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幽霊助手のいる霊能探偵事務所  作者: スガヒロ


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第三章 プロローグ 余裕の理由/静かな日常

 午後三時。

 雑居ビルの三階にある一室は、静かだった。

 窓から差し込む陽射しが床に落ち、

 埃の粒子がゆっくりと浮かんでは消えていく。

 氷室玲は、机に向かって書類を整理していた。

 依頼人ファイル。

 支払い済みの領収書。

 未処理の案件――なし。

「……今日も、平和ですね」


 独り言のようにつぶやくと、

 向かいのソファで宙に浮いていたカスミが、足をぶらぶらさせながら言った。


「平和すぎて逆に不安なんだけど。

 探偵事務所って、こんなに暇でいいの?」


「霊能探偵事務所、ですからね。

 頻繁に事件が起きたら、それはそれで困ります」

「でもさー」

 カスミは机に頬杖をつく“ふり”をした。

「依頼もない、バイトもしてない、

 それなのに家賃も気にしてない探偵って……

 ちょっと怪しくない?」

「否定はしません」

 玲は淡々と答えた。

 机の横、窓際の棚の上で、黒猫の霊――クロベエが丸くなっていた。

「今さら気づいたのかよ。

この若造、最初から妙に余裕があっただろ」

「だってさー!」

 カスミが指を立てる。

「一階は定食屋、二階は英会話スクール。

 ここ、都心じゃないけど立地は悪くないよ?

 普通なら家賃だけでヒーヒー言うでしょ」

 玲は書類を閉じ、静かに椅子にもたれた。

「その必要がないだけです」

「……え?」

「このビル、僕のですから」

 一瞬、空気が止まった。

「…………え?」

 カスミの声が、少し遅れて返ってくる。


「え、ちょっと待って。

 “借りてる”んじゃなくて?」

「所有しています」

 クロベエが、くつくつと喉を鳴らすように笑った。

「言ったろ。

巣は自前だって」

「ちょ、ちょっと!!

 それ大事な情報じゃない!?」

 カスミは空中で立ち上がった。

「なんでそんな重要な設定、今まで黙ってたの!?」

「聞かれなかったので」

「聞く前提じゃないから!!」


 玲は肩をすくめた。

「一階と二階を貸しています。

 家賃収入だけで、最低限の生活はできます」

「……じゃあ……」

 カスミは、じっと玲を見る。

「探偵の仕事って……

 お金のためじゃない?」

「ええ」

 即答だった。

「依頼は選びます。

 無理に受ける必要がありませんから」

 それは、淡々とした言葉だったが、

 どこか“覚悟”のようなものを含んでいた。

 


 クロベエが、尾を揺らしながら言った。

「ま、正確に言やぁ……

そのビルの元手は、“未来”だがな」

 カスミがぴたりと動きを止める。

「……未来?」

 玲は、ほんの一瞬だけ視線を落とした。

「昔の話です」

「昔って……どれくらい?」

「十代の終わり頃ですね」

 玲は窓の外を見る。

 通りを歩く人々。

 車の音。

 変わらない午後。

「未来が“断片的に視える”幽霊と、

 出会ったことがあります」

「……!」

 カスミの表情が、少し真剣になる。

「競馬の結果や、

 株価の急変、

 為替の大きな動きだけが視える幽霊でした」

「……それって……」

「ええ。

 使い方次第では、いくらでも稼げたでしょう」

 クロベエが、低い声で続ける。

「だが若造は、一度きりだった。

生活基盤を作る分だけだ」

「どうして……?」

 玲は、静かに答えた。

「未来を“金”に換え続けると、

 いずれ“選択”ができなくなります」

「……選択?」

「はい。

 見えている未来に、

 自分の判断を預けることになる」

 カスミは、言葉を失った。

「その幽霊は、最後にこう言いました」

 玲の声は、どこか遠かった。

『これ以上はやめろ。

未来は、使い続けるものじゃない』

「……その幽霊は?」

「ほどなく、成仏しました」

 それだけを告げて、

 玲はそれ以上語らなかった。

 


 しばらく沈黙が流れる。

 やがてカスミが、ぽつりと言った。

「……玲くんってさ」

「なんです?」

「やっぱり普通じゃないよね」

 クロベエが鼻で笑う。

「今さらだな」

 玲は、わずかに口元を緩めた。

「普通である必要はありません」

 その言葉は、

 静かだが揺るがなかった。

 

 そのとき。

 机の上の電話が、

 静かな事務所に不意に鳴り響いた。

 カスミが、びくっと肩を震わせる。

「……来た?」

 玲は受話器に手を伸ばす。


「氷室心理相談室です」


 受話器の向こうから、

 かすれた声が聞こえた。

『……未来の話をすると、

家族が……壊れるんです……』


 玲の目が、わずかに細まる。

「詳しく、聞かせてください」


 受話器を置いたあと、

 玲は静かに立ち上がった。

「どうやら……

 次は“未来を信じすぎた家”のようです」


 カスミは深く息を吸い、

 クロベエは尾を揺らす。

 平穏な午後は、

 もう終わっていた。

いつもありがとうございます。また明日更新します。次回、第三章 第1話  予言ノートの少女

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