第三章 第6話 破綻の始まり/未来が外れ始める
最初に外れたのは、
誰もが「当たって当然」だと思っていた未来だった。
「……おかしいな」
貸し会議室で、
“未来を売る男”――山岸は、
スマートフォンの画面を見つめていた。
画面に並ぶのは、
顧客からの短いメッセージ。
――言われた通りに動いたのに、損が出た
――未来が違った
――説明してほしい
これまでなら、
こんなことは起きなかった。
(……一時的な誤差だ)
山岸は、自分に言い聞かせる。
市場は揺れる。
未来は、常に確率の問題だ。
――だが。
外れ方が、揃いすぎている。
午後。
別の顧客から電話が入る。
「……山岸さん、
例の件……逆に動きました」
「……いつもと同じように、
私の言った通りに?」
「はい……だからこそ……」
電話口の向こうで、
声が震えている。
「……怖いんです。
“未来が見えなくなった”みたいで……」
山岸は、言葉を失った。
数日後。
掲示板には、
見慣れない書き込みが増え始めていた。
――最近、当たらない
――以前ほど確信がない
――別の人に乗り換える
山岸は、歯を食いしばる。
「……違う……
“当たらない”んじゃない……」
だが、その続きを言葉にできなかった。
事務所で、
玲はその動きを静かに追っていた。
「……始まりましたね」
「始まり?」
カスミが、不安そうに尋ねる。
「未来が、
“従わなくなった”んです」
クロベエが、低く唸る。
「未来は商品じゃねぇ。
信じさせてただけのものは、
いずれ裏切る」
「ええ」
玲は、頷いた。
「“当たる”という前提が崩れた瞬間、
人は――
急激に不安になります」
山岸の元には、
次々と“壊れた人間”が現れ始めた。
投資に失敗し、職を失った男
判断を他人に預けすぎて、家庭を壊した女性
未来を信じきれなくなり、何も選べなくなった青年
彼らは口を揃えて言う。
「あなたが、そう言った」
「あなたが、未来だって」
山岸は、答えられなかった。
「……私のせいじゃない」
夜の会議室で、
山岸はひとり呟く。
「私は……
確率の高い道を示しただけだ……」
だが、
かつて自分が言った言葉が、
脳裏に蘇る。
『失敗しない未来が、手に入ります』
「……違う……」
自分で言った“未来”に、
自分自身が縛られ始めていた。
■ 見えない“次の手”
その頃。
玲は、
クロベエとともに、
ある共通点を洗い出していた。
「……予言ノートの少女、
未来を売る男……」
「どっちも、
“未来を決めてくれる存在”を
必要とされていた」
「ええ」
玲は、静かに続ける。
「そして、その“教え方”が、
妙に似ています」
カスミが、息をのむ。
「……まさか……」
「直接の関与はありません」
玲は、はっきり言った。
「ですが――
思想が流れている」
深夜。
山岸の会議室に、
警察の灯りが差し込んだ。
詐欺の疑い。
告発。
集団訴訟。
すべてが、一気に押し寄せる。
山岸は、椅子に崩れ落ちた。
「……こんなはずじゃ……」
その瞬間。
彼の背後で、
“何か”が、
すっと離れていく感覚があった。
――見えないが、確かにあった“支え”。
翌朝。
新聞の片隅に、
小さな記事が載った。
《投資アドバイザー詐欺事件 捜査開始》
玲は、記事を畳む。
「……これで、
この事件は終わりです」
「でも……」
カスミが、不安そうに言う。
「未来を信じたい人は、
また、出てくるよね……」
「ええ」
玲は、静かに答えた。
「未来を売る人間は、
これからも現れます」
そして――
まだ言葉にしていない名前を、
胸の奥で呼んだ。
(……遼)
未来が外れ始めたとき、
人は初めて、
自分で選ぶことを思い出す。
だが――
それを“恐れる者”も、
確実に生まれるのだった。
いつもありがとうございます。また更新します。次回、第三章 第7話 なくした鍵と、置き去りの想い
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