第二章 第2話 300年猫霊《クロベエ》
黒い霊体の猫は、依頼人である佐倉葵の前を
当然のように横切り、家の中心へ向かって歩いていく。
葵は目を大きく見開いた。
「ね、猫……!? な、なんで家の中に……!」
「落ち着いてください。普通の猫ではありません」
玲が静かに告げる。
黒猫はゆっくり振り返り、尾をゆらりと揺らした。
> 「普通の猫に決まってないだろうが。
生きてたら三百歳超えだぞ?」
「ひっ……!? しゃ、しゃべった……!」
葵は腰を抜かし、その場にへたり込んだ。
「大丈夫です。こちらに危害を加えるつもりはありません」
「つもりはな。あくまで“つもり”だ」
クロベエが付け加える。
「言わなくていいです」
玲が淡々と制した。
カスミが恐る恐る黒猫に近づく。
「えっと……あなたが、さっきの“影”……?」
> 「ああ。お前らの言う“子供の霊”じゃねぇよ。
オレは黒兵衛。江戸の頃からこの界隈にいる。
ちょっと長生きしすぎた幽霊だ」
「江戸……!? そんなに……!?」
「言っただろ中途半端に驚くな、小娘」
カスミはむっと頬をふくらませた。
「小娘じゃないもん! 私だって24歳!」
「24歳の幽霊か。十分小娘だ」
「むぅ~~!」
そんなやり取りを横目に、玲は部屋の空気を読む。
(クロベエ……。
存在感は弱いのに、波長は深い。
“消えないまま熟成した霊”……)
「黒兵衛さん、あなたは何のために……この家に?」
> 「見張りだよ、この家の“記憶”をな」
クロベエの金色の目が細められる。
玲は静かに息を吸った。
「……やはり。この家には“積み重なった残留念”がありますね」
「残留……念……?」
葵が震える声で問い返す。
「はい。この家はリフォームされてはいますが、基礎は古い。
その古さが、長年の“生活の記憶”を残しているんです」
「記憶……」
「霊ではなく、“思い出の切れ端”です。
声、足音、影……その全部が、別々の時代の住人のものなんです」
葵の目が揺れる。
「じゃあ……甥は……?」
「甥御さんの霊ではありません」
その一言に、葵は肩の震えを止めた。
「……よかった……。
あの子が苦しんでいるんじゃないかって……」
クロベエが鼻でふんと笑う。
> 「甥っ子の霊なんざいねぇよ。
だが……お前の“心の影”は別だがな」
「心の……影……?」
玲は目を細めた。
(黒兵衛はよく見ている……
葵さんの罪悪感の“匂い”を感じ取っているのか)
「黒兵衛さん。
あなたほどの古い霊が、この家に留まっている理由は?」
> 「オレがここに“縛られてる”と思ってるか?」
「ちがうんですか?」
> 「ちげぇよ。オレは“見張ってる”。
この家の記憶が暴走しねぇようにな」
「暴走……?」
葵は固まる。
「残留念が積み重なりすぎると、
“誰かの記憶”が“誰かの影”に化けることがあります」
「……影……?」
「はい。あなただけが見る“甥の影”も、
その一つの可能性でしょう」
葵は顔を伏せる。
「わ、私が悪いんです。
あの子の事故は、私が見ているはずだったのに……!」
カスミがそっと寄り添う。
「葵さん……」
クロベエがガリガリと床を引っかいた。
> 「だから言ったろ。
お前の“罪の匂い”が一番重いんだよ」
「……っ」
「黒兵衛、言い方というものが……」
> 「若造、甘いんだよ。
心の影は霊より厄介だ」
クロベエは尻尾を立てて宣言する。
> 「――この家に甥っ子の霊はいない。
だが“別の問題”は確実にいるぜ」
玲は静かにうなずいた。
「はい。私も同感です」
そのとき。
奥の廊下から――
タン……タン……
さっきと同じ、小さな足音。
しかし、クロベエはピクリとも動かない。
> 「あれは霊じゃねぇ。
“記憶の抜け殻”だ」
「記憶……」
玲は目を細めた。
「ですが、動いている。
これはただの残像ではありません」
「え?」
「何かが、記憶を“刺激”している。
意図的に動かしている存在がいるということです」
クロベエは尻尾を揺らしながら言った。
> 「――犯人なら、とっくに気づいてるぜ?」
「犯人……?」
「お前らが“この家に入った瞬間”にな」
その言葉に、
カスミの霊体がぞくっと震えた。
いつもありがとうございます。また明日更新します。次回、第二章 第3話 家が覚えている子供
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