カエンタケ その2
地の文一切なしという挑戦
カエンタケというキノコは不思議なキノコだ。視覚が全力で危険を訴えるような、ひと目で明らかにヤバイとわかる見た目なのに、食べて死ぬ愚かな人間が毎年一人は現れる。かく言う私も一度はその愚か者の仲間になりかけたので、人のことは言えない。
やはりあれだろうか、危険な見た目のものには人を惹きつける何かがあるのだろうか。見た目は危険でも、味は意外と優しいのではないか、という考えを持った挑戦者が口に運ぶのだろうか。それともソレを食べることが何かの試練だと勘違いして、食べた後には素晴らしい力を手に入れられるかもしれない。そんな痛い思考を持った人間が、痛いどころではない思いをして死ぬのだろうか。
そこのところ、君はどう思う。
ほう、自分を食べる人の思考なんて考えてもわからないと。まあ、実際そのとおりだ。食べた者の考えは食べた者にしかわからないからあれこれと考えても仕方がない。ん、私の場合? 私はよく似た見た目の他のキノコだと思い込んで採取しようとしただけだよ。君に止められていなければ多分家に持って帰って食べていただろう。感謝している。
そんなに顔を真赤にして否定しても、君が私の命の恩人であることに変わりはないし、これからも認識を変えるつもりはない。だから恥ずかしがらずに私のお礼を受け取ってもらいたい。
なに、自分を連れて歩いて恥ずかしくないのかって? まあ、言わんとすることはわからなくもない。だが個性的な格好の人も最近は増えてきているから、気にすることはないよ。それに命の恩人と一緒に居るところを見られて恥ずかしいと思う事の方が恥ずかしいと私は思うがね……それとも、君が私と一緒に居て恥ずかしいのか。だとしたらすまない、街に連れ出すより前に気付くべきだったのに不快な思いをさせてしまった……私の腹を切って、この償いとさせてもらう。ぐふっ……!
なああああ! 何してんの!?
なんて、冗談だよ。この短刀も血も本物じゃない。ちょっとしたパーティーグッズだよ。で、結局自分が恥ずかしいだけで嫌ではないのだね? なら問題はないだろう。この世の中は君が思うよりもずっと他人に感心が薄い。少し個性的な服装の人間が居たとしても、有名人じゃない限りよほど変な行動をしなければ皆自分のことを優先するよ。社会なんてものはそんなものだ。さ、一緒にそこの店でコーヒーでも飲もう。私のおごりだ。なんでコーヒーって、熱くて苦い物が好きなんじゃなかったかい?
まあ、きらいじゃないけど。いいの?
もちろん、レディに何かを奢るのは紳士として義務だ。悪いわけがない。むしろ断られなくて安心した位だよ。まあ、本当は何か熱くて苦い食べ物が好きと聞いて、そういう食べ物を探したんだが見つからなくてね。結局コーヒー以外に思いつかなかったんだ。もう少し私が食に通じていれば思いついたかもしれないんだが、そこはすまない。どうか不甲斐ない私を許してくれ。
奢ってもらうのに文句なんて言えない。
そうか。それは助かる。では店に入ろう。ここのコーヒーは苦味が強いからそこまで人気じゃないんだが、私は眠気覚ましに立ち寄っていたらいつの間にか好きになってたんだ。君も気に入ってくれれば嬉しい。あと誤解のないように言っておくけど口説いてるわけじゃないよ、これは命の恩人へのお礼だ。そういう意図が微塵もないといえば、ちょっと失礼になるからそういう意味もちょっとは含むけどね。
それだと矛盾しているか。まあとにかく入ろう。
あっ、ちょっと触ったら!
手袋してるから大丈夫。かれこれ一年の付き合いだ、君が人と触れ合わない理由もわかってるさ。痛みも許容できる位の変態……もとい紳士なら、素肌で触れ合うのもいいのだが。私はまだそこまでの域に達してはいない。
おや、いらっしゃい。
やあどうも店主。今日は友人も連れて来たよ。
その隣の個性的な格好をした女性か。彼女かな?
いやいや、さっき言ったとおり、少し仲の良い友人だよ。彼女なら良かったんだが、フラれてしまったから友達で落ち着いている。
ああ、わかってるとも。昔聞いたからね。それじゃいつもの席へどうぞ。注文はいつものセットでいいかな。そっちの彼女は?
コーヒーと、オススメを。
うちの店でオススメできないものは置いてないよ。
じゃあ、この人と同じのを。
コーヒーとチョコレートケーキのセットだね。一番人気の商品だ。砂糖とミルクはどうする?
いらない。
はいわかりました。コーヒーとチョコケーキのセット二つ。しばらくお待ち下さい。
……店の雰囲気はどうだい。気に入ってもらえたかな。
静かで悪くない……と思う。
それは良かった。雰囲気が悪いと味を楽しむどころじゃないからね……いつも明るい雰囲気の店に誘っても、なんだか居心地が悪そうだったから。やっぱりキノコ人っていう位だし、穴蔵みたいな場所の方がいいと思って連れて来たんだ。
ありがとう。
いやいや。本来なら暇で暇で仕方がない休日を、楽しい時間に変えてくれる君へのお礼なんだから。君は礼など言わずに、ただ受け入れてくれればいい。できればそこに笑顔があればなお嬉しいが、どうだい? ここは一つ笑ってもらえないだろうか。叶わない恋に目をくらませる愚か者への嘲笑でもいい、どうか笑っておくれ。
気を使わせてる。ごめん。
……そう、か。残念だよ。見た目は熱そうでも、中身は落ち着いている。君らしくて実にいい。こちらとしては素直に喜んでもらえないのが少し悲しいものだが、会ってすぐの時と比べれば、好意を受け取ってもらえるだけ前進しているかな。まあ今となっては下着の色も知ってるくらいだし、……って、熱い! 痛い! 腕が焦げちゃう! やめてー!
真剣な話をしてると思ったら! ……まあ、あなたらしくていいけど。
お客様。店内ではお静かに……お待たせしました。コーヒーとチョコレートケーキのセットでございます。苦いのが好きと伺っておりますので、コーヒーは濃い目に淹れております。熱い内にどうぞ。
ありがとうございます。
どうも。じゃあ、いただこうか。
……美味しい。コーヒーも。
そう言ってもらえれば、連れて来た甲斐がある。後で店主にも言っておいてくれ。きっと喜ぶだろう。
本当に、貴方も見た目と違って甘いモノが好きね。
見た目と中身が違うのはお互い様だろう。
それもそうか。