2 リケジョの生態
翌日、エアコンのガンガン効いた研究室でさくらはふて寝していた。
文科省からか、それとも県からかは知らないが、節電のお達しはきてるのだろう。けれど、実験環境が変わってはデータが取れない。研究費の一部がきっと光熱費に消えているはず。
今朝さくらはあまりの暑さに堪えかねて、始発で大学にやって来たのだ。
今後を考えると自室のエアコンさえも付けるのを躊躇った。光熱費も抑えて行かないと貯金なんか雀の涙ほどしかない。すぐに無くなってしまう。
現代の家は――しかも大学生が借りるような安アパートは窓が一つついていればいい方だ。しかもさくらの家は一階にある。防犯上開け放して寝るのは難しい。エアコンを使用するのが当たり前の造りだった。
昨夜は蒸し風呂のような部屋で、フローリングの床に涼を求めて寝そべってなんとかしのいだ。当然あまり眠れていない。
研究室のど真ん中に置かれた年期の入った作業台にはビニールで出来たテーブルクロスが掛けられていて、そこで論文を読んだり書いたり、溶液の濃度計算をしたり、データを纏めたりする。
それだけでなく、お弁当を食べたり、さくらが今しているように昼寝――いや寛いだりする場でもある。
「あれ? さくら。今日は早いねー」
研究室の入り口から声がした。顔を上げると登校して来た二人の友人の顔が見える。
同じ桑原研究室に配属になった藤沢京子と広瀬香だ。
藤沢はレイヤーの入った長い髪をさらりと揺らす。このくそ暑いのに束ねもしない。清楚な白のワンピースに身を包み、踵のあるミュールを履いている。ブランドバッグを小脇に抱え、近寄ると仄かな香水の匂い。女子大――お嬢様大学の学生とはこうあるべきだというファションに身を包んでいる。
通う学校間違えてない?とよく思う。ここは女子大は女子大でも地方都市の公立女子大なのだ。入学するのにも――国立大学に比べたら大したことは無いだろうが――苦労する。せっかく入ったのなら、おしゃれよりも勉学に勤しむべきだ。
そこまで気合いを入れること無いんじゃない?と一度言ってみたが、反撃にあったので、以来口を出さないことにしている。
「なぁに? “みどりん”はどうした? いつもフラスコに張り付いてるのに。とうとう死んだか?」
藤沢がそう言いつつ胸の前で十字を切る。
“みどりん”はさくらの育てているミドリムシのことだ。失礼な――とさくらは顔を険しくする。
「死んでない。あいにくだけど、今日もぴっちぴっちに輝いてた。見る?」
藤沢があっさり首を横に振る隣で、広瀬が心配そうにさくらを覗き込む。下手したら中学生にも見える童顔。セーラー服が似合いそう。初見で変態に絡まれやすいだろうと予想していたら、本当にそうだった。一緒にいるとそれらしき人が声をかけて来ることが多いのだ。
本人は童顔については諦めていて無理に背伸びしない服装をしている。淡い色のキャミソールを重ね着して、ジーンズのショートパンツとレギンス。足元はサボサンダル。学内でよく見かける無難な恰好だ。
「さくら、夏バテ? そういうの無縁そうなのに」
見かけも性格も違う二人に共通しているのは口の悪さだ。
毒を吐く二人の友人にさくらは打ち明ける。
「んあー……バイト、クビになった」
「えー!? ただでさえ貧乏なのに生きていける?」
さくらの事情を知っている彼女たちは顔を見合わせた。
「正直厳しいかも。ってわけで、援助して。なんなら交際してあげるから」
「いやー、さくらの頼みでもそれは出来ないなー。彼氏が怒る」
「私も四年になってバイト止めたからね……」
藤沢も広瀬もおのおのきっぱり断る。そういうところがさくらは好きだ。互いに親の臑をかじっている身。下手に助けられても困ってしまうのを分かっている。
それでも気まずい雰囲気になりかけた時、突如藤沢が手を叩く。
「あー! じゃあ、あんた誘ってあげるわ。ちょうどメンバー足りなかったのよ」
「何?」
「彼氏の友達がさ、女子大の子紹介してって言ってて。学科内でかき集めてたところ。どうせ興味ないだろうからって誘わなかったけどさ、なんなら行かない?」
「つまりいつもの合コン? どうしてそういう話になるのか分からない」
さくらはうんざりする。一年の時に藤沢に同じように誘われて興味本位で参加してみたけれど、相手が全く慣れてなくて何が楽しいのかさっぱり分からなかった。その上飲み会は金がかかる。一食に野口英世三枚以上。今のさくらに出せというのは酷だ。
顔に出ていたのか、藤沢は間髪入れずにさくらの不安を払拭した。
「今回はね、相手、社会人だからおごりだよ。一食浮くよ?」
「行きます」
空腹の腹が返事を促した。
「よし、決まり! あ……でも、その服で行く?」
藤沢が眉を下げ、広瀬ももの言いたげにさくらを見つめた。
さくらはじっと自分を見下ろす。縒れたジーンズに安物Tシャツ。夏なのでビーチサンダル。伸び過ぎた髪は項で一本縛り。もちろん化粧もしていない。
職場に行かないので普段よりもさらに気の抜けた恰好をしている。
「近所にゴミ出しに行くんじゃないんだからさー、もうちょっと何とかしてよ」
「服選ぶのがメンドクサイ。正直、ジャージにしたいのを必死で我慢してる。仕事が無くなったから本当はジャージでもいいんだけど、怖いギャルに怒られるし」
さくらが上目遣いで藤沢を見ると、彼女は予想通りに爆発した。
「華の女子大生がジャージなんか着ていいわけないでしょ! 大学全体のイメージダウンなのよ! ここの大学、よそで何ていわれてるか知ってるの!? イモ女よ、イモジョ!」
彼女はその不名誉な名称が大嫌いなのだ。
「ほらやっぱり怒った。――別にいいじゃん、イモでもなんでも。私、イモ好きだし」
「よ く な い ! あ、さくら、あんた、行かないなら別にいいのよ? 香を連れて行くから」
「え? ――いや、それ困る」
にこにこと傍観していた広瀬が小さな体を飛び跳ねさせる。一応彼女は彼氏持ちなのだ。学祭で出会ったらしい某有名大学の同級生をちゃっかりゲットしている。中学生のような広瀬と並ぶ彼氏を見たことがあるが、さくらは彼氏がロリコンだと確信している。
心底困った顔の広瀬を横目に、さくらは姿勢を正した。
「いえ、行きます。申し訳ありませんでした。背に腹はかえられないし、家で着替えてきます。髪も梳かしてブローしてきます。普段よりましな恰好をして参加させていただきます!」
斯くして、無銭飲食――いや、久々の合コンがセッティングされた。