尼子の忍び 鉢屋外伝
はじめに
本作品は、戦国武将尼子義久が率いる鉢屋衆の忍者と毛利元就が率いる忍者の創作の物語です。島根県安来市の戦国武将尼子フェスティバルが、五年に一度の開催ということで、毎年、開催されるようになって欲しいと思っています。忍者のコスプレをすれば誰でも簡単に参加できるので、毎年、開催されることを願い、忍者の物語の創作を考えました。先日、鳥取県境港市で、水木しげる生誕祭のコスプレのパレードを見て、安来市でも出来ないかと思いました。戦国武将尼子氏とその家臣や毛利勢の武者行列は、手の込んだ鎧甲冑で、コスプレをするのはハードルが高すぎるので、なんとか簡単に参加出来るようにするには、忍者の衣装であれば、誰でも簡単に参加出来るんじゃないかと感じました。そうするには、忍者の物語を創作するしかないと思いました。安来市出身の私は安来市が盛り上がり繁栄することを祈り、物語の創作を考えました。安来市に忍者のイメージを定着させて、忍者のコスプレでパレードをする風景を創り出すのが目的です。物語を基にした観光ツアーが出来ればいいですね。境港市の観光がゲゲゲの鬼太郎で成功したように、安来市に毎年、沢山の人が観光で訪れるような町にしたいと、月山富田城の広瀬の道の駅で桜を見ながら思いました。冨田川の土手に咲く桜は、とても綺麗でした。今住んでいる米子市に車で帰る途中、社日公園の桜も見ました。安来節に「安来千軒名の出たところ、社日桜に十神山」と歌詞にあります。社日桜は安来市の観光名所の一つです。その社日桜を眺め、色々と物語を思い付いた点と点が結びついて、物語の草案を考え付いた。天候は変わりやすく、次第に雨と風が強くなった。運転しながら雨の中でハンドルを切っては、浮かべた場面が流れ消える。その景色の向こうは、様々な場面で百花繚乱。社日桜の花びらが散るのが儚く、とても美しかった。
令和八年四月五日
尼子の忍び 鉢屋外伝
十神山城炎上編
比田たたら場
中国山地の山々に抱かれた比田連山。その麓から湧き出る富田川の源流地には、豊かな自然とともに美しい棚田が広がっている。
四人の忍びが富田川に沿って、下流から上流へと歩いている。
そのうちの一人、安長が妹の沙和に声を掛けた。
「もう少しで比田に着くから頑張れ。」
「うん、お兄ちゃん。」
時は戦国、雲州広瀬、月山富田城より南西に山々を越えると、製鉄の神様が祀られている金屋子神社があり、そこは比田と呼ばれる地区である。
比田地区は古来より幾つかの隠れ里に、たたら場が点在していた。たたらとは、製鉄法のひとつで砂鉄から鉄を取り出し鉄の塊である玉鋼をつくる製鉄法である。
玉鋼は月山富田城に運ばれ鍛冶屋職人によって刀剣の他、様々な武器がつくられる。武器以外にも日常で使われる鎌や鍬や斧もつくられた。
月山富田城を防衛する武器の原材料の玉鋼を供給する比田地区のたたら場は、戦国武将尼子氏にとって重要な場所である。
比田地区には、たたら衆の国人が建てた幾つかの修業棟がある。そのある一つの修業棟で物語が始まる。
元々、たたら衆は田畑を耕す農民であった。冬場の農閑期にたたら製鉄をしていた。
尼子氏の雲州での勢力拡大により玉鋼の需要が多くなり、年中たたら製鉄をするようになる。
たたら衆は計画的に玉鋼を製造する為、たたら衆の施設として修業棟を建設する。
当初は、たたら場の人々が寝泊まりする所であったが、尼子氏の武士団がたたら場を守るため、武士団も常駐するようになった。
この修業棟には、たたら衆の関係者、武士団以外に、食事、掃除、洗濯を担う女中など合わせて百人弱の人々がいる。
この度、新たに比田地区周辺の諜報活動を担う尼子氏の忍びも常駐することになった。
田植えの時期を迎えた比田地区に到着した尼子氏の忍び安長らと修業棟の女中となるくノ一の沙和が金屋子神社のお参りにやって来る。
忍びと言っても、一般庶民の服装で誰も気付かない。
参拝を済ませた尼子氏の忍び達は、修業棟にいる武士団に挨拶する為に向かう。
忍びの若頭の鉢屋安長が玄関口で声を上げた。
「比田殿、只今、参りました。」
武士団の団長、比田十郞太郎がやって来る。
「おお、ご苦労であった。安長、久しぶりだのう。」
修業棟の女中となる娘の沙和は女中達に挨拶した。
娘の鉢屋沙和は、そわそわしながら挨拶する。
「宜しくお願いします。」
女中の一人、お常は察しながら声を掛ける。
「可愛い娘さんが来たね、いくつになるんだい?」
「十二になります。」
鉢屋沙和は緊張して返事をした。
お常は優しい眼差しを向ける。
「大変だけど、頑張んなよ。」
「はい!」
こうして戦国武将尼子氏の忍び安長らと女中の沙和の比田修業棟での日々が始まるのであった。
比田十郞太郎
比田地区は戦国武将尼子氏の奉公人、比田十郞太郎が治めていた。比田地区に山城を構え、武士団を引き連れ領内の警備をする日々である。
月山富田城の富田地区の尼子氏の近隣であり、比田地区は軍事的に重要拠点である。
比田氏は守りを強化する為に忍の諜報活動を尼子氏の家臣の立原久綱を通じて尼子義久に求めていた。
尼子義久の承諾を得て立原久綱は比田氏と顔見知りの鉢屋安長と安長の妹と従兄弟を比田地区に送り込んだ。
比田氏は微笑んで呟いく。
「忍びの鉢屋衆が来てくれたわい。とても有難いのう。」
尼子氏の忍びの到着に安堵して、安長に感謝の気持ちを伝える。比田氏は戦国武将の毛利元就からの侵入者を防ぐことを第一に考えていた。
安長は比田氏の心を汲んだ。
「それでは、直ぐに諜報活動に当たります。隠密で行いますので我々の肩書きは武士団の御用聞き奉公人でお願いします。」
比田氏は、かつて布部地区の山中にて毛利氏の密使らしい不審者の変死体が発見されたことを今は亡き父から聞かされていた。
布部地区は月山富田城がある富田地区から山々を行き、次に布部地区、比田地区と続く途中である。
尼子領内に侵入した毛利方の密使らしい不審者の変死体から、毛利元就からの尼子国久宛ての密書が見つかり騒動となった。
毛利方の工作によるものではないかとされたが、雲州大名尼子経久の後を継いだ尼子晴久は尼子国久が毛利方と内通していると疑いを持った。
尼子国久は尼子経久の次男にあたり尼子晴久にとって叔父であった。石見銀山の利権を持ち、尼子軍の精鋭部隊の新宮党を結成して勢力を拡大していた。
尼子晴久にとって尼子国久は煙たい存在になっていたのである。やがて尼子国久と率いる精鋭部隊の新宮党は尼子晴久によって粛清されることになる。
これにより尼子氏の軍事力が弱体化してしまったのである。その中で毛利元就は石見進攻を始める。
尼子晴久の急逝により、後を継いだ尼子義久になると、毛利元就は尼子義久と雲芸和睦を交わしながらも破棄して出雲侵略を伺っていた。
比田十郞太郎は、布部地区の山中の不審者変死体の件で残念に思う。
「晴久様に御乱心が起きた事が無念でならない。」
安長ら尼子氏の忍びに期待して言う。
「毛利元就は忍びを使って、尼子方に接触する。たたら衆が怪しい、不審者がいないか調べて欲しい。」
飯母呂一族の鉢屋賀麻党
尼子氏の忍びの鉢屋衆は飯母呂一族として平将門に仕える忍びであった。京で諜報活動をしていたが平将門の乱で将門の死後、全国に散った。
雲州に流れてきた鉢屋賀麻党一族は尼子経久の忍びになる。
一方、毛利氏の忍びの世鬼一族は、元々、駿河国の今川氏に仕えていた忍びで、その後、石見国の国人領主の高橋一族の忍びになり、毛利氏とは敵対関係であった。
世鬼一族は、世木氏が今川氏に仕えたことから始まる。世木氏は、南北朝時代に駿河国で活動した武将で、室町幕府(北朝方)の初代駿河守護であった石塔義房の家臣であった。
当時の駿河国は、のちに守護となる今川氏(北朝方の幕府方)と、安倍城などを拠点とする狩野氏や宗良親王ら(南朝方)が激しく覇権を争った地域であり、世木氏もその激動の戦乱に巻き込まれた。
世木氏は今川氏の忍びとして仕え、駿河久野坂の領主として遠州佐野郡に城を構えていた。世木一族の世木義包は一族と仲が悪く、浪人に成り諸国に武者修行に出る。
流浪の旅に出た世木義包と子の世木政久は京都に入り山名宗全の家に身を寄せる。応仁の乱で細川勝元が大軍で山名宗全の家を囲んだ。
山名宗全と細川勝元は、室町時代中期の強力な守護大名であり、戦国時代の幕開けとなった応仁の乱で激突した両軍の最高総大将である。
応仁の乱は勝敗が決せず、京都の街を焼き尽くした。奇しくも西軍の山名宗全と東軍の細川勝元は、共に乱の決着を見ないまま相次いで病死する。
総大将を失った後も戦いは続き、ようやく終結すると本格的な戦国時代へと突入していった。
細川勝元が大軍で山名宗全の家を囲んだ時、世木政久は戦いで七ヵ所を負傷する。
世木政久は武道の達人だったので、だれかが召抱えてくれるだろうと芸州に下った。
世木政久には二人の子がいた。兄の世木政親と弟の世木政長である。
軍学に通じ武芸にも長けていた世木政親は、安芸の有力国人領主の高橋氏の忍びとして仕え、高田郡垣瀬の郷、宗利村世鬼に給領地を貰う。このときから世鬼姓を名乗る。
世鬼政親は高橋氏に仕えたが、活躍もなく次第に重用されず、それどころか給領地を追われて、安芸と石見国境付近の犬伏山に潜んで農耕と狩猟で生活していた。
世鬼政親の子の世鬼政時が世鬼一族を統率するようになり、毛利元就が、この一族を知り登用したが報酬は三百貫にすぎないので生活を支えようもなく、しばらくは犬伏山一帯を世鬼一族領とするということで毛利元就の家臣に加わる。
毛利元就は高橋氏を滅ぼす為に犬伏山に陣を置き、世鬼一族を使い謀略を進めるなか、高橋氏の安芸における拠点の松尾城を攻め、周辺の城主を武力で従えさせた。
毛利元就は高橋氏の当主の高橋興光と対立していた一族の高橋弾正へ、世鬼一族に密書を送らせ寝返りを促して内部崩壊を狙う。
高橋弾正が高橋興光を討って毛利元就の陣へ首を持参しすると、その場で捕らえられて殺害され高橋氏は滅亡する。
毛利元就によって高橋一族が滅ぼされた後、毛利元就は世鬼一族を取り込み味方につける。
毛利元就は世鬼一族の能力を高く評価していた。安芸国の最前線に配置して高い処遇にしている。
世鬼一族は尼子氏家臣に接触して寝返りを促したり月山富田城に潜入するなど隠密の工作をしていたのである。
尼子氏忍びの若頭筆頭の安長は仲間と話し合う。
「今も世鬼一族は領内に潜伏して家臣や国人に接触しようとしている。奴らから接触された者は内通してると噂が立ち処分されるだろう。」
仲間の若頭筆頭心得の鉢屋真之介は頷いて言う。
「奴らは、そうやって領内を撹乱しているよな。」
尼子氏忍びと世鬼一族が対峙することは今までなかった。互いに争いを避け隠密に活動してきたからである。
安長は眉間にしわを寄せる。
「もう、好き勝手にさせない、どうすれば…」
少し間を置き、思い付いて安長は再び言う。
「潜伏している奴らを見付け出そう。」
「どうやって?」
鉢屋真之介の弟の鉢屋真次郎は安長に聞く。
「たたらの隠語で話せば分かるはずだ。」
安長は静かに呟く。
古来より隠れ里で、たたら製鉄は村下と言われる最高技術者を中心に隠語を使い技術が外部に漏れないように作業が行われていた。
たたらという言葉は、本来は風を送る足踏み鞴を指していたが、次第に製鉄炉や製鉄所全体(高殿)を指す言葉として使われるようになった。
安長は隠語を知っている。幼少期に足踏み天秤鞴の手伝いをしていた。いわゆる番子である。番子たちは交代で鞴の足踏みをする。代わり番子である。
自然に周りで使われている隠語を覚えるようになる。安長の両親は鉢屋衆の忍びであり竹籠の行商をしながら領内の諜報活動をしていた。
安長は縁あって比田のたたら場で幼少の時期を過ごし、比田氏とは顔見知りになる。
やがて成長すると月山富田城傍の鉢屋衆の拠点の鉢屋ヶ成に戻り忍びとなったのである。
三沢為清のたたら衆
たたら衆の中には田を耕し、種を蒔き、育てた苗の田植えをする者もいる。不足するたたら衆を補う為、村下は代わりのたたら衆を呼び寄せた。
安長は武士団から、代わりのたたら衆である砂鉄を採る者達が修業棟に入ったと聞かされる。
砂鉄は川縁で鉄穴流しというやり方で採取さる。採取する人々を鉄穴師と呼んだ。鉄穴師は村下の指示の元、幾つかの組ごとに別れ、水路に土砂を流し、軽い砂は流して、重く沈んで残る砂鉄を取っていた。
安長は代わりの鉄穴師の砂鉄は品質に問題ない為、鉄穴師に聞き取りを控え、たたら場の警備に着く武士団達と暫く様子を見ることにした。
数日後、安長は武士団達と共に、鉄穴師の組長に声を掛ける為に土砂の採取場にやって来る。
「貴殿方の真砂は、とても品質がいいですね。少し聞きたいことが…」
真砂とは、品質の良い山砂鉄のことである。
鉄穴師は作業の手を休め、安長の方を見て言う。
「最近、こっちに来たばかりで、何でしょう?」
作業を中断させた事に恐縮して安長は言う。
「どこかで、たたらをされていたんですか?」
「奥出雲の方でたたら操業をやっていた。」
多少、奥出雲に安長は詳しかった。
「奥出雲の三沢為清氏のたたら場から、こちらに?」
「ああ、山を削り川へ土砂を流すと土石流になり災害が 起きる為、奥出雲では、たたら操業を春から秋まで禁止されている。」
頷き納得して安長は言う。
「稲刈りまでの間は、こちらで…」
「その通り。村下の知り合いの紹介で雇ってもらった。」
かつて尼子晴久は軍役に従わない奥出雲の国人の三沢為清から砂鉄やたたら場を取り上げ直轄で管理していた。後を継いだ尼子義久は三沢為清に、たたら場を返還している。奥出雲のたたら衆との交流は盛んであった。
「なるほど、他のたたら衆は、どうしている?」
安長は、更に質問した。
「さて、どうしているか、山の開墾や棚田をやっているか、詳しいことは知らない、もう、いいかな…」
そう言って鉄穴師は採取場で作業を始めた。
安長は一礼して、言葉を掛ける。
「修業棟に帰ったら労う、比田様に伝えよう。」
武士団達は会話を聞いて安長に言う。
「奥出雲のたたら衆は問題無さそうだな。」
安長は頷いた。
「では、我等は、これで…」
武士団達は安長に手を振りながら言うと、採取場から去っていった。
安長は川の傍に佇んでいた。
暫くすると、安長の背後から声を掛ける男が現れる。
安長が振り返ると若い男が立っていた。
男は安長を見詰めて言う。
「どうしたの?何か、あったの?」
奥出雲からの遣い
安長は若い男を見て質問する。
「君は?」
「ここの組の者だけど…」
「君は、どこから?」
「出雲からだ。組長に頼んで雇ってもらった。」
安長は頷き更に質問する。
「そうか、ご苦労様。田植えをするたたら衆の代わりに来たの?」
「そうだよ、どうしたの?何か、あったの?」
怪しまれない様に安長は穏やかに言う。
「ああ、そうそう、さっき、君の組の砂鉄が良いから、組長に聞いていたんだ。」
「そうなの、組では、みんな仕事を丁寧にやってるからね。」
安長は話を変えようとする。
「ところで、出雲の八つの尾は、どうなってる?」
「えっ、何の事?」
安長は頭を傾げる。
「たたらやってる者は知ってるけどな…」
「んん、八つの尾は…、それは出雲神話の八岐大蛇の事?」
「ん…、ああ、まあ、そうだな。」
組の男は微笑んだ。
「須佐之男命に退治されて、そんなのいないよ。」
八岐大蛇の伝承は、たたら製鉄の隠喩とされる。八つの尾は砂鉄を採る川を表し、出雲に流れる斐伊川の支流のことである。わざと隠語で聞いた。
組の男は笑いながら手を振って、採取場に向かって行った。
とうとうと流れる川で作業をする組の男を安長は眺める。やって来た男がいた奥出雲が気になった。
奥出雲には尼子十旗の三沢城がある。
尼子十旗とは本城月山富田城の防衛線である出雲国内の主要な十の支城のことである。城主三沢為清と尼子氏との関係は良好なものではなかった。
奥出雲の国人の三沢氏は、尼子経久からの攻撃に降参して傘下に入る。
尼子晴久が吉田郡山城の戦いで敗北すると、大内義隆に属し、大内義隆の月山富田城攻略では尼子氏に寝返り主君を代えていた。
安長は修業棟に帰ると妹の沙和に労いを頼んだ。
沙和は、女中のお常と話す。
「お常さん、たたら衆の労いは、何をするの?」
「あたいと比田様が歌うから、あんた太鼓叩いてよ。」
晩になり修業棟では奥出雲からのたたら衆を労う宴が始まる。比田氏も加わり無礼講を許した。沙和は太鼓を叩き、比田氏と常は花田植え唄の民謡を歌う。
比田は、笑みを浮かべて呟く。
「歌うと早乙女の田植えが目に浮かぶのう。」
たたら衆と比田氏は酒を酌み交わし親交を深める。その頃、安長は宴の部屋の天井裏にいた。黒装束に身を包み耳を立てている。
宴の場には、あの組の男もいる。安長は男を注視する。比田氏が宴から帰ろうとすると、男は立ち上がり比田氏に近づき小声で囁く。
「比田様、奥出雲より書状で御座います。」
そう言って比田氏に書状を渡した。
少し間を置いて比田氏は受け取る。
「奥出雲のたたら衆からかな?」
組の男は返事もせずに姿を消した。
安長の強烈な一撃
安長は姿を消した組の男を追った。修業棟の周りでは武士達が警備をしている。屋根の上では真之介兄弟が潜んで警戒していた。
男は屋根に上がり真之介兄弟に見つかってしまい、追ってきた安長に挟まれる。
安長は呟く。
「もう、逃げられまい…」
男は眉をひそめながら安長に言う。
「あんたは鉢屋衆の忍びだったのか…くそっ!」
暫く屋根の上で時が流れる。互いに出方を伺っていた。
男は呟く。
「まさか、追い詰められるとはな、しくじったぜ…」
「君は世鬼一族なのか?…目的は何だ?」
安長と真之介兄弟は間合いを少しずつ詰めていく。
「三沢様は毛利方に寝返った。それを伝える為だ。」
「比田殿を揺さぶろうとしているな。」
男が比田氏と接触をするだけの工作だと安長は感じた。
男は笑みを浮かべて言う。
「どうだ、組手で勝負しないか?負けたら、もう逃げない。その代わり勝ったら見逃してくれ。」
「いいだろう、じゃあ三人組手で我等に勝ったら逃がしてやろう。有効な一撃が決まれば勝利だ。」
屋根の上は半月の明かりに照らされて薄暗く、時より穏やかな風が流れる。見下ろすと警備している武士達が見えるが誰も気が付かない。
一番手は真次郎が勝負、男の正拳突きが一撃で決まる。二番手は真之介、男の回し蹴りが一撃で決まる。
三番手の安長は受け払いで交わし続け、組手は終わらない。男は、かなり憔悴していた。
安長は一瞬の隙を突く。
強烈な一撃、安長の膝蹴りが男に決まる。
男は宙に舞って倒れた。
観念して安長達に捕らえられる。
一方、比田氏は男から渡された書状を読んでいた。
「これはっ!三沢殿からの書状ではないか…」
眉をひそめながら読み終え、腰の高い位置に手をやり天を見上げる。
内容は、三沢氏、赤穴氏、三刀屋氏が尼子氏からの離反であり、比田氏にも離反を促すものである。
比田氏は、書状が三沢氏本人からなのか、それとも毛利方の工作による、捏造されたものなのか考える。
どちらにしても三沢氏からのものであり、毛利方からの密書ではないことから、毛利方と内通していると疑われることはなかった。
比田氏は消えた男の行方を警備している武士達に問うが、誰も見ていないと返答する。
暫くすると安長達が比田氏のもとにやって来る。
「比田殿、先程、曲者を捕らえました。」
「おお、やはり曲者が潜入していたか…」
安長は軟禁部屋に閉じ込められている男のところに比田氏を案内する。
比田氏は部屋の入口から男を眺めて呟く。
「書状について聞き出してくれないか、暫く様子を見て危害を加えるようなことが無ければ自由にして良い。心を許せば、我々に有益なことが聞けるかもしれない、任せる。」
「分かりました。」
安長は比田氏の耳元で囁いた。
馬来久綱の参拝
奥出雲の三沢城より南に山々を行くと尼子十旗の一つ夕景城がある。夕景城の城主の馬来久綱が金屋子神社の参拝にやって来た。
馬来氏は月山富田城の在番からの帰りであった。在番とは交代で駐在し、警備や管理を行う職務である。
武士団を率いている馬来氏のところへ、朝の参拝を日課としている比田氏が現れて挨拶を交わす。
「おはようございます、馬来殿。」
「ご苦労、久しぶりに金屋子神社の参拝に来た。」
馬来氏は大男であるが細かいことにも気を使う性格で、神仏に対して信仰心の厚い人である。人々に対する思いやりと心配りを大事にしていた。
一方、修業棟の軟禁部屋では安長と真之介兄弟が交代で男を監視していた。
「名前、何って言うんだ?」
安長は男に尋ねる。
すると男は自慢気に言う。
「俺は流世よ。元々は泥棒で世鬼一族じゃねえ…」
「本当か?」
「世鬼一族の大将から見込まれて仕事を頼まれた。」
「そうか、さて、流世よ、ところで、あの三沢様から書状は本物なのか?」
「半年前に大将から三沢様の書状を渡す仕事を受けた。書状が本物かどうかは分からない。」
「そうか…半年前か、分かった、世鬼一族の大将が、お前を心配してねえか?」
「心配してるかな…、まあ俺は、ちょっとした雇われだ。帰れば報酬がもらえる約束だが、このまま、たたら衆でもいいけどな、それに組手で、あんたに負けたから、もう、どこにも逃げねえよ。けどよ、あの時は三人組手だったから負けたんだ。」
「なら、サシで、また勝負してもいいんだぜ。」
「ほう、自信満々じゃねえか。どっちが強いか勝負するか?」
「よし、表へ出て勝負だ。」
安長と流世の二人は修業棟の外に出て組手を始める。真之介兄弟は周りにいる人々に、組手の稽古だと伝えた。
そこへ、参拝を終えた馬来氏が、やって来る。
「おお、組手の稽古か…途中で悪い、わしも一緒に稽古したい、良いか?少し体が訛っていたとこだ。」
「これは、馬来様では…分かりました。流世、勝負は、またにしよう。」
「んん、何だああ、しゃあねえな。」
組手の稽古
馬来氏は軽く身体を動かし深く息を吸って、ゆっくり吐いて呼吸を整える。
「さあ、二人掛かりで掛かってこい!」
そう言って馬来氏は上半身裸になり構えた。
側にいた比田氏は驚く。
「馬来殿、大丈夫ですか?」
「大丈夫、心配要らん。」
安長と流世の二人が馬来氏と向き合う。
「遠慮は要らん。掛かってこい!」
馬来氏は叫んだ。
安長と流世は左右から同時に蹴りと突きを繰り出し、馬来氏は軽く受け流して旋風脚で安長と流世を跳ね飛ばす。馬来氏の動きは何一つ無駄の無い動きだった。
今度は流世が馬来氏の前で突きの連打を繰り出す。馬来氏が受払をしているところに背後から、安長は回し蹴りを繰り出した。
馬来氏は払った流世の手を取り、背負って投げ飛ばし、安長にぶつける。
観ていた比田氏は思わず呟く。
「流石!馬来殿!」
安長と流世は、ぐったりして意気消沈していると、馬来氏は叫ぶ。
「まだまだ、掛かってこい!」
安長は流世を踏み台にして跳び上がり、馬来氏の顔に体で覆い被さると流世は馬来氏の脚に抱きついて倒した。
「油断したわい!なんとお前達のやり方は強引で力任せだわい!」
三人地面に転がって誰も立ち上がろうとしない。
「二人掛かりでも馬来様には流石に叶いません。」
「力に頼らず、相手の力を利用して体を動かし、打撃と投げをしろ。闇雲に闘えば、体力を消耗するだけだ。組手を極めるのじゃ。」
「有難う御座います。」
「さて、夕景城に帰るとするか。」
馬来氏は立ち上がり体に付いた土や埃を払う。そして城のある奥出雲の空を見上げ、比田氏の方に目をやった。馬来氏は、比田氏の浮かない顔に気付く。
すると、比田氏は馬来氏に、三沢氏、赤穴氏、三刀屋氏が毛利方に寝返りをしたことを話した。
「それが本当であれば、もう奥出雲に踏み込めん、簡単には夕景城に戻れんな…」
比田氏は馬来氏に言う。
「奥出雲の様子が分かるまで、比田に滞在して下さい。」
「馬来様、我々が三沢様の様子を見てきます。」
安長は馬来氏に言った。
「そうか、くれぐれも無理しないように頼む。」
こうして安長達は、三沢氏が毛利方に本当に寝返ったのか調べる為、奥出雲に潜入することになる。
流世は安長達に言う。
「しゃあねえなー、俺も付き合ってやるか、万が一の事があったら任せろ、俺と一緒にいれば大丈夫だ。上手く誤魔化してやる。これで貸し借り無しって事だな。」
奥出雲に潜入
安長と真之介兄弟と流世の四人は、比田地区でのたたら操業を終えて奥出雲に帰るたたら衆に扮して、奥出雲に潜入することにした。
比田地区より南西に行くと奥出雲の横田荘がある。
横田荘とは、平安時代末から戦国時代にかけて、出雲国仁多郡にあった荘園である。出雲における石清水八幡宮の経済基盤として発展し、鎌倉時代末には禁裏御料所となって戦国時代まで公用が納められた。
横田荘は地元国人の三沢氏が代々支配していた。三沢氏は横田荘の背後にある高鍔山に横田藤ヶ瀬城を築き本拠としていた。
かつて、西日本最大の戦国大名であった大内隆義に属していた三沢氏は、その時代の有力者に着き勢力を維持してきたのである。
月山富田城を拠点に出雲を支配した戦国大名尼子氏は、奥出雲の、たたら製鉄による武器や軍資金の元となる鉄資源を非常に重視していた。
尼子経久が藤ヶ瀬城を落とし、以降、二十年以上にわたって直轄の代官を置いた。
戦国時代の奥出雲の横田荘は、豊富な砂鉄資源を背景にした、たたら製鉄の一大拠点であり、尼子氏や毛利氏などの戦国大名が支配権を争う要衝となる。
横田荘に着いた安長達は周りに広がる棚田の風景を見渡す。元々は山々であったところを削り取り、出た土砂を使って鉄穴流しで砂鉄を採取していた。
冬の時期に大規模な鉄穴流しが行われた場所は棚田になる。春になると田植えが行われ、鉄穴流しは中断された。
採取された砂鉄は、たたら操業をする隠れ里に運ばれ、玉鋼が造られる。古来より、奥出雲では、たたら製鉄が繰り返されてきた。
流世は横田荘の鉄穴師に会いに行く。流世と関わった鉄穴師達は山の開墾や棚田をやっていた。
鉄穴師達から藤ヶ瀬城の足軽が雑兵を募っていることを聞いて、安長と真之介兄弟と流世は足軽に潜入出来るかもしれないと考えた。
藤ヶ瀬城に行くと門前に足軽大将がいるので、雑兵にしてもらえないかと頼むと、早速、採用された。
足軽大将は大声で叫んだ。
「いいか、お前達、これから藤ヶ瀬足軽第二陣として、夕景城に行く。すぐ、準備をしろ!」
「夕景城ですか…、何をしに?」
安長が質問すると、足軽大将が答える。
「三沢様より支援の要請があった。夕景城を落とす為に 出陣する、これから支援物資を運ぶぞ!」
「はい、わかりました!(やはり寝返りしたのか)」
藤ヶ瀬足軽第二陣三十名の出発準備が整い、安長と真之介兄弟と流世は雑兵として荷物を運ぶことを命令され、一人ずつ荷物を背負い歩き始める。
夕景城の落城
馬来久綱は本居城を夕景城とし支城を小林城と高尾城としている。馬来氏が月山富田城の在番であった為、夕景城の城代は渋谷長平が勤めていた。
藤ヶ瀬城からの藤ヶ瀬足軽第一陣五十名は既に三沢氏の武士団と合流していた。
夕景城のある馬木地区付近の攻撃の前、毛利方の備後高野の蔀山城主多賀山通続が最初に向かったのが、備後高野から下湯川地区に行き、さらに森脇地区から吾妻山麓である。
三沢為清は多賀山通続の動きに併せ、馬来氏の本居城夕景城及び、支城である小林城、並びに高尾の高尾城攻略を図る。
夕景城を挟んで、北に三沢城の三沢氏、南に蔀山城の多賀山氏という配置で挟み撃ちである。最初に攻め落としたのが高尾城である。北側から夕景城に向かう際の最初の位置に当たる。そして次に向かったのが小林城と夕景城であった。
三沢為清は小林城攻めの際、手勢を坂敷と上市の二手に分けて攻めた。
上市というのは東側で、坂敷は西側に当たる。夕景城攻略は小林城と同時並行的に行われた。
小林城落城の際、尼子方の残兵は城に火を放って月山富田城へ逃れていった。
安長達がいる藤ヶ瀬足軽第二陣は、ようやく夕景城に到着し、三沢氏の武士団と合流する。
藤ヶ瀬足軽第二陣の足軽大将は三沢為清に到着の挨拶に向かう。
「只今、到着しました。米、味噌、塩、支援物資を持って参りました。」
「ご苦労であった。既に食料は尽きておる。助かるぞ。渋谷長平殿は、渋い。早く降参すれば良いのに、先の無い尼子に、いつまで従うのか、馬来殿への忠誠心は素晴らしいが、惜しい者よ。」
夕景城の攻撃は三昼夜に及んだ。馬来一族は弓矢の達人が多く、善戦したものの、城代だった渋谷長平は小林城と同じく、城に火を放って自刃した。
南より攻め上がった多賀山氏は、北より攻め上がった三沢氏に、勝鬨をいつまでも掛ける。その雄叫びは奥出雲に轟いた。
三沢為清は呟く。
「在番の馬来殿には申し訳ないが、これが戦国の世、馬来一族、天晴れであった!」
安長は夕景城の落城を見届けて、馬来氏に報告しなければならないことに心が切なくなる。周りは藤ヶ瀬足軽の歓喜の渦であった。
三沢為清は馬来氏の領内の略奪を禁じる。領主である馬来氏が、まだ存命であり、もし毛利方に馬来氏が就くのであればと考え、領内を荒らすことはしなかった。
それを汲んで馬来氏が毛利方に寝返りをすることを期待した。それは奥出雲での対立を残さない狙いである。
馬来氏と三沢氏は代々深い友好関係を持ちながら領内を経営してきたからである。
馬来氏への報告
安長と真之介兄弟は夕暮れの比田地区に戻ると、落城した奥出雲の尾高城、小林城、夕景城から逃れてきた兵士達が大勢いるのに驚く。
傷を負った兵士は治療を受け、修業棟には怪我人で溢れていた。
安長は馬来氏と比田氏に奥出雲の状況を報告する。夕景城の城代であった渋谷長平が自刃したことに馬来氏は深く心を痛めた。
「責任感の強い男だった。渋谷長平の弔いに、いつか、必ず奥出雲に戻らなければならない。」
安長は、続けて状況を報告する。
「奥出雲は、毛利勢の領内になっています。踏み込むことは厳しい状況ですが、三沢様は馬来殿に一目置かれています。いつか、馬来殿が再び奥出雲に戻ってくることを考えて領内を荒らしてはいません。」
馬来氏は頷いて奥出雲の現状を考える。
「三沢殿とは奥出雲を一緒に盛り上げてきた。争いは避けたいが残念なことになってしまった。毛利元就に従わなければ三沢殿自身が危うくなっていた。今後も三沢殿の立場は厳しいだろう。我等尼子一族との戦になるであろう。戦国の世、今日の味方は、明日には敵だ…」
比田氏は馬来氏に言う。
「馬来殿、比田地区に居る一族を引き連れて月山富田城に行って下さい。そして、どうか義久様をお守り下さい。」
「比田殿には我が一族が世話になった。一族の弓矢の精鋭を比田地区の養成に就かせる。」
比田は喜んで言う。
「有難う御座います。さあ、富田へ、馬来殿の登城を伝える為に、安長達を富田に走らせます。」
こうして、比田地区に来た安長と真之介兄弟、そして女中の沙和は月山富田城に戻ることになる。
鉢屋衆の安長の妹の沙和は、くノ一として黒装束に身を包み、安長達と共に闇夜の中へ消えて行った。
手足を同時に出す、なんば歩きの動きで身体の上下運動や体力の消耗を最小限に抑えて、一夜にして富田地区に戻る。
月山富田城の尼子義久に報告されると馬来一族の武士団は数日後に滞りなく入城した。
尼子氏の本拠地である月山富田城は、月山全体を利用した巨大な城郭で天然の要害である。
三方が断崖絶壁となっており、山上には本丸、二の丸、山中御殿などが幾重にも連なっている。
山頂の詰ノ丸に至るまで、幾重もの堀切や曲輪が敵の侵入を阻み、堀切、土塁、曲輪を複雑に配置し、少人数でも大軍を足止めできる構造に仕上げていた。
広大な敷地内に多数の井戸や貯水池を備え、長期戦や兵糧攻めにも耐えうる兵站や物資の蓄えを持っていた。兵站とは戦に必要な武器や食糧の補給と輸送と管理である。
毛利元就は三人の息子と軍勢を率いて吉田郡山城から出陣し、途中、九州の大友宗麟が豊前の毛利領を脅かした為、毛利隆元が遠征軍から離れて、その対応に当り、毛利軍は石見路を経由して雲州へ侵攻をしていた。
杵築大社の歴史
奥出雲の夕景城の落城は、世鬼一族によって構築された山陰山陽をつなぐ独自の連絡網で、厳しい山岳地帯を、わずか数日で駆け抜ける。
稲佐の浜にいた世鬼一族大将の世鬼政時にも伝わっていた。
稲佐の浜は、島根県出雲市大社町にある砂浜で、南北に広がり、西に向かって弓なりに開いた海岸である。
国譲り神話の舞台であり、全国の八百万の神々が、この浜に降り立ち、杵築大社へと向かうとされている。
国譲り神話とは、地上の国(葦原中国)を治めていた大国主が、天上の神々の天照大御神らにその支配権を譲る出来事である。
旧暦十月には、全国の八百万の神々をお迎えする神迎神事が執り行われる。
また、稲佐の浜から南へ続く島根半島西部の海岸は、薗の長浜と呼ばれ、国引き神話においては、島根半島と佐比売山(三瓶山)とをつなぐ綱であるとされている。
国引き神話とは、出雲地方の成り立ちを描いた壮大な神話で、国の神である八束水臣津野命が、出雲の国を小さく作りすぎたとして、海の向こうから土地を引っ張ってきて継ぎ合わせ、国土を広げたとされている。
世鬼一族大将の世鬼政時は、弁天島を眺めながら、奥出雲の三沢氏が毛利方に寝返りする工作が、上手くできたことに満面の笑みを浮かべる。
弁天島は、稲佐の浜の中心にあり、かつては弁才天を祀っていたが、今は豊玉毘古命を祀っている。
豊玉毘古命は、日本の神話の海神である。海の宮殿(竜宮)の主であり、神武天皇の曽祖父(母方)にあたる。
世鬼政時は、日本海の穏やかな波の音を聞きながら、水平線を眺めて呟く。
「これで、まずは奥出雲を掌握した。さて、次は出雲の国人に工作をして、そして中海、伯耆をどうするか、元就様と相談せんといかんのう…」
杵築大社の門前町に世鬼一族大将の世鬼政時がやって来たのは一年前である。
古代より杵築大社と呼ばれていたが、明治時代に出雲大社と改称される。
出雲大社は「いづもおおやしろ」「いずもおおやしろ」と前者は現代仮名遣いと歴史的仮名遣いが混在し、後者は現代仮名遣いで、歴史的仮名遣いでは「いづもおほやしろ」となる。
一般的には「いずもたいしゃ」と読まれており、複数の辞書や事典でも読みは「いずもたいしゃ」としている。島根県大百科事典では出雲大社の項目を「いずもおおやしろ」とする一方、登録文化財の項目については出雲大社本殿など登録名に従った読みである。
千家家と北島家
杵築大社の宮司は古代より出雲国造が務めていたが、南北朝時代に出雲国造は職をめぐる争いがあり、千家家と北島家に分かれ、杵築大社の祭祀を代々司ってきた。
千家家と北島家の二つの家柄の両国造家は、それぞれ杵築大社の宮司家として歴史と伝統を誇っている。
戦国大名の尼子晴久は杵築大社に対し厚い信仰を寄せ、政治と経済の重要拠点である杵築大社の門前町を領内支配として統制と保護を行った。
尼子晴久は長年杵築大社に奉仕してきた両国造家の宗教的権限や杵築領主としての権限を容認と保障する一方で、掟を発布して門前町を統制下に置いた。
この掟で規定している内容は杵築大社と両国造家が独力で果たすべき支配統制にあたり、それについて尼子氏が掟を示すということは、尼子氏が積極的に杵築大社の支配に介入するようにも見えた。
しかし、実際は、杵築大社と両国造家の支配力が低下しており、それに対して尼子氏がてこ入れしようとしている側面があった。
尼子氏は、杵築大社が本来形成していた門前町や杵築領内の秩序を回復することで地域の安定化を目指していた。
杵築領内の経済が繁栄すると、それに伴い盗人や喧嘩も増えていた。
門前町の治安維持の為、用心棒に扮した世鬼一族の大将の世鬼政時がやって来る。門前町で泥棒をしていた流世を捕まえたのは世鬼政時であった。
そして流世は世鬼政時に見込まれることになったのである。
その流世は、落城した夕景城の馬木地区で藤ヶ瀬足軽の雑兵は解散となり、足軽大将から報酬をもらうと安長達と別れて斐伊川を高瀬舟で下っていた。
高瀬舟は喫水が浅く設計された平底の小舟であり、上流と中流との浅瀬を縫うようにして、船通山を源とする斐伊川で古くから出雲平野を縦断する水運の要として利用されていた。
三日前、安長との別れ際、いつか、どこかで出会ったら、組手の勝負をする約束を交わした。なぜか二人は、また会う気がしたのだろう。
安長と真之介兄弟は奥出雲の潜入に付き合ってくれた流世に感謝して、奥出雲の状況を把握し、比田地区に帰っていった。
高瀬舟で斐伊川を下って広い出雲平野に流れ着いた流世は呟く。
「雑兵の報酬が船賃で無くなりそうだ…、世鬼一族の大将に報酬を貰いに行くか…」
斐伊川は出雲平野に入ると杵築大社とは反対方向の宍道湖に流れ込む為、流世は杵築領内まで歩き、そして世鬼政時のいる門前町に向った。
流世の生い立ち
日々の日常生活の中で、ふと昔の事を思い出すことが時々あるだろう。様々な事を何かを切っ掛けに思い出しては、嬉しくなったり苦しくなったりする。
杵築領内に入ると流世は昔の事を思い出しながら歩いていた。途中、杵築大社の裏手の弥山にある神光寺に向かって手を合わせる。
神光寺は貞治年間、悦堂常喜禅師によって杵築大社の弥山の奥地に開山された。出雲国造家の帰依を受け、仏道霊場として栄える。
玄誉和尚の代である戦国時代の天正年間に大洪水と山崩れによって堂舎が全壊し、この災害を機に、山奥から伽藍山麓へと移転再建されることになる。
神光寺には流世を育ててくれた杵築大社の庭師が眠っている。流世は杵築大社の門前に置かれた孤児で、庭師に拾われたのである。成長した流世は庭師達から武道を教わった。
戦国時代の杵築大社は、両国造家の千家家と北島家が武装化し、門前町の商人や町人も巻き込んで独立した地域勢力(惣)を形成する。
これに対し戦国大名尼子氏は、杵築領内の神宮寺を陣城化して統制を図る。
門前町には浜之御連判衆中と呼ばれる商人や町人、御師たちによる自治的な共同体がある。
彼らは自分たちの権益を守るために団結し、自力で防衛する体制を整えていた。
流世が門前町に入ると若い男が声を掛けて来る。
「兄貴!兄貴じゃねえか!」
流世が振り向くと門前町で宿泊客の荷物運びをしている良太だった。
流世は懐かしく感じながら言う。
「良太、久しぶりだな!」
「兄貴、どこに行ってたんだ?」
「奥出雲で、たたらの仕事してたんだ。」
「へえ、兄貴が、たたら…」
以前、流世も門前町で宿泊客の荷物運びをしていた。流世と良太は宿泊客の荷物から僅かに金銭や金目の物を盗んでいた。
盗みがわかり世鬼政時に流世は捕まる。世鬼政時は流世の盗みを隠蔽する代わりに忍びの工作を依頼したのである。
良太は流世に囁く。
「兄貴、また一緒に稼ごうぜ、昨日は金持ちの客から盗んでやったぜ。」
「まだ、そんな事してんのか、真面目になれよ。」
良太は落胆する。
「なんだよ兄貴!つまんねえな…」
「俺はよ、これから浜之御連判衆中の詰所に行くんだ。お前も一緒に行かねえか?」
意外な事を言う流世に驚く。
「ええ、用心棒達がいる所じゃねえか…、何しに行くんだよ?」
「まあ、話は後だ!行くぞ!」
良太は流世に付いて行った。
浜之御連判衆中
流世が良太を連れて浜之御連判衆中の詰所に向かう途中、大男が町人と喧嘩をしていた。
何かしら難癖や言いがかりをつけ、許す代わりに金銭を要求して、あちこちをうろつきながら脅しやゆすり、暴力などの悪事を働く、成らず者の大男である。
流世は大男の前に立つ。すると殴りかかってくる大男の手を取り背負い投げをした。
比田地区での馬来久綱から一度だけ受けた技の背負い投げを習得していた。相手の力を利用する感覚が身に付いていた。
流世は呟く。
「この大男を浜之御連判衆中の詰所に連れていって裁いてもらうか…」
浜之御連判衆中は、戦国時代から江戸時代にかけて、杵築領内の合議組織の町衆や商人や寺社勢力などの自治的な代表者達である。
連判衆は連署(連判)して文書の作成と承認する権限を持った有力者で、衆中は人々、その一味の集団である。
地域や門前町の利害調整、警察や司法的な役割など、領主の権威を背景に自治を担う実力者達である。
尼子氏の領内経営において杵築大社の門前町の寺社や町人や商人などの利害が絡む問題が発生した際、尼子氏への直訴や家臣の裁定を仰ぐ代わりに、浜之御連判衆中が話し合って裁決を下した。
流世と良太が大男を縛り詰所に連行すると、用心棒達を仕切る世鬼政時がいた。世鬼政時を含め大半の用心棒達は世鬼一族である。
世鬼政時は杵築領内では用心棒の秀と呼ばれていた。
秀は驚いた。
「おお、流世?帰って来たのか、どうした、その大男は?」
流世は秀に頼んでみる。
「秀さん、こいつは門前町の町人に喧嘩を売る、ならず者です。裁いて下さい。」
「そうか、とりあえず独房に入れておくか…、ところで、どうだった奥出雲のたたらの仕事は?」
「無事、仕事を終え、良い玉鋼が出来ました。ですが、まだ良い刀になるか分かりません…」
「んん、まあいい。良い刀になることを期待しよう。」
良い刀になることは、比田氏が毛利方に寝返ることであり、流世は言葉を換えながら会話をした。
連れて来た良太を手で示しながら流世は秀に言う。
「秀さん、この良太を雇ってもらえませんか?」
「お前が言うなら雇ってもいいが、何か出来るのか?」
「良太、お前、なんか出来るか?」
良太は困った。
「ええ、なんかって分かんねえよ…」
秀は二人に言った。
「じゃあ、当分の間、流世と働いてみるか?」
良太は頷いて了解する。
「はあ、兄貴と働くのか…」
秀は袋を持って流世に言う。
「流世、今回の報酬だ。次も、頼むぞ。」
流世は報酬の入った袋を秀から受け取り、良太と一緒に詰所を去った。
舎弟の良太
流世は秀から受け取った報酬を幾らか良太に渡す。良太は不思議に感じて言う。
「さっき、大男を成敗した報酬なのか?こんなに貰って、いいのかよ?」
「ああ、いいよ、良太、もう盗みから足を洗えよ。これからは、俺と一緒に働くんだ。」
「いいけど、一緒に働くって、兄貴、何するの?」
「まあ、いろいろだ!酒でも飲みに行くぞ!」
そう言って、流世は夕暮れの門前町を歩き出した。
「待ってくれよ!兄貴!」
門前町には酒屋で濁り酒の立ち飲みや、その場でちょっとした肴と一緒に酒を飲ませてくれる店があった。
流世と良太は門前町の酒屋で、焼魚を肴に酒を飲み交わしながら話す。
「ええ!忍び!」
酒屋で良太の大声が響いた。周りの客は驚いて流世と良太を見る。
二人は客に謝り、流世は静かに話しを続ける。
「詰所にいる秀さんはな、世鬼一族の忍びの大将で仕事の依頼があるんだ。」
「やばいよ、兄貴、命が幾つあっても足りないよ。」
「ああ、確かに、いつまでも、やるつもりはねえ。そもそも、忍びじゃねえし…」
「いつまで、やるつもりだよ?」
「そうだな、尼子と毛利の戦いが終わるまでかな…」
「侍に切られて死にたくねえよ…」
「馬鹿、侍と戦うんじゃねえよ、隠密で諜報活動や有力者に接触して工作とかするんだよ。」
「なんか難しそうだな…やれるかな?」
「まあ、役者みたいなもんだな、お前みたいな、とぼけて、飄々とした奴が、逆に怪しまれなくていい…、けど、やばくなったら逃げるんだ。」
世鬼一族の工作は数々あったであろうが、どこに潜伏して、どんな工作をしたのか、誰も気付かなかったのである。
熊五郎が親分
杵築大社の門前町にいる用心棒の秀は、流世と良太に新たな仕事を依頼する。新たな仕事には、門前町で流世が捕らえた大男も加わった。
秀は流世に頼む。
「流世よ、この熊五郎も仲間に入れてやってくれ。」
流世は驚く。
「熊五郎?こいつ、門前町で暴れていた大男じゃないか…」
秀は自信を持って流世に言う。
「改心して悪事をしないと約束した。熊五郎にも働いてもらう。」
少し不安になりながら流世は秀に聞く。
「はあ、ところで、どんな仕事ですか?」
「ちょいと、安来の港町に行って、様子を見てくれないか。」
「様子だけ?子供の遣いじゃないし、安来の港町で何か工作するんですか?」
「その通り、分かってるじゃねえか。」
毛利元就は日本海側の海上を封鎖して、美保関や安来の港町の廻船を妨害することを考えていた。安来港は尼子氏の兵糧の陸揚げの補給拠点として機能していた。
海上補給路を遮断するために毛利水軍が廻船を威嚇していたが、尼子水軍の強固な防衛によって通過するため、港に出入りする廻船商人を掌握しなければ月山富田城の兵糧攻めができないでいた。
「港町の商人に、石見銀と赤間関の水運で、仕事しないか?と話しを持ちかけて様子を見るんだ。商人達は赤間関からの対馬交易と朝鮮貿易には興味を持ってるはずだ。商人達が、どの程度、興味を示すか分かればいい。」
「興味を持った奴がいたら?」
「港町にある海猫って言う茶屋に連れて行け。表向きは茶屋だが、世鬼一族の諜報活動の拠点になっている。興味を持った商人とは世鬼一族が話しをする。」
「分かりました。」
「石見銀と赤間関の水運は毛利方が握っている。商人を毛利方に就けて尼子への兵站の仕入を絶つ工作だ。商人は儲かるなら敵味方に拘らないが、尼子方に知れたら、お前達の命に危険が及ぶかもしれない…」
「気を付けます。」
秀は熊五郎を見て言う。
「熊五郎、お前が話しを持ちかけるんだ。」
熊五郎は驚いた。
「ええ、俺が…?」
「成らず者を演じながら、あちこちを彷徨って話しを持ちかけるんだ。流世と良太は、熊五郎の子分として演じればいい。」
流世と良太は驚いて呆れた。
更に秀は話を続ける。
「成らず者達を演じれば、毛利との戦で忙しい尼子方は相手にしないだろう。」
流世は少し困ったが了解する。
「そうですか?分かりました。やってみます。」
秀は三人を見て言う。
「やばくなったら逃げろ。よろしく頼む。」
こうして熊五郎は親分となり、安来の港町の商人を掌握するために、杵築大社の門前町から安来に向かう。
途中、船に乗って宍道湖と中海を渡り安来の港に到着する。
港を漂う船の上で良太が流世に呟く。
「兄貴、大丈夫かな?」
「さあ、俺たちは、まったくの素人で雇われだ、水運だの、貿易だのって、わからん…、そうだろ熊五郎?」
熊五郎は威張って喋り出す。
「いいか、流世、良太、俺が親分だ。お前達は、とにかく間抜けな、成らず者を演じるんだ。」
流世は目を閉じて呟く。
「間抜けな、成らず者ね…」
良太は頷いて子分を演じる。
「はい、親分。」
茶屋の海猫
安来の港町は、様々な人々で賑わっていた。船に乗ってやって来た者、商人、行商、たたら製鉄の玉鋼を駄馬に乗せ運ぶ者が大勢いた。
中でも問屋の仲買人が廻船物資の保管、売買、価格設定など、港の経済を担っていた。尼子義久は、この問屋の仲買人を保護して特権を与えている。
港町にとって廻船の船頭は物資や人を運ぶのに欠かせない存在である。自身で商品を仕入れて売買する商人船頭も多くいた。
港町の宿屋は船乗りや商人、旅人、労働者などの人々が絶えず泊まり、宿泊や飲食を提供する店が港町で大きな割合を占めていた。
雲州では尼子氏の家臣や地元の国人衆が、毛利方に寝返る者と徹底抗戦する者に分裂し、それに伴い、各地で争いや略奪が行われるようになる。
さらに、毛利水軍が海上を武力で封鎖しようとした為、経済を担う港の景気は低迷し、港町には泥棒や喧嘩などの犯罪が増え、次第に治安は悪化していった。
尼子氏が直接役人を派遣するのではなく、港町衆が港町見廻りを形成して治安や警備を担当した。
番所を港町の出入り口や要所に設け、港町の治安維持のための見廻りをするようになる。そんな中、熊五郎達は商人に話しかけようと港町を彷徨いていた。
熊五郎は商人に声を掛ける。
「旦那、ちょいと水運で儲け話があるんだがね、石見銀と赤間関の水運で、ひと儲けしないか?」
商人は煙たそうに応える。
「なんだ、ごろつき…、お前等は毛利方の者か?そうやって紹介料でも取るつもりだろ!あっちへ、行け!」
熊五郎は首を振りながら言う。
「紹介料なんて取らねえよ。話しだけでも聞いてくれよ、旦那…」
商人は手で払う。
「お前等みたいな、成らず者が水運だと、笑わせるな、一昨日来やがれ!」
熊五郎達は諦めて商人から離れる。
溜め息を吐き良太は流世と話し合う。
「はあ、兄貴、上手くいかねえな…」
流世は浮かない顔で良太に言う。
「俺達みてえな者を相手にするわけねえだろ。やり方を、もっと考えねえとな。海猫に行って考えるか…、なあ、熊五郎。」
熊五郎は気を落としながら頷いて言う。
「ああ。」
海猫に着くと、店主の政市が連雀に茶葉を入れていた。海猫は茶の連雀行商をしている。
世鬼一族は各地で連雀行商を行い、町の有力者や商人の屋敷に売りに行き諜報活動をして様々な情報を入手して伝達していた。
小売の行商とは別に茶屋の店舗があり、茶と団子を提供していた。政市は流世達を見かけると声を掛ける。
「どうだ、調子は?」
流世は表情を変えず返事をする。
「さっぱりです。」
「そうか、すぐ商人が話を聞いてくれねえだろう。時間掛けて、顔見知りにならねえとな。目的は尼子への廻船の仕入を絶つことだ。もっと、石見銀と赤間関の水運で儲かりそうな声掛けしてみな、茶でも飲んで、いろいろ考えるんだな…」
「そうですね、気を引く誘い方を考えます。」
流世は人の心を掴む難しさを感じながら言った。
葵に一目惚れ
流世達の茶を注文する為、政市は接客の娘を呼ぶ。
「葵ちゃん、流世達の注文いいかな?」
店の奥から若い娘が注文取りに笑顔でやって来る。
「いらっしゃいませ、ご注文は?」
流世は、微笑んで注文する。
「お茶と団子を三つ、お願いします。」
「三つですね。有難う御座います。」
葵は店の奧に戻っていった。
流世は良太を見て呟く。
「良太、茶屋の娘に手出すなよ!」
「そんなことしない、兄貴の方こそ、杵築大社の門前町で旅籠の娘に手出してたじゃないか…」
「馬鹿、あれは、向こうが俺に惚れたんだよ!」
葵が茶と団子を運んで、流世の方を見て言う。
「流世さん、モテるんだね、どうぞ。」
「いや、それ程でも、まあ、そこそこ…」
ちょっと自慢しながら流世が話していると、突然、熊五郎が葵に話しかける。
「葵さん、とても、綺麗だ…」
「あ、有難う御座います…」
流世は呆気にとられる。
「なんだよ熊五郎、お前、葵ちゃんのこと?」
「はあ、なんと言うか…」
流世は熊五郎を落ち着かせようとする。
「まあ、落ち着いて、お茶でも飲め。」
熊五郎は、湯飲みを持ったまま、葵を見詰めていた。
葵は気になって熊五郎に言う。
「熊五郎さん、お茶が冷めますよ…」
熊五郎は突然叫ぶ。
「葵さん!好きです!」
流世と良太は、飲んでいた茶を吹き出した。
良太は熊五郎に呟く。
「馬鹿、お前、いきなり、熊五郎…」
流世は熊五郎に注意をする。
「おいおい、葵ちゃんが困るだろ、熊五郎。」
葵は微笑んで言う。
「そんなこと無いけど、熊五郎さん、突然だから、びっくりした。」
熊五郎は、葵に謝り、真剣な眼差しで葵を見詰めた。
流世は気を使って熊五郎に言う。
「俺達はよ、あっち行ってるから…、葵ちゃんと話しなよ。」
そう言って、茶と団子の代金を払って流世と良太は店を出て行った。
良太は衝動的な熊五郎の振る舞いを気にした。
「熊五郎の奴、しょうがねえな、兄貴どうします?」
「どうしますって、当分の間、様子見るしかないだろ…、葵ちゃんの気持ちってもんがあるだろ。」
良太は心配した。
「葵ちゃんは一族の娘だぜ、熊五郎は風来坊、今は、ちょっと増しになったけど…、葵ちゃんに迷惑掛けないかな…」
「そうだな、俺も、そう思う…、熊五郎は秀さんに雇ってもらってるだけで一族とは違う。けど、瓢箪から駒が出るかもしれねえし…、成るようにしかならねえな。」
安来神社の遷宮
安来港には十神山があり、そこには尼子氏砦の十神山城がある。城内には安来神社があり、山頂付近に鎮座している。
神在月に全国から杵築大社に集まった八百万の神々が、杵築大社での話し合いを終えた後、十神山に立ち寄って神宴を催したのちに、それぞれの国へ、お帰りになると伝えられている。
神々が杵築大社の帰りに休憩される山として、神在月の期間は、十神山に登ってはいけないという言い伝えがある。
海戦拠点ともなる十神山城の内の安来神社だが、遷宮の為、日御碕神社より宮司と神職たちがやって来る。
遷宮の際に行われる重要な儀式や、期間中に行われる特別なお祭りに、非常に多くの人手と神職としての専門的な技術が必要になり、そのため、近隣から助勤(応援)として宮司や神職が駆けつけた。
遷宮は数十年に一度の非常に大きな節目で、通常の祭礼よりも神事が重層的、かつ厳格に行われる為、応援を頼んで格式高く執り行われる。遷宮には戦国武将尼子義久、尼子家臣、鉢屋衆、港町衆が参加して宮司達により執り行われた。
尼子義久は日御碕神社の宮司に戦勝祈願を申し出る。
「この度の戦にて勝利を願い、日御碕神社への御祈願を頼みたい。」
「御承りました。御祈願致します。」
日御碕神社の宮司と話しを終えると、今度は安来神社の宮司が神妙な面持ちで来る。
「義久殿、この度の遷宮に寄進下さり、御礼申し上げます。安来の港町が戦になれば安来神社への被害が及ぶ恐れがある為、暫しの間、御神体の鎮まる御本殿を戦の被害が及ばぬ安全な処へ移します。」
安来神社の御神体は、主祭神の須佐乃男命をはじめとする十柱の神々で、御本殿の奥深くに鎮まる神霊そのものが御神体とされている。
尼子義久は安来神社の宮司に言う。
「御本殿移転には尽力する。十神山には砦を築いている為、御迷惑を御許し願いたい。戦に巻き込むわけにはいかない、御面倒を御掛けする。」
安来の港町は、お祭りで普段より活気に溢れていた。酒に酔った者同士の喧嘩が起きては港町見廻りが取り締まりをしていた。
茶屋の海猫の前では熊五郎が店の用心棒となって立っていた。酔っぱらいが店に入り、客に突っ掛かっていると、熊五郎は酔っぱらいに店から出て行くように叫ぶ。
「おい、迷惑だ!出て行け!」
酔っぱらいは怒って言う。
「なんだと!俺は客だぞ!」
熊五郎と酔っぱらいは殴り合いの喧嘩になり、熊五郎の顔は殴られて腫れた。店主の政市が制止に入って喧嘩は治まる。
葵は熊五郎の腫れた顔を見て心配する。
「熊ちゃん、大丈夫?」
「葵さん、こんなの大したこと無いですよ。」
暫くすると港町見廻りがやって来る。
「お前達、喧嘩するな!」
酔っぱらいは驚く。
「やべっ!」
酔っぱらいは、すぐ逃げ去った。
港町見廻りは声を張り上げた。
「港町では喧嘩を禁止している。掟破りの者は番所に連行する。」
熊五郎は港町見廻りの番所に連行されてしまい、葵は立ち尽くす。
「熊ちゃん大丈夫かな…」
安長と流世の再会
「ええっ!」
流世と良太は叫んだ。熊五郎が連行された後、茶屋の海猫に来た流世と良太は、熊五郎のことについて、葵から一部始終を聞いて驚いた。
流世は呟く。
「参ったな、なんてこった…」
「兄貴、どうしよう?」
葵は苦悶の顔をする。
「熊ちゃん、なんとかならない?助けてあげて…」
流世は心の中で呟く。
「く、熊ちゃん…、(葵ちゃんは、熊ちゃんって呼んでんのか…)」
葵は真剣な眼差しで訴える。
「ねえ、助けてあげて…」
流世は気を取り直して良太に言う。
「良太、番所に行ってみるか?」
「そうだね、兄貴。」
流世と良太は番所に向かう為に店を出る。向かう途中、反対方向から安長が歩いて来る。
安長は流世に気付く。
「あれ、流世…、流世じゃねえか?」
「んん、安長か?久しぶりだな!何やってんだ?」
「安来神社の遷宮で来たんだよ。お前こそ、何やってんだ?こんな所で?」
「また、雇われの仕事よ。」
「そうか、一族じゃねえんだから無理すんなよ。」
「ああ、ちょっとな、安長よ、実は仲間が港町見廻りに連行されてな、今、番所にいるんだ。」
「番所にいる仲間を助けたいんだな…」
流世と安長が話している側にいた良太は、見知らぬ安長を眺める。
流世は安長と話を終え、安長と別れると良太に言う。
「奥出雲で、ちょいと仲良くなった奴だよ。熊五郎を助けてくれるように頼んだ。」
「へえ…、兄貴、偉い奴と知り合いなんだな…」
「まあな、助けてもらったら借りを返さねえとな…」
「それで、熊五郎は?」
「安長が港町衆に熊五郎を解放してくれるように話しに行ってくれる。ここで待ってろって…」
「良かった。熊五郎、あんな奴でも、居なくなると寂しいもんだ…」
安来の港町は夕暮れに包まれ、やがて暗くなり流世と良太の周りは夜祭りの人々が騒いでいた。
良太が舎弟として流世に、ずっと付いていこうと思った時、流世が話し掛けてきた。
「良太、すまねえな…、こんな所に付き合わせちまって…」
「何言ってんだよ、兄貴、俺は兄貴の舎弟だぜ!」
遠くから安長の声が聞こえる。
「おーい、遅くなって、済まん!済まん!」
安長は熊五郎を連れて来た。
帰ってきた熊五郎
流世と良太は熊五郎が戻って来たことに安堵した。安長は少し安らいで言う。
「遅くなって済まん。港町見廻りには、熊五郎は俺の従兄弟だってことにして、適当に言い訳をして許してもらった。」
流世は満面の笑みを浮かべて感謝する。
「有り難うよ。また、借り作っちまったな。何か御返しに出来ることはねえか?」
暫く安長は考えて言う。
「そうだな、どんなことでもいいから、伯耆の情報が知りたいな。」
流世は頷く。
「分かった。」
安長は自分の居場所を流世に知らせようとする。
「俺は当分の間、七日市の惣次郎の問屋で仲買人と廻船の船頭に仕入交渉をする。訪ねて来てくれ。」
流世は尼子への廻船の仕入を絶つ工作をしなければならなかった。安長が尼子への仕入をする立場と知って複雑な気持ちになる。
「ああ、そうか…、何か分かれば伝えるよ。」
安長は別れ際に言う。
「安来の港町は喧嘩禁止だ。組手の勝負は、また、お預けだな…、じゃあな。」
「いつか、勝負しようぜ、またな。」
安長は流世達と別れを告げ去っていった。
流世と良太と熊五郎が海猫に戻ると葵が待っていた。
「熊ちゃん、おかえり!」
熊五郎は頭を下げて言う。
「葵さん、心配掛けて御免なさい。」
葵の安堵した顔を見て流世と良太は安心する。
良太は安長について、流世に聞きたかった。
「兄貴、組手勝負って、何?」
「ああ、どっちが強いかの勝負だけど、話せば長くなるな、ここじゃ、なんだ、飲み行くか?」
「あいよ、行きますか、兄貴!」
流世は葵に別れを告げる。
「葵ちゃん、俺達、飲み行くから、熊五郎の顔の腫れ手当てしてやってよ、じゃあね。」
「有り難う、熊ちゃん助けてくれて…」
「俺達、何もしてないよ、たまたま運良く出会った知り合いが助けてくれたんだ。」
流世と良太は茶屋の海猫を出て港町の酒屋に向かって歩き出す。葵は二人の姿が見えなくなるまで手を振っていた。
伯耆国の大原鍛冶の一族
流世と良太は港町の酒屋で、煮魚を肴に酒を飲み交わしながら話した。
流世は良太に囁く。
「熊五郎を助けてくれた安長とは比田で出会ってな、安長は鉢屋衆の忍びなんだ。」
良太は驚く。
「ええ!鉢屋衆の忍び!」
流世は更に良太に囁く。
「俺は安長達に捕まって、三人組手の勝負で、勝ったら逃してくれって頼んでな、三人目の安長に負けたんだ。」
「じゃあ、何で、また組手勝負するんだ?」
「俺が三人組手だったから負けたんだって言ったら、安長は、サシで、また勝負してもいいって言ったんだ。」
「それで、また勝負するのか…」
「ああ、一度、サシで勝負してたんだけどな、途中で邪魔が入ってな…、それっきり、まだ勝負出来てねえんだ。」
流世達は尼子への廻船の仕入を絶つ工作をしなければならなかったが、安長が尼子への仕入をする立場であり、複雑な気持ちになっていた。
良太は流世に呟く。
「それより、兄貴どうすんだよ、俺達は尼子への仕入を絶つ工作じゃねえか…」
「そうだな、その事を安長へ話そうと思うんだ。安長は尼子へ仕入する方だ、邪魔しちゃいけねえよな…」
流世と良太が話しをしているところに、廻船の船頭が部下を連れて飲みにやって来る。
船頭は部下に言う。
「最近、安来から玉鋼の積み出しが増えてる。伯耆の連中が買い占めて戦で儲けようとしてるな。」
部下は頷いて船頭に言う。
「その玉鋼で刀を大量に造って、戦が始まったら尼子と毛利の両方に売るつもりですか?」
「そうだろうけど、伯耆の行松が、毛利方しか流さないって、もっぱらの噂だ。」
伯耆国は鎌倉時代から続く名工の大原安綱などを輩出した刀鍛冶の歴史が息づいており鍛錬所が多い。
大原安綱は日本刀に初めて反りを入れ、日本刀の様式を完成させた最初の刀工の一人である。
大原安綱の子である大原真守をはじめとする大原鍛冶の一族は、伯耆国に在住し多くの優秀な刀工がいた。
酒屋にいた廻船の船頭の話を聞いていた流世は、翌日、七日市の惣次郎の問屋にいる安長に伝える。
安長は腰に手をやって流世に喋り出す。
「そうか、刀の調達は厳しくなるな…、富田には鍛冶職人はいるが、腕のいい刀工は少ない。刀の製造には限界があるからな。今の内に刀を大量に調達するか…」
流世は少し悩ましげに安長を見て言う。
「あのな、ところで、安長よ、実はな、俺達は、尼子への仕入れを絶つよう安来の商人達に工作する為、世鬼一族から雇われたんだ。」
「なんだって、そいつは困る。兵糧攻めに対抗する兵站の仕入が必要なんだ。世鬼一族は組織的に安来で工作を展開しているのか?」
「今のところ、俺達だけだ。石見銀と赤間関の水運をチラ付かせて、毛利方の水運に誘ってる。今は商人の様子を見てる感じだ。さっぱり工作は出来てねえんだ。」
「わざわざ、工作の事を教えてくれるんだな…」
「仕入する安長に悪いと思ってな…、黙ってる訳にはいかないだろ。色々世話になったんだ。」
「工作を申し訳ないが止めてくれないか?止めなければ全力で阻止することになる。俺も辛い。」
「ああ、分かってる。俺は忍びじゃねえし、商人に工作とか向いてねえ…、止めて杵築に帰るよ…」
「杵築に帰ってどうする?」
「風の吹くまま気の向くまま風太郎にでもなるか…」
「あっ、そうだ、美保関で、万歳しねえか?」
流世は安長から万歳を聞いて目を丸くした。
千秋万歳の祝言芸
鉢屋衆は、芸能と忍びの集団である。
祝いで披露する祝言芸の万歳(千秋万歳)は、月山富田城奪還戦において、尼子経久が城を急襲するための重要な謀略として用いられた。
鉢屋衆は定住して耕す土地を持たず、祭礼や正月に万歳などの祝言芸や踊りを披露して生計を立てていた芸能集団で、優れた身体能力や土地勘を活かし、尼子氏の武将に仕える忍びとして活動した。
尼子経久が月山富田城を追放され、浪人生活を送っていた時、城を奪還するため、鉢屋衆の頭領の鉢屋弥之三郎と手を結び、毎年元旦に鉢屋衆が城内で万歳を舞う恒例行事を利用し、武器を隠し持って城内に潜入する計画を立てた。
元旦に派手な衣装をまとい、鼓や太鼓に合わせて歌い踊りながら登城した鉢屋衆は、城内が油断しきっている隙を突いて放火し、城兵に襲いかかった。
この奇襲により、尼子経久は見事に月山富田城を奪還することに成功し、中国地方の覇者となる足がかりを築いた。
千秋万歳は、千年万年、永遠に続く長寿と繁栄を願う縁起の良い言葉で、唐の則天武后が作ったとされる。
大変めでたい雅楽の曲目のひとつで、祝い言葉(寿詞)として親しまれた。
言葉だけでなく、長寿や家内安全を祈る祝福の芸として、平安時代末期に宮中で始まり、鎌倉時代から家々をまわり、庶民の間で広く親しまれていた。
法師姿や烏帽子姿の二人一組で行われ、太夫が扇子を持って寿ぎの言葉を述べ、才蔵が鼓を打って舞うことを万歳と呼んでいる。
万歳について安長から色々聞いた流世は、やる気満々になった。
流世は笑みを浮かべて言う。
「面白そうじゃねえか!」
「じゃあ、やるか!美保神社に真之介兄弟がいるから、 そこに行って教わってくれ。真之介宛ての書状を書いて渡す。芸は見て覚えてくれ。」
七日市の惣次郎の問屋の門の外で良太は流世を待っていた。そこに流世が息を切らせて走って来る。
「おい、良太!はあ、はあ、あのな、万歳するぞ!」
「万歳?門前で唄ったり踊ったりの、あのあれか…」
「はあ、はあ、そう、鉢屋衆の万歳だよ。今度はな、美保関に行って鉢屋衆の万歳をすることにした!」
「鉢屋衆の万歳って、鉢屋衆になるのか?」
「そっ、そうなるか…、でも、忍びには成らねえぞ、万歳するだけだ。」
「美保関に行くって…、安来は、どうすんだ?」
「安来の工作はな、もう止めだ。熊五郎は海猫に残して行く。葵ちゃんと楽しくやってるからな。俺達二人だけで美保関に行くぞ。」
「あいよ、どこでも付いて行くぜ、兄貴!」
「俺は芸人として生きる!」
流世は叫んだ。
美保関と美保神社
美保関は、古くから廻船の寄港地であり、美保神社の門前町として栄えてきた。九州や北陸を結ぶ廻船が集まり、日本海航路の重要な海上交通の要衝である。
島根半島の東端に位置し、山が海岸近くまで迫る狭小な土地で、平坦で広大な後背地ではなかった。
尼子経久の代に美保関の守護代を掌握したことで、尼子氏は廻船から通行税(美保関役)を取り、北東アジアに開かれた貿易港の利益を独占して、戦における水軍と兵糧の拠点を確保した。
山陰山陽の 十一ヵ国を支配する戦国大名の地位を築くことに結びついたのである。
美保神社の前には美保湾が広がり、海の香りただよう港町に建っている。
鳥居の前には雨で濡れると淡い青色になる石畳が敷かれ、青石畳通りと呼ばれている。
御祭神は三穂津姫命と、えびす様の別名で知られる事代主神で、杵築大社の大国主大神の大黒様と美保神社のえびす様と合わせて、えびす大黒両参りすることで、よりよい縁に恵まれるといわれている。
美保神社は全国三千以上あるえびす様の総本宮である。えびす様は海上安全、大漁満足、商売繁昌の神様として信仰されている。
社殿は大社造の左右二殿連棟の特殊な形式で、向か左側の右殿(二御前、にのごぜん)に事代主神をお祀りしている。
大社造の二殿の間を装束の間でつないだ特殊な形式で、美保造または比翼大社造とよばれ、建築材は美保関周辺に自生していた松を使用し、屋根は檜皮で葺いる。
鉢屋衆は寺社、家々を訪れ、門口や座敷で、千年万年の長寿や家門の繁栄を祝う万歳を披露して、お祝いのお礼としてご祝儀を受け取っていた。
安来港から船に乗り美保関にやって来た流世と良太は門前町で真之介兄弟を探した。門前町は各地から廻船で来る沢山の人々で賑やかである。
「兄貴は真之介兄弟のことを知ってるの?」
「ああ、知ってるけど、人が多くて、どこにいるか分からんな。万歳やってるのは、どこなんだ…」
美保神社の門前で鉢屋衆の真之介兄弟が烏帽子姿で万歳を披露していた。
真之介が太夫になり扇子を持って寿ぎの言葉を述べ、真次郎が才蔵になり鼓を打って舞いを披露している。
「千秋万歳!万々歳!千秋万歳!万々歳!海上安全!大漁満足!商売繁昌!天下太平!息災延命!長久円満!千秋万歳!万々歳!今日の寿ぎの言葉なり~」
流世は万歳に気付く。
「あっ、いたいた、見つけた。」
流世は真之介兄弟に近づいていった。
真之介兄弟は万歳を始める。
「いらっしゃいました!千秋万歳!万々歳!千秋万歳!万々歳!海上安全!大漁満足!商売繁昌!天下太平!息災延命!長久円満!千秋万歳!万々歳!今日の寿ぎの言葉なり~」
流世は御礼の御祝儀を真之介に渡す。
「俺だよ俺…、流世だよ。」
「えっと、流世と言うと…、んん、あっ!」
「万歳を教えてくれないか?」
「ええ、どうしたんだ流世、万歳するのか?」
「ああ、やりたいんだ。」
流世は安長から真之介宛ての書状を渡す。
真之介は書状を読んで頷く。
「いいよ、万歳教えよう。」
尼子十旗と尼子十砦
毛利元就は雲州の侵攻を開始して、次々と尼子方の支城を攻略する。
尼子十旗の一つである出雲の高瀬城を攻め落とすと、出雲での高瀬舟の水運を掌握する。すでに水運は毛利氏の物流になり杵築領内は毛利氏に従うしかなかった。
毛利元就は杵築領内の自治を浜之御連判衆中に任せ、直接介入しなかった。それよりも雲州侵攻を優先した。
毛利元就による出雲の白鹿城の攻略がいよいよ始まろうとしていた。尼子氏の拠点の月山富田城を孤立させて兵糧攻めをするためである。
海上補給路の遮断と城の水源を断つ徹底的な持久戦と調略により、尼子氏の最重要支城の白鹿城の陥落を狙っていた。
尼子氏防衛線は、尼子十旗の支城と最終防衛線の尼子十砦の砦である。月山富田城を本拠地として防衛線に家臣団を配置した。
尼子十旗
第一 白鹿城 (島根県松江市法吉町)
第二 三沢城 (島根県仁多郡奥出雲町三沢)
第三 三刀屋城 (島根県雲南市三刀屋町古城)
第四 赤穴瀬戸山城(島根県飯石郡飯南町下赤名)
第五 牛尾城 (島根県雲南市大東町南村)
第六 高瀬城 (島根県出雲市斐川町神庭)
第七 神西城 (島根県出雲市東神西町)
第八 熊野城 (島根県松江市八雲町熊野)
第九 夕景城 (島根県仁多郡奥出雲町小馬木)
第十 大西城 (島根県雲南市加茂町大西)
尼子十砦
十神山城 (島根県安来市安来町十神)
神庭横山城 (島根県安来市安来町神庭)
三笠山城 (島根県安来市広瀬町広瀬)
赤崎山城 (島根県安来市赤崎町城山)
亀遊山城 (島根県安来市伯太町東母里)
高尾城 (島根県安来市伯太町下十年畑)
飯生高守山城 (島根県安来市伯太町井尻字大日)
蓮華峯寺山城 (島根県安来市広瀬町菅原)
安田要害山城 (島根県安来市伯太町安田関字要害山)
勝山城 (島根県安来市広瀬町石原)
築かれた防衛線により、月山富田城は強固に守られていた。
白鹿城の落城
白鹿城は尼子十旗の第一の堅城であり、月山富田城へと至る日本海側の海上補給路を支える生命線である。
毛利元就は月山富田城を直接攻める前に、この補給路を断つことが不可欠であると判断する。白鹿城攻略のために本陣の設置と前線基地の構築が始まる。
毛利元就は宍道湖北岸の荒隈に本陣を置き、月山富田城と白鹿城の連絡を分断し、さらに、白鹿城を監視と牽制するための城砦群を築いた。
白鹿城には城主の松田誠保とその父の松田満久、さらに援軍である尼子氏家臣牛尾久清が軍勢を率いて籠もっていた。白鹿城は月山富田城の日本海側の玄関口ともいうべき役割の城である。
月山富田城を孤立させるためには、この城を落とすことにより船で日本海から兵糧を運び込ませるのを防ぐ必要があった。
白鹿城攻略の為、白鹿城の北にある真山(新山)城を吉川元春が占拠して布陣し、さらに和久羅山を押さえ、中海に児玉就方の水軍を派遣して封鎖するなど、白鹿城と月山富田城の分断を進める。
海上補給の完全遮断は日本海と中海を結ぶ弓ヶ浜半島の尼子勢を撃退し、海からの兵糧や物資の搬入をさせない作戦を計画する。
城の命脈である水源を断ち切り、城内の籠城能力を著しく低下させた。
北九州における大友氏との対応のために周防国防府に在陣していた毛利隆元は、大友宗麟との講和が成立すると、雲州での尼子氏攻めに加わる為、軍を率いて防府を出発し、岩国や厳島を経由して、吉田郡山城のある多治比に到着する。
毛利隆元は福原貞俊を派遣して吉田郡山城にいる嫡男の幸鶴丸(後の毛利輝元)を多治比に呼び寄せ、終日、歓談を楽しんだ後に幸鶴丸を吉田郡山城に送り帰すが、幸鶴丸が父の毛利隆元に対面した最後の機会となる。
毛利隆元は多治比を出発して、高田郡佐々部に到着する。出雲国へ出陣する日程を定め、そのまま佐々部の蓮華寺に在陣して、出雲遠征に従軍する軍勢の集結を待っていたが、出陣予定日の前の晩、毛利氏傘下の備後国人である和智誠春の宿所に招かれて饗応を受けて宿に戻った後に体調を崩し、朝に急死する。
毛利元就は悲しみを顔に出さず、隆元への追善は尼子氏の撃滅の他に無いと将兵に諭す。
全軍の士気は奮い立ち総攻撃を行う。小白鹿城と呼ばれる出丸を占拠し、牛尾久清にも手傷を負わせたものの、本丸を落とすことはできなかった。
尼子義久は弟の尼子倫久を総大将として亀井秀綱、立原久綱、山中鹿介以下一万余の援軍を白鹿城に送る。
尼子義久の近習衆筆頭格である立原久綱は、積極的救援策を主張するが、家老達に抑えられて受け入れられなかった。
馬潟原に陣を引いた後、援軍は大橋川を渡り和久羅付近まで進出したものの毛利軍の夜襲にあい撃退されてしまう。
撤退する際、立原久綱と山中鹿介は殿として、軍の後陣に控えた。
殿とは、撤退する部隊の中で、最後尾にあって敵の追撃を防ぐ部隊を指す。退却戦においては最も危険で重要な役割である。
約二百の兵を率いて、追撃する吉川元春と小早川隆景の両軍を七度にわたって撃退し、敵の首を七つ討ち取り毛利軍に著しい損害を与え、尼子倫久を月山富田城まで逃げ延びさせる事に成功する。
完全に孤立無援となった白鹿城は、僅かな兵で八十日間耐え抜いたものの落城する。城主の松田誠保は城を脱出して隠岐へと逃れた。
杉原盛重の西伯耆統治
雲州より東にある伯耆国は、かつて国人であった行松正盛が、伯耆尾高城を本拠地として西伯耆を中心に勢力を誇っていた。
尼子氏の伯耆進出で山名澄之が伯耆守護職についたことにより、行松氏は西伯耆の尾高城を追われ、尼子方の吉田光倫が城主になる。
山名澄之は山名之弘を父とする守護家の傍流に生まれた。父の山名之弘から反守護闘争を継承した山名澄之は尼子経久の支援を受け、山名澄之の従兄弟にあたる伯耆守護の山名尚之と争う。
この争いに勝利し、山名尚之とその支持勢力を没落させた山名澄之は伯耆守護の座を手に入れる。
行松正盛は毛利方と手を組んで、尼子方の吉田光倫から尾高城を奪回する。
行松正盛が尾高城を奪回する際、毛利元就は世鬼一族を駆使し、諜報活動や国人への調略を展開した。
尾高城は西伯耆の交通の要衝であり、毛利氏による尼子氏攻略の重要な拠点となっていた。
伯耆国尾高城の城主に再び行松氏がなると、毛利元就の懐柔により毛利方の配下になる。尼子軍は尾高城に対し激しい攻撃を仕掛けていく。
毛利元就が一時、落城を覚悟するほど尼子軍が優勢であったが、毛利軍の奮戦により、なんとか城は持ちこたえ、尼子軍は尾高城を攻略出来ずに兵站を確保する為に、一時退却した。
健闘していた行松正盛であったが、病死してしまう。吉川元春の配下の杉原盛重が行松正盛の妻と再婚し、杉原盛重は行松氏の家督を正当に引き継いだ。
後家との再婚は伯耆国統治の為の政略結婚である。吉川元春の配下である杉原盛重だが、毛利元就は西伯耆を任せた。
杉原盛重は元々、備後の国人の山名理興の家老で大内義隆の配下であった。
山名理興は備後の山名忠勝を攻め、神辺城を大内氏から与えられた。
その後、山名理興は尼子氏に寝返る。大内氏と争った神辺合戦では、杉原盛重は大いに活躍する。大内氏から毛利氏が独立すると、備後の勢力基盤を継承する。
毛利元就に恭順を許され、神辺の安堵を認められ、毛利氏の傘下となる。
山名理興が、継嗣のないまま死去すると、杉原盛重はその勇猛ぶりが毛利氏重臣である吉川元春に評価され、山名理興の後を継いで備後国神辺城主となった。
やがて毛利元就の姪を妻に迎え、一門のような扱いを受けるようになる。杉原盛重は毛利元就配下の世鬼一族の忍びを使い、忍びの精鋭の杉原忍軍を組織し、実戦経験が豊富な命知らずの者たちをまとめ上げ、潜入と破壊の独自の部隊を作り上げた。
命知らずの杉原忍軍の構成員は、やがて野武士、忍崩れ、山賊、海賊、強盗などが多く含まれるようになる。
杉原盛重が忍術や隠密の技を直接教え込んで育成し、高い結束力で素行が悪い荒くれ者が多かったものの、杉原忍軍は仲間意識が強く、信義に厚い集団であった。
美保関惣中
毛利元就は尼子氏を攻める為、毛利氏の水軍である児玉氏(児玉就方と児玉就中)を、日本海と中海地域に派遣し、美保関や境などの要所に付城を築き、海上封鎖を進める。
付城とは、敵を攻める為、そのすぐ近くに包囲と監視と兵糧攻めの拠点として築いた小規模な城や砦のことである。
廻船が往来する日本海海運の要所の港町として栄えた美保関は、商人や船乗り、地域住民が結束し、領主の支配に対抗し協調しながら町や港の共同管理を美保関惣中が行っていた。
美保関惣中とは、島根半島の美保関に形成された、地域住民による自治組織(惣中)のことで、港湾の自治運営、港の維持管理、出入港する廻船から徴収する通行税の管理を共同で行った。
守護権力との交渉は、守護であった尼子氏に対し、美保関の特権維持や役人の立ち入り拒否を求めて交渉した。
美保神社との結びつきは、地域の信仰の中心である美保神社の神事や経営とも深く関わり、共同体として団結を強めていた。
美保関惣中は、戦国期の動乱の中で毛利氏の水軍である児玉氏と交渉や対応を迫られ、地域の経済や流通、軍事行動に大きな影響を受けた。
美保関で万歳をやっていた真之介兄弟と流世と良太も影響を受ける。
「兄貴!商売あがったりだ…」
「そうだな、海上封鎖されて港町の景気は、さっぱりだ…」
真之介は流世達に言う。
「若頭の安長に美保関と境の詳しい状況を報告した。もうすぐ、安来港から尼子水軍と月山富田城から尼子の軍勢がやって来る。」
美保関惣中は尼子水軍を美保湾に受け入れた。美保関にやって来た尼子氏家臣の立原久綱、山中鹿介、秋上宗信、森脇久仍、本田家吉の率いる尼子軍は、すぐに美保関の毛利氏の付城の軍勢を撃退し、月山富田城への海上補給路を確保する。
立原久綱は美保関惣中に尼子軍の兵站の調達を願い出る。尼子水軍による廻船の護衛を約束された美保関惣中は兵站の手配を始める。
兵站が整う間、駐留する立原久綱と山中鹿介は、鉢屋衆の真之介兄弟と流世と良太に美保神社の門前で万歳の披露を求めた。
真之介は喋り始める。
「僭越では御座いますが、万歳を御覧に供します。」
真之介兄弟と流世と良太は緊張した面持ちで、美保神社の門前で、尼子軍と門前町の人々が見守る中、万歳を披露する。
静寂に包まれた美保関に祝言が響き渡り、鼓の音と共に踊りが始まり、宙返りや逆立ちを見せる。
立原久綱は喜んで言う。
「御見事!御見事!甚次郎、祝儀を渡せ!」
立原久綱は、山中鹿介の叔父にあたり、山中鹿介を甚次郎と幼名で呼んでいた。
山中鹿介は、真之介達に祝儀を渡し、労いの言葉を掛ける。
「立派であったぞ、御苦労様。」
「鹿介様、有難う御座います!」
流世は感極まって叫んだ。
美保関弓浜合戦
鹿介と名乗る前は幸盛である。幼名は甚次郎と言い、山中鹿介は次男であった為、尼子氏の重臣である亀井秀綱の養子となるが、後に山中家に戻る。
山中家の当主である兄の幸高(幼名は甚太郎)は病弱であった為、山中家に代々伝わる冑を譲り渡して出家し、月山富田城下の万松寺で円念と称し、尼子軍の精鋭部隊であった新宮党を、毎日、供養をしていた。
山中鹿介は代わって家督を継いだ時に譲り受けた冑に三日月の前立てと鹿の角の脇立が付いていた為、冑に因んで名前を鹿介と改める。
山中鹿介は、今日より三十日以内に武勇の誉れ(戦功)を挙げたいと願い、尼子家再興の為に『願わくば我に七難八苦を与え給へ』と三日月に祈ると、間も無く尼子義久の山名氏の伯耆国尾高城攻めに随行する。
この戦いで山中鹿介は因幡伯耆地方一帯に名を轟かせていた豪傑、菊池音八を一騎討ちで討ち取り戦功を挙げる。
山中鹿介は、その時から三日月を一生信仰するようになる。美保関に駐留する山中鹿介は、夜空に三日月が現れると尼子家再興を祈っていた。
杉原盛重は尼子軍の美保関駐留を知ると、尼子軍を討伐する為、尾高城より杉原忍軍を率いて進軍する。
対する尼子軍も杉原盛重の杉原忍軍の侵攻を察知すると、迎撃するため兵を率いて出陣し、両軍は美保関で対陣した。
尼子軍の森脇久仍と本田家吉が率いる第一陣の千の部隊と、杉原盛重が率いる杉原忍軍二千との衝突により始まる。
杉原忍軍は鎖帷子の軽装で手甲鉤を装備し、二百の班から構成されていた。
少数編成で十名を各班長が指揮し、狙う部隊を絞り込んで囲み、忍刀で突撃を繰り返した。険しく狭い地形を巧みに利用して尼子軍を圧倒する。
尼子軍の第一陣が劣勢になり退却すると、次に第二陣に控える立原久綱と山中鹿介が率いる千の部隊に入れ替わる。
立原久綱は杉原忍軍の攻撃特性と防衛装備を分析して作戦を考え、馬を四方に立て即席の防壁を造り、刀で斬れない鎖帷子を攻撃する為に弓矢と鉄砲隊を配置した九鳥の布陣を敷いて杉原忍軍に挑んだ。
二度目の戦いでは、尼子軍が杉原忍軍を圧倒した。杉原忍軍は班の統率が維持できずに敗走を始める。
尼子軍の第二陣の後陣に控えていた秋上宗信の率いる千の部隊が十町ばかり敗走した杉原忍軍を追撃する。
杉原忍軍は大崩れとなって境に渡り壊走し、弓浜(弓ヶ浜半島)の海岸まで逃げると、この地で班の再編を図る。
杉原盛重は、小高い砂山に三頭右巴紋旗を掲げて杉原忍軍七百人を集める。
弓浜の防風林に潜んでいた尼子軍の吉田八郎左衛門の率いる伏兵部隊がいた為、さらに追撃を受け被害を出しながら尾高城へと退却した。
杉原氏が尼子軍を引き付けている間に、毛利軍は雲州を進軍する。
毛利元就は雲州侵攻において、宍道湖や中海の水運を押さえて尼子氏を兵糧攻めにする作戦を展開する。
毛利水軍の児玉氏は安来港にある十神山周辺の海上で尼子方への補給を妨害した。
安来港は、中海に面した天然の良港であり、たたら製鉄で造られた玉鋼の積み出しの港町として栄えた。日本海と直結する水運の要衝として機能しており、尼子氏にとって重要な海の玄関口である。
安来港にある十神山には砦の十神山城が築かれており、尼子氏の防衛を担う第一の砦であった。尼子十砦の数の中の一つである。
尼子十砦とは月山富田城の最終防衛と連絡網を支える為に、周辺に配置された主要な十の城砦である。
十神山城は中海に面した天然の要害で、尼子水軍の基地として機能していた。
室町時代、松田備後守により十神山城は築城された。応仁の乱で山名氏に組した松田氏が、尼子清定に対抗したが、尼子氏に攻められ落城した。
松田氏が追われてからは尼子氏の支配する所となり、中海の水運を抑える要衝として重要視された。
中海に突き出した半島状独立峰上に十神山城は築かれており、頂上の本丸の主郭に加え周囲に延びる尾根及び尾根続きの峰上に複数の郭が設けられているが、いずれも削平は甘く規模は小さい。
唯一南方に開く谷を囲む両尾根沿いには山頂の本丸付近まで郭が続く比較的堅固な構造である。
尼子氏の本拠地である月山富田城への補給路の防衛として極めて重要な役割を担っていた。
毛利水軍と十神山周辺の海上で睨み合いが続いていた。常に十神山城からの監視もあり、尼子氏が優位性を保ち、敵に包囲されている最中でも、尼子方は御抱え商人との交渉によって、若狭や北国から廻船が米穀や物資を運び込み買い付けていたのである。
安来の港町にいる安長は七日市の惣次郎の屋敷で問屋商人の惣次郎と話していた。杉原氏の尼子軍を引き付ける動きについて伝わっていた。
安長は七日市の惣次郎に言う。
「西伯耆の杉原盛重が不穏な動きをしています…」
「そうか…、そろそろ、ここも戦になるかもしれんな…」
不安げな顔をしていた安長は、気分を切り替える。
「惣次郎さん、兵糧と武器の調達有難う御座いました。これで月山富田城の兵站は整いました。」
惣次郎は腕を組んで呟く。
「長期戦になれば十分とは言えないが、当分の間は問題ない。安来が戦火に包まれたら港として機能しなくなるかもしれない。今後の調達は厳しくなるかもしれん。」
十神山城炎上
尾高城主の杉原盛重は安来港の攻略を計画する。
杉原盛重は杉原忍軍の精鋭の東間班と坂本班を呼び寄せ、破壊工作について話す。
「東間班は十神山城の北東側から潜入し、坂本班は西側から潜入して、本丸に火を放ち、南方の尾根の郭を急襲せよ。」
坂本班長は透かさず質問する。
「西側は海ですが、我が班は海より潜入すると?」
杉原盛重は首を振って言う。
「修行して回る僧侶に扮した姿で潜入するんだ。」
「なるほど、大丈夫ですか?」
「修行僧を演じるんだ、上手くやれ。」
安来港の十神山にある砦の十神山城を安来の人々は誇りに感じていた。その十神山城から煙が上がり炎上しているのを人々は目撃する。
その出来事は安来の人々の心を酷く痛めた。杉原忍軍の破壊工作である。十神山城は、全焼は免れたが安来港の監視に支障が出た。
港町に杉原忍軍の忍びが逃げ込んだとして十神山城の尼子軍が捜索にやって来る。港町は厳戒態勢になり騒然としていた。
月山富田城より立原久綱と山中鹿介が率いる援軍二百が安来の港町にやって来る。
十神山城の尼子軍は立原久綱と山中鹿介に状況の報告をした。
立原久綱は大声で援軍に言う。
「これより掃討を開始する!」
続いて山中鹿介が大声で援軍に言う。
「まずは、二日市より始める!」
二日市で掃討が開始されると逃れて来た杉原忍軍の忍びを安長らの鉢屋衆が追跡した。
安長は杉原忍軍の忍びを追いながら呟く。
「隠れる前に決着をつけなければ…」
茶屋の海猫で葵と政市は十神山城炎上について話していた。葵は十神山を眺めて言う。
「十神山城燃えちゃったね…」
政市は呟く。
「杉原忍軍は破壊工作が専門だからね。世鬼一族の諜報活動や潜入工作とは違い、一線を画している。」
暫くして海猫に杉原忍軍の忍びが逃げ込んで来る。葵は驚く。
「きゃあっ!」
杉原忍軍の忍びは葵に近づき小声で囁く。
「ここは、世鬼一族の拠点と聞いている。匿ってくれ…」
葵が震えていると、熊五郎が店の奥から出て来て叫ぶ。
「なんだ!お前は!」
杉原忍軍の忍びは熊五郎の右腕を忍刀で刺した。
葵は叫ぶ。
「熊ちゃん!」
熊五郎は倒れた。
「ううっ…、葵さん、痛いよ…」
その時、黒い装束に身を包んだ者が飛び込んで来て、杉原忍軍の忍びを一撃で斬り殺し、すぐに逃げ去った。
政市は呟く。
「あっ、あれは、鉢屋衆…」
熊五郎は腕を押さえながら言う。
「あの人に港町見廻りから助けてもらったんだ。」
「そうなの、熊ちゃん…」
政市は葵に言う。
「熊五郎の傷は浅いようだな、血を止めよう。」
「熊ちゃん、我慢してね…」
熊五郎は止血され一命を取り留める。港町に逃げ込んだ杉原忍軍の忍びは尼子軍と鉢屋衆によって退治された。
十神山城の破壊工作は成功したものの杉原忍軍の忍びが撃滅されたことに、尾高城にいる杉原盛重は終始狼狽気味で呟く。
「精鋭揃いの班が殺られるとは、想定外だった。」
杉原忍軍の坂本班長は悔しがって報告する。
「東間班は全滅しました。」
杉原盛重は坂本班長に言う。
「失われた班を補う必要がある。全ての班を再編成し、班体制を見直す。」
「今度こそ、尼子に大打撃を与えてやる。」
杉原盛重は呟いた。
それぞれの忍び達
杵築大社の門前町にいる世鬼政時に杉原忍軍の弓浜合戦と安来港の大敗は伝わっていた。
合戦における忍びの戦闘は、状況によって変わり、杉原忍軍に属した世鬼一族に犠牲者が出たことに酷く心を痛める。今後の杉原忍軍と世鬼一族の連携について案じていた。
世鬼一族は本拠地を出雲に移し、毛利元就が出雲を攻略すると、三万石という破格の扱いになる。
世鬼政時は領内に二十五家にのぼる諜報網を張りめぐらした。毛利元就は世鬼一族をはじめとする杉原忍軍と座頭衆の忍びを連携させていた。
一方、尼子氏は尼子経久より代々仕えてきた鉢屋衆の忍びのみである。鉢屋衆は尼子の忍びとしての誇りを胸に活躍した。
それぞれの忍び達は、その時、為すべき事を為したのである。
安来の港に美保関から毛利水軍の妨害を避けて人々を乗せた船が入って来る。岸に着くと、船からぞろぞろ降りる人々の中に法師姿の流世と烏帽子姿の良太がいた。
流世は安来港を眺めて言う。
「戻って来たな、安来に…」
良太が呟く。
「十神山の砦、修復中だぜ、兄貴。」
「随分、やられたな…」
安来の港町の方を見て流世は呟く。
「海猫は、どうなったんだろう?」
良太も心配する。
「見に行こうよ、海猫。」
流世と良太は海猫に向かった。
海猫の近くに来ると、流世は良太に言う。
「店、閉まってるな…」
近くの宿屋の女中に海猫の事を聞くと、店主の政市は店を閉め、葵と熊五郎を連れて、杵築に行ったらしいとの噂であった。
「そっか、杵築に行っちゃったのか…」
流世は呟いた。
「葵ちゃんと熊五郎、楽しくやってればいいけど…」
良太は心配して呟いた。
「楽しくやってるさ!心配すんな!」
流世は笑顔で良太に言った。
遠くで流世と良太を呼ぶ声がする。
「おーい!流世!良太!」
流世は声に気付く。
「んん、誰だ?あっ、安長? や、安長じゃねえか!」
安長が手を振って走って来た。
「お帰り!おお、随分、立派になって帰って来たな!」
法師姿と烏帽子姿の流世達を見て安長は微笑んだ。
「なあ、俺に見せてくれよ、千秋万歳!」
安長は頼んだ。
「よし、一丁やるか!良太!」
「あいよ!兄貴!」
流世と良太は万歳の披露を始めた。
安長と港町にいる人々は見守った。
「千秋万歳!万々歳!千秋万歳!万々歳!」
安来の港町に、寿ぎの言葉と鼓の音が鳴り響いた。
安来に千秋万歳の鼓の音が鳴り続いた。




