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S.地味めの王子


 携帯電話の振動音で目を覚ますと時間は午後の三時頃だった。両親が共働きであるため学校をサボっていることはしばらくばれないだろう。なぜあんな健全で賢明な両親から私のような阿呆が生まれてしまったのだろう。申し訳なくなる。私は吉崎のように何か理由があって辛いのではなくただ生きていることが息苦しいのだ。集団の中にいると皮膚が粟立ちそうになることを抑えるために必死になる。みんななぜあんな風に生きられるのか真剣に疑問を抱く。しかし間違っているのはいつも私であることも理解している。携帯電話を掴む。

 メールが一件入っていた。八谷竜平からだ。私は彼が嫌いだ。彼の創始した「五十音」という集いになぜ私のような愚物を誘ったのか私にはまるで理解できない。私がそこに甘んじているのは単に他に居場所がないからなのだが、そういう意味では私は彼に感謝すべきなのかもしれない。

 彼からのメールは簡潔だった。「放課後に部室へ」私はもう一度制服を着直して一階に降りた。軽く口を水で濯いで冷蔵庫を開け、何か食べるものを探す。プリンがあったのでそれを食べた。手ぶらのまま家を出る。私の家と学校まではさほど離れておらず、十分程度しか掛からない。「五十音」で占拠しているガラスの割れた古い部屋を開けた。八谷竜平は三年のクラスはまだ授業中だというのにそこで漫画を読んでいた。

「よ、早かったな」

 彼は私に気づくと薄気味の悪い笑みを浮かべた。整った顔立ちが歪む。まるで自分の容姿に興味がないように伸ばしっぱなしの髪が揺れた。私は視線を八谷から部屋へとずらす。

幾人かのメンバーが既に揃っているが誰一人として会話を交わしてはいなかった。彼らも私同様に不登校や集団に嫌悪を覚えているらしいことは数回の付き合いで既にわかっていた。

私の知らない人間がいて私は彼を見て、八谷を見た。

「今年の一年で新規メンバーだ。長瀬直人、呼び名はエンド、由来はわかるか?」

 八谷は五十音のメンバー達に妙なあだ名をつけたがる癖がある。宇喜田佳代子なる私より一つ年上の女子は「うさぎ」というあだ名をつけられていた。かわいいじゃないかと思えば大間違いだ。その由来は「宇喜田は詐欺師」からきている。宇喜田佳代子は抜群に嘘をつくのが上手く八谷以外には彼女が本当のことを言ったかどうかまったくわからないからだ。

 今回の由来はもっと捻りのないものだろう。八谷は解ける問題しか出さない。私は少し考えて長瀬直人のイニシャルはN・Nであること、ローマ字打ちにすると「ん」になり、これは五十音の最後エンドの文字であることを言った。

 八谷が上機嫌に口笛を吹いて「正解」と言う。私には何がそんなにおもしろいのかわからなかった。

 六限目が終わるチャイムが鳴って宇喜田佳代子が入ってきた。八谷が「お疲れさん。さっそく始めていいかい?」と彼女の向き、彼女は「疲れてなんかないよ。でもちょっと待って欲しいかな」と魅力的な笑顔で答えた。八谷はそれを無視した。

「じゃあ始めるぞ」

 思い思いに時間を潰していた五十音のメンバー達が顔を上げる。私を含めて六人だ。 

八谷竜平、宇喜田佳代子、三条智美、最上速人、田島灯哉、長瀬直人。

「生徒会だし宇喜田は知ってるだろうが、うさぎ小屋の鍵が壊されていたのが昼休みくらいにわかった。うさぎは脱走、教師共が必死こいて探し回ったがまだ見つかってない。飼育係の吉崎叶の証言によると彼女が六時半に学校にきて掃除をし、餌をやったころにはまだうさぎは小屋にいたらしい。現場を見てきたが餌にやってるキャベツはまだ新しく見えた。まあ確かだと思う」

 もしうさぎの死体が見つかっていれば全泣きだっただろうと私は安堵する。

「小屋に足を踏み入れて俺は違和感を覚えた。掃除されたあとで糞の量が少ないのはわかってたんだが少なすぎる気がした。そこで土を調べてみたら、こんなもんが見つかった」

 八谷は自分のカバンからビニール袋に入った私が敷いたノートの一ページを出した。裏面に少し滲んでいる血を私たちに見えるように見せる。糞がへばりついている。宇喜田が私の隣で息を呑んだ。

「うさぎはおそらくあの場で殺された。それを回収してどこかに持って行った。死体は俺が真っ先に思いついたのは何かの嫌がらせに使うことだが、他に用途があったのかもしれない。とにかくそいつは偽装工作を施して消えた」

甘かったと私は痛感する。八谷竜平を前にあの程度の偽装工作はまったく意味がなかった。しかし方向としては私の望む場所へと向かっているようだ。

「ここで一つ疑問符が浮かぶ。犯人の印象がどうもちぐはぐだ。小屋の中で殺して血を新しい土で塗り潰すなら最初からうさぎを連れ出すか血の出ない殺し方をしたほうがいい。だが偽装工作のほうは結構見事なもんだ。普通に土を被せただけなら多分血の匂いがひどかっただろう。使ってるノートも文字の書いてない場所ばかりで手がかりになるようなものはなかった。これを思いつく人間がどうしてこんな荒い手口で隠そうとしたのか。一つ考えられるのはうさぎを殺したのが突発的だった場合」

 八谷は私たちに一通り視線をまわした。

「だがその人物がなぜうさぎ小屋に近づいたのかわからない。それに偽装工作をした理由もピンとこない。そこで俺は吉崎叶が犯人なんじゃないかと思う。彼女ならうさぎ小屋に近づく理由がある。突発的に殺してしまったのも思いがけず踏んでしまったとかで説明がつくなくもない。キャベツは偽装工作の一環、工作をした理由は自分が真っ先に疑われる立場にいるから。何か疑問は?」

「それでいいんじゃない?」

 宇喜田がさらりと言う。

「そう、宇喜田が言ったようにこの推理にはあきらかな矛盾が幾つかある」

 宇喜田は嘘をついていたらしいが私にはわからなかった。本人はただニコニコとしている。

「第一に、うさぎは三匹いる。事故で一匹殺してしまったならわかるが三匹同時に死んでしまうなんてことがあるだろうか?

 第二にキャベツには歯型が残っていた。事故で吉崎が殺したならばそれは掃除をしていたときだろうがそれだと時系列がおかしい。ノートの裏にあった糞の量から考えてもうさぎが死んだのは吉崎が掃除を終えて餌をやり終えたあとのはずだ。

そこで行き詰まった」

「どうでもいいけどうさぎが殺されたとか自分のあだ名がそんな風に言われるのはあんまり気分がよくないなあ」

「っと、すまん。気をつける」

 今度は本心だったらしい。八谷は一体どうやって判別をつけているんだろう?

「お前らはどう思う?」

 私は何も言わなかった。普段からそう口数の多いほうではないのでそれが私なりに違和感のない正しい反応だろう。

 周囲も似たようなものだ。

「……なんだよ。もっと大きな事件じゃないとやる気でないのかお前ら」

 そもそも事件が起こる度にやる気を出すのは八谷くらいのものだろう。

「そんなことないよ」

 宇喜田が言う。

「やっぱそうだよなあ」

 八谷が項垂れた。嘘だったらしい。というかそれは嘘でも困るだろうと私は思う。

「あー、なんか俺もやる気なくなってきたかも」

 それは困った。私は犯人を知りたい。ここで八谷に引かれてしまっては困る。少し考えて私は自分のやったことを推測として話すことにした。

「偽装工作をやった人間と犯人は別じゃないかな?」

 八谷は二秒ほど視線を落として拍手を打った。

「なるほど、ストレス解消なりの理由でうさぎを殺したバカな犯人を賢い友人が庇った、と。そういうシナリオはありだな」

 賭けだったが、だいたい私の誘導したい方向に行ってくれて助かった。と、思ったのもつかの間だった。

「つーかお前、カバンは?」

 尋ねられて私は少し焦る。カバンを忘れたなんて流石にありえないだろう。家に居たといえば午前中に何をしていたかを八谷から誤魔化し切れるだろうか。

「五十音の人達ってだいたいみんなカバンなんて持ってきてないんじゃない?」

 思わぬ助け舟が宇喜田から入った。八谷は全員を見渡して「ああ、そういえばそれもそうか」とその話題を投げ出す。カバンを持ってきているのは八谷と宇喜田だけだった。

「お前の言ったパターンなら簡単に見つかりそうだな。せっかくばれてないのにバカは自分のやったことを吹聴したがるものだし」

 八谷は二台ある携帯電話のオレンジ色のほうを取り出して何かを書留めた。画面を見つめて「いや、まだか」と一人で何かを納得しポケットにしまう。

「なんか言いたいことあるか?」

 全員が何も言わなかった。

「んじゃ今日解散で。近いうちにもういっぺん集めるからよろしく」



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