第9話 ビル内部/仲間たちとの対峙
廃ビルの内部は、想像以上に静かだった。
人の気配はあるはずなのに、
まるで“音”だけが吸い取られているような感覚。
「気持ち悪い……ここ、空気が死んでる……」
カスミは玲の肩の横に浮かびながら、霊体を縮こまらせる。
「はい。この階段……“未来線”が重なってます」
玲は目を細めた。
階段の手すりから壁、踏み板まで、
黒い線のような念がいくつも絡みついている。
(……未来を“誘導”するための残留念……
ここを通った者は、同じ未来へ運ばれていく……)
「マコトは……この先なの?」
「間違いありません」
玲が階段を一段ずつ登る。
カスミもそのすぐそばを浮いてついていく。
4階に差し掛かったとき――
ふ、と風が逆流するような悪寒が走った。
玲はすぐに気配を察知し、カスミの前に腕を出す。
「……止まってください」
「だ、誰か来る……?」
「はい。一人……いえ、二人……」
暗い廊下の向こうから、人影がゆっくりと歩いてきた。
男女二人。
いずれも表情がない。
瞳は焦点が合わず、どこか虚ろ。
「……先生は……お前を……待っている……」
「儀式を……邪魔するな……」
二人の声は、まるで台本を読み上げるように機械的だった。
「玲くん、あの人たち……!」
「ええ。“操られています”。
しかし完全ではありません」
玲はすぐに診断を下す。
(言語と思考が単調……
意思を奪われたのではなく、“未来を指示されている”状態だ)
「未来の分岐を……固定しろ……
先生に従え……」
2人は無表情で一歩、また一歩と近づいてくる。
玲は落ち着いた声で呼びかけた。
「聞こえますか?」
二人は止まらない。
「あなたたちは洗脳されていません。
ただ、先生の能力で“未来の一本道”を強制されている。
戻る方法はあります」
「戻る……?」
「道……は、一つ……」
「違います」
玲の声が鋭くなった。
「未来は一つではありません。
“選ばされた未来”を進んでいるだけです」
その瞬間――
二人の視線が、わずかに揺れた。
「玲くん……!
あの人たちの未来線……見える……!」
カスミの霊体がふっと光る。
「カスミさん、無理は……」
「ううん……これは……怖くない……!」
カスミは未来線に手を伸ばし、
触れようとした――その瞬間。
「キャッ……!」
霊体が一瞬だけ強く弾かれた。
「カスミさん!」
「だ、大丈夫……!
でも……すごい……
“黒い線”が、この人たちの心に絡んでる……!」
玲が即座に理解する。
(やはり……
“固定された未来”が、彼らの行動を縛っている……)
「あなたたちの心の奥には、先生が流し込んだ未来があります。
その未来を“否定”できれば――自由になれます」
「未来を……否定……?」
「できる……のか……?」
わずかに揺らぐ思考。
玲は深くうなずいた。
「あなたたち自身の“選択”があれば、変えられます。
――この扉を開けるかどうか。
それだけで十分です」
玲は背後の階段の扉を指差した。
「戻る未来も選べる。
先生のもとへ進む未来も選べる。
選ぶのは、あなたたちだ」
二人は……動けなかった。
だが瞳だけが――揺れた。
カスミがそっとつぶやく。
「二人とも……帰って……
危ないの……“儀式”なんて行ったら、
本当に未来を奪われる……!」
その声に――
二人の表情が、ほんの少しだけ緩んだ。
「……帰る……?」
「俺たちは……帰っていいのか……?」
「もちろんです。
あなたたちは、あなたたちの未来を選べます」
玲が一歩、前に出て言う。
「戻りたいなら……帰っていい。
僕が保証します」
その瞬間。
二人は、ゆっくりと振り返り――
階段のほうへ歩き出した。
歩幅は弱く、ぎこちない。
だが確かに、彼らの足で歩いていた。
カスミは胸に手を当てた。
「……よかった……!」
「これで、儀式の人数は減りました。
ですが――」
玲は廊下の奥を見据えた。
「本番は、ここからです」
廊下の奥に、扉が一つだけある。
その隙間からは、
淡い光と、黒い霧が入り混じったような“異様な気配”。
「玲くん……
あの部屋……!」
「マコトさんがいます。
そして――“先生の結界”も」
二人は静かに頷き合う。
扉の前に立つと、玲は深く息を吸った。
「行きますよ、カスミさん」
「うん……!
玲くんと一緒なら……怖くない!」
玲は手を伸ばし、扉に触れた。
――冷たい。
その冷たさは“普通”ではない。
未来・悪意・絶望が渦巻く、“異常な未来の温度”。
「この先は……精神世界へ繋がる“入口”かもしれません」
「マコト……絶対に助ける……!」
玲は扉を押し開けた――
いつもありがとうございます。また明日更新します。次回、第10話 儀式の間へ到達/マコトの“心の牢獄”
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