第5話
あれは、もう十年前になるか。
洗礼式の日、空はまるで俺たちを祝福してくれているみたいに、透き通るような青だった。「青天の霹靂」なんて言葉があるが、まさにその日が俺の人生を根底からひっくり返す大厄日になるなんて、当時の俺は微塵も考えちゃいなかった。
この国の子供は八歳になると、近所の寺院でスキル判定を受ける。
境内には同年代の子供たちや、その晴れ舞台を心待ちにする親たちが集まり、期待と熱気に満ちあふれていた。
人類にスキルという概念が芽生えて以降、世界は一変した。
八歳のこの日にどんな異能を授かるか。それだけで進学、就職、果ては結婚相手に至るまで、人生の全ルートが確定してしまうからだ。
だからこそ、この場所には祈りよりも重い渇望が渦巻いている。
重苦しい沈黙の中、お坊さんが叩く木魚の「ポクポク」という乾いた音だけが、耳の奥にこびりついて離れなかった。
ポク、ポク、ポク……。
永遠にも思える時間の果て。突如、お坊さんが見開いた両目に鋭い光を宿し、絶叫した。
「南無阿弥陀仏が授けしスキルを発表するぞい!」
そして、並んだ子供たちを次々と指差し、スキルを宣告していく。
「『鑑定』! 『風起こし』! 『ウォーターカッター』! 『空気砲』!」
名を呼ばれるたびに、周囲からどよめきと歓喜が上がった。それが、彼らが一生をかけて向き合ってゆくスキルなのだ。
「『小爆発』! 『テイム』! 『クイズ王』!」
近所の子どもたちが次々と呼び終えられ、会場のボルテージは最高潮に達する。
「やったぞ!」「将来安泰だ!」と抱き合う親子たち。彼らのスキルはいわゆる「当たり」ばかりで、そんなものを授かったことに皆浮き足立っている。
当然、最後に残された俺への期待も、嫌が応にも高まっていった。
お坊さんが、厳かに俺を指差す。
誰もが唾を飲み込み、その瞬間を見守っていたのだが。
「むむぅ……。おかしいのう。いや、まあ……いっか。おぬしは、『オナラマスター』じゃ!」
——迷った? 今、明らかに「まあいっか」って妥協したよな!?
「てか、ちょっと待て! 『オナラマスター』って何だよ!?」
お坊さんは拗ねたように口を尖らせ、非情なことを口にする。
「わしも長年やっておるが、こんなスキルは初めて見たわい。……どうやらおならを自在に操るスキルのようじゃな」
静寂。そして、遅れて理解が浸透した取り巻きたちから、失笑が吹き出る。
「ねえ、聞いた? おならだって。キモーい……」
「クスクス、あいつ明日からいじめてやろうぜ」
「牛宮さんとこの子、ハズレスキルなんてレベルじゃないわね。将来どうするのかしら……」
仲の良い登下校班の友だち。いつも一緒だった幼なじみ。毎日挨拶していた隣のおっちゃんやおばちゃんまで、心無い言葉をかける。
俺は縋るように両親の顔を見た。
——歪んでいた。
そこに浮かんでいたのは、憐れみですらない。耐え難いほどの屈辱と恥辱。
こんな欠陥品を育ててしまったことへの、深い、深い後悔の念だった。
「そんな、嘘だ……」
俺には才能があるはずだった。
将来は輝かしい探索者になって、誰もが羨む英雄になるはずだった。
そんな子供じみた幻想は、木魚の乾いた音と共に、粉々に砕け散ったのだ。
その日、俺の人生は不可逆で最悪の変貌を遂げたのだった。
(งดี౪ดี)ง <(場面転換デアルッ)
……それで人生に絶望して腐るのが、凡人のテンプレ。
だが、俺は違う。
断じて俺は違うと宣言する。
脳裏によぎった走馬灯ですらないゴミ屑のような記憶を、短剣の一振りで切り捨てる。
視界には、山のように積み重なった蜘蛛の死骸。
「ハズレスキルだからって、詰みだと思ったかバカヤロー! 負け組のまま終わってやると思ったかコノヤロー!」
次々と這い上がってくる蜘蛛どもを、俺は力任せに屠っていく。
死骸の山を組み替え、崩れないように凹凸を合わせる。即席の防壁だ。
いいじゃねえか、最高のテトリスだ。俺はテトリスじゃ負け知らずなんだよ!
「あの日から一日も欠かさず毎日毎日毎日毎日! スキルがゴミなら、それ以外を最強にすればいいって、死ぬ気で鍛えてきたんだよ! 俺の価値を勝手に決めるな。人間は、生まれ持ったものだけで決まるもんじゃねえ!」
毒をかわし、糸を切り捨て、脚を断ち、頭を潰す。
もう何十体殺したか分からない。高宮さんに切られた踵は焼けるように熱く、全身は噛み傷と裂傷でボロボロだ。
それでも、精神が死なない限り、心臓はまだ動く!
一際巨大な個体が、死骸の山を乗り越えて跳躍した。
俺はそいつを両断すべく、渾身の力で短剣を振りかぶり——。
「おりゃああああ! 俺はいずれダンジョンマスターになる男だっつってんだ——」
突如。腹部に、内臓を掻き回すような凄まじい衝撃を受けた。
「…………ッ!?」
死骸の山の中に、まだ息のある個体が潜んでいた。
そいつが放った鋭利な脚の一撃が、俺の腹部を深く貫通し、そのまま後方へと吹き飛ばした。
あぁ……。こりゃ、もう、ダメだ。
腹から生温かい液体が溢れ出し、地面を濡らしていく。
腐ったような匂いが辺りに充満する。
腹から溢れているのが何なのか、確認するのも恐ろしい。
俺、死ぬのか。こんなところで。夢の途中で。
——ぷぅ〜〜〜〜。
薄れゆく意識の淵。制御を失ったスキルが、文字通り最後っ屁を放った。
「せめて……スキルさえ、まともだったら……」
誰のせいにもしない。スキルのせいになんて絶対にしない。
そう決めて生きてきたはずなのに。
最期の瞬間に口走ったのは、結局、そんな未練の一言だった。
(งดี౪ดี)ง <(我輩ハ場面転換オジサンデアルッ)
次回、悟死す。ちょっと短め500字ほど。




