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ツチグリ 2

 本日の講義を終え、まとめた荷物を持って廊下を歩く。薄暗い電灯の照らす廊下を歩く人間は私以外に誰も居らず、一人寂しい空間には外で降るザアザアという雨の音と、自分の足音だけが響く。

 ふと足を止めて窓の外を見て、ため息を吐く。何度確認して見ても、外は見事な雨が降っていた。それも結構な大雨。朝に会った彼女の予報が当たったのは果たしてまぐれか、それとも当たるという確信があってのことだったのか。どちらにせよ、当たって欲しくはなかったな。

 とは言っても、傘が無いのは自分のせい。憂鬱な気分で、しかたないと諦めて廊下を進んで、玄関に出る。貸し傘が残っていればと思い傘入れを覗いても、そんなに都合よく残っては居なかった。


「はぁ……」


 再度ため息を吐いて、重い気持ちのままでよく磨かれている透明なガラスのドアを押し開く。もしこれで朝の少女がいなければ、明日の朝は熱を出して寝こむことが確定する。まあ、そうなったらそうなったで諦めよう。どうせ明日には講義の予定も入っていないし、熱を出したからといって心配してくれる様な優しい知人も居ない。


「こんばんは、教授さん」

「ああ、こんばんは」


 そう思っていると、下半身を大きな毛玉のような衣装に包み、青い長靴に青い首飾りと、肩と腹を露出した上着という非常に独特なファッションの少女に声をかけられた。

 どうやら、明日は風邪で寝込まずに済むようだ。


「どうしたの、元気ないね」

「いや、君が居てくれたおかげで少し元気が出たよ」

「あらら、ちょっとうれしいかも。口が上手だね教授さん」

「伊達に歳を食ってないからね」


 歳を取れば人付き合いは嫌でも上手くなるものだ。大人になると、嫌な相手でもおだてる必要が出てくるから。ああ、いかんいかん。美少女の前でそんな事を考えるのは失礼だ。


 頭を軽く振って、その思考をどこか遠くへ撒き散らす。丁度、キノコが胞子を飛ばすように。


「はい、傘どうぞ」

「ありがとう」


 受け取った新品のビニール傘を開いて、傘の骨についた100円(税別)の値札を引きちぎってポケットにしまい込む。後で待ってもらった時間分の謝礼と一緒に支払おう。

 そうして、雨の中に一歩踏み出そうとするが、そういえば彼女は傘を持っていただろうかと振り返る。


「どうしたんですか?」


 可愛らしく首をかしげるが、その両手に傘らしき物は握られていない。


「君は雨に濡れながら歩くのかい?」

「はい、そうですけど」


 平然と肯定された。むしろなぜそんな事を聞くのか、と言った表情だ。そういえば彼女はキノコ。人間とは違って、雨に濡れても病気になるどころか元気になるのだった。

 だがいくらキノコ人でも、女性を雨に濡らしておいて自分一人だけ傘をさして歩くのは、紳士としてあるまじき行為。その様子を見られたら、世間体的にもあまりよろしくない。なら、ここで取るべき行動は二つに一つ。傘を使わず、自分も雨に濡れて帰るか。それとも俗にいう相合傘というものをして帰るか。

 前者はせっかくの厚意を無駄にすることになるし、後者は私のような中年と歩くのを彼女が嫌がるかもしれないし。まあ、物は試し。聞いてみるとしよう。


「……傘を買ってきてもらって、さらには待たせておいて。厚かましいとはわかっているが、もう一つ頼みがある。この中年のために、どうか一つ聞いてはもらえないだろうか」

「余程変なお願いじゃなければいいですよ。今、私とってもいい気分ですし」

「ああ、ありがとう。頼みというのはだね、傘の中に入ってはもらえないだろうか。女性に傘をささずに歩かせておいて、自分は傘の下で雨を凌ぐなんてのは紳士としてあるまじき行いだからね」


 さて、どうだ。変な頼みといえば変な頼みだが。

 彼女はそれを聞いて、少しだけ悩み。傘の下へと入ってきた。柔らかな衣装が足に、ふくよかな胸が腕に当たり。思わず顔が緩みそうになるが、表情筋を抑えて顔を引き締める。


「いいですよ。ただし、どさくさに紛れて変なところ触ったりしないでくださいね?」

「ありがとう。私も紳士の端くれだ、そのような行いはしないと誓おう」


 ……触る以前に、押し付けてきているのは言わないでおこう。故意か不作為かは知らないが、気持ちいいし嬉しくもなる。これが彼女の言う嬉しさのおすそ分けなら、雨も好きになれるかもしれない。


「……嬉しさのおすそ分けで、嬉しすぎて血圧が上がって死んでしまいそうだよ」

「そうですか。じゃあやめときましょうか」

「そうしてくれ」


 駅に行くまでに倒れては困る。至福の一時とも言える時間だが、欲に負けてはならない。欲に負けたらろくな事がないからね。

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