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第2話

 ——カンダタダンジョン。


 地獄に落ちた哀れな男から名を取ったそのダンジョンの第三階層の一区画にて、ジャイアントスパイダーの目撃情報が舞い込んだ。


 ジャイアントスパイダーはその名の通り、醜悪に肥大化した蜘蛛の魔物。

 本来は多湿な第四層を好む個体だが、稀に上層へ這い出してくる。危険度は『Dランク』。

 これをギルドの基準で翻訳すれば、放置すれば数十人の命が容易く刈り取られるという、洒落にならない脅威を意味する。


 当然、早急な間引きが求められる。

 その調査依頼を受けたのが、俺たちのパーティーというわけなのだが——。


「——でよぉ。そいつの保有スキル、よりによって『書道』だったんだぜ? ただ字が上手く書けるだけ。そんなゴミみたいなスキル、聞いたことねえだろ?」


 道中、一人の探索者が下卑た笑い声を洞窟内に響かせた。


「マジかよ、傑作だな」

「で、どうしたんだ? 殴り倒したか?」

「それとも、無限マシュマロチャレンジの刑?」


 即席の混成パーティーだと思っていたのは、俺だけだったらしい。

 欠員補充として放り込まれた俺を余所に、他三人の「お仲間」たちは、それはもう愉快そうに『弱者への加害』を武勇伝として語り合っている。

 彼らが盛り上がる間、俺は黙々と周囲の気配に神経を尖らせていた。


「大ムカデの神経毒を食らって手が震えてても、字が上手く書けるのか検証してやったんだよ。ギャハハハ!」

「最高だな、お前! やっぱ格が違うぜ!」


 ダンジョンという、文明の光が届かない密室。

 そこでは、道徳心なんてものは真っ先にパージされる。


 強力な戦闘スキルこそが正義であり、法だ。

 逆に、戦闘に不向きなスキルを持つ者は、軽蔑と迫害の対象でしかない。

 俺のスキル……『オナラマスター』なんて代物は、それこそ『無能』を装って隠し通すのが、この地獄で生き残る唯一の処世術だった。


「——ちょっとストップ」


 不意に、先頭を歩く高宮が手を挙げた。


「どうした、副リーダー」

「この先、怪しい気配がする。だが道が入り組んでいて、迂かつに踏み込むのは危険だな」

「えー、嫌だよ。俺、索敵なんて向いてねえし」


 高宮の言葉に、他のメンバーが露骨に嫌な顔をする。

 嫌な予感が、胃の底でドロリと沈殿した。


「そうだな。なら……ダンジョンマスターに任せるか」

「いいじゃねえか! 頼むぜ、ダンジョンマスター!」


 高宮が爽やかな笑みを浮かべ、俺を指差した。

 いつの間にか定着した俺のあだ名。そこには敬意など微塵もなく、煮詰めたような嘲笑だけが混じっている。


 嘘だろぉ。俺は後衛支援っていう契約だったはずだ。

 そもそも、偵察職が真っ先に偵察を拒否してどうするんだ。


 理不尽への糾弾が喉元まで出かかったが、俺はそれを飲み込んだ。

 ギラギラとした、捕食者のような視線。彼らにとって、俺の拒否権なんて最初から存在しないのだ。


「……了解。少し見てくる」


 震える手でランプを握り直し、俺は暗がりの先へと一歩を踏み出した。

次回、会敵。1000字くらい。

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