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リケジョの取扱説明書  作者: 碧檎
一.大暑のころ
21/91

21 島田の決まり事

「真由美、おまえ何考えとるんや!? あれ、絶対誤解したやろ!」

 思わずが出る島田に河野は「けいちゃん、方言でてる」とけらけら笑った。

「見込みあるかどうかくらい知りたかったんだってば」

「まだ様子見てる段階で何言ってんだよ!」

「もう一月見てんだから、大体分かったでしょ。珍しく慎重なんだもんねぇ。それだけ逃がしたくないってこと?」

 島田ははっと鼻で笑った。

「慎重なのは、彼女が警戒心の固まりだからだろ。しかも彼女はまだ学生だ」

「島田さんて絶対変だと思うんすけど。職場でしか選ばないって決めてるのもですけど、なんでよりによってあんな女連れて来るんすか。どうせなら先に来た子の方が絶対可愛かったっす」

 上原が怪訝そうに口を挟む。そこはどうしても納得いかないといった様子。

 だが河野は彼の言葉に不満げに顔をしかめる。

「そおお? 今時いないわよぉ、あんな真面目で根性がある子。良く見つけて来たなあって思ったけどぉ」

「…………真面目、っすかねぇ。根性は、確かにありますけど」

 上原は首をひねる。

「第一、けいちゃんがやってんのはお嫁さん探し・・・・・・なんだから、職場で探すのは当たり前なのよねえ。どうしても気に入った子がいなかったら、探して引っ張って来るしかない」

 河野が勝手に解説するが、上原は不可解そうにさらに首を傾げた。

「意味わかんないんすけど」

「“島田”の決まり事なんだって。うち、家内制手工業だもん。お嫁さんが働き者じゃなかったら駄目なわけ」

「そんなもんすかねぇ。十分儲かってるじゃないっすか?」

 上原の言葉に河野は首を振る。

「うちは一応金持ちだけど、別に古い家柄でもないし、守るべき家があるわけでもない。守らなきゃならないのは“会社”で、皆で頑張んなきゃいけない。働かずに贅沢だけ出来るなんて考える子はもってのほかなのよ。で、そういうのって仕事一緒にしてたら分かるのよねぇ。だから、彼女はアタリかもなあって思ってる。『伴侶は社員から選べ』ってやり方、会長じいちゃんが考えたんだけど、一応理にはかなってるよね。でもさあ。けいちゃんも時間が無いんだから、あんまりのんびりしててもだめでしょ。また親戚一同から続々と送ってくるわよぉ、お見合い写真!」

 むっつり黙っていた島田はペラペラと勝手な事をしゃべるのを止めない河野を睨みつけると、仕返しとばかりに暴言を吐く。年上の女性にはこの言葉が一番効果的なのだ。

「分かってんなら邪魔すんな、このくそババア」

「んですって! この“おこちゃま”があ!」

 最大の攻撃には最大の反撃が返って来た。互いを知り過ぎているとこういう時に困る。

 ぶち切れた河野を上原に押し付けると、島田は店を飛び出す。地下鉄の最寄り駅は右。だが彼の勘は左だと訴える。左の駅は5分ほど多く歩かねばならないが、右に行くと繁華街がある。この時間の繁華街はさくらが苦手としているものの一つだと島田は知っていた。

 送って行っている時、前方から男がやって来ると、いつも僅かに顔を伏せていたのを思い出す。おどおどとした態度をなぜだろうと思っていたけれど、島田が彼女の側を離れた時に男が寄って来たことで分かった。すらっとしていて目立つ彼女は比較的声を掛けられやすいのだと。過去に面倒な事でもあったのかもしれない。

 外灯の少ない道を急ぐ。この先には大きな公園があるが、そこは地下鉄への近道になる。だが、女性が夜通るには少々物騒だ。不安を感じた島田は携帯を取り出す。履歴書に書かれた電話番号は携帯電話のものだった。念のためにと登録してみたものの……かけるのには勇気がいる。職権乱用と言われないか。まず、自分の番号を登録してもらっているかも分からない。知らない番号からの電話なら、不審がられて出ない可能性が高い。

 島田が携帯スマホの液晶を前に、躊躇った時だった。

「あー、もう、しっつこいなあ」

 聞き覚えのある声に島田は顔を上げる。公園の入り口。暗がりに立つ、涼しげな白いリネンのカットソーにベージュのクロップドパンツの女が目に入る。今日初めて見た服だったがはっきり覚えていた。仕事に来て来る服よりもラフだが、良く似合っていて、前日にもう一押ししなかったことを惜しく思ったから。

「んなこと言わないで付き合えよ」

「うざいってば! 他を当たってって言ってんでしょ」

 虫の居所が悪いのだろうか。上原との喧嘩のようだと島田は苦笑いしつつ、ほっとしながら近づく。こんな風に詰られたくはないが、もうちょっと自分に対しても気を許してくれた方がうれしいのに、そう思う。

「あー、さくら・・・。こんなところに居た!」

 わざと馴れ馴れしく声をかけると、ぎょっとした顔で彼女が振り向く。

「…………!」

「探したよ。絡まれてたらどうしようかと思った」

 にっと笑ってみせたあと、男をちらりと睨むと、「んだよ、彼氏持ちかよ」と彼は舌打ちして身を翻す。

 公園の奥へと後ずさりしながらさくらは尋ねる。

「…………ど、どうしてここ……」

「GPS機能」

 携帯を突き出して真顔で嘘を付くと、さくらは目を丸くした。

「うそ! スマホってそんなに進化してるんですか!?」

「うそだよ」

 合意もないのに勝手に追跡したら犯罪である。というかGPS機能自体は普通の携帯ガラケーにもついている。仕事でパソコンは問題なく使いこなすくせに、妙なところで機械音痴なのだ。愕然とした顔を隠そうともしないさくらに堪えきれずに笑う。

(たまらん……面白過ぎる)

 普通にしてても妙な反応は多いが、からかうと予想よりもっと面白い反応を返して来るのだ。

 末っ子の島田は上から弄られることは多かれど、弄る経験はあまり無い。いちいち新鮮だった。

「河野さんは? 送って行かれなかったんですか?」

 そうだった。誤解を解く必要があったのだと島田は思い出す。

 潔癖な彼女は、きっとあらぬ想像をして島田をそれこそ悪い虫ゴキブリのように見ているはず。

「旦那に迎えに来させるよ」

「は……? 旦那って……え、ご結婚されて――じゃあ、島田さん、ふ、不」

 不倫か不潔か知らないが、その先を言わせたくなくて島田は遮った。

「河野真由美――旧姓、島田真由美は、嫁に行った俺の姉ちゃんだよ。家族だから、家に泊まってもおかしくないよな?」

 

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