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なめこ 1

 晩秋。冷え込みもずいぶんと厳しくなり、夜寝るときには足が冷たくなかなか寝付けずに、朝になれば眠気を突き刺す冷たい空気に布団から出るのが辛くなってきた。そんな今日は、昨日に引き続き冷たい雨が降っている。かれこれ一週間ほど降り続いているが、そろそろ止まないものか。洗濯物も溜まってきているし。


「……いい雨だね、か」


 山の麓に位置するこの街。雪こそ未だに降ってはいないが、山から吹き降ろしてくる冷たい風と、振り続ける雨のせいで風邪が流行っているそうで。その話を裏付けるように、今日は何人も講義を休んだ。今日は腕によりをかけて作ったテストだというのに、非常に残念だ。

 そしてそれとは正反対に、この一週間キノコ人らしい人をよく見かける。やはり雨が降ると活発になるのだろうか。


「……」


 雨はそこまで好きになれないが、可愛らしい女性の姿が多くなるのなら、それはそれでいいかもしれない。


「帰るか」


 さて。今日は一体どんな女性の姿を見れるのやら。と思っていたら、背後から冷たい風が吹き、その風に乗って粘着質な何かを引きずる音が聞こえてきた。こんな夜の大学の廊下に、一体警備員以外の何が居るというのか。



「あの……」


 そんな状況で聞こえてきた女性の声に、背筋を寒いものが駆け上がる。顔をひきつらせながら恐る恐る振り向くと、そこには全身粘液まみれでテラテラと光る、(おそらく)水着姿の少女が一人。

 怯えて損をした気分だ。


「ここの職員さんですか?」

「関係者ではあるが。どうかしたかい?」


 ひょっとして迷ったんだろうか。ここは広くて複雑だから、十分有りえる。


「道に迷っちゃいまして」


 申し訳無さそうに微笑んで話す彼女は、私の好みのドストライク。元々女が好きな私のストライクゾーンは広めなので、余程でなければストライクなのだが。

 ともかく、可愛らしい女性が困っているのなら助けるのが紳士の努めというもの。喜んで力になろう。


「そうか、どこへ行きたいんだい?」

「天国へ」

「おじさんが……いや。なんでもない。ナイスジョーク」


 可愛らしい顔と同じく。またまた可愛らしい冗談。危うく「おじさんが快楽的な意味での天国へ連れて行ってあげようか」なんて返事をしそうになった。そんな事を言ったら警備員のおじさんに天国(牢屋)連れて行かれること間違いなしなので、よく理性が持ったと自分を褒めてやる。


「で、もう一回聞くけどどこへ行きたいんだい?」

「――という方の講義を聞きに、34番講堂へ。と思っていたんですけど、朝から迷ってしまって……」


 ――……聞いたことのある名前だ。と思ったら、私の名前か。ひょっとして彼女は私の講義を聞きにこの大学まで来たのだろうか。確かに私の講義は一般人も受けたいのなら受けられるようになっているが、さすがに試験は受けられない。


「――というのは、私だよ。それと今日は講義はない。試験だけだし、それも午前で終わった」

「ですよねー……しかも無駄足だったなんて、泣けてきちゃう」

「残念だったね。しかし私はそれほど仕事熱心でもないから、終わった講義をもう一度することはないよ」


 今回の試験で、この大学で受け持った講義の一つはお終い。私は次の講義をするための資料作りに励まなければならない。といってもゆっくりのんびりと、期限に間に合う程度に進めるだけなので、暇は作ろうと思えばいくらでも作れるが。

 それでもその時間は仕事ではなく、別のことに費やしたい。


「そうですかぁ……」

「そうなんだよ」


 本当に残念そうな顔をしているが、こればかりはどうしようもない。


「家に戻れば、余った資料もあるんだが。講義はできないが、それを渡すくらいならしてもいい」

「え、今から……ですか?」

「馬鹿を言っちゃいけない。こんな時間にいい年したオッサンが可愛らしい女の子を家に連れ込むなんて、そういう意図が無くても警察にお世話になってしまう」


 まあ、そういう下心が全くないかと言えば否だが。


「都合のいい日と時間を教えてくれれば、資料を持ってここに来てあげてもいい。どうせ明日からは暇になる」

「本当? やった!」


 抑えきれない喜びからか、歓喜の声を上げながら抱きついてきた。その可愛らしい顔とプロポーションに抱きつかれようとして、避けるなど紳士としてあるまじき行為……と思ってあえて受けておく。


「!?」


 体に当たる柔らかい感触を堪能しようと胸を開いていたら、べチャリと。冬場の一人遊びに使うときのロー◯ョンのように、ひんやりと。そしてネバネバヌルヌルとした物が体についた。が、耐える。一瞬の冷たささえ我慢すれば、だんだんとぬくもりが伝わってきて。ぬめり越しに柔らかい感触を……堪能できない。やはり冷たい。


「……あ、ごめんなさい! 私ったら嬉しくてつい」

「いや、気にしなくていいよ」


 少しはいい気分を味わえたし。ただ、その代償にお気に入りのスーツはネバネバヌルヌルの粘液だらけに。これはもう、クリーニングに出したらなんと言われるやら。着衣でそういうプレイをしたのか、なんて思われても仕方がない。


「……で、時間はいつがいい」


 いい思いもさせてもらったことだし。スーツを台無しにされたので、それでチャラにできないこともないが。しかし、紳士としてそれはどうかと思うしどうせこれからは暇になるし。

 ああ、でもこのスーツ結構高かったんだけどなぁ……まあいいか。


「えっと、じゃ。明日でいいですか? 明日の、お昼前に。スーツを汚しちゃったお詫びと、講義の資料をわざわざ持ってきてもらうお礼に一緒にご飯でも」

「誘うのは大体男のセリフなんだけどね。まあ、そういうことなら誘われてあげよう」

「ありがとうございます! あと、そのスーツ、ごめんなさい」

「いいよ、どうせ明日からクリーニングに出す予定だったものだ」


 今日は、そうだな。この寒い中をシャツだけで帰るとしよう。明日は風邪をひいて約束をすっぽかすようなことにならなければいいが……帰ったらすぐに風呂に入って寝れば風邪を引かずにすむだろうか。

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