第三章 第5話 未来を売る男
その噂は、投資関係の掲示板から始まった。
――外さない男がいる。
――理由はわからないが、言われた通りに動くと勝てる。
――ただし、代償は高い。
氷室玲は、ノートパソコンの画面を閉じた。
「……“未来を売る男”ですか」
カスミが、机の上に腰掛けるように浮かびながら言う。
「なんか、嫌な響きだね」
クロベエが、棚の上で尾を揺らす。
「金と未来を一緒に並べるやつは、
だいたいロクな末路にならねぇ」
依頼は、意外なところから来た。
「……弟が、おかしくなったんです」
そう切り出したのは、
三十代前半の女性だった。
「投資で大儲けしたって、
最初は喜んでたんですけど……
最近は……」
彼女は、言葉を探すように俯く。
「……自分で、何も決めなくなった」
「決めない?」
「全部、“あの人”に聞くんです。
株を買うタイミングも、
仕事を辞めるかどうかも……
引っ越す場所まで」
玲は、静かに頷いた。
「“あの人”とは?」
「……未来を教えてくれる、って」
玲たちが向かったのは、
都心から少し外れた、小さな貸し会議室だった。
そこにいたのは、
拍子抜けするほど普通の男。
四十代半ば。
派手な服装でもなく、
強い自信を誇示する様子もない。
「氷室さん、でしたね」
男は、柔らかな笑みを浮かべる。
「紹介されてます。
“未来を当てる人”だって」
「当てる、という言い方は好きじゃない」
男は首を振った。
「私は、
“確率の高い道”を示しているだけです」
カスミが、玲の耳元で囁く。
「……この人、
未来、見えてる感じしない」
「ええ」
玲も同意する。
(……視えない。
だが、“信じさせる色”は濃い)
「相談料は?」
玲の問いに、男は即答した。
「一回、五十万」
「……高いですね」
「安いですよ」
男は、穏やかに言う。
「“失敗しない未来”が手に入るんですから」
「保証は?」
「必要ありません」
男は、静かに続けた。
「人は、自分で“当たった”と証明してくれます」
玲は、男をまっすぐ見据えた。
「あなたは、
未来を“見て”いるわけではない」
男の目が、一瞬だけ揺れる。
「……ほう」
「人の不安を見て、
“もっともらしい未来”を与えているだけです」
男は、否定しなかった。
「それで?」
「あなたが売っているのは、未来ではない」
玲は言った。
「“決断を放棄する口実”です」
依頼人の弟は、
その後、仕事を辞め、
全財産を男の言葉通りに動かし――
失敗した。
「……外れた、んです」
姉は、震える声で言った。
「でも……弟は……
怒らなかった」
「……なぜ?」
「“聞き方が悪かった”って……
“未来を信じきれなかった自分のせいだ”って……」
カスミが、唇を噛む。
「……それ、
予言ノートのときと同じ……」
玲は、男に最後の質問を投げる。
「あなたは、
なぜそんなことをする?」
男は、少し考えたあと、答えた。
「……人は、
未来を恐れる生き物です」
「だから?」
「だから、
誰かに決めてほしい」
男は、どこか寂しそうに笑った。
「私は、その役を引き受けているだけです」
玲は、静かに言った。
「この仕事、
今日で終わりにしてください」
「……強制はできないでしょう?」
「ええ」
玲は、男を見つめる。
「ですが――
あなたは、もう“売れなくなる”」
「なぜ?」
「未来は、
必ず外れます」
その言葉の意味を、
男はまだ理解していなかった。
事務所に戻る途中、
クロベエが低く唸る。
「若造……
あの男……
遼の匂いに、近い」
「ええ」
玲は、夜の街を見つめた。
「ですが、本人ではありません」
未来を売る者は、
まだ他にもいる。
そして――
その背後にいる存在は、
確実に“学んで”いた。
いつもありがとうございます。また明日更新します。次回、第三章 第6話 破綻の始まり/未来が外れ始める
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