第三章 第2話 当たる未来の作り方
翌日。
玲とカスミは、依頼人の母親に案内され、
私立中高一貫校の校門の前に立っていた。
「学校への立ち入りは、
“心理相談員として”という形で許可をいただいています」
母親はそう言って、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「いえ。
問題が“心”にある以上、こちらの仕事です」
玲は淡々と答え、校舎を見上げた。
整えられた外観。
規則正しい窓。
どこにでもある、普通の学校――のはずだった。
(……未来の匂いが、濃い)
案内された教室に入った瞬間、
カスミがひそりと声を落とす。
「……ねえ、玲くん。
ここ、変だよ」
「ええ」
教室の中には、生徒たちがいた。
だが――
その空気は、異様に静かだった。
誰も、雑談をしていない。
誰も、先の予定の話をしない。
ただ、
“結果”だけを待っている。
「……真帆が書いた内容、
今日の分を確認してるんです」
担任教師が、小声で説明する。
「“今日は転ばない”
“テストで失敗しない”
……そう書いてあれば、
生徒たちは安心して行動する」
「書いてなければ?」
玲の問いに、教師は一瞬、言葉を詰まらせた。
「……避けます」
カスミが、思わず呟いた。
「それって……
もう、未来じゃなくて……
指示だよね」
教室の後方で、
真帆は一人、机に座っていた。
誰とも話さず、
ただノートを閉じたまま、前を見ている。
(……視線が集まりすぎてる)
玲には分かった。
この教室では、
真帆は“予言者”ではない。
(……“装置”だ)
彼女の言葉が、
未来を作っているのではない。
周囲が、彼女の言葉通りに動いている。
昼休み。
玲は、真帆と二人で話す機会を得た。
「……ノートは、
自分で考えて書いていますか?」
真帆は、少しだけ目を伏せる。
「……最初は」
「最初は?」
「……こう書くと当たる、って……
教えてもらった」
「誰に?」
少女は、少し躊躇ってから答えた。
「……友達のお兄さん」
その言葉に、
玲の中で何かが、はっきりと繋がった。
「彼は、
“全部を予言する必要はない”
って言った」
真帆は淡々と話す。
「“当たりそうなことだけ書けばいい”
“外れたことは、誰も覚えてない”
って……」
カスミが、はっとする。
「……それ……」
「はい」
玲が静かに言った。
「予言ではありません。
“確率操作”です」
「……?」
「転びやすい子。
不安を抱えている子。
失敗しそうな状況」
玲は、ノートを指さした。
「“起きそうな未来”だけを書き、
人々がそれを信じて行動を変える」
「……すると……」
「書かれた未来だけが、
実現する」
真帆の手が、震えた。
「……じゃあ……
私が未来を見てるわけじゃ……」
「ありません」
玲は、きっぱりと言った。
「あなたは、
未来を“当てる役”を押し付けられているだけです」
「でも……!」
真帆は声を荒げた。
「書くのをやめたら……
みんな、不安になる……
怒られる……
“当たらなくなった”って……」
その目に、涙が浮かぶ。
「私……
未来を書かないと……
誰かが不幸になる気がして……」
カスミが、そっと少女のそばに立つ。
「それは……
あなたの責任じゃない」
真帆には聞こえない。
だが、その言葉は、
確かにその場に“あった”。
(……やはり)
玲は、静かに結論を出す。
(これは、
先生や遼と同じ系譜だ)
未来を見せるのではない。
未来を“信じさせ”、
人の選択肢を奪う。
そして――
その中心に、
まだ姿を見せていない“誰か”がいる。
玲は、真帆に向かって言った。
「このノート、
今すぐ捨てる必要はありません」
真帆が、驚いて顔を上げる。
「え……?」
「ですが、
“未来を決める道具”として使うのは、
今日で終わりにしましょう」
「……どうやって?」
玲は、静かに答えた。
「“当たらない未来”を、
ひとつ、作ります」
その言葉に、
真帆の目が大きく見開かれた。
いつもありがとうございます。また明日更新します。次回、第三章 第3話 外れる予言
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