第二章 第14話 葵の新しい一歩
事件が終わった家を出ると、
外はすっかり夜の静けさに包まれていた。
車の音も、通りの足音もない。
ただ、少し冷えた風が頬をなでる。
カスミ「……ふぅ。
なんだか一気に肩の力が抜けたね」
玲「大仕事でしたからね」
クロベエ> 「お前ら、よくやったな。
まぁオレのおかげも八割くらいあるが」
カスミ「八割は言いすぎ!」
> クロベエ「じゃあ七割」
玲「いや、一割です」
> 「なんだと若造!?」
そんな軽口に、
さっきまで重かった空気が自然とほぐれていく。
「……あの……!」
振り返ると、
葵が玄関先に立っていた。
表情は泣き腫らしていたが、
その目はどこか“決意”を帯びている。
「玲さん、常盤さん……
本当にありがとうございました」
葵は深く、深く頭を下げる。
「弟のことも、甥の事故のことも……
ぜんぶ私ひとりで抱え込んで……
勝手に“自分のせいだ”って思い込んで……
本当に……苦しかったけど……」
一度、微笑んだ。
「でも、やっと……前に進める気がします」
その言葉に、カスミがそっと前へ出る。
カスミ「葵さん。
あなた、すごく頑張ってたんだよ。
誰も責めちゃいないし……
あなた自身も、もう責めなくていいんだよ」
葵の目に、また少しだけ涙が滲んだ。
「……はい」
葵「明日……弟のお墓参りに行ってみます。
ちゃんと話したいこと……あるから」
玲「いいですね。
今のあなたなら、きっと“届きます”」
葵は驚いたように目を瞬く。
「届く……んですか?」
玲「ええ。
“影”は消えましたから。
過去と向き合うあなたの気持ちだけが……
本物として残っています」
葵はそっと胸に手を置く。
「……よかった……
あの日以来、初めて……胸が軽いです」
カスミはゆっくりと葵の隣に寄り、
寄り添うように肩を並べた。
「これからは、泣きたいときは泣いていいんだよ。
自分の弱さも……優しさも……
ぜんぶ葵さんの“強さ”だよ」
葵「……ありがとう……
本当に……ありがとう」
玲たちが歩き出すと、
葵は何度も頭を下げ、
小さく手を振った。
「また何かあれば、いつでも相談を」
玲がそう言うと、
葵は微笑んで答えた。
「はい。もうひとりじゃないって……思えましたから」
玄関の灯りが静かに消える。
その先で、葵はひとり空を見上げた。
澄んだ夜空。
風の音。
心の奥に広がる、かすかな温かさ。
「……もう、大丈夫」
呟いた声は、確かに未来へ向いていた。
長い影に覆われていた彼女の心は、
やっと“今日”という時間に戻ってきたのだ。
玲は歩きながら、
ふと背後を振り返る。
家の屋根の上を――
黒い風のような何かが、一瞬だけ横切った。
玲「……遼……ですか?」
返事はない。
ただ、風が揺れただけだった。
カスミ「玲くん?」
玲「いえ……行きましょう。
まだ、“次の依頼”が来る気配がします」
クロベエ> 「ほぉ、早えぇな。
仕事ってのはそういうもんか」
玲「忙しいのは悪いことではありません」
カスミ「……それ、探偵が言うと妙に説得力あるね」
いつもの調子に戻っていく会話。
その後ろで、
葵は静かに、そして確かに――
“新しい一歩”を踏み出していた。
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