第2話 霊能力探偵の仕事場
氷室玲の“事務所”は、雑居ビルの三階にあった。
一階はくたびれた定食屋、二階は小さな英会話スクール。
その上にある三階の一室に、手書きのプレートが掛かっている。
『氷室心理相談室』
「……看板、違わない?」
階段をすり抜けるように浮かびながら、カスミが眉をひそめた。
「“霊能力探偵事務所”なんて書いたら、もっと怪しがられるでしょう」
玲は鍵を開け、中に入る。
八畳ほどの部屋に、シンプルな机と椅子。
壁際には本棚があり、心理学、犯罪心理、オカルト、宗教、都市伝説――さまざまな本がぎっしり詰まっている。
その合間に、古びたお札や小さな石の護符が、さりげなく挟まれていた。
「ここが、あなたの職場?」
「そうですね。表向きは“心理相談室”。裏では、ちょっと変わった事件専門の探偵です」
玲はジャケットをハンガーにかけ、シャツの袖を少しまくる。
カスミは部屋の天井近くまでふわりと浮かび、くるりと一回転した。
「へぇ……意外と整理されてる。もっとホコリっぽいかと思った」
「それ、褒めてます?」
「五段階評価で……まあ、三くらい?」
「合格ラインですね」
軽いやり取りを交わしつつ、玲は棚からノートを一冊取り出した。
黒い表紙のそのノートには、白いマーカーでこう書かれている。
『依頼人ファイル』
「常盤カスミ。まずはあなたの基本情報からですね」
「え、私の?」
「あなたは今後、僕の案件に関わり続ける。そういう契約ですから」
玲はさらさらとペンを走らせる。
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・名前:常盤カスミ
・年齢:享年二十四歳(推定)
・身長:百六十センチ前後?(霊体のため参考値)
・死因:本人いわく“そのうち”
・未練:妹に関する何か
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「ちょっと! 身長のところに“?”付けないでよ!」
「霊体なので、足が浮いてて参考にならないんですよ」
「むっ……!」
カスミは頬をふくらませ、玲の頭上まで降りてきて、じーっと覗き込む。
「じゃあ、玲くんの情報も書きなさいよ。公平に」
「もう書いてあります」
別のページには、同じように書き込まれた自分の基本情報があった。
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・名前:氷室玲
・年齢:二十三歳
・職業:霊能力探偵/心理相談員
・特技:視霊術(審眼/憑写)
・弱点:人混み、悪意密集地帯
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「ふうん……」
カスミはその項目を目で追い、最後の行でぴたりと止まった。
「悪意密集地帯って何?」
「読んで字のごとくです。駅前とか繁華街とか、クレーム窓口の近くとか……人の負の感情が多い場所ですね。僕にとっては頭痛製造工場です」
「そんなに見えるの?」
「見えますね。色として」
玲の視線が窓の外へ流れる。
「さっきの公園にも、“残ってました”。
あなたの妹さんと関わっている連中が、最近そこを通った痕跡の色が」
カスミは驚いたように目を瞬いた。
「残ってた……? でも、公園には誰もいなかったわよ」
「念は、人がいなくても残留します。
とくに悪意の強い人間ほど、痕跡が濃く残るんですよ。
あなたの妹さんと一緒にいた連中の色は……普通じゃなかった」
カスミの表情がきゅっと引き締まる。
「……よくない相手なのね」
「さて。そこを詳しく聞きたいんですが」
玲は椅子に座り直し、正面の椅子を軽く指さした。
「座ってください。と言いたいところですが、幽霊なのでそのあたりに浮いててください」
「雑な扱い!」
文句を言いつつも、カスミは玲の正面、机の上あたりに腰をおろす“ふり”をした。
「それで、何から話せばいい?」
「まず、あなたの妹さんの名前と状況。いつから様子がおかしくなったか。あと、その連中について知っていることを、話せる範囲で全部」
「わかったわ」
カスミはゆっくりと息を吸おうとし――
しかし、ふと自分がもう呼吸を必要としないことを思い出したように苦笑した。
「……変な感じね。息なんていらないのに、緊張すると吸い込みたくなる」
「体が覚えてるんでしょうね」
玲が軽く相槌を打つ。
カスミは目を閉じ、自分の記憶へと静かに潜っていった。
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