祝杯
ここからは結構状況の変化が激しくなります。
脈絡が無いと思われるでしょうが、悪しからずm(._.)m
「アラクネ?」
ライラ・バズは、聞き慣れない単語に疑問符を浮かべた。
それに構わず、エミリア・ダヴィンは「そ、アラクネ〜」と真っ赤な顔で続ける。
アラクネとは、昨今の巨大SPAの名前であると聞かされたのは、酒の席であった。
海軍特殊部隊SEALsの隊長、ハンス・レインズの奢りである。
ライラはカウンター席の壁際に座り、ノンアルコールビールを飲みながら、ピザを頬張っていた。
彼女は相当飲んだらしく、トロンとした目に向け、甘えるように腕に抱き付いている。
どうやら彼女は、“絡み上戸”のようだ。
アドバンス・レイヤードはテーブル席で、他の海兵と共に女の子をナンパしている。彼の容姿と話術なら、何人かはコロッと落ちるだろう。
ところでだが、ハンスの姿が見当たらない。先に飲んでろと言っていたが、まさか来ないつもりだろうか。だとすれば、勘定はライラが持つはめになる。
そんな心配などお構いなしに、エミリアが話を続ける。
「ユーラシア連邦軍が試作した巨大機動兵器らしいんだけど〜」
「それがゲリラの基地にあったって事は、ユーラシア連邦が裏で手を引いていたのか…」
ライラは右手を顎に当て、少し伸び始めた髭を撫でる。
そこへ、「それは違う」と言いながらハンス・レインズが近寄って来た。
「そんな隅っこで寂しく飲んで無いで、あっちで騒がないのか?」
「食事は静かにゆっくり取りたいんです。まぁ、静かでは無いですが…」
ライラは腕に抱き付くエミリアへ一瞥をくれる。
それに気付いた彼女は、「どうせ私はうるさいですよっ!」と食べ掛けていたピザを引ったくった。
その様子を見ていたハンスは、「まるで恋人同士のようだな」と言って唇の端を緩めた。
エミリアが恋人、と考えると、途端に頭痛がしてきた。
「まぁ、それはそうと、ユーラシア連邦は関係無いんですか?」
「直接的には、な」
わざわざ含みのある言い方をしたハンスは、カウンター席に座りビールを注文する。
「厳密に接点があった事実は確認されていない。ただ、奴等の使っていた武器やSPAは、ユーラシア連邦製だっただけだ。裏市場なら、簡単に手に入る代物ばかりだ」
「SPAが簡単に手に入る?どんな市場ですか?それ?」
「軍関係者が、破棄寸前の機体を横流ししているんだ。何年か前、アメリカでも同じことがあった。軍のお偉方は、棄てる機体にはあまり注意は払わんからな。そこが盲点なんだ」
「成る程、棄てる機体はどれもポンコツで使い物にならない、っていう先入観が盲点になっているんですね。これなら、多少の書類偽造だけでも、楽に横流しできるって訳ですか…」
「ま、そんな所だ。特に、土地が広大なら広大な程、隅まで目を届かす事が出来ない」
そこまで話すと、注文したビールをぐいっと一口に飲み干した。あまりの飲みっプリに、「おぉ!」とエミリアから歓喜の声が漏れた。
「今回のアラクネも、基本的には同じ手口だ。だが、今回は軍の施設ではなく、民間の施設が横流しをした」
「民間の施設?」
「あぁ、通常、破棄する機体は専用のファクトリーに運び込んで、部品レベルまでバラバラにし、再利用できる部品とそうでない部品を分ける」
「えぇ、アメリカなら、各州にひとつはありますよね」
「そのファクトリーの大抵は、軍の運営するものだが、少なからず民間のものもある。しかも、そっちの方が性能の良い設備があったりする。ユーラシア連邦がまさにそれだ」
成る程、とライラは思った。
あれほど巨大なSPAを解体するには、やはり時間と労力がかかる。例え民間でも、設備の良いファクトリーの方が効率が良いのだろう。
しかし、そこでひとつの疑問が浮かんできた。
ユーラシア連邦軍は、軍事機密の漏洩を考えなかったのだろうか。現に、あの巨大SPAはゲリラ軍へ横流しされている。
普通、民間のファクトリーへ解体を任す機体は、機密性の極めて低いもの、例えば量産型セダム等である。
試作機なんて機密性の高い機体を、どうして民間なんかに任したのだろうか。
考えられる可能性はいくつかある。
ひとつは、そのファクトリーに絶対の信頼を置いているのか。
もうひとつは、ユーラシア連邦軍の高官達が無能なのか。
もうひとつは、ユーラシア連邦軍の一部の兵士が、いくらかの金を掴まされて、わざと民間へ流したのか。
後ひとつあるが、それはできるだけ考えたくない。
「表向きは、民間ファクトリーの従業員が勝手に横流ししたって事になってはいるが、俺はそうは思わない」
「まさか、ユーラシア連邦が民間のファクトリーがゲリラへ横流しするのを想定して、意図して引き渡したと言うんですか?」
その問いに直ぐには答えず、いつの間にか出されていたビールを一口含み、「調査中だ」と言った。
「だが、戦争で金儲けしている奴がいることは確かだ。悲しきかな、金を儲けるには戦争が手っ取り早いようだ…」
「金と名誉の為の戦争ですか…」
悲しく呟いたライラは、ノンアルコールビールを口に含む。
営利目的の戦争は、遥か昔から存在している。いや、戦争事態、営利を目的としたモノだ。
金が欲しい、名誉を手に入れたい。欲望の果てに、人は争い殺しあう。彼自身も、その内の一人だ。
しかし、彼は自らの欲望の為だけに戦ってはいない。彼の戦う理由は、仲間や家族の為だ。
彼は人が戦う理由が金や名誉の為だけではないと、信じている。
誰かに言えば、甘い考えだと笑い飛ばされるが、それでも信じている。
「フッ、辛気臭くなってしまったな…」
ハンスは鼻で笑うと、半分程減ったビールのジョッキをこちらへ掲げる。
「今日は作戦成功の祝杯だ。楽しく、乾杯といこう」
「そうですね。今日は楽しく飲みましょう」
そう言ってライラもグラスを掲げると、「酒飲めない奴がなに言ってんの?」とエミリアもグラスを掲げた。
三人はグラスを合わせると、今度はエミリアの「ところでハンス大尉、御結婚は?」と言う問いを筆頭に、戦争では無い恋話に花が咲いた。
二日酔いが酷い。
先程、トイレの鏡で顔を確認してみたけど、なかなか最悪な顔色をしていた。
昨日、かなり飲んだのだとエミリアは思った。
確か、ライラをからかうついでに酒を飲んでいたのだが、途中から記憶が全く無い。
覚えているのは、海兵のハンス大尉がアドバンスとの勝負と称し、ビールを一気のみし出したところまでだ。
確か、その時はライラのピザを奪うのに必死だった気がする。
「はっはっは!それにしても、酷い顔だなお前!」
二日酔いの頭痛に響く笑い声をあげたのは、アドバンスであった。
エミリアは露骨に不機嫌な顔を作り、「何よ?」と問う。
現在、彼女は空軍基地の格納庫にて、アドバンスと共に待機中である。
ライラは、空軍長官に呼び出されている。
「そんなんじゃ、ライラにドン引きされるぞ?」
「うっさい…。さっき会ったけど引かれなかったわよ…」
代わりに小言を浴びせられた。
昨日、覚えていないところでかなり荒れたらしい。
「頭痛いのに、何で労ってくれないのよ…。あの、バカ…」
「そりゃあ、昨日の今日だからな。ライラの奴、ハンスのおやっさんとバーの店長に謝り倒してたからな」
気楽に言ったアドバンスへ、エミリアは「何それ?」と困惑した顔を返した。
本当に見に覚えが無い。一体どういう状況だったのだろうか。
「それはだな…」
言い掛けて、アドバンスは「本人に聞け」と言って指を差す。その方向に目をやると、ライラが上機嫌にこちらへ歩いて来ていた。
今にもスキップしそうな、軽快な足取りだ。
「よう相棒、やけに上機嫌じゃん。小言じゃ無かったのか?」
「喜べアド、エミリア。次の任務が決まった」
そう言うや否や、ライラは一枚の用紙を掲げた。人事部の異動通知書である。
二日酔いなので、細かい字など読む気にもなれないが、何とか重要な一文を読み取った。
それによると、次の任務先は『月面』であるらしい。
「え!?」
「嘘だろ!?」
エミリアとアドバンスは、順に驚愕と歓喜の入り乱れた声を出した。
任務先が月面。つまりそれは、月面への帰還が許されたということである。
「出発は二時間後、善は急げ、さっさと荷物まとめてとっとと家に帰るぞ」
その言葉を聞いた刹那、さっきまでの頭痛はどこへやら、エミリアは「やった〜!」と声をあげてライラへ抱き付いた。
アドバンスも、「よしっ!」とガッツポーズをとっている。
月への帰還。それは、月面育ちの彼ら三人にとって、願っても無い吉報であった。




