第二章 第4話 甥の声の主
廊下の奥から聞こえた幼い声。
「……れいおじさん……」
玲の名前を呼んだそれは、
子供のように柔らかく、しかしどこか濁っていた。
「れ、玲くん……! 今の……!」
カスミが青ざめて玲の袖にしがみつく。
「……聞こえましたね。
ですが違和感があります」
玲は目を細めた。
(“子供”の声にしては……重すぎる。
魂の軽さがない。
これは――)
クロベエが前に出た。
> 「若造、あれは“生者の影”だな」
「……ええ、私もそう感じました」
「生者……!? ってどういうこと?」
カスミの声はか細い。
クロベエは尻尾を立て、低く言い放った。
> 「つまり、死んだ子供じゃねぇってことだ。
生きてるガキの“残像”だよ」
「残像……?」
葵の甥――悠斗は、
事故で亡くなっている。
だから霊として現れることはない。
玲はゆっくり葵に顔を向けた。
「葵さん。
甥御さんが生前に、この家へ来ることはありましたか?」
「……え? い、いえ……ありません……!
悠斗は他県に住んでいて……私の家には来たことが……」
その瞬間、玲の中で確信が固まった。
「では、あの声は“甥の霊”ではありません」
「……っ!」
葵は胸に手を当てる。
「音の波長が違います。
本物の霊の声には“魂の量”がありますが……
今の声にはそれがなかった」
カスミが補足するように説明する。
「私、さっき聞いたとき思ったの。
甥っ子さんの声の“記憶”が……葵さんの中から漏れ出してるんじゃないかって」
「私の……中から?」
「うん。過去の声が、影みたいに外に滲んでる……そんな感じだった」
葵の目が揺れる。
「そんな……そんなこと……!」
玲は優しく言う。
「罪悪感は、ときに“霊より強い影”を生みます」
クロベエが葵の足元に歩み寄り、鼻をひくつかせた。
> 「あー、こりゃ重てぇ匂いだ。
甥っ子を見てたら事故は防げたかもしれねぇ、
とか考えてんだろ?」
「な……! や、やめてください……!」
> 「否定する匂いじゃねぇな。
お前の心が“影”を作ったんだよ」
「影を……作った……?」
葵は頭を抱える。
「私……本当に……悠斗を守れたはずだったのに……!」
涙がぽろぽろと落ちる。
カスミはそっと葵の隣に寄り添う。
「葵さん……。
あなたは悪くないよ。
だって、その場所にいなかったんだもん」
「……で、でも……!」
「事故ってさ……一瞬なんだよ。
誰かが“絶対に止められた”なんて、後からしか言えない」
カスミの言葉は、霊である彼女だからこそ重みがあった。
クロベエが続ける。
> 「罪悪感に形ができるとよ、
影が動きだすんだわ。
あれは甥っ子じゃねぇ。
お前が思ってる“あるべきだった未来”の残像だ」
「……未来……?」
玲「ええ。“後悔の未来”です」
そのとき。
子供部屋の窓が、
カタン……
と揺れた。
風は吹いていない。
「また……!」
玲はとっさに審眼を強める。
窓の奥。
影が一瞬だけ形を変え――
輪郭が大人のように伸びた。
「……今の……!」
カスミ「れ、玲くん! 影、大きくなったよ!」
クロベエ「ほらよ。言ったろ?
“誰か”がこの家の記憶を揺らしてるってな」
玲は奥歯を噛みしめた。
(やはり……家の記憶が勝手に暴走しているのではない。
刺激している存在がいる。
意図的に――)
そのとき。
廊下から、別の“何か”が歩く音がした。
子供の足音ではない。
もっと重く、
もっと鈍く、
大人の足音。
タン……
タン……
タン……
葵は青ざめ、震えながら言った。
「だ、誰……!?
家には私しか……!」
玲の声は低くなる。
「葵さん。落ち着いて聞いてください」
「……は、はい……」
「この家には――
まだ“別の影”がいます」
> 「そしてそいつが、“記憶を揺らしてる犯人”だ」
クロベエが言う。
廊下の暗がりから、
影がゆっくりと伸びてくる。
いつもありがとうございます。また明日更新します。次回、第二章 第5話 廊下を歩く大人の影
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