彼の名はライラ
E.C(earth century)100年…木星へ向け、探査チーム出航
E.C120年…アステロイドベルトに漂う巨大な衛星を利用し、木星での居住区を建造。同時に、木星国家ゼウスを設立
E.C122年5月15日…木星国家ゼウスにて出産に成功。人類初の木星人として話題になる
E.C180年1月1日…木星国家ゼウス、独立を宣言。同時に、地球圏の暗礁宙域に正体不明の巨大衛星出没。後にゼウスの軍事衛星と判明
E.C180年1月29日…木星国家ゼウスの主力艦隊、地球連合軍の主力艦隊と激突
生命の存在を頑なに拒否する漆黒の宇宙を、縦横無尽に飛翔する15mはあろう人型機動兵器が1機あった。
灰色に黒のラインの入ったSPA (Self-Propelled Arm) は、迷う素振りすら見せること無く艦隊へ接近する。
『通常型セダム単機に何をしている!撃ち落とせ!』
艦隊司令の怒声が無線機を通じて耳朶を打つ。
確かに、敵機は西洋騎士のような体躯に、十文字のカメラアイを持つ、紛れもない地球連合軍の量産型SPA、NC-96 セダムなのだが、中のパイロットが通常ではない。
100mmマシンガンと対艦バズーカを左右に構えたセダムは、シャワーのように降り注ぐビーム兵器の火線を軽々と潜り抜け、あっという間に主力大隊を抜いた。
そして、手当たり次第に艦へ取り付き、ブリッジや重要機関部へ砲弾を撃ち込んで行く。
「流石、元々そちらの艦だけあって、どこに撃ち込めば良いか熟知しているな!」
上から見れば三角錐のような形をした戦艦《セクメト級巡洋艦》は、連合軍が使用している巡洋艦の色違いなだけ。
中身は大して変わっておらず、セダムのパイロットは易々と的確に重要機関部を破壊していけるのだ。
『大隊長!あれは何でありますか!?通常型セダムがたった1機でセクメト5隻を…!』
「落ち着くんだ!敵は単機、怯むことは無い!」
動揺する部下へ一喝したアダム・セイレーンは、グリップを握る手に力を込める。
部下にはそう言ったが、一番動揺しているのは自分自信なのかも知れない。
「行くぞ!各小隊、私に続け!」
動揺を振り切るように力一杯叫んだアダムは、フットペダルを奥まで踏み込んだ。連動してバーニアが全開に焚かれ、爆発的な加速を機体へ与える。
それに倣い、GD-08 ゲラド3機で構成された5個小隊が後に続く。
プロテクターを装着しているかのような体躯に、丸っこい頭部のゴーグル型アイセンサー。紺色を基調とし、肩部や胸部が黒く塗られたゲラドは、木星圏国家ゼウスの主力SPAである。
この機体の最大とも言える特徴は、各機体がマニピュレーターに備える小銃、ビームライフルである。
人類初の、SPA用にスケールダウンされたビーム兵器。
元よりビーム兵器は、その強力さ故に、戦艦や拠点にのみにしか装備できなかった。
発射時の反動、一発辺りの消費エネルギーが膨大なビーム兵器は、SPAへの装備は困難であったのだ。
例外として、多脚型SPAと呼ばれる後方支援機にビームキャノンが装備されることがあるが、戦艦とプラグで繋ぎ、エネルギーの供給を受けなければ為、戦場では格好の的。
とても使い物にならない。
つまり、携行型のビーム兵器を装備する事ができたゲラドは、この時代では圧倒的な戦力となり得たのだ。
「第2、第4小隊はサイドに回り込め!各機、接近戦で奴を抑えろ!確実に動きを止めるんだ!」
『『『はっ!』』』
大隊長としては、畏怖する部下へ示しをつける為にも、ここは単機で挑むべきだ。
しかし、今はそんな余裕は無い。確実に且つ、迅速に奴を仕留めなければならない。
「第3、第5小隊は後方支援!味方に当てるなよ!」
『『『イエッサー!』』』
「第1小隊は私と共に奴に止めをさす!」
『『『了解!』』』
ひとしきり命令を下したアダムは、「行くぞ!」と声を発した。
脳裏に一筋の閃光が走った。
敵が来る、直感的に判断したライラ・バズは、100mmマシンガンを右腰にマウントし、代わりにロングソードを左腰にぶら下げた鞘から抜き取る。
セダムの標準装備でもあるこの長剣を見たときは、正直呆れ返った。何で憧れのパイロットになれたと言うのに、騎士の真似事をしなければならないのか、と。
しかし、今となってはこの武器が大いに役立っている。
高周波を発生させ振動で切断力を強化するこの長剣は、なんと切断する物質に合わせ、振動を変化させる事で常に安定した切断力を保持できるのだ。
今回は、あらかじめ敵機の殆どが木星ニッケルチタン合金を使用していると把握していた。
後は、物質のデータを入力すればコンピュータが自動で振動率を計算してくれる。その計算結果をロングソードに入力すれば、最適な振動を持つ刃の出来上がりだ。
これで、木星ニッケルチタン合金だろうが、ナイフでバターを切るように、は少し言い過ぎだが、比較的スムーズに切断することができる。
木星ニッケルチタン合金とは、近年木星のアステロイドベルトで発見された形状記憶合金である。
どんなに凹もうが、ぐにゃぐにゃに歪もうが、欠損しない限り僅か10mAの電流を流すのみで元の形に戻す事ができる。それに加え、バズーカ程度の衝撃なら、殆ど無傷で防げるなどの強度も誇っている。
実弾兵器主体のセダムには、この形状記憶合金は些か部が悪い。倒す方法とすれば、バズーカ弾より強力な砲弾を撃ち込むか、戦艦のビーム砲でぐずぐずに溶かす。或いは、ロングソードで切断するしかない。
現時点では、このロングソードのみが唯一ゲラドに対抗できる武器と言っても過言ではない。
「敵機は10…いや15前後、かな…?左右から3機ずつ来ているのは、僕の動きを封じる為、だよね…?距離はまだあるけど、後一分で挟み撃ちになる…」
誰に言うでもなく戦況を口にしたライラは、機体をつい先程撃破したセクメトの影に移動させ、まだ対空放火を続ける別のセクメトへ狙いを定める。
本来、自分のやるべき事はSPAの殲滅では無い。無視しても大丈夫だ。やるべき事は、敵艦隊の真っ只中で暴れまわる事のみ。
「えっと…、輸送艦を無視すれば残り12隻…っと」
大まかだが敵艦隊の配置を把握したライラは、ホログラム式コンソールを指でなぞる。
その時、複数の火線が隠れ簑に使っていたセクメトを貫いた。反射的に鋼板を蹴ってその場を離れた彼は、そのまま先程ターゲットに選んだセクメトの直上を取り、姿勢制御バーニアで制動しながらブリッジをロックオンサイトに納める。
「くっ…!当たれ!」
叫ぶと同時に、トリガーを引き絞る。それに連動して、左肩に担ぐ対艦バズーカから砲弾が放たれた。
白煙の尾を引いて虚空を走ったバズーカ弾は、ブリッジを大きく外れ、艦首にそびえるカタパルトに直撃し爆発。誘爆を引き起こしたカタパルトを根こそぎから木っ端微塵に爆散し、各機関部から火の手が上がった。発進準備を行っていたゲラドは、爆風に吹き上げられ舞うように虚空を漂うと、バックパックから誘爆を起こし四股を散らせた。
「バズーカの照準がずれた!?何かの衝撃で左腕にトラブルが起こったんだ…」
自分なりの分析を口にしたライラは、「プログラムを修正すれば…」とコンソールを操作する。ずれた数値を正常な数値と照らし合わせ、コンピュータに補正を行わせる。これだけで修正できるのだから、現場のパイロットには大助かりだ。
プログラミングを終えた直後、左右からいくつもの火線が機体を掠めて過ぎた。同時に、複数の殺気がパイロットスーツ越しに肌を刺す感覚を捉えた。
先程感じ取った敵機が、こちらを射程内に捉えたのだ。
「大丈夫…これは牽制射だ…」
自分に言い聞かせるように呟いたライラは、バズーカを手放し「やってやる!」と叫びながら左側から迫るゲラド小隊へ突進する。
この行動に動揺したのか、射撃が散発になり余裕で距離を詰める事ができた。
「姑息なんだよ!ビーム兵器なんて!」
接近されてへっぴり腰になった先頭のゲラドのコクピットへロングソードの切っ先を向け、突進する勢い任せに貫いた。
金属どうしの接触による火花と甲高い音がコクピット内を震わせ、体当たりによる衝撃に合わせ中のパイロットの肉を抉る気持ちの悪い感触が、グリップを掴む手のひらを取り巻いた。
錯覚とわかっていながらも、思わずグリップを手放してしまいそうになるのを何とか握りしめ、間髪入れずに糸の切れた操り人形のようにぐったりとしたゲラドを、串刺しにしたまま後続機へ突進する。
既に死に絶えたとは言え、僚機を撃ち抜くのは常人では無理であろう。
躊躇うゲラドの眼前まで迫ると、串刺しにしたゲラドを振り払い、一度体当たりした後に両腕を二の腕から切り落とした。
そして、戦闘不能にしたゲラドを踏み台にし、バーニアと連動させて爆発的な加速を得る。
そのまま残りのゲラドへ突進し、すれ違い様に胴体を腰から両断した。
下半身と生き別れた上半身は、暫し漂うとバックパックから火の手が上がり、下半身を巻き込みながら爆散した。
「次はどいつだ!」
叫んだ刹那、パネル式モニターの一角に通信を知らせるマークが表示された。ライラは素早くコンソールを呼び出し、内容を確認する。
通信はメールであった。
ざっと内容を目で追った彼は、フッと口元を少し緩め「任務完了…」とフットペダルを踏み込んだ。




