第二章 第3話 家が覚えている子供
足音は廊下の奥から聞こえ続けている。
一定のリズム。
軽い。
小さな靴音。
「玲くん……行くの?」
「行かないと、始まりません」
玲はゆっくりと廊下へ向かい、
カスミはその背中にぴたりとついた。
「葵さん、ここで待っていてください。
危害は加えませんが――刺激しないほうがいい」
「は、はい……!」
葵は震える膝を抱え、リビングに座った。
クロベエは玲たちの前を、
まるで案内するようにトコトコ歩き出す。
> 「来い。子供の影なら、こっちだ」
廊下の突き当たり。
一室だけ明かりのない部屋がある。
ドアは開いている。
玲が視線を向けると――
部屋の奥に“黒い影”がしゃがんでいた。
小さな背中。
小さな頭。
明かりを反射しない輪郭。
カスミ「……こ……子供……?」
玲「……いえ。違います」
玲は一歩前に出た。
「この影は“霊”ではありません。
心と家の記憶が混ざってできた、“残像の塊”です」
「か、塊……?」
「魂がない。
でも“誰か”の姿だけ借りて動いている」
玲がカスミを見る。
「カスミさん。
あなたの“過去に触れる”能力……使えますか?」
「うん、やってみる!」
カスミは影にゆっくりと手を伸ばした。
霊体の指先が影に触れると――
部屋の景色が揺れた。
空気が一瞬だけ白く濁る。
そして、カスミの目に“別の時代の景色”が流れ込む。
カスミ「……っ! 見える……!」
幼い男の子が笑って走り回っている。
洋服は古い。
昭和中期くらいだろうか。
母親らしき人が、台所から呼んでいる。
「たけしー、ごはんよー!」
子供は振り返り、笑顔で答える。
「はーい!」
そのまま階段を駆け下りて――
白い光に包まれて消えた。
カスミはゆっくり目を開いた。
「玲くん……この子……甥っ子じゃない……」
「でしょうね」
「この家に昔住んでた“たけし”って子……!
その時代の残像が……残ってるの……!」
玲は静かにうなずいた。
「やはり“家の歴史”ですね。
この家には何度も家族が入れ替わり、
記憶の層が重なっている」
クロベエが、子供の影の近くで鼻をひくつかせる。
> 「匂いでわかる。
この影、“感情”はねぇ。
ただの残像が、何かに刺激されて動いてるだけだ」
「刺激……?」
玲は眉を寄せた。
「黒兵衛さん。刺激している“何か”とは?」
> 「さぁな。
だが……匂いが妙だ。
この家、何者かに“起こされてる”。
記憶が無理やり目覚めてやがる」
「記憶が……起こされている……?」
玲は周囲を見回した。
すると――
クローゼットが、カタン……と揺れた。
風など吹いていない。
部屋の空気も微動だにしない。
だけど扉は――
わずかに、開く。
カスミが震える。
「玲くん……何かいる……!」
「霊だけじゃありません」
玲の目に、淡い蒼の光が浮かぶ。
「これは“意図的に記憶を刺激している存在”です。
誰かが、この家の影たちを動かしている」
> 「若造、わかってきたじゃねぇか」
クロベエが低く言う。
> 「――犯人は、ここに“来た”ことがある奴だ」
「来たこと……?」
> 「数日前か、もっと前かもしれねぇがな。
そいつの念の“匂い”が、この家に染みついてる」
玲は目を閉じる。
(さて……
記憶を操るほどの力を持つ人間……
一体だれが――)
そのとき。
廊下の奥で――
ぽつん、と。
子供が笑った声がした。
しかし、その声は“昭和の子供”ではなかった。
もっと現代的で、もっと……重い。
「……れいおじさん……」
幼い声で、確かに呼ばれた。
いつもありがとうございます。また明日更新します。次回、第二章 第4話 甥の声の主
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