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有閑姫と砂漠の踊り子

作者: straightree

「――退屈じゃ」


 身体が沈む程柔らかいクッション。灯りを弾きとろりとした光沢を見せる絹のそれに埋もれて水煙草をぷかりと吐いた娘が、欠伸を噛み殺して呻いた。


「退屈で退屈で仕方がない。誰ぞ面白い話を聞かせぬか」


 声は鈴を転がすように可憐だが、抑揚の少ない調子が心底やる気に欠けていた。

 うろんに虚空を見つめる瞳は黒曜石の色をしている。伸びやかな四肢を脱力し、丁寧にすかれた緑の黒髪が広がっている。蠱惑的な赤い唇の、怠惰な雰囲気を纏うが美しい娘だ。

 取り巻く女官が溜め息をひとつ溢す。


「ですから早く御身をまかせるお相手をお選び下さいと再三――」

「自分で求婚にも来ぬ男の元で一生を暮らすなど出来るか。(わらわ)はちゃんとこの目で相手を見たいし、ちゃんとこの耳で求婚を受けたいのだ」


 眉を潜める女官に鬱陶しそうに手を振る。煙が霧散し、娘はまた、ぷかり、とやった。

 娘が外に出たことはここまでの人生で一度きりだ。毎日変わらない生活は本当に退屈で仕方ない。

 だから侍女や下働きの者たちの話はいつも新鮮で、彼女たちのように男性と愛を語り合うことに憧れていた。最も大抵の貴族や王族の娘は父親の言う通りに結婚するが――娘にとっては幸か不幸か――彼女は八番目の娘であり末っ子でもあったので、父親も余り煩く言うことはない。そうはいっても、娘はもう十七歳で誰に嫁いでもおかしくない年齢だった。

 女官がわざとらしく溜め息を吐く。


「そのようなことが出来るわけがありませんでしょう? ここは――オアシス国家クジナの、スルタン後宮(ハレム)なのですから」



 女官が言う通り、どこの後宮も主以外の男子禁制が基本だ。

 マーリゥは砂漠で一二を争うオアシス国家クジナの第八王女である。


 ――父上が王だからとて妾は父上と相手の男が勝手に決めた結婚など嫌じゃ。民はそれぞれが相手を見てから選ぶというのに、何故妾がそう言うと皆が駄目だと言うのじゃろう。


 そんなに我が儘なことだろうか。何も政略結婚自体が嫌だ、と言っているわけではない。

 ただ結婚の日に初めて会うのはごめんだと思っているだけである。


 ――妾とて、政略結婚の意味はわかっておる。じゃから会ったら結婚すると公言しておるというのに――どうして誰も会いに来ないのじゃ!!


 別に愛娼ではないので男性を全く目にしないわけではない。だが、彼らはマーリゥに見られると一様に目を伏せ、礼を取る。

 確かに日々の生活圏は父王の後宮だ。亡くなった母に父が与えた宮がそのままマーリゥの宮になった。見事な金色の、玉ねぎにも似た形の屋根を持つ宮だ。

 そして多分、世の男性にとって後宮というものが遥かに高い壁であることはいくらマーリゥでも想像に固くない。中に侵入しているのが見付かれば、()()()()()()()

 だがマーリゥは王宮の催しにも数は少ないが参加していた。今まで話が上がった貴族や王族で、もしどうしても王との繋がりを得たいのなら、そうした時にマーリゥに声をかければ良いだけだ。


 ――妾は夫に柔軟性を求めているだけなのだ。


 ふんっ、と鼻を鳴らしたマーリゥは、獲物に狙いを定めるようにじぃっと窓の外を見つめた。

 月が砂漠を浮き上がらせ、遠くにらくだが移動するのが見える。おそらく砂漠の隊商キャラバンだろう。


「妾に会おうと思えば――機会がないわけではない。何とでも言い訳が作れようというもの。妾の目の前に現れてから妾が欲しいと言えばいいものを」


 ――そうすればすぐにでもどんな男にでも嫁いでやるのに。


 心中で嘆きながらも、マーリゥはその美しいかんばせに挑戦的な笑みを作る。


「妾の元まで来る勇気がない男なぞ願い下げじゃ」


 女官は心底呆れた表情で、またか、と思っていることがマーリゥには手に取るようにわかった。鼻に小さくしわを寄せ、目を細める。


「ああ、退屈じゃ……」


 水煙草の硝子の中をマーリゥは見るともなしに見ていた。


「――そんなに退屈だというなら誰か適当な者に嫁いでくれぬか? この間のカジュームからの申し出も断ってしまったではないか」

「父上」


 戸口に立っていたのはクジナ王だった。まだ若き頃、砂漠中を巻き込む戦では勇将と名を馳せたが、今はもう見る影もなくふっくりとした老年の王だ。


「カジューム王子……年に何回か寝込む夫なぞごめんです。そのような病弱さでは妾の元まで来れそうにない」


 クッションから身を起こし、マーリゥは蔑むように笑った。

 父王は眉をひそめながらも、からかうような苦笑を見せる。


「この父のように勇猛な男を望むか、マーリゥ」

「今の父上のようなしわくちゃでぶ爺は嫌じゃ」


 あっさりとそう返し、ぷいっと視線を背けた。

 父王は怒った様子もなく、にこにことしている。マーリゥの兄姉の誰もこのように父をこき下ろすことはない。許されているのは多分、マーリゥが末の王女だからだ。


「ほっ! これは良い。――お前の退屈しのぎに楽しい話を持ってきた。今クジナには有名な踊り子の一団が来ている。砂漠一とも言われる踊り子がな。後宮に呼んだらどうかと考えているのじゃが?」


 ――退屈を紛らわしてくれるなら何者でもかまわぬ。


 そう判断し、父に視線を戻す。言葉にせずとも意向は伝わり、ほっほっと笑いながら父王は退出していった。


「砂漠一の踊り子、か。そなた聞いたことがあるか?」


 女官は首を傾げながらも頷いた。


「確か、数年程前から噂にのぼっていますが、神出鬼没と言われております。過去にクジナを訪れたことが一度あるらしいですが、すぐに消えてしまったとか……」

「ふむ」


 マーリゥは水煙草を脇に置くと、身体を捻ってクッションに身を沈めた。


 ――興味がわくではないか。神出鬼没とは。


 にんまりと口角だけで表情を作り、またゆっくりと顔から感情が消えていく。


 ――結局根本的なところで妾の生活は変わらないのだろうな……。柔軟性のある夫ならまだましだが、どうせ嫁いだ先でも退屈なのじゃ。


 ならば今だけでも面白くなればいい。

 欠伸を噛み殺すことなく、マーリゥは伸びやかに四肢をくつろげた。

 明日明後日には後宮に宴が催されるだろう。


 






 若木のようにすんなり伸びた腕。

 それが優雅に弧を描く。

 シャンッとささやかな鈴の音が姿勢が変化する度に鳴る。すっきりした足首に飾られた足環アンクレットから絶えず響いているようだ。


 ――砂漠に降り注ぐ月光のようじゃな……。


 華やかな、というよりは艶めいた踊り子だ。笛やウードの調べに実に良く乗る。

 容貌は整っているものの、絶世というほどではない。肉付きが良いわけではないマーリゥよりもなお細く、一見、少年にも見える中性的な危うさがあった。肌は露出の少ない、独特の、布を何枚も重ねた衣装だ。それが翻る度にハッとせずにはいられない。


 ――ふむ。顔は見えないが、踊りが良い。だが、確かに素晴らしいが……この程度か?


 踊り子は下品にならない程度に宝石を纏い、それらが動きを彩るように室内の僅かな灯りに反射してきらきらと輝いた。

 演出だろう。踊り始めた時から踊り子はずっと目を閉じていたのだが。

 ――あ……っ!


 まるでそこにいる全てを惹き付けるような、圧倒的な存在感。

 伏せていた長い睫毛が震えたその奥、切れ長の瞳は砂嵐のようなトパーズ色だった。

 クッションに埋もれたままだったマーリゥは弾かれたように身を起こす。

 陶酔しきった周囲は既にマーリゥの意識にはない。


 ――なんという……!!


 目を離せない。


 ――少年……? いや、少女か? どちらにも見える。――空に向けて伸びる椰子の若木のようじゃ!


 踊り子が視線を寄越す度に身体に震えが走った。指の先から熱くなる。

 これ以上ないという程に黒曜石の瞳を見開いて、マーリゥもまた踊りにはまっていった。


 最後のウードの音が消えていく。


「……砂漠一と言われるのも伊達ではないな!」


 暫く静まり返った室内に父王の感嘆の声が響き、マーリゥはようやく我に返った。

 踊り子がうっすらと唇に笑みをのせる。

 亜麻色の髪、トパーズの色をした瞳。微笑は媚びを全く含まず、その上さらに尊大に見える。砂漠一と言われるだけあり、その誇りもまた高いのだろう。


 ――だが……なんじゃ、この奇視感は……?


 どこかで見た気がしたマーリゥはじっと踊り子を注視した。瞬間、踊り子もまた父王の隣に座るマーリゥに視線を移す。

 踊り子からすぅっと表情が消えた。

 束の間見つめ合う。その冷徹とも言える無表情は、マーリゥの記憶を呼び覚ました。





 それはまだマーリゥが十四の頃。侍女を宥めすかし、お忍びで外へ出掛けたことがあった。

 王宮を出てすぐの広場では何やら人だかりが出来ていて喚声も上がっており、裏手からやって来たマーリゥ達も誘われるようにそこに近付いていった。


『旅の楽団だ!!』

『久し振りにこんないい踊りを見たぞ!』


 そう口々に伝えあう民にもみくちゃにされながら、マーリゥも輪に参加した。皆とても楽しそうな顔をしていて、マーリゥには眩しかった。だから、踊り子に特に注意を払わず、周囲を忙しなく見回していたのだ。

 そこに兵士が乱入した。

 騒然となる民の流れに逆らい、前へと出向いたマーリゥは咎める兵士と慌てふためく楽団の間に強引に割り込んだ。


『――そこまでじゃ。民は喜んでおったのに、何故やめさせる? 皆の様子が見えないその目は不要のようじゃな』


 激高しかけた兵士をきっちりと睨みつけ、マーリゥはおとがいを上げると腕を組む。


『クジナの民の喜びは王の喜び。それがわからぬようでは兵士をやめるがいい』

『引っ込んでいろ!!』


 突然しゃしゃり出た、クジナのどこにでもいるような格好をした娘が誰だかわからないようだった兵士の一人が声を荒げる。ただの娘ならそれで身をすくませるかもしれないが、マーリゥは王女だった。


『おぬしが引っ込め。――この顔が誰かもわからぬか』


 それであっさり決着はついた。突然、叩頭こうとうした兵士たちの姿に、広場には先程までとは違うざわめきが広がる。

 マーリゥは振り返り楽団に頭を下げた。視界の端にちらりと、冷徹な程に表情のない幼い踊り子が映る。


『すまなかったな。これに懲りず、どうか民を楽しませてやってくれ』


 それがマーリゥの最初で最後のお忍びだった。そのままマーリゥは王宮に連れ戻され、抜け道は閉鎖されたのだ。





 ――どこかで見たと思ったらあの時の楽団じゃな……。


 ふぅ、とマーリゥは嘆息した。


「良い宴だった。そなた達には褒美をとらすぞ。退出するがよい」


 マーリゥが心ここに在らず状態だった間に、彼らはひとしきり王に労われたらしい。


「マーリゥ、素晴らしい踊り子と楽団じゃったろう? 退屈しのぎになったのではないか?」

「妾は……」


 退屈しのぎとはとんでもない。マーリゥの胸はいまだ心音が強く、もっと踊り子を見ていたくて仕方なかった。


 ――あの者と直接話してみたい。あんな風に踊るとは……妾はあの者の踊っている姿が好きじゃ。


 冷たい相貌に凍りつきかけても、あの存在感は無視出来なかった。


「父上、妾もう少しここで踊りを見てみたいのだが」


 退きかけた楽団の足が止まる。


「だめじゃろうか!? ゆっくりしてはいけないか!?」


 踊り子のすらりとした後ろ姿に久し振りに声を張り上げる。

 振り返った踊り子の、砂嵐の瞳と視線がかち合った。ゆっくりと眉がひそめられ、威圧感が増す。


「仕方のない娘じゃな。あの者が良いと言うのならかまわぬ。――皆の者は各々の宮に戻れ」


 にこにこと父王は笑い、未練を残して側妃達が立ち上がった。彼女達は楽団の者が陣取る出入り口ではなく後宮へ直接繋がる出入り口に向かう。


「余も戻る。無理強いはしないようにな」


 こっくりと頷き、マーリゥは父王を見送った。呆気に取られたような楽団の脇を父のふっくらとした丸い背中が抜けていく。


「無理強いはしない。一曲でいい。妾の為に舞ってはくれぬか!?」


 それはマーリゥにとって懇願だった。

 踊り子はそんなマーリゥの望みを無視し、背後に視線を向ける。


 ――やはりだめか……。


 落胆を隠しもせず、マーリゥはどさりとクッションへと身体を預けた。視界を片手で覆い、深く深く溜め息を吐く。


「褒美を受け取って先に帰っていい」


 思いの外、低くそう告げる声を聞いて、マーリゥはゆっくり手をどける。

 踊り子は楽団の皆に肩を叩かれ、振り返った。


「踊って……くれるのか?」


 伺うように聞いただけなのに、それは随分と気弱に聞こえた。そんな自分が信じられなくて、マーリゥは戸惑う。

 からかうような笑みを踊り子は見せた。


「一曲分、音はなし、そのショールを貸してくれ」


 不遜な物言いを咎める気にはならなかった。


 しなやかな長い腕にマーリゥの薄紫のショールが絡みつく。

 シャラン、シャン、シャン、と小さく足で調子を取った踊り子は、目を眇て、そして――跳んだ。

 一挙手一投足をも逃すまいと食い入るように見つめる。

 音がないことは気にならなかった。

 むしろ静寂の中で時折響くささやかな鈴の音が、踊り子の神性を高めていた。

 ショールが生き物のように舞う。

 緩急に富む踊りなのに、まるで獲物を見付けた猛禽の如く、トパーズの瞳が真っ直ぐにマーリゥを見つめていた。胸を、心臓を直接鷲掴みにされるような、恐ろしい瞳だ。


 ――それなのに……目が離せぬ……。


 幼い頃、母の腕の中で砂嵐に怯えた過去を思い出す。畏怖にも似た恐れに粟立つような感動を覚えた。

 踊り子は数多の宝石を纏っているのに、その瞳が一番煌めきが強い。表情は相変わらず無に近かったが、それ故に一層惹き付けられる。


 ――ああ、きれいだ。


 その踊りが何を現しているのかはわからない。恋歌なのか戦歌なのか、戯れ歌の可能性だってある。だが、そんなことはどうでもよかった。

 釘付けになる程の圧倒される美しさだけで、一曲分の時間が永遠にも感じる。

 ゆっくりと瞼を閉じ、重力に負けたマーリゥのショールが踊り子の腕に垂れ下がった。シャーン、シャーン、シャーン、と足環が終わりを告げるのを、心の底から惜しいと思う。

 呆けたように見つめる中、再びマーリゥはトパーズ色の瞳に射竦められた。


「拍手は?」


 聞かれてやっと我に返る。

 見開いていたために乾いてしまった目を瞬きさせ、息を何度も吸った。新鮮な空気を得て、マーリゥは初めて宴に出た時のように掌に痛みを感じる程夢中で拍手をする。


「三年越しの拍手だな」

「……っ! そなた妾を覚えているのか!?」


 踊り子がショールを投げ捨て、クッションの海の中にいるマーリゥにすたすたと近付いて来る。


 ――な、なんじゃ!?

 思わずもがいて後退りしたマーリゥは、眉をひそめて踊り子を見上げる。


「そなた――」

「どうしてカジュームに来ない?」


 ――カジューム……?


 ぽかん、と口を開けたマーリゥに踊り子はさらに詰め寄る。


「何故カジューム王子との結婚を断ったのか聞きに来たんだ、俺は」


 顔を突き合わせて、マーリゥはようやく悟った。


「そなた少女じゃなく少年だったのか……?」

「見てわかるだろ」

「見てわからぬから聞いておる」


 何故誰もいないのじゃ! と心中で毒づくも、八つ当たりだとわかっている。マーリゥは手探りでクッションを掴むと身を守るように掻き抱いた。

 踊り子はそんなマーリゥをせせら笑う。


「安心しな、手を出す気はない。――今はまだ」

「い、今はまだ!?」

「で、何故だ?」


 マーリゥは肩で大きく息をしながら、いつも父王に言うように言葉を紡いだ。


「わ、妾のことが欲しかったらここまで、クジナの後宮まで求婚に来るがいい。妾は自ら求婚に来る者以外と結婚はせぬと伝えるのじゃな」

「なら来ただろう」


 ――………………こやつは何を言っておるのだ?


 にっと引かれた口角に、マーリゥはまじまじと踊り子を見つめた。

 亜麻色の髪は確かに伸び放題だったが、傷みひとつなく、縺れもない。隊商のように砂漠を常に旅している筈なのに、そんなことがあるのだろうか。

 切れ長の砂嵐のような印象的な瞳、それを縁取る長い睫毛。真っ直ぐな眉と薄い唇が、意思の強さを感じさせる。

 マーリゥよりも二つ、三つ年下だろうか。整った中性的な美貌が歪み、親しみやすく変化する。


「俺はオアシス国家カジュームの王子、アザルだ」


「……なにしに来たのじゃ?」


 マーリゥは震える声でそう聞いた。頭が混乱し、思考がまとまらない。


 ――こやつが王子だと……!? カジュームの……!?


「だから言っただろう? ともかく理由はわかったから――俺の元へ来い」


 頭痛すらする。痛むこめかみを揉んでマーリゥはアザルを見据えた。

 何故本来の姿で来ないのだろう。

 そうすれば、少なくとも心構えは出来た。


 ――だが、多分、妾が求めていたのはこういう夫じゃ。


 王子であるのに他国の後宮で踊るとは。ましてや、各国を巡っているふしもある。

 柔軟性というなら今までの求婚者と段違いだった。


 ――でも、なんとなくあっさりと頷くのは癪じゃ。


 騙された、と思ってしまったマーリゥはぷいっとアザルから顔を背ける。


「……病弱な夫は嫌じゃ」


 一瞬目を丸くしたアザルは次いで吹き出すように笑った。


「年に何度か寝込むのは俺が踊り子をしているからだ。そうやって砂漠中を巡ってるのさ。まさか王子がそう度々不在になるわけにはいかないからな」


 思わず見上げるとアザルは笑みを深める。


「他に嫌なところは?」

「わ、妾は逞しい男が好みじゃ」

「それはもう我慢してもらうしかないな。カジューム王家は昔から華奢でな。ま、そのお陰で砂漠のどこの国よりも情報を得られるんだ」


 笑顔の奥の瞳は誰よりも真摯だった。

 マーリゥは恐る恐るアザルの瞳を見返し、そうして首を傾げる。


「そなた、妾のことが好きなのか……?」


 アザルの態度にどこか必死めいたものを感じた。何をそこまで、と思う半面、もしかしてと予感が胸を打つ。

 恋に憧れのない者がどこにいるだろう。ましてマーリゥは侍女達から散々その手の話を聞いてきたのだ。

 うっすらと耳が赤くなったアザルが嘆息した。


「いつもと違って今回はわざわざ後宮に入る為だけにこんな格好をしたのに、それを聞くか?」

「そ、そうじゃな。だとしたら、いつから――」

「お前が民の喜びは王の喜びと言った時から」


 それは三年前にマーリゥが兵士に言い放った言葉だった。


「それに、お前がただの楽団に頭を下げた時から。お前には俺がぴったりだと思った」


 アザルの開けっ広げな言葉にマーリゥの頬も熱くなる。


「で、どうなんだ? 来るのか? 来ないのか?」

「……ふ、ふんっ! 妾に二言はないぞ!!」


 照れ隠しにわざとぶっきらぼうに答えたのに、効果はなかった。

 アザルが破顔する。


「ではカジュームで待っている」


 くるり、と背を向けて、アザルはあっさりと出入り口を後にした。マーリゥが呼び止める暇もない。

 広い室内にたった一人残されて、再びクッションにくたりと沈み込んだ。


 ――アザルといれば、退屈とは無縁やもしれぬ。


 多分また彼の踊りを目にすることが出来るだろう。


 ――それに妾も楽団に加えてもらえる可能性もあるしな!


 いずれにしても――面白くなりそうだ。


 






「父上! 妾はカジュームのアザル王子に嫁ぐっ!!」


 翌日、朝の挨拶もそこそこに娘は父王の執務室に飛び込んだ。


「なっ!? なんじゃ、いきなり!?」


 目を白黒とさせた父親に含み笑いをした娘は肩を竦めて見せる。


「もう決めたのじゃ!!」

「自ら求婚に来ない男とは結婚しないのではなかったか!?」


 驚愕の声を聞いて、娘は心底おかしそうに笑った。


「ふふっ! もうそれは良いのじゃ」

「それに病弱な男は嫌じゃ、と」

「それも我慢する。父上、達者でなっ!」


 娘はふくよかな父王に抱き着くとぱっと離れ、踵を返す。


「こ、これこれ!! ちゃんと送ってやるから落ち着け!!」


 来た時と同じように嵐の勢いで退出しようとした娘を慌てて老いた父王の声が止めるが――。

 娘の耳には既に届いていなかった。

読んでいただきありがとうございます。衝動で書いたのを投稿……世界観とか設定を練っていないのであやふやなところもありますが、気に入っていただけたら嬉しいです。もしも良ければ☆を★に! よろしくお願いします。

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