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01 恋をした天使は。


ハロハロハロー



あらすじに書いたように、上げて落とすラブコメ、書きたいです。


最初は普通にイケメンと天使のような笑顔のヒロインの恋愛を考えていたのですが、気がついたら残念なイケメンとヒロインになりました。不思議ですよね。



20160201



 落ちない天使に、恋をしてしまった。




 社長の息子で、運動も勉強も出来て、女子にも好まれる顔立ち。当然のようにモテてきた人生だった。

 紳士のように振る舞い、微笑んで見つめていればイチコロ。交際相手に困ったことなんて、今までなかった。

 だが、交際は長続きしない。紳士の振る舞いを四六時中やることはしんどかった。相手の欠点を少し指摘するだけで逆上をされたことがある。妙な理想を持ちすぎていたみたいだ。

 自分を棚に上げて、俺には完璧を求めてきた。そんな付き合いが面倒になり、交際をしなくなった。そもそも、大人になるとどうも恋をしにくくなる。

 学生の頃ならば、クラス替えや進学をするだけで出逢いが溢れていた。簡単に互いのことが知ることができ、仲を深められたのだから。

 職場恋愛はさらさらする気はないため、媚を売る社員は適当にあしらう。友人に誘われて合コンをしても、一晩会ったくらいでは惹かれることもない。

 恋とはどんな感覚だっただろうか。思い出の中で薄れてしまうほど、ご無沙汰になってしまい、二十八歳となった。

 中には俺をタラシと呼ぶ友人もいるが、特別可愛いと思ったりもっと知りたいと思ったり、好きという感情を持っていたつもりだ。交際相手を喜ばせる努力をして、ちゃんと付き合っていた。短かっただけの話。

 そんな感情をまた抱くには、どうしたらいいのだろうか。

 また友人に誘われた合コンもいい出会いもなく、溜め息を吐きつつ歩いて帰った。

 ビルが並び立つ駅通りから離れれば、ほんの少し星が見える。今夜は白い満月が浮いているから、よく見えないのだろうか。

 暗く静かな大きな公園を、歩いてみた。真ん中を突っ切れる道がある。

 特徴がないことが特徴の県でも、ここはわりと都会と呼べる街。都会の眩しさが届いて、寒空の星がよく見えない。冬はよく見えるというのに。

 あ、春分の日が過ぎた三月二十三日はもう春と言うべきか。しかし、まだマフラーをしたいほど寒い。


「!」


 バカみたいに上を見ていたせいで、誰かとぶつかってしまった。見れば小柄な女の子。

 一瞬、額を押さえた手の隙間から睨まれたようにも見えたが、気のせいだろう。

 大きな瞳を見開いたその女性は、頬が赤い。酔っているのだろうか。少し潤んでいる。しかし、女の子と見間違えるくらい小顔だ。パーマをつけたボブの髪に包まれていて、可愛い分類に入るだろう。


「イケメンさんだ」


 猫撫で声を弾ませて、彼女は微笑んだ。笑顔も可愛い。白いマフラーに埋もれているせいか、無垢にも思えた。

 だが、一目惚れはしない。したこともなかった。

 わざとぶつかってきて話す機会を作るナンパを何度かされたことがある。彼女もそうだろう。ただニコッと笑みを返すだけで、立ち去ることにした。


「ごめんなさい」


 ぺこり、と笑顔のまま頭を下げた彼女は、ふらふらと先に俺から離れていく。

 ナンパは考えすぎたか。少しだけ彼女が心配だったが、帰ることにして公園の出口に向かう。

 すると、ブーツで走る音が追いかけてきた。あー、やっぱりナンパか。

 振り返った途端、また胸にさっきの女性がぶつかった。


「わ、わたひ、わたしのブレスレット見てません!?」

「はっ?」


 俺のコートを掴んだまま、キョロキョロと足元を見ている。新手、なのか?


「ぶつかった、とき、い」


 言葉もはっきりしないし、頭もゆらゆらと動いている。どうやら、酔いが回りすぎて混乱しているようだ。


「落ち着いてください。どんなブレスレットですか?」

「ラピスの、ラピスラズリーのっ」

「そこのベンチに座ってください」


 ラピスラズリー。藍色のブレスレットだろうか。

 脇にあったベンチに座らせて、ぶつかった辺りを探してみた。なにも落ちていない。


「公園にはないようですね」


 彼女の元に戻って告げると、泣きそうな表情になって取り乱した。

 走り去ろうとするため、止める。出口にある自動販売機で水を買い、彼女に渡して酔いを冷まさせることにした。


「酔いを冷ましてから、探してください」

「す、すみません……ありがとうございます」


 隣に座って落ち着くことを待ってみたが、そわそわとして地面を見回している。

 危なっかしいから、早く酔いを冷ましてほしいものだ。早く帰って眠りたい。

 困って頭を掻いていたら、袖からジャラジャラと音が聞こえた。見ると、コートの袖のボタンに、ブレスレットが引っ掛かっている。


「あ……もしかして、これですか?」

「……それ!!」


 目をカッと見開くと、彼女は声を上げて俺の手を掴んだ。

 疑ってしまったが、本当にブレスレットを探していたのか。


「すみません、ぶつかった際に引っ掛かったかもしれませんね」

「あ、こ、壊れましたかっ?」


 俺も外すことを手伝おうとしたが、彼女の手とぶつかり、上手くいかない。不安がるため、確認してみた。


「少し歪んでしまっていますが、直せそうです」

「本当に? よかった!」


 コロッと笑顔になった。外すことは俺に任せることにしたらしいが、待ち遠しいのかまだ落ち着かない様子だ。


「……ふふっ」


 彼女はおかしそうに笑い出す。確かにおかしなハプニングだと、俺もつられて笑ってしまった。

 ボタンから外したあと、歪んだ輪を力を入れて直す。元通りになったところで、彼女から許可を得て左手首につけた。


「大事なものですか?」


 あまり高そうなものには見えない。大きなラピスラズリーが何個かついているだけの一連ブレスレット。形見かなにかなのかと問うと、彼女はきょとんとした。


「気に入っているだけです」


 へにゃり、と照れたように彼女は綻んだ。

 また、俺はつられて笑ってしまう。

 彼女の笑顔はまるで、そうだな、大袈裟かもしれないけれど、天使みたいだ。綿毛のような素材の白いマフラーをつけているせいかも。愛らしい。


「気に入ってて、ずっとつけているんです。ないと不安になるくらいで……。ご迷惑をおかけしてすみません」


 ぺこり、と座ったまま頭を下げる。

「いいえ」と笑みを返す。

 こんなハプニングの出逢いも、悪くないのかもしれない。もっとこの子を知りたい。


「……あの、よかったら連絡先を教えてもらえませんか? 私の名前は、風間恭弥(かざまきょうや)です」


 丁寧に名乗って、甘く見つめる。こんな恋の始まりもいい。

 きょとんとした彼女は、にっこりと笑みを深めた。天使のように、優しげで愛らしい笑顔のまま――――。


「ごめんなさい」


 俺をフッた。

 人生初の玉砕が理解できず、固まってしまう。

 いい雰囲気で笑い合っていたというのに、この流れが信じられない。


「お水は百五十円ですか? んー、あ、あった。ありがとうございました。じゃあ」


 肩にかけた鞄から財布を取り出すと、俺にお金を握らせる。あっさりと、彼女は去ろうとした。


「ま、待ってください! あのっ! えっと?」

「?」


 慌てて引き留めると、わからなそうに彼女はまたきょとんとして首を傾げた。短い髪が揺れる。

 駆け引きでもしているのだろうか。そんな素振りはなく、ただ迷惑そうに眉間にシワを寄せている。

 さっきは顔に食いついたのに、その気はさらさらないのか? いや、酔っているせいで判断を謝っているかもしれない。素面なら、返答も違うに決まっている。


「またお話をしたいのです。電話番号だけでも、お願いします」


 動揺を隠して、女性受けのいい笑みと優しい声で、そっと頼み込んだ。


「……はぁ」


 心底面倒そうだったが、番号を交換してくれた。

 彼女の名前は、蓮野三空(れんのみそら)

 みっともない風になってしまったが、なんとか繋がりを持てた。

 少々恥ずかしく思うから、この事は誰にも言わない。フラれたなんて聞いたら、友人が笑い転げるだろう。


「ありがとうございます、電話しますね」

「お世話になりました」


 頭を下げると目を合わせることなく、スタスタと蓮野さんは公園を出ていく。素っ気なく躊躇ない足取りだ。

 その後ろ姿に戸惑いを抱きつつも、俺はマンションの最上階の1LDKに帰った。


 翌日は出勤。

 風車マークの文具ブランドと会社を、祖父が立ち上げた。鉛筆やペンを始め、色紙や日記など、機能はもちろんデザインにもこだわった商品を作り続けている。日本人ならば誰もが一度は使う文具ブランド。それがカザマだ。

 俺は下積みを重ねて、現在は室長の地位についた。ゆくゆくは現社長の父親を継ぐ。

 社員達とにこやかに挨拶を交わし、淡々と仕事をこなした。

 そして、その昼休み。蓮野さんに電話をかけた。

 しかし、仕事中なのか、出ない。

 もやもやしつつも、社員と一緒に社食でランチ。女性社員が、手作り弁当を見せてアピールしてきたが、軽く褒めてかわしておく。

 昼休み中ずっと携帯電話を気にしていたが、彼女からかけ直してくることはなかった。

 そもそも、彼女はどんな仕事なのだろうか。それなりに歳が離れていそうだし、まだ大学生かもしれない。電話が繋がったら、とりあえず会って改めて自己紹介しよう。

 頭の隅で考えながら、夜まで仕事をした。

 そして退社前に、電話をかける。今度こそは、と胸を高鳴らせた。

 しかし、一向に出る気配はない。それどころか、ブツリと途切れてしまった。


「……っ」


 彼女は、駆け引きをしているのか。それならば効果は抜群だ。しかし、本当にその気がなかったらどうすればいい。

 少し、頭を抱えていたら、電話が鳴った。バッと画面を確認したが、着信は友人からだ。


「お前じゃないっ!」

〔は? な、なに?〕

「なんでもない、なんだ!?」


 半ば八つ当たりで声を荒げながら、用件を急かす。電話中に彼女がかけ直していたら、どうしてくれるんだ。


〔変なの。ほら、昨日合コンの子がさ、お前といい感じだったからまた会いてーって〕

「俺は興味ない。あるなら、連絡先を交換している」

〔だよなー〕


 きっぱり一蹴すれば、わかっていた友人は電話の向こうでゲラゲラと笑った。

 丸宮純平(まるみやじゅんぺい)

 高校からの付き合い。彼こそ女たらしだ。女性はとっかえひっかえ。俺のように悩むこともなく、器用に交際を楽しんでいる。

 今はわりと人気なクラブの経営者。そのクラブで知り合った客から、合コンをセッティングしてくれていた。

 純平には絶対に、強引に電話番号を手に入れた相手にやきもきしているなど知られたくない。笑い転げるからだ。

 今日は飲みに誘われたが、電話を気にする素振りを見られたくないため、断っておく。納得いかない様子だったが、純平は電話を切った。

 昨日彼女と会った公園を通ってみたが、偶然会えるわけもなく、大人しく家路につく。

 結局その日、彼女から電話は来なかった。



 また電話をかけることに躊躇してしまう。彼女からすればこの上なく、気持ち悪いかもしれない。

 このまま諦めるべきではないか。

 フラれたなんて、認めたくはない。

 しかし、こんなにも俺がやきもきしなければならない相手かどうかを考えると、諦めてもいいような気がした。

 あの時感じたときめきより、もやもやが勝ってしまい、冷めてしまったのだろう。

 もう確認するのはやめようと、携帯電話をコートのポケットに押し込んで、歩いて通勤した。

 同じく通勤や登校をする人々が行き交う駅のペデストリアンデッキを進んだ。時折路上ライブも行われ、駅の周囲に並んでいるデパートやビルに繋がっている。

 代わり映えのしない朝の景色。そう思った矢先に、見付けた。

 羽を連想させる白いマフラー。瑠璃色のトレンチコート。パーマをつけたボブ。彼女だ。


「蓮野さん!」


 自然と身体が動いて、彼女を呼んだ。しかし、振り返らない。

 人混みに消えてしまう前に、俺は追いかけた。


「蓮野さん。あの、蓮野さん!」


 間近で呼べば、やっと振り返る。前とは違い、彼女は眼鏡をかけていた。少し大きめの黒縁眼鏡。

 隙間から、見上げてくる大きな丸い瞳は、明るいところで見ると輝いて見えた。ブラウン色だ。

 偶然再会してしまったことで、またときめきを感じる。胸が高鳴りを意識しつつも、にっこりと微笑む。嬉しさが出てしまう。


「おはようございます、蓮野さん。覚えていますか?」

「……」


 蓮野さんは、じっと見てくる。それはさながら、猫が警戒している様子にも思え、俺の笑みが薄れた。

 やがて、彼女は口を閉じたまま首を横に振る。

 わ、忘れてただと!?

 確かに蓮野さんは酔っていたが、まさか忘れらていたなんて。


「あ、あの、風間恭弥です。三日前の夜にお会いし、連絡先を交換しました。昨日も電話をしたと思うのですが……」


 ショックを抑え込み、微笑んで柔らかく問う。

 少し納得したように軽く頷くと、彼女は手にしていた携帯電話を操作して、俺の番号を見せた。そう、それ、俺だ。


「覚えていないのも無理ないですね。酔っていましたから。公園でぶつかった拍子に、そのブレスレットが私のコートのボタンに引っ掛かってしまい、二人で笑ったのですよ」


 携帯電話を持つ蓮野さんの手首のブレスレットを指差してから、俺のボタンを指差す。

 あの時は一緒に笑ったというのに、蓮野さんは無表情だ。全然笑ってくれない。


「……仕事があるので、もういいですか?」


 やっと口を開いた蓮野さんの声は、あまりにも冷めていた。


「……よかったら、食事しませんか? 今夜が無理ならば、都合のいい日を教えてください」


 めげずに、優しく見つめて誘う。


「しません」


 きっぱり。間もなく、即答されてしまった。

 フラれた。間違いなく、否定できないほど、はっきりと玉砕された。


「な、何故ですか?」

「……嫌だからです」


 物凄く面倒そうに眉間にシワを寄せた蓮野さん。

 な、何故だ。俺のどこが嫌だと言うんだ。

 今は怪しい人にしか見えないってことなのか。ならば、挽回のチャンスをくれないか。


「蓮野さん」

「……酔っていた私はどうでしたか?」

「え? えっと……笑っていましたが……」


 食い下がろうとすれば、目を細めて蓮野さんは鋭く訊ねてきた。


「なら、素面でも笑っている女性を誘えばいいじゃないですか」


 ばっさり、と蓮野さんは食い下がることさえも阻止するように言い放つ。


「私は病んでてコミュ症の面倒な女なので、忘れてください」


 白いマフラーに埋もれていても、俺が恋した天使の笑顔なんてない。

 別の意味で、落ちてしまっている。

 この天使、落とせそうにもない。




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