終結の一閃
どういう魂胆か、第4小隊を意図も容易く撃破したセダムは、残るセクメトへ見向きもせず、機体を上昇させた。
無重力故に上も下も無いのだが、こちらから見れば上昇しているように見える。
「逃げるのか…?」
いや、違うと直感が語った。
何かの通り道から退避するような、そんな感じだ。
何にせよ、このままただで済ますわけには行かない。
こちらの艦隊をズタズタにし、部下を殺した落とし前はつけて貰わなければ、気が収まらない。
「第2小隊、足止めしろ!何としても逃がすな!」
『た、隊長!主力大隊が…!』
その時、部下の誰かが叫んだ。ギョッとしてセンサー類に目を移した刹那、目に見えぬ光に飲まれ、自らも含めなにもかも消失した。
正確には消失ではなく焼失である。
地球連合軍が秘密利に開発していた、拠点制圧用超弩級レーザー砲による攻撃だと気付かぬまま、ゼウスの兵士達は機体ごと跡形もなく焼き殺された。
光を無くしたコクピット内には、酷いノイズがやけに虚しく響いていた。
レーザー照射による影響か、完全に死んだモニターの片隅にErrorの文字だけがチカチカと浮かんでいる。
「人が…光に…飲まれた…?」
ライラは見ていた。自分を追撃していたゲラド小隊を、レーザーが焼き尽くす様を間近で見ていた。
それはほんの一刹那の出来事だったのであろう。しかし、彼にはスローモーションのようにはっきりと見えていた。
凶悪な光がSPAは勿論、セクメトへや輸送艦を木の葉の如く凪ぎ払い、その形を一秒と保てぬまま宇宙の塵とし行く様が、はっきりと目に焼き付いた。
パイロットは痛みを感じたのであろうか…?
いや、感じなかったであろう。恐らく、何が起きたかさえわからず、もしかすると死んだ事すら気付けないまま、その命を散らしたのかも知れない。
「僕は…何をしていたんだ…?ここは…どこだ…?」
うわ言のように、誰かに問い掛けた。
その時、虚空に向けた虚ろな目の端に、ぼんやりとした光を捉えた。
徐に光の方を見ると、右手首に巻き付けたネックレスの鉱石に辿り着いた。
母がお守りとしてくれた、月の石だ。
エメラルドのような緑色をした半透明の鉱石は、遥か昔に発掘された、ルナライト鉱石という宝石だ。
宝石と言っても安価でどこでも手に入る品物であるが、月面都市に住まう人々の間には、これを月の守り石と言って神棚などに飾る風習がある。
しかし、光を放つなど聞いた事が無い。
翡翠のような色をした優しく温かな光は、弱々しいながらもライラの心に広がり、衰弱しきった身体に優しく語りかける。
―まだ終わってねぇぞ、ライラ
懐かしい声、父の声に似ている。
ハイスクールに入ったばかりの春に、戦死した父の声。その声に正気を取り戻したライラは、ふと虚空に漂う水滴に気付いた。
それは、人であることの証のように思えた。
―生きる覚悟を持て。強く生きろ
何年も忘れていた父の面影が頭に広がった刹那、息を吹き返すかのようにメインエンジンに火が灯った。
死んでいたモニターには焼き尽くされ塵と化したデブリや、撤退するゲラドやセクメトの姿を撮し出す。
通信は相変わらずノイズが酷い。恐らく、ガス化したデブリが電波通信の障害となっているのであろう。
「助けられたのか…?あの人に…?」
その問いに答える者はおらず、いつの間にか鉱石は光を失っていた。
夢のような時間は過ぎ去り、現実に戻されたライラは、「また、泣いちゃったな…」と人差し指で涙を拭う。
「わかったよ、父さん…」
何が起こったのか、あの光は、あの声は何だったのか。
そんな理屈は、ライラにとってどうでも良かった。ただ言えるのは、数年ぶりの親子の時間がそこにあった、という事だけだ。
レーザー砲の照射により、戦力の大多数を失ったゼウス軍は撤退。宇宙初の決戦は、地球連合軍の勝利に終わった。
この後、ライラはジュピター戦役の英雄、月の堕天使と賞され、一躍話題となった。
『月面陸軍第109甲殻機動大隊所属ライラ・マルティス大佐!彼こそ、ジュピター戦役の英雄、月の堕天使である!彼なしでは地球連合軍の勝利はなかったであろう!ありがとう!ライラ・マルティス大佐!これからも我々を守ってくれ!』
しかし、ライラ・バズが優遇されることは無かった。
軍上層部は ライラより容姿の優れたライラ・マルティス陸軍中尉を大佐に昇進させ、月の堕天使として報道陣の前に立たせた。
一方で、ライラ・バズや彼と関係のある兵士達を月から追い出し、地球の紛争地域等へ配備した。
言うなれば、口封じの為に報道の届かない場所へ追いやったのだ。
それから2年の月日が流れた…




