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幽霊助手のいる霊能探偵事務所  作者: スガヒロ


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第三章 第8話  残された違和感

 夜。

 事務所の灯りは、いつもより早く落とされた。

 カップに残ったぬるいお茶。

 机の上に伏せられた依頼人ファイル。

 今日はもう、誰も来ない。

「……なんか、変じゃない?」

 ソファの上で宙に浮いたカスミが、ぽつりと言った。

「今日の依頼、

 あまりにも……何もなさすぎた」

「平穏な日、というだけです」

 玲はそう言いながらも、

 ペンを回す指を止めていた。

 

「鍵をなくしただけ。

 未練も、霊障も、事件性もない」

 玲は、独り言のように続ける。

「……それなのに、

 依頼としてここに来た」

「それって……?」

「“説明できない違和感”を、

 本人が感じていたからです」

 クロベエが、棚の上で小さく唸る。

「人はな、

理屈じゃなくても

“何かおかしい”って時に、

勘が働く」

「ええ」

 玲はうなずく。

「そして――

 そういう勘は、

 最近、増えています」

 


 玲は、机の引き出しからノートを取り出す。

 そこには、第三章に入ってからの出来事が、

 簡単に書き留められていた。

予言ノートの少女

未来を売る男

鍵をなくした老人

「……一見、

 何の共通点もありません」

 カスミが首をかしげる。

「でも……

 どれも“未来”が関係してる?」

「正確には――」

 玲は、ペン先で紙を叩く。

「“未来をどう扱うか”です」

 


「予言を信じすぎる少女。

 未来を買おうとする大人。

 そして……」

 玲は、老人の名前の横に、

 小さく丸をつけた。

「“過去に戻るような行動”をした人」

「……過去?」

「亡くなった奥さんと座っていたベンチです。

 未来を考えるのをやめ、

 過去に立ち止まっていた」

 カスミは、少し黙り込む。

「……それって……

 全部、時間に縛られてる……?」

「ええ」

 玲の声が、わずかに低くなる。

「未来、過去、予言、選択。

 どれも、人が“今”を生きられなくなる状態です」

 


 窓の外。

 夜の街には、いつもと変わらない灯りが並ぶ。

 だが――

 玲には、かすかな“流れ”のようなものが感じられた。

(……誰かが、

 人の時間感覚を、

 少しずつ歪めている)

 それは、“先生”とも、

 “遼”とも、

 完全には一致しない。

 だが――

 似ている。

 


「ねえ、玲くん」

 カスミが、珍しく真剣な顔をする。

「最近……

 私、未来に行きづらくなってる」

「……どういう意味ですか」

「前みたいに、

 すっと“先”が見えないの」

 玲の目が、わずかに見開かれる。

「……制限されている、

 という感覚ですか?」

「うん。

 霧がかかったみたい」

 クロベエが、低く唸った。

「……嫌な兆しだな」

 


「未来を覗く力は、

 本来、

 “開いている”ものです」

 玲は、慎重に言葉を選ぶ。

「それが閉じ始めているとしたら……」

「誰かが、

 未来を“固定”しようとしてる?」

「……可能性はあります」

 


 そのとき。

 机の上のスマートフォンが、

 短く振動した。

 玲が画面を見る。

 ――知らない番号。

 開くと、

 短いメッセージが届いていた。

『未来を知りたい人がいます』

『でも、その人は

未来を“選びたい”と言っています』

 カスミが、息をのむ。

「……それ……」

「ええ」

 玲は、ゆっくりと立ち上がった。

「“売りたい”でも、

 “当てたい”でもない」

 その目に、

 静かな警戒が宿る。

「選びたい未来――

 それは、

 最も危険な入口です」

 


 玲は、窓の外を見た。

 変わらない夜景。

 だが、その奥で――

 確実に何かが、動いている。

「……平穏は、

 長く続きませんね」

 カスミは、苦笑する。

「でも……

 戻れる場所があるって、

 分かったから」

「ええ」

 玲は、静かにうなずいた。

「だからこそ、

 また進めます」

 

 未来は、

 誰かに与えられるものではない。

 だが――

 誰かに奪われることもある。

 その境界線が、

 今、ゆっくりと揺れ始めていた。

いつもありがとうございます。また更新します。次回、第三章 第9話  未来を選びたい人

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