第二章 第6話 影が暴れ始める
葵が「思い当たる人物がいる」と言った瞬間、
廊下の影はまるで糸が切れたように暴れ出した。
ドンッ……!
ガタン……!!
壁が揺れ、照明がぐらりと傾く。
「な、なにこれ……!?
家が壊れちゃう!!」
「カスミさん、天井に近づかないで! 落ちます!」
玲の声を背に、クロベエは影に飛びかかった。
> 「おいコラ……大暴れすんな!!」
黒い猫の霊体が、大きな影に噛みつくようにしがみつく。
影はクロベエをふり飛ばそうと、
腕の形をぐにゃりと変えた。
その形は“昔の父親の影”。
そしてまた別の“大人”の輪郭。
次々と人の形を変え、暴走している。
「これはただの残像じゃない……
完全に“操られてる”……!」
玲は気づいた。
(影は意思を持っていない。
でも——“誰かが念を流し込んで動かしている”。
まるで、人形遊びのように……)
玲は暴れる影を避けながら、葵に向き直った。
「葵さん!
今すぐに教えてください!
この家に最近入った人物は誰ですか!」
葵は震える指を握りしめ、口を開いた。
「……1週間ほど前です……
急に訪ねてきた人がいて……
“訪問相談のアンケート”と言われて……
私、家にあげてしまって……」
「名前は!?」
「……“浅間遼”と……
名乗っていました……!」
カスミが息を飲んだ。
「遼……? 聞いたことない名前だよ……!」
玲が瞬時に思考を巡らす。
(浅間遼……
葵さんが罪悪感を抱いていることに気づける人物。
家の中を見られるタイミング。
残留念を刺激できる“念の質”。
どれも普通の人にはできない……)
「葵さん。その人物の外見を覚えていますか?」
「は、はい……!
優しそうな……20代後半くらいの男性で……
落ち着いた話し方の……」
そこまで言いかけて、葵はハッとした。
「……あ……でも……」
玲「何かありましたか?」
「あの人……“影が薄い”というか……
帰ったあと、顔が思い出せないんです……!」
玲の顔が強張る。
(顔を記憶させない……
霊媒系の異能を持つ者特有の“遮断術”……
普通の人間じゃない)
カスミが震える声で言う。
「玲くん……もしかして……!」
「ええ。浅間遼は……
“家の記憶を操れる能力者”と考えていいでしょう」
玲は影に向き合う。
「そしてその人物が、
あなたの罪悪感に“触れて”、
この影を動かしたんです」
影はさらに暴れ、部屋の扉を叩き始めた。
ドンッ! ドンッ!!
「このままだと家が壊れちゃうよ!!」
> 「若造ッ! 下がってろ!!」
クロベエが、影の胸元に飛び乗った。
その瞬間――
クロベエの霊体が、
黒い煙のように広がった。
「クロベエ……!?
大きく……なってる……!」
> 「三百年の重み……舐めんじゃねぇぞ……!」
猫の霊ではなく、
もはや 獣の影のような巨大な霊体 になって、
影に噛みついた。
霊圧が廊下に爆発する。
バチィィィィッ!!
「うわっ……!」
「カスミさん! 壁に掴まって!」
影はクロベエに押され、
壁際へと追い込まれていく。
クロベエの霊圧に耐えられず、
影がぱきん、と割れた。
すると――
影が散らばる中に、
別の“匂い”が混じった。
玲(この匂い……葵さんでも、昔の住人でもない……
これは……!)
クロベエが影を抑えつけたまま、振り返った。
> 「若造ッ!
家に残ってる“浅間遼の念”が暴走してやがる!!
こりゃあ本物の……“他人の記憶”だ!!」
「やはり……!」
玲は影の奥を見据えた。
(浅間遼……
あなたは“心の影”を操れる異能者……
もしかして――)
影が最後に、ぼそりと呟いた。
「……許さない……」
その声は、葵の“父の声”でもなければ、
甥の声でもなかった。
浅間遼という“第三者”の念が、
家に入り込んで暴走している。
「この影……操られてるんじゃなくて……
“記憶に乗っ取られてる”んだ……!」
「葵さん。
念のためもう一度、名前を言ってください」
葵「……“浅間遼”……です……」
玲は静かに、でも確信した声で言った。
「その人物は……
“心の影”を操る危険な能力者です」
カスミ「つまり……先生のところの……?」
玲「まだ断定はできませんが、
関係者である可能性は極めて高い」
影の残滓が、
床を這うように消えていった。
クロベエは霊体を縮め、元の黒猫に戻る。
> 「ふぅ……まだ終わりじゃねぇぞ、若造」
玲は葵の方へ向き直り、言った。
「次は――
“浅間遼が残した痕跡”を探しに行きます」
葵「そ、それって……危ないんじゃ……」
玲「ええ。ですが必要です」
カスミも小さくうなずく。
「私も行くよ……!
浅間遼って人……絶対に許せないもん!」
クロベエが尻尾をゆらりと揺らす。
> 「よし、決まりだ。
“影の操者”の手がかりを追うぞ」
影が消えた廊下は静まり返っている。
しかし。
まだ家には、わずかに“遼の匂い”が残っていた。
(浅間遼……
“影”を操る者……
なぜ葵の罪悪感に触れた……?
そして――
先生との関係は……?)
玲は深々と息を吸った。
いつもありがとうございます。また明日更新します。次回、第二章 第7話 “影の操者”の痕跡
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