表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

S.地味めの王子

 シンデレラは王子と出会い意地悪な姉の目を潰す。

 少し遅れて登校すると小屋の中でうさぎが死んでいた。

 いまどき中学校でうさぎなんか飼ってるのもうちくらいのものだろう。動物特有の匂いが濃い血と混ざって吐き気を催す。瞼が半分降りて細くなった赤い目が柵越しにこちらを見ていた。鶏肉に似た桃色の肉から内臓らしきものが飛び出ている。小腸だろうか? 細長い管のように見えた。

うさぎはいつ殺されたのだろう? 昨日の放課後あたりかと思ったが少ない糞の量から飼育部の吉崎が掃除したあとだと推測する。私は吉崎が朝の六時三十分に学校に来てここを掃除することを知っている。餌の箱に入れてあるキャベツもまだ新しい。少しだが歯型がついていた。

 八谷竜平が喜びそうだなと私は思った。

吉崎叶は泣くだろうかとも思った。

 私は私からこれを教師に言う事と放課後吉崎が餌を与えるために飼育小屋を訪れてあの無残な肉の塊を見つけるのではどちらが彼女のショックが大きいかを考えてみる。自分に置き換えてみるとどちらも大差ない気がしたが一般論では前者のほうがましのようだ。いや、どちらにしろ彼女の目に入る可能性があるのならいっそのことこの場で私が処理してしまうほうが問題は少ないか。私は周りを見た。鍵は壊されている。授業中のため人はいない。騒ぎになっている様子もない。これを見たのはいまのところ犯人と私だけのようだ。

飼っていたうさぎが殺されている、よりは、飼っていたうさぎが逃げてしまった、のほうが一般的にショックは少ないだろうか?

 いまは二時間目の途中。ここに来るまでに私は学校の人間と擦れ違わなかった。この飼育小屋は私が使っている裏門の近くにあり、私が今日、学校に来ていることを知っている人間はいまのところ誰もいない。私はよく学校に行くと家を出て、近くの古本屋などで時間を潰すことがあるので親もきっとそう思うだろう。私は死体を自分のカバンの中に隠し、ノートを破いて血の上に置き、更にその上から土を被せた。外観はおおよそ元に戻った。試しに踏んでみるがさほどの違和感はない。その作業を繰り返すと一冊のノートが半分ほどが無くなったが普段から真面目に授業を受けているわけではないのでこの一年に残り半分も使うかあやしいところだ。糞を上から撒いて、私は両手を近くにあったクラブの人間が使っている水道で洗い流した。錆が目につく蛇口が私の手には少し硬かった。赤い血と茶色の土が流れていく。冷たい水に両手を晒しながら私は考える。

 犯人の目的は吉崎への嫌がらせだろう。うさぎがいなくなって困るのはきっと彼女くらいだ。なら吉崎に日常的に嫌がらせをしているグループの誰かが犯人か。または全員かもしれない。しかし複数犯というイメージは浮かばなかった。誰か一人くらいは反対しそうなものだが、私は学生の非常さというものを甘く見ているのかもしれない。

 私は裏門を出た。久しぶりの重いカバンに苦笑する。中学に入りたてのころは毎日時間割に合わせた教科書とノートを用意していたものだがすっかり机の中に入れっぱなしにする癖がついてしまった。冷たい冬の空気が血の匂いを飛ばしていく。私は子供の頃にたまに遊んだ林にこれを埋めるつもりだった。どうせ使わないのだからカバンごとこの子達にくれてやろう。どうせ中にはどうでもいいノートが数冊入っているだけだ。舗装されたアスファルトの道路を下を見ながら私は歩く。擦れ違う人はみんな何かに夢中で私のカバンの中身に気づく事はなさそうだ。携帯電話の画面や隣に立つ薄っぺらに見える男性との会話は命よりも尊いのだろうか?

 どうしてこの子達は殺されなければいけなかったのだろう。カバンの上から死体を撫でる。水と土に触れた私の手が冷たいせいか、少し生暖かい気がした。吉崎に嫌がらせをするためならば他にもやり方はあったはずだ。私は不登校の気があるので詳しくはないが実際いままではそうしてきていた。この子達に罪はない。吉崎もこのうさぎ達も、そして私もそういう風にしか生きれないだけだ。なぜそれすらも許してくれないのだろうか。

 冬の林は落ち葉も少なくなりみずぼらしい容姿をしている。私は穴を掘った。カバンを埋めることができるくらいの穴だ。多少の時間が掛かったが別段問題はなく私はそれを埋めることができた。ここなら誰かに迷惑をかけることはないだろう。掘っている途中で見つけた目立たない程度の大きさの石をうさぎ達を埋めた土の上に置いて両手を合わせた。目は閉じなかった。八谷竜平ならどうするだろうと少し考える。そもそも彼ならばうさぎの死体を見つければ犯人探しのほうに夢中になって供養や関係者の気持ちなんて考えもしないか。私は家のほうに向けて歩き出した。今度は手を洗う場所がないので私の両手は土で汚れたままだ。血のほうはカバンごと埋めたためそうでもないが、私は両手をポケットに突っ込んでいる。どうせ授業なんてつまらない。学校教育なんていうものは中身に大した意味はなく、共同生活の中である程度の常識と協調性、それから数時間座って退屈な時間を過ごすことに慣れることが重要だ。そういう意味ではうさぎを殺した人間たちはきっと優等生なのだろう。自分のやったことを隠す程度の常識があり、それを親しい人間に口止めする、あるいは協力して貰うだけの協調性がある。そしてそれなりに気分が高揚していても教師に感づかれないくらいに退屈な時間を普段通りに過ごすことができる。

 私や吉崎と彼らのどちらが正しいのか私にはわからなかった。私に言えることがあるとすればうさぎはかわいそうだし、八谷は間違っている。私は家に戻ってシャワーを浴びた。血の匂いが取れていない気がしたからだ。うさぎにカバンをやったことを私は少し後悔し始めていた。親になんと言い訳すればいいものか。気を紛らわせるように肌に泡を擦り付ける。私は短慮だ。吉崎の気持ちを勝手に想像して行動したが彼女が本当にうさぎがいなくなったことを悲しむのかわからない。もしかしたら小屋の掃除や朝夕の餌やりの手間が省けて喜んでいるかもしれない。しかしそのとき私がやりたいことをやった結果なのだからどんな結末になろうが真摯に受け止めるべきであり、また後悔するべきではないのだろう。私には同じ場面に出くわせば同じことをすることをする自信がある。我ながら学習しないものだ。

 だが困った。触れた死体から移ったらしい生暖かさがいくら洗っても手の中から消えない。赤く細い目がまだ私を見ている気がする。思いのほか吉崎だけでなく私にも傷を残しているらしい。

お前たちは私に何をして欲しいんだ? 目を閉じると瞼の裏に浮かんだ赤い目をしたうさぎ達はキャベツを欲しがった。私が手の中にある野菜を差し出そうとしてみるが、彼らの歯はキャベツを噛むことができなくてカチカチと音を立てる。私には彼らがとても悔しそうに見えた。無論、それは私の妄想にすぎない。目を開ける。

 私は別に腹を立てたわけではない。しかし犯人を見つけ出してみたいと思った。私はきっとそのために必要な幾つかの証拠を消してしまっている。落胆はしない。

自分の部屋に行き、しばらくは小説の文字を眺め、そのうち私は眠り始めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ