第8話 儀式の場所へ向かう夜/カスミの“揺らぎ”
夜風が強く吹き、街灯の光をぎらつかせた。
玲とカスミは、常盤家のすぐ近くの路地に立っていた。
「……マコト、いない……」
常盤家の玄関は閉まっている。
だが、ポストの上に置かれた“薄い黒紫の念”が、
最近誰かが出入りしたことを示していた。
カスミは震える声で言う。
「玲くん……
マコトの“気配”が、この家から消えてる……」
「やはり、もう連れ出されましたね」
玲は玄関に残る念を読み取る。
(……これは“他人の意思に引っ張られた”痕跡。
強制ではないが、本人の意識は半分眠っている……)
「連中は合鍵なんて持っていない。
つまり――マコトさんは“自分の意思で”外へ出た」
「操られてるってこと……?」
「催眠に近い状態ですね。
言葉や暗示で誘導されたのでしょう」
カスミの霊体が不安定に揺れた。
「どこに……連れて行かれたの……?」
玲は目を閉じ、審眼を静かに開く。
すると――
夜道の先へ伸びる、細い“黒い未来線”が一本。
その先に、無機質なビルの影。
「……あちらです。
マコトさんの未来線が、ビルの方向へ繋がっている」
「ビル……?」
「儀式の場所でしょう。
あの男(先生)は“今夜”と言っていた」
カスミの霊体が一瞬だけ光った。
玲が支えるように手を添えると、すぐに安定する。
「カスミさん、無理はしないでください」
「うん……でも、行かなきゃ……
だって、マコト、怖かったはずだもん……」
「行きましょう」
歩きながら、カスミが胸を押さえた。
「……っ……! 玲くん……また……!」
霊体の中心が白銀の光を放つ。
「やはり……
あなたの霊力、変質している……」
「これ……悪いものじゃない気がする……
寂しいとか……痛いとかじゃなくて……
なんか……“覚えてる感じ”……」
玲は目を細める。
(覚えてる……
カスミさんは“生前の能力”を取り戻しつつある……?)
「カスミさん、何か見えますか?」
「うん……
“道”が見える……
未来の流れ……
マコトの心……
ぜんぶ……あっちを指してる……!」
カスミは儀式ビルの方向を指差す。
「急ぎましょう。
今ならまだ間に合うはずです」
「うん!」
ビルは街の外れにある古びた雑居ビル。
だが、その4階だけが異様に暗く沈んでいた。
「……ここ……」
「マコトさんの未来線は、確かにここへ入っています」
玲が審眼を強めると、
ビル内に“複数の人影”が視えた。
「仲間たちが集まっていますね」
「マコトも……いるんだよね……?」
「ええ。中心にいます。
ただし――意識は半分“眠っている”。
たぶん暗示か、薬物の可能性も……」
カスミは怒りを含んだ声で言った。
「そんなの……許せない……!」
霊体が強く光る。
玲はすぐに空気を整える。
「落ち着いてください。
あなたの霊力は今、制御が不安定です」
「ごめん……でも……
マコトをこんなことに利用するなんて……!」
「その怒りは、正しい場所で使いましょう」
玲はビルの入口に向き直る。
「行きますよ。
ここからは危険な領域です」
「うん……!」
二人は暗いビルの中へと踏み込んだ。
未来を奪おうとする者――
先生の影が待つ場所へ。
いつもありがとうございます。また明日更新します。次回、第9話 ビル内部/仲間たちとの対峙
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