい入るけど、弱いわけじゃないのよ」
不遇だけど、弱くは無い。その言葉に顔を上げるカナ。
更にぴーちゃんはインベントリを操作し、とても見覚えのあるアイテム――ワープ結晶――を取り出した。
「え、あ、それ高いのに……」
「いいのよ。
使うべきに使われないアイテムは、ゴミ同然、ってね」
値段を見てしまったことで辟易するカナ。1つ500円で使い切りは高い。
だが、そんなカナを茶化すような口ぶりで諭すぴーちゃん。その言葉は課金王の口癖だった。
セインの友達なのだ、課金王と繋がりがあってもなんら不思議ではない。
「んじゃ、パーティー申請承認してー、そう、OK。
それで、どこか行きたい場所はあるかしら? ないなら勝手に決めちゃうけど」
シュネクレーヴェの雪山、と言おうとして、やめる。
あそこは自分独りで、ソロでクリアしたいからだ。
なのでない、と首を横に振った。
「それじゃ、勝手に決めちゃうわよ。
そうね……よし、ワープ結晶。目的地は――ヴィンティルの雷雨林」
ヴィンティル? 最近聞いた――しかも印象深い単語に首をかしげるカナと、ご機嫌なぴーちゃんを光が包んだ。
レベル
レベルが上がるごとに次のレベルまでの必要経験値が多くなる。
ステータス依存
HP 体力、スタミナ
MP 魔力、集中力
str 攻撃力、握力
def 防御力、ノックバック強度
agi 認識速度、移動速度
dex 精度、応用力、生産品の完成度
int MPの基礎値、魔法威力
luck クリティカル率、生産品の品質向上
※ドロップ率はステータスに左右されない




