百合と薔薇
「…はぁ、だるいなぁ」
冬木翔は小さな声でそう呟いた。
「冬木先生、それ禁句。これもあの子達の為です!頑張りましょ」
ポロッと口から零れた言葉に、隣の矢野由美子が突っ込む。
「はいはい、すみませんね。……っと。よし、完成」
そう言って翔は開いていたノートパソコンを閉じた。
元々体育会系なのでパソコンやスマホなどの電子機器はあまり得意では無い。長時間パソコンを使っていると気分が悪くなってくるのもそのせいだ。
「えー!冬木先生早いですねー!終わったんなら私のも手伝って下さいよぉ」
矢野が嘆いた。
「自分の仕事は自分でやれよなー。あ、教頭先生。俺、ちょっとミニバスの方行ってきます」
ミニバスというのはミニバスケットボール部の事だ。
『いってらっしゃ〜い』
不服そうな矢野とにこやかな教頭に見送られて、翔は職員室を後にした。
翔は一昨年、地元の教育大学を卒業した。
小学校教師になって早二年。今年からは担任も持つようになった。学年は小学三年生。女子達は少しませてくる年頃だろう。
そして現在夏休み真っ只中。
夏休みといっても休みなんてお盆休みぐらいなものだ。
毎日、部活(翔はミニバスケットボール部の顧問)に二学期の授業作り、教育委員会に提出するレポート…とやることは盛り沢山だ。そして子供たちの顔は見られないし、夏休みなんて早く終わって欲しい。
「冬木先生、相模さんいらっしゃったよ」
教頭が呼んでいる。相模さんというのは、二学期から翔のクラスに転入してくる子である。
「はいはーい、今行きます!」
翔は慣れないパソコンを閉じて小走りで職員玄関に向かった。
「こんにちは〜。相模です。」
そう言って目の前にいる相模と名乗る美女は翔に微笑んだ。
スレンダーで小柄な体型にサラサラのストレートヘアが良く似合う美女だ。翔好みの上品な顔立ちで、翔の胸が高鳴った。
「こ、こんにちは。相模さんの担任になります、冬木です。…失礼ですが、お姉さんですか?」
母親にしては若すぎる、見た目は大学生だ。
「……はい、まぁそんなところです。詳しくは後で。あ、こちらは妹のみゆきです」
「…こんにちは」
相模(姉)の後ろにちょこんと隠れていた少女が顔を出す。
姉とは少し違う種類の美少女だ。色白でフランス人形のようなぱっちりとした目と小さい鼻、胸の下まで伸ばしたフワフワの髪の毛がとても似合っている。姉が百合の花だとするらば、妹は薔薇だ。
「こんにちは。では、スリッパに履き替えてこちらへどうぞ」
と言い、応接室に通した。
花で例えるならば百合と薔薇。
そんな二人が目の前に座っていると、どうしても緊張してしまう。翔は生唾を飲み込み、学校の説明を始めた。
「そういえば、お住まいは東上野6丁目なんですね。学校から近くて、親御さんも安心ですね」
なんの気なしにそう言った時、相模(姉)の表情が曇った。しまったか、何か訳有りだったかな。なんて思っていると、相模(姉)がうつむき、口を開いた。
「みゆきに、親はおりません。半年前、交通事故で他界しました。叔母である私が引き取り、今は二人暮らしをしているんです」
「叔母…だったんですね」
「…はい。でも、知り合いや近所には歳の離れた妹という事にしているので…よろしくお願いします」
相模(姉)はそう言うと、ペコリと頭を下げた。
「了解しました。心苦しい事を思い出させてしまい、申し訳ありませんでした」
翔もそう言うと、ペコリと頭を下げた。
それから学校案内をして、みゆきと少し面談をするとあっという間に夕方になっていた。
「今日は、ありがとうございました。新学期から、どうぞよろしくお願いします」
相模(姉)は丁寧に頭を下げて、そう言った。
「いえ、こちらこそ。相模さん、分からない事があれば何でも聞いてね」
最後の一言はみゆきに宛てて言ったものだ。みゆきは喋らずコクン、と頷くだけだった。相模(姉)が最後に会釈して、二人並んで正門に歩いて行った。
「あ!冬木せんせーーい!」
いきなり、相模(姉)がくるりと振り向き、大きな声で翔を呼んだ。
「冬木先生って、おいくつですかーーー??」
「え!あ、…今年二十四になりますーーー!!」
翔がそう言うと、相模(姉)は満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、私とは四つ違いですねーーー!!」
そう言って相模(姉)は小走りで帰っていった。慌ててみゆきもそれに続く。
か、可愛すぎじゃないか…?
あの満面の笑みに、翔の心は完全にロックオンされた。四つ違いって事は、今年二十歳か…。そんな事を考えながら、職員室へと歩いて行く。
「うっわ!冬木先生、ニヤけすぎー!」
矢野にそう言われ、翔はハッとした。
え、俺、そんなニヤけてた??
「なんか、いい事でもあったんですかぁー??」
矢野の頭をコツンと突付く。
「バカ。なんもないっつの」
矢野にそう言って、長い廊下を歩いて行く。
あぁ、新学期超楽しみだ!!
と、胸を踊らせて。
初めまして!
たなかと申します。
『Look at me!』を読んで下さり、有り難うございます。
小説を書くのは初めてでとても緊張してます。
緊張しましたが、書いているときはとっても楽しかったです!
これから、定期的に『Look at me!』を更新していく予定ですので、読んで暇な時にでも是非、読んで頂けると嬉しいです。