第5話 “先生”の影
カスミの死の現場を後にして、玲とカスミは駅へ向かった。
夜になり、街灯の光がアスファルトに滲んでいる。
「……ありがとう、玲くん。
私のために、こんなところまで」
「仕事ですから」
玲の言い方は淡々としているが、カスミには“冷たさ”よりも“優しさ”が混じっているように聞こえた。
「さて、次は――マコトさんの現在の状況を見に行きます」
「いまのマコトに近づけるの……?」
「あなたは幽霊です。相手に気づかれず観察できますからね」
「……それは、便利だけど……切ないわね」
玲は一瞬だけ立ち止まり、振り返った。
「あなたが妹さんを想う気持ちそのものが、彼女を救う材料になります」
カスミの霊体が、ほのかに揺れた。
涙の代わりに光が滲んだように見える。
「……うん。行くわ」
二人は、静かな住宅街を抜けて、少し古いアパートの前へ到着した。
二階建ての小さな建物。外階段の金属はすり減り、夜の風にガタガタと音を立てている。
「ここが、マコトの部屋……」
「ええ。あなたの死後、引っ越していません」
玲はアパート全体を見渡し、目を細めた。
「……結構、色が濃いですね」
「“色”? 残留してるの?」
「はい。あなたの妹さんと関わる連中……
頻繁にここへ出入りしているようです」
カスミの顔色が(霊体なので変化は微妙だが)不安に渦巻いているのがわかった。
「玲くん……怖いわ」
「ここにいるのは僕だけじゃないでしょう」
玲が言うと、カスミははっとして、少し笑った。
「そうね。……ありがとう」
玲がアパートの階段を上がっていく。
カスミは彼の横を浮かびながらついていく。
マコトの部屋の前に立ったその瞬間――
玲が足を止めた。
「……いますね」
「えっ……?」
玲はドアの前に視線を落とし、低く言った。
「中に、人間が二人います。
あなたの妹さん……と、もう一人」
「もう一人……“先生”なの?」
「声は聞こえませんが、念の色が異常です。
普通の人間の色ではありません」
カスミはドアをすり抜けて中を覗こうとして――
瞬間、身体がビクリと震えた。
「……玲くん……これ……」
「どうしました?」
「未来が……揺れてる……」
カスミの霊体が淡く震え始める。
“未来視”が突然、強制的に発動しているようだった。
「カスミ、無理をしないでください」
「……見える……マコトが……」
カスミの瞳に、蒼くぼんやりとした光景が映り始める。
「マコト……泣いてる……」
苦しげに漏れたその言葉に、玲は眉をひそめた。
「泣いている?」
「うん……“先生”に……何か……
『カスミさんの魂があなたを呼んでいる』とか……
『儀式の準備が整った』とか……
よくわからない言葉を……!」
カスミの霊体はどんどん薄くなっていく。
未来視の負荷だ。
「カスミ、戻りなさい。今は見るな」
「だめ……! もっと先が見える……!」
玲は迷わずその手を伸ばした。
――カスミの霊体に触れる。
霊に触れることなど通常は不可能だが、
玲の“視霊術”は例外だ。
「カスミ。戻るんです」
玲の声は強くも優しかった。
カスミは震えながら、未来の断片を吐き出すように言った。
「屋上が……見える……!
でも……場所が違う……!
私が見た未来のビルじゃない……!」
「別の未来……?」
「マコトを連れ去る……“先生たち”が……
日にちも……時間も……変えようとしてる……!」
玲は一瞬で状況を理解した。
(――未来が動いた。
つまり、“先生側”も未来に影響を与えられる存在……?
あるいは、未来を察知して行動を変えつつある……?)
玲はぎり、と歯を噛む。
「マコトさんが別の未来へ誘導されている……?
このままだと、あなたが視た未来の日付より“早まる”可能性があります」
「そんな……!」
そのとき、玲はドアに手を近づけた。
――濃い“黒紫”。
それは、怨念でも悪意でもない。
もっと嫌な、重い“支配の色”。
「この中にいるのは、“先生”ではありません」
「え……?」
「“先生の仲間”です。
思念の色が弱い。
ですが……悪質さは同じです」
玲はドアノブに手を伸ばし、低く呟く。
「マコトさんに会います。
あなたは僕のそばにいてください」
「わかった……」
「ただし、絶対に中の“男”には近づかないこと。
あれは普通の人間じゃありません」
カスミの霊体が小さく震える。
「あいつら……マコトを……!」
「止めます」
玲はゆっくりとドアノブを回し――
――その瞬間、部屋の奥から“鈍い物音”が響いた。
ドンッ!
玲とカスミは同時に顔を上げる。
「今の……!」
「急ぎます」
玲はドアを押し開け――
暗い部屋の中へ踏み込んだ。
いつもありがとうございます。また明日更新します。次回、第6話 部屋の中の影
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