第14話 カスミの残響の安定/新たな依頼の影(第1章・終)
翌朝。
玲は常盤家の前で深く頭を下げていた。
「本当に……本当にありがとうございました……!」
マコトの母親は、涙を流し続けていた。
マコト本人は、家のソファで毛布に包まれながら、
まだ少しふらつきつつも正気を取り戻している。
「……あの、氷室さん」
玲が振り向くと、マコトが目を伏せながら立っていた。
「昨日のこと……全部、夢じゃないんですよね」
「夢ではありません。
あなたは“操られていた未来”から解放されました」
マコトは小さく息を吸った。
「お姉ちゃんが……
私を助けようとしてくれたんです。
あの光……確かに見えました」
玲は優しい声音で答える。
「その光は、あなたの心が呼んだものですよ」
マコトは涙を浮かべながら微笑んだ。
「……氷室さん。
お姉ちゃん、どうか……そばにいてあげてください」
「もちろんです。それが彼女との契約ですから」
玲が常盤家を後にしたとき、
薄い午前の光の中で、カスミがふわりと現れた。
「玲くん、本当に……ありがとう」
カスミの霊体は以前よりも明確だった。
輪郭も、光も、声も安定している。
「霊体の調子はどうです?」
「ねえ、驚かないでね……?」
カスミはそっと手を伸ばす。
玲の袖口に触れ――
布が、かすかに揺れた。
「……触れてる……?」
「うん。玲くんが精神世界で“私を呼んだ”からだと思う。
なんかね……“線”が繋がったような感じがするの」
玲は少し黙ってカスミを見た。
「それは……
あなたの存在が“安定”してきたということです」
「安定……?」
「未練が強まりすぎると悪霊化しますが……
あなたの場合は違う。
“未来へ進む意志”が固定されつつあるんです」
カスミは目を丸くした。
「え、私……消えない……ってこと?」
「ええ。少なくとも今のあなたは、完全消失とは程遠いです」
カスミは胸に手を当て、ほっと息をつく。
「よかった……
まだ玲くんの手伝い、できるね」
「はい。あなたはもう、僕の正式な“助手”ですから」
胸の奥が、ほんの少しだけ熱くなった。
二人が雑居ビルに戻ると、
一階の定食屋の前に見慣れない“影”があった。
人影ではない。
念の残留でもない。
ただ――
黒い、細い“線”だけが残されている。
(……これは……)
玲はしゃがみこみ、線を指先でなぞる。
「玲くん? これ……何?」
「“未来固定”の線です。
昨日の影が残していったものに似ていますが……
本体の波長に近い」
カスミの霊体がぞくりと震えた。
「じゃあ……先生……!」
「はい。
昨日の決着を見た上で――
“こちらに干渉してきた”ということです」
玲の目が鋭くなる。
「つまり……
あの男はまだ僕たちを狙っています」
事務所に入った瞬間。
――プルルルル。
机の上の黒電話が突然鳴った。
「うちの番号……教えてないはずだけど……?」
「ええ。広告も出してません。
普通はこの番号を知りません」
玲は受話器を取る。
「はい、氷室心理相談室です」
沈黙。
雑音。
そして、かすれた女性の声。
『……助けてください……
家の中に……“消えたはずの子供”がいるんです……』
カスミが息を飲んだ。
「玲くん……!」
「落ち着いてください。
こちらで対応します」
玲は静かに答えた。
「詳しい状況を教えてください。
すぐ、伺います」
電話が切れる。
玲がジャケットを手に取ると、
カスミは横で嬉しそうに輝いた。
「ねぇ玲くん……
これって……!」
「ええ。
新しい依頼です」
玲は扉の前でふっと微笑んだ。
「常盤カスミ。
助手として、ついてきてくれますか?」
「当たり前でしょ!
私、玲くんの助手なんだから!」
二人は階段を降りていく。
曇り空の下で、
どこか遠くのビルの窓がひっそりと光った。
(見ていろ……灯台の子……
未来を揺らす者よ……)
新たな影が静かに動き出していた。
――第1章 完
いつもありがとうございます。また明日更新します。次回、第二章 第1話 消えたはずの子供
気に入っていただけたら
⭐評価&ブクマして応援して下さい!




